0238話 立花柚子〔たちばな ゆず〕
語字報告、いつもありがとうございます。
◇◆◇
ずっと放置状態でしたが、召喚されてしまった日本人の再登場です。
教皇から祈祷術の結果を聞き、ユズを連れて大聖堂の裏庭へ。上から見ただけではわからなかったが、茶会のできそうな四阿があったりして、なかなかいい庭園じゃないか。
「〔うわっ! あの人って、本当に龍だったんっすね〕」
「〔高いところは平気か?〕」
「〔ジャングルジムとか登り棒が大好きだったんで、大丈夫っす!〕」
本当に問題ないんだろうな?
公園の遊具とは比べ物にならない高さだぞ。
「それじゃあスイ、ワカイネトコの家まで頼む。ユーカリも妖術の発動をよろしくな」
『曇り空なのは残念だが、任せておくがよい』
「雨雲に突入しても大丈夫なようにしておきますので、ご安心ください」
妖術と魔術を同時に発動つつリアルタイム制御とか、ユーカリの進化がとどまるところを知らない。この先彼女は、一体どんな高みへ到達するんだろう……
「コハクは一番見晴らしのいい場所へ行っても構わないぞ」
『ほれ、特等席で旅を楽しむがいい』
「キュイッ!」
「定期的に教団へ報告をする。ラズベリーにもよろしくと、伝えておいてもらえるか」
「お困り事があれば、ワカイネトコ支部までお越しください。我々ダエモン教は聖座タクト様への、協力を惜しみませんので」
「ありがとう、何かあったら頼らせてもらうよ」
見送りに来てくれた教皇へ別れを告げ、スイの背中に乗り込む。ラズベリーも来たかったようだが、さすがにこんな場所へ連れ出すことはできない。誰に目撃されるか、わかったもんじゃないからな。まあ時間ができたら家へ来るだろう。
前へ座ったユーカリを抱きしめると、嬉しそうにキツネ耳をこすりつけてくる。今日は四人だけで来たから、思う存分甘えて構わないぞ。
「〔二人は付き合ってるんっすか?〕」
「〔ユーカリは俺の可愛い彼女だ〕」
「〔転生してケモっ娘ハーレムとか、ラノベの主人公みたいっすね〕」
そりゃまあ、こういう生活に憧れてたんだ。俺だってその手のライトノベルや、ネット小説は好きだったし……
それなら目指すしか無いだろ、このモフモフ坂のてっぺんを!!
後ろにユズが座ったのを確認したあと、スイに合図を出す。わずかな加重とともに、徐々に視線が高くなっていく。どうやら恐怖心はないらしい。後ろから楽しそうな声が聞こえてきた。
さて……ワカイネトコへ着くまで時間もあるし、お互いのことをよく知っておくとするか。
「〔魔法に関しては追々教えるとして、この世界に喚ばれた影響で、ユズにもギフトが発現してるかもしれない〕」
「〔ギフトって、いわゆる特殊能力みたいなものっすか?〕」
「〔理解が早くて助かるよ。自分の中にこれまで感じなかった、違和感みたいなものはないか?〕」
コツを教えると、目をつぶって集中し始める。なにせユズはラズベリーの祈祷術で召喚されたんだ。奇跡のような力が、無意味に働くわけない。龍に対抗する何かを、その身に宿しているはず。神器を作れそうな鍛冶ギフトとか、最強呪文の竜破斬みたいなものを……
「〔あっ! なんか変な壺が見えたっす。えーっと、中に入ってるのは液体っすね〕」
「〔それを言語化できるか?〕」
「〔んー……頭の中に神酒って浮かんできたっす。きっと実家が造り酒屋だった影響で、授かったと思うっす〕」
「〔姿は異なるし、人を生贄に要求したりしないが、ヤマタノオロチ伝説ってところだな〕」
よし、こんど酒を飲ませてみよう。普段と違う姿を見られるかもしれない。
「〔この世界にもお米があるから、日本酒とか造ってみたいっすよ〕」
「〔もしかして酒造の経験があるのか?〕」
酒蔵で働いていた杜氏たちと仲が良く、小さい頃はよく遊んでもらっていたそうな。そして醸造の手伝いなんかもしていたとのこと。
「〔必要なものは何でも用意する。敷地は余ってるから、酒蔵を建てたっていい。是非挑戦してみてくれ!〕」
「〔凄い食いつきっすね〕」
だって酒や味醂だけでなく、祖母から味噌作りまで学んだとか聞いたら、テンション爆上がり待ったなしだろ。こんな人物と引き合わせてくれただなんて、ラズベリーは女神に違いない。
「〔ユズさえ良かったら、ずっとコーサカ家で暮らして欲しいくらいだ〕」
「〔知り合ってまだ日も経ってないのにプロポーズとか、恥ずかしいっすよ〕」
「〔おっと、いかん。いまのは軽はずみな発言だった。日本に比べたら不便なことが多いし、ユズにも帰る家があるんだしな〕」
「〔あーそれなんっすけど、実は……〕」
なんでも実家は津波の被害にあってしまったそうだ。唯一の身内となった祖母が引き取り、地元を離れて暮らすことに。そして可愛がってくれた祖母は、ひと月ほど前に天寿を全う。天涯孤独になってしまったため、小さなアパートへ移り住む。復学しようとした矢先に召喚され、この世界へ。
なんてこった。そんな波乱万丈の経験をしてきただなんて。
「〔重ね重ね申し訳ない。辛いことを思い出させてしまった〕」
「〔気にしなくてもいいっすよ。日本にいた時はずっと落ち込んでて、何もする気力が沸かなかったっす。でもこっちに来てから色々なことが、懐かしい思い出に変わってきたところなんす。なにせ酒造りの話をしても胸が痛んだりしないし、挑戦してみたいって思えるようになったっすからね。この機会に自分も前へ踏み出したいっす〕」
「〔そういうことなら、俺も協力するよ。ユズのことは大切にするから、安心してくれ〕」
「〔タクトさんって、天然の女たらしっすね。あれだけ可愛い子ばかりいるのに、地味な自分にそんなこと言ったらダメっすよ〕」
いやいや、なにを言ってやがる。野暮ったい眼鏡と手入れの行き届いてない髪で損しているが、お前はかなりの美人さんだぞ。もし前世で出会っていたら、絶対に放っておかないくらいだ。屋敷についたら治癒術で近視を治し、ヘアカットと化粧をしてやろう。軽く整えるだけで大化けするはず。
それに俺は女たらしではない。あえて二つ名をつけるなら従人たらしと呼べ!!
