0237話 タクトの計画
ベルガモットを膝の上に乗せ、二人でピンク色の髪を梳く。やばすぎだろ、この四十四歳。似合いまくってるじゃないか!
「ブラシの動きに合わせて形が変わるのに、触った感覚がないのは摩訶不思議なのじゃ」
「まあ見た目で楽しめるから、これはこれでアリだと思うぞ」
「タッくんの性癖を満足させるために、皇帝の私をおもちゃにするのは、不敬だと思うにゃ」
「クローブを食事に誘ってやったんだから、これくらい付き合ってくれてもいいだろ」
「それは感謝してるにゃ!」
食べ物で簡単に釣れるあたり、クローブにはチョロインの素質があるな。まあ攻略対象ではないのだが……
「お母さんのしっぽ、すごく可愛いの」
「すり抜けたり埋まったりしないのが……凄いれす」
「この妖術って、複数かけられないんですか?」
「申し訳ありません、ニーム様。今のわたくしでは、一人だけで精一杯なのです」
この状態は、衝突判定やキネマティクス演算やらを、リアルタイムでやってるようなもの。真面目に処理したら、とんでもない計算量になる。ユーカリが目を離しても自律的に動くんだから、術そのものが意思を持ってるとしか思えん。ラムズイヤーが言ってたとおり、驚異的なことだ。本当に術というものは面白い。
「手触りまで再現できれば兄さんを揶揄えそうですし、将来に期待しておきましょう」
「むっ!? この感触はローリエのしっぽか?」
「正解だよ、タクト様」
ニームのやつ、ブラッシング中のしっぽで、俺のうなじを撫でやがった。人を背もたれにするだけでは飽き足らず、そんな悪戯をしでかすとは……
絶妙な力加減が気持ちよすぎるだろ。もっとやっていいぞ!
「少し触れただけで個人を特定できるなんて、ちょっと異常すぎません? こんな怪人を生み出してしまう皇帝の血というのは、業が深すぎます」
「ところで、ニーム。他に言うことがあったら、聞いてやろう」
「ボッチの兄さんに同性の友達が出来てよかったですね」
違うぞ、こら。俺に対してやりたい放題、言いたい放題じゃないか。なんでそんなに自由なんだよ。たしかに今日の男子会は、有意義だったがな!
「男だけで集まると、エッチな話しかしなさそうなんだけど。まさかボクたちのことで、盛り上がったりしてないよね?」
「やったのは主に魔道具の話だぞ。碧御倉には、そうした秘匿技術に関する資料もあるらしくてな。クローブもかなり詳しかった。ペッパーが弟をスカウトしまくって、大変だったよ」
なにせ転生者のクローブには、俺と同じ科学技術や機械工学の知識がある。そうした素養を持っているため、爆発の原因を正確に把握していた。俺も聞かせてもらったが、あれはダメだ。
制御装置を迂回したり、許容量をごまかすダミー回路で、魔道具コアの性能を引き出そうとしやがって。燃えたり壊れたりするのは当たり前じゃないか。リミッターを外す目的なら、もっと別の方法を取れよ……
「クローブ様はどうされるおつもりなのです?」
「アイツはあまり体が丈夫じゃないし、爆発に巻き込まれたら命を落としかねない。だから時々ペッパーが部屋まで行くとか言ってたな」
「クロくんが素直に部屋へ入れるとは思えないにゃ」
「クローブが食べてみたいものを再現するってことで、一応の話し合いはついたぞ」
「……タコパ、楽しかった。またやって」
「ハチワンが手に入ったら、またみんなでやろう」
まさかこの世界でもタコが食べられていたとは思わなかった。そしてその漁村でさらに見つけた、オオグチツツウオという海産物。正確には口でなく、十本の腕なんだが……
もち米があるから作ってやるぜ、絶品イカ飯!!
