0024話 完全使役の理由
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少し時間はかかったが、やっと風呂から出てきたな。ドライヤー魔法とブラッシングで、ミントのモフ値がどこまで上がるのか。ここが腕の見せ所だ。
「ところでミント」
「なんですか、タクト様」
「どうしてお前まで、俺のシャツを着てるんだ。ちゃんと寝間着は用意してただろ」
服が大きすぎて膝まで隠れているし、肩もずり落ちそうになっている。シトラスより二十センチ以上背が低いんだから、同じように着られるわけ無いだろ。なにを考えてるんだ、こいつは。
「シトラスさんだけずるいのです。ミントもタクト様の服を着て寝たいです」
「却下だ。今すぐ着替えてこい」
「ふぇーん、どうしてですかー」
「似合ってない、サイズが大きすぎる、だらしない。以上だ」
「ガーン! ヒドイのです!!」
口でガーンとか言うな。やりたいなら漫符と書き文字を浮かせておけ。
「ボクは止めたんだけどね」
「こいつもまだ十二歳だ。人のものが羨ましく見える年頃なんだろう」
「お父さんみたいなこと、言わないで欲しいのです」
いや俺の通算年齢って四十近いんだぞ。ミントくらいの娘がいても、そんなにおかしくない。
「とにかく、そんな格好で家をうろつくのは許さん。自分でもそのサイズの服を着るのは、無理があると思ってるんだろ?」
「それは……そうなのですが」
「せっかく二人で寝間着を選んだのに、袖を通さないのはもったいないと思わんか? 俺に披露するのを楽しみにしてただろ。そっちの姿を見せてくれ」
「うぅー、わかったです。タクト様のシャツは諦めるです」
トボトボと脱衣場に消えるミントを、俺はため息をつきながら見送る。本当に家で暮らしていた頃より、遠慮が無くなってしまったな。まあ咎めるやつもいないし、こうした関係のほうが付き合いやすくて、助かるのだが……
「なんていうか、あの子ってほんと、健気で可愛いよね」
「ちょっと暴走し過ぎの気もするけどな」
「キミみたいな変態に懐いてくれる子がいて、よかったじゃないか」
「まあ悪い気はせんが、ものには限度がある。それはともかくベッドに行くぞ。今夜も思う存分、モフらせてもらうからな」
「あれ? ミントの方からやってあげないのかい?」
「その順番でやる日もあると思うが、シトラスは俺にとって最初の従人だ。序列をつける気はないにしても、こんな時くらい優遇してやる」
「キミにそんな配慮ができたなんて、ちょっと驚いたよ」
そっけない答えが返ってきたものの、しっぽがちょっと嬉しそうだぞ。転生者の俺にこだわりはないが、こちらの世界に住む人間は、やたら序列を気にするきらいがある。元の家でも五人いる妻の上下関係は、絶対だったしな。これから従人を増やす時も、その辺りを少し気にかけてやるとするか。
しかしモフモフは等しく愛せよという教義を持つ身として、相手が誰であってもブラッシングには手を抜かないと誓おう。
◇◆◇
三人でベッドへ上がり、いつものようにシトラスを座らせる。服の裾を持ち上げて顔を出すしっぽの光景は、なんど見ても素晴らしい。そこへドライヤーの風を当て、まずは全体を軽く乾かす。
「そういえば聞いたよ。キミはサーロイン家を追い出されたんだって?」
「ミントから教えてもらったんだな」
「シトラスさんに話すのはダメだったです? もし秘密にしてたのなら、ごめんなさいです」
「いや、別に知られたって問題ないぞ。隠していたというより、話す機会がなかっただけだしな」
契約後しばらくは黙っていようと考えていたが、既にシトラスとはそれなりの関係を築けたはずだ。今となっては過去を知られたくらいで、お互いの結びつきが揺らいだりしないだろう。
「もう一つミントから聞いたんだけど、君の支配値がゼロって本当なのかい」
「ちゃんと道具で計ってもらったから、本当だぞ」
「キミのことだから、魔法で道具をごまかしてそうな気がするんだよ。どっちにせよ今は四等級二人と、契約してるんだ。いくら上人最高の二百四十を持っていたとしても、制約の力は半分になってるはずさ」
「なら試してみるか?」
この際だ、俺の支配値について実感してもらおう。そう考えながら指輪の力で、絶対服従の制約をシトラスに与える。
「シトラス伏せ」
「えっ!?」
しっぽのブラッシングを受けていたシトラスが、そのままベッドへうつ伏せに倒れ込む。動こうとしても無駄だぞ。俺が許すまで、その格好のまま恥辱に耐えるがいい。
「ちょっ、一体どういうことなのさ。っていうかキミ、またボクのしっぽで顔を拭いてるだろ」
「頬ずりしながらモフモフを堪能してるだけだ」
「ミントも見てないで助けてよ、ボクの貞操が危ないんだからさ」
「はっ、はいなのです。シトラスさんが困ってるです。やめてあげて下さいです」
「ミントはそこを動くな」
「ふえっ!?」
ミントにも同じ制約をかけ、助けに来られないよう縛り付ける。よし、これで思う存分しっぽ枕を楽しめるな!