◇◆◇
ユズの過去は二人だけの秘密ってことにして、通訳しながら空の旅を楽しむ。雨雲を突き抜け、陽の光を浴びながら飛んでいると、上空でジャスミンが待機していた。
「お帰りなさい、みんな」
「ここで待ってるってことは、下はかなり降ってるんだな」
「少し前から本降りになって、今はかなりの雨量よ。ニームちゃんが学園に着いたあとで良かったわ」
「雲の上まで上昇してきたら寒かっただろ。服の中に入ってもいいぞ」
「うふふ。やっぱりタクトの胸元は暖かくて落ち着くわ」
精霊たちに守ってもらったおかげで、ほとんど雨に濡れていなかったのが幸いだ。あとで水飴を作って、供えておこう。リビングや屋根裏に置いておくと、朝には無くなってるんだよな。
幸せそうなジャスミンを胸に抱き、ユーカリの魔術とスイの魔力障壁で、雨を避けながら下降する。屋敷の扉を開けるとフェンネルを筆頭にして、クミンも含めた使用人全員が集まっていた。
「お疲れ様でした、タクト様」
「「「「「お帰りなさいませ」」」」」
「お帰りなさい、タクトさん。それといらっしゃいませ、ユズさん」
「〔おぉぉぉぉー……メイドさんだらけっす!〕」
どうだ、凄いと思わないか。モフモフ揃いのメイド部隊だぞ。創作物の中でしか目にできないような世界が、ここには存在するのだからな。
感動するユズをリビングに連れて行くと、そこにはシトラスたちの姿が。こちらは普段着だが、それはそれで華がある。なにせ全てがオーダーメイドの一点もの。しかもゲームやアニメといった、日本のサブカル界隈で見かけるデザインが多い。
「〔コーサカ家へようこそ。ここが自分の家と思って、気兼ねなく過ごしてくれ〕」
「〔なんだか、感動っす。異世界へ来た実感が、更に膨らむっすよ〕」
「〔まあ俺が夢見ていた世界を実現しようと、頑張ってみた結果だ〕」
「〔そういえば、みんなが着てるメイド服って、マジカルバトル地下アイドルメイド・閃光のテルルちゃんに出てきた、ご奉仕メイド隊の衣装そっくりっすね〕」
「〔永遠ッターにしか出てない端役の衣装を覚えてるとか凄いな〕」
「〔当然っすよ。だって自分、絵師の大ファンだったんっすから〕」
ユズは移動中に充電したスマホを起動し、ローカルに保存していた画像を次々出してくれる。どうやら永遠ッターだけでなく、プクシブで公開していた画像も、全てダウンロードしているっぽい。ファンというのは本当のようだ。
「あんな小さな板から色々な絵が出るとか凄いじゃん」
「どれもカラフルで綺麗なのです」
「……あるじ様が描くのと、似てる?」
シナモンが自分のマジックバッグから、イラスト入りの紙をいくつも取り出す。ラフスケッチを後生大事に持ち歩きやがって。まったく可愛い奴め!
「あら、言われてみればそうね」
「主殿が描く女子とそっくりだな」
「キュキューン!」
「〔イラスト入りの意思疎通カードを貰ったときから気になってたんっすけど、もしかして前世のハンドル名って〝コータ〟じゃなかったっすか?〕」
言葉が通じなくても、これだけの物証が揃えば、その答えにたどり着くよな。まあ隠すつもりはないし、俺としてもファンに出会えたのが嬉しい。
「〔単純なハンドル名を付けて、実はちょっと後悔してた。香坂 拓人の名前から取った、コータ名義で創作活動していたのが、前世の俺だ〕」
「〔うわー、会えて光栄っす!! 三ヶ月ほど前から更新が止まってて、すごく心配してたんっすよ。死亡説とか出てたっすけど、まさか転生してたとは……〕」
知ってるスマホの機種だから、時間の経過はそれほどないと推測していたが、たった三ヶ月だったとは。ここと地球を隔てる時空のズレは、かなり混沌としてるんだろう。なにせクローブは数世紀先から転生してきてたからな。
それはともかく、ユズとこれほどの縁があるということは、俺の存在自体が祈祷術に影響した、なんて可能性も考えられる。ラズベリーに話してやれば、彼女の重荷を減らせるかもしれん。
この先どういった結末になるかわからない。しかしユズのことは、家族以上の存在として大切にしよう。例えるなら、ニームのように……
次回、風呂上がりのユズに主人公が……
「0239話 脱いだら凄いんです」をお楽しみに。
 