他にも焼いたり天ぷらにしたり、唐揚げもいいな。軽く炙ったスルメで、日本酒を飲みたくなってきたぞ。
本当にイノンドさんの知識はすごい。あの人と出会えたことは、人生におけるターニングポイントの一つと言える。
たこ焼きプレートを錬成してくれたジャスミン。遠方にある漁村まで運んでくれたスイ。彼女たちがいなければ、今日のタコパは出来なかった。感謝の気持を伝えながら、二人の羽としっぽを撫でる。
「うふふ。みんなの笑顔が見られたし、私は幸せよ」
「主殿の役に立てて、我も満足だ」
「たこ焼きの上に乗ってた、フワフワした薄いの。とても美味しかったの」
「あれは削り節といってな。タウポートンで作られている、シバウオの加工品だ。味噌汁や煮物にも使ってるんだぞ」
「マヨネーズの組み合わせが……最高れす」
「最近、俺が買い占めてるせいで、品質の良いものが出回るようになった。たこ焼きと相性が良かったのは、そのおかげだ」
安定的な需要が見込まれるようになって、生産者がやたら張り切っているらしい。色々と製法も模索してるようで、シバウオを節のまま製造する商品も開発された。鮭とばに近かった今までの加工品とは、一線を画する出来だ。
「たこ焼きだけでなく、晩ごはんのいなり寿司も美味しかったのじゃ」
「わたくしもいなり寿司に、とても心惹かれました。黒種が入った酢飯と、甘辛い油揚げの組み合わせは、奇跡と呼ぶしかありません」
さすが狐種! やはり油揚げが好物なのか?
寒い時期になったら、きつねうどんを食わせてやるからな。楽しみにしておけ。
しばらく食事の話題で盛り上がっていたが、一区切りしたところで話を切り出す。
「ちょっとアンゼリカさんに相談がある」
「えっと、何かにゃ」
「折を見てクローブを、コーサカ家で預かりたい。本人にも聞いてみたんだが、ワカイネトコ大図書館に興味があるみたいなんだ。だからメドーセージ学園長に、聴講生待遇で受け入れてもらえないか、相談してみようと思ってる。そうすれば大図書館の入場カードが貰えるしな」
「迷惑にならないかにゃ?」
「ペッパーのおかげで収入源も増えたし、気にすることはないぞ。食客が一人二人増えたところで、今のコーサカ家に問題は起きない」
なにせクローブは自分の世界で大人しくできるやつだ。基本的に放置しておくだけで大丈夫。必要なのは食事と掃除洗濯くらいだろう。従人が増えた今のコーサカ家なら、余裕を持って回していける。
「タッくんには、何のメリットもにゃいと思うんだけど……」
「クローブには親近感を覚えるから、個人的に世話を焼きたくてな。あっちも俺が相手だと、気兼ねせずに済むみたいだ。ベルガモットたちの問題が概ね解決した今、できれば彼にものびのびと暮らしてほしい。だから外の世界へ踏み出す、第一歩にでもなればと思っている」
「子供の頃の兄さんは、屋敷の離れでずっと本を読んでる、引きこもりでしたからね。クローブさんと通じるところがあるんでしょう」
「子どもたちの望むことを、好きにやらせてやれ。これがタンジェリンの遺言だから、あの子の希望を叶えてあげてほしいにゃ」
「ユズの件が落ち着いたら、本人にも話してみるよ」
ペッパーの目標は自分なりの方法で親孝行すること。なので子供の頃にタンジェリンさんから褒められた、魔道具の開発に心血を注いでいるらしい。そして動力の実用化を目指しているのも、山岳道が多い北方大陸を楽に移動するため。
夢を叶えるためには、クローブの知識が必要になる。二人が手を取り合えば、この国の未来へと繋がっていく。俺は彼らがうまくやれるように、陰ながらサポートするとしよう。
召喚された日本人を引き取りに行く主人公。
彼女に発現した力が明らかになる!
次回「0238話 立花柚子〔たちばな ゆず〕」をお楽しみに。