「いい加減にしてよ! どうしてこんなこと出来るのさ。ちゃんと説明してくれないと、今夜から別の部屋で寝るけどいいの?」
「おっと、それは非常に困る。ミントと一緒にダブルモフモフを堪能する俺の計画が狂ってしまう」
慌てて制約を解くとシトラスは起き上がり、ミントはその隣に座る。そんなに睨むなシトラス、お前の疑問を解消するため、その身で味わってもらったんだぞ。言葉を尽くすより、よっぽど身にしみて理解できたはずなんだが。
「キミは本当にろくなことしないんだから。ボクたちのしっぽをなんだと思ってるのさ」
「そんなもん、至高の存在に決まってるだろ」
「本当に病気だね、キミは!」
「それよりタクト様。ゼロでもなく二百四十でもないなら、どうしてミントたちと契約できたのです?」
「この機会だ。ミントにも品質の秘密を教えておこう」
二人のブラッシングを続けつつ、上人の持つ支配値や野人の品質について、二進数の図解を加えながら説明していく。ドジで鈍くさいミントだが、頭の出来は悪くない。物覚えもいいほうだし、理解力もシトラス並みにある。おかげである程度、数値の持つ意味を読み解けたようだ。
「凄いのです。シトラスさんがお風呂で言ってた意味、ミントにもよくわかったのです」
「シトラスはなんて言ってたんだ?」
「タクト様は魔法も上手だし、ギフトの力も素晴らしいと、褒めていたですよ」
「ほー、シトラスがそんなことをね」
「ちっ、違う! 褒めたんじゃない!! ただ事実を伝えただけだから……」
照れるな照れるな。そうやって俺の力を認めてくれたのは、素直に嬉しいぞ。
「それで俺の持つ数値だが、二進数で書くとこうなる」
説明用に数値をいくつも記入した紙へ、俺の持つビットを書き加えていく。
[1111 0000 0000 0000]
転生して二回目の生を受けたからだろう、俺には十六ビットの数値がある。
「これって……」
「ミントたちの倍あるのです」
「俺もお前たちと同様、他人より多い桁数を持っている。そしてこの数字が示す支配値は、マイナス四千九十六だ。支配値を測る道具は負の数に対応していないから、俺はゼロとみなされた」
支配値や品質を表す数値は、最大十六ビットで符号付きだったらしい。最上位に一が立っているから、俺の支配値は負の数になるわけだ。もし符号なしなら六万千四百四十になっていたのにな。
「それってゼロより小さいんだよね。なのにボクたちと契約できるのはどうして?」
「使役契約の仕組みが、負の数を想定してなかったんだろう。なので見かけはゼロでも、符号を無視したプラス四千九十六として、処理されているはずだ」
「だからタクト様はシトラスさんとミントがいても、完全使役できるのですね」
「計算上は四等級を十七人までなら、完全使役できるな。だが、そんなに増やす気はないぞ。俺のギフトでビットを書き換えるには、常に魔力を流さないとダメなんだ。そんなに大勢は抱えきれん」
それに演算子の種類にも限りがある。一つの演算子は一人にしか使えない以上、無闇に従人を増やしても仕方ない。成長させる楽しみがないのは、いくらモフ値が高くてもつまらん。
「あのさ前に太古の野人は、品質が二百五十五あったって言ってたよね。もしかしてキミなら、そんな野人でも契約できるの?」
「品質二百五十五と契約するのに必要な支配値は、十六倍の四千八十だ。もちろん問題なく契約できる」
なにせ家の書庫でその辺りの文献を読んだ時、俺は大きくガッツポーズを取った。
「そもそも自分のギフトを成長させて、お前たちをその数値まで育てたいと思ってるんだぞ。もし俺の支配値が二百四十だったら、契約が強制解除されてしまう。そうなったらレベルゼロに逆戻りして、野良従人が出来上がる。その対策もなしに、八ビット持ちの従人を集めるわけ無いだろ」
「そのこと、すっかり忘れてたよ。たしかにキミの言うとおりだね」
「やっぱりタクト様はすごいのです!」
「もっと褒めていいぞ、ミント」
「さすがはタクト様なのです!」
うん、なかなか気持ちいいな。今度は呼び方を〝お兄様〟に変えてもらおうか。
「確かにすごいと思うんだけど、残念な性癖と妙にニヤけた顔のせいで、キミの評価がプラスに転じることはないよ」
おお、すごいなシトラス。もう正負の数字について理解できたらしい。こいつ頭が良すぎるだろ。
転生のことは除き、これで俺のことはあらかた伝えた。ひとまずこの二人と一緒に、生活基盤を整えていこう。なにせ家を出てからまだひと月ちょっとしか経ってないんだ。これから時間はたっぷりある。
正負の概念を習うのは、中学生からです。
◇◆◇
次回は「0025話 ダブルモフモフパワー」。
これで第2章の終了となります。