0236話 TKG
コッコ鳥より二回りほど小さい、ガーガー鳥の卵をトレイに並べる。サイズは鶏卵に近く、殻は赤茶色。濃厚な風味が特徴らしいので、今日の朝食と相性がいい。
「朝イチで生産者に掛け合ってくれて助かったよ」
「生食するならこっちのほうが安全だし、ちょうど産卵期でな。お前の話を聞いて、これしか無いと思ったんだ」
やはり食材の知識では、イノンドさんに敵わないな。まさかこんなレア卵を仕入れてくれるなんて、思ってなかった。旨いだし醤油も完成したので、最高の朝食を提供できる。
「よう! おはようさんぜよ」
「よく来たな。すぐ食事にするから、中で待っていてくれ」
「ペッパー様がこの時間に来るなんて、珍しいですね。一体どうされたんですか?」
「タクトと約束したからぜよ。昨日の件で聞きたいこともあるき、楽しみにしちゅーたがじゃ」
「どれくらい解析が進んだのか、俺も知りたかったんだ。食事が終わったらゆっくり話そう」
ペッパーが食堂へ入っていくと、部屋の中がどよめく。きっと昨日の女子会で、アイツの話題が上がったからだろう。珍しくニームも嫌っている感じではなかったし、二人の行く末が少し楽しみだ。ペッパーなら才人の柵と無縁だし、なんだかんだで良い相手なのかもしれん。まあニームの気持ちもあるから、俺が口を出すことじゃない。生暖かく見守ることにしよう。
さて準備は整ったが、クローブは来るのだろうか。そんな事を考えていたら、廊下の角からフラフラと歩いてくる人影。朝から満身創痍とか、体力なさすぎだろ。もっとシャキッとしろよ。
「約束通り来てやったぞ、早く食べさせてくれ。朝っぱらから運動した僕のライフは、もうゼロだ」
「すぐ食べられるからしっかりしろ。ほら、俺の肩に掴まれ」
「なあタクト、その子は誰だ?」
「いつもイノンドさんが部屋の前に食事を置いてるんだろ? そこの主がこいつだ」
「クローブ様だったのか!? 今日は何の記念日だよ。スコヴィル家が全員揃うとか初めてだぞ」
せっかくここまでたどり着いたのだから、とにかく中へ連れて行かねば。
驚くイノンドさんを横目で見つつ、今にも倒れそうなクローブを食堂へ運ぶ。
「タクトよ、そやつは誰なのじゃ?」
「初めて会うかもしれんが、お前の兄だぞ」
「にゃ、にゃ、にゃ……にゃんでクロくんまで来てるにゃ!? 一体なにがおきてるにゃぁぁぁーーーっ!」
ペッパーは特に驚いてないが、アンゼリカさんたちは唖然としてるな。十年以上まともに会ってないはずだし、仕方あるまい。事前に相談しなかったのは許してくれ。俺も本当に来るのか、確信が持てなかったし……
まあサプライズってことで勘弁してもらおう。
温泉で聞いた話によれば、ナスタチウムは六歳年上なので、幼い頃のクローブをよく覚えているらしい。二歳年上のラムズイヤーは、記憶が曖昧とか言ってたっけ。そして四歳年下のベルガモットとは初顔合わせだ。
「今日の朝食はクローブのリクエストで用意した。少し変わった食べ方だが、味は保証する」
「ここにある材料で〝ティー・ケー・ジー〟が作れるのか?」
「その答えは目の前にある。旧世紀のローカル言語は習得してるよな?」
「当たり前だろ。僕を誰だと思ってる」
「じゃあ俺が今から聞かせる発音を、ローマ字に変換してみるといい」
さすがアルファベットの発音が、しっかりしてるだけある。ローマ字もばっちりマスターしていた。もし日本語が話せるなら、ユズの教育に協力してくれないだろうか。そうすれば俺が楽できるのに!
「そうか、そういうことだったのか! 〝タマゴ・カケ・ゴハン〟の頭文字を取ってティー・ケー・ジーなんだな」
「クローブちゃんとタクトちゃん、不思議な言葉を話してるの」
「理解不能な……発音れす」
「ペッパー兄上殿やクローブ兄上殿と話が合うタクトは、やっぱり凄いのじゃ」
「今から作り方を教える。各自やってみてくれ」
炊きたての飯を丼に盛り、ガーガー鳥の卵とだし醤油を投入。軽くかき混ぜると完成だ。白身とだし醤油で混ぜごはんを作り、上に黄身を乗せて崩しながら食べる方法。醤油をかけた飯に、溶き卵を混ぜる方法とか色々あるが、最初はシンプルなのでいいだろう。
……ってサフランのやつ、相変わらずお代わりが速いな。飽和脂肪酸の摂り過ぎになるから、二杯までにしておけよ。
「こりゃ美味いぜよ! 簡単に作れるき、忙しいときにピッタリや」
「確か完全栄養食とか資料に残っていたな。食べやすいし、明日からこれだけにするか」
待て待て。たしかに完全栄養食と呼ばれているが、ビタミンCや食物繊維が足りないぞ。そもそも、この世界の卵も同じなのか不明だ。その辺のバランスがしっかり考えられてる、イノンドさんの料理を食べておけ。
「美味しい……美味しいにゃぁぁ……。……ぐすっ……家族みんなで食事ができて……幸せにゃ」
「感動する気持ちはわかるが、泣き止んでくれ。メシが塩辛くなるぞ」
最近のアンゼリカさんは、本当に涙もろいな。新品の布巾を差し出すと、潤んだ瞳でこっちをじっと見てきた。あー、はいはい、わかったよ。
「さっそく甘えてるの」
「お母さん……策士れす」
「妾は今夜まで取っておくのじゃ」
昨日の女子会で、なにか取り決めでもしてたのか?
そういえば今朝のニームも、やたら俺に絡んできたっけ。まあ彼女たちなら、変なことなどしまい。成り行き任せでいいな。
「あの人も出来なかったことをやっちゃうにゃんて、やっぱりタッくんは自慢の息子にゃ」
「おっ、母ちゃんの子供になるがか? ニームも一緒に誘うといいぜよ」
「俺はコーサカ家の当主なんだ。他家の養子になるわけにはいかん。それにニームも、簡単にコーサカ家を捨てたりしないと思うぞ」
親子揃って気に入った者を見境なく取り込もうとするなよ。
スコヴィル家というのは、そうやって発展してきたのだろうか。
その点は優秀な血を取り入れようという、スタイーン国の才人と似た部分がある。しかし嫌悪感はないな。きっと俺たちの人となりを、気に入ってくれているからだろう。
「ちょっと質問がある。いいか?」
「どうしたクローブ」
「ナスタチウム姉貴が米を食べてるけど、大丈夫なんだよな」
「すでに病としては絶滅していたと思うが、ナスタチウムは小麦アレルギーだ。その病気に関わる特定タンパク質は、米に含まれていない」
「あー、なるほど。いくら調べてもわからなかったわけだ。アレルギーなんて、僕が思いつくわけ無い」
肉体を捨てた人類に、アレルギーが存在しないのは必然。それなのに彼女のことを気にかけていたのは、もしかして……
「ならラムズイヤー姉貴の失語症は?」
「表に出てこない割には、詳しいじゃないか」
「僕にだって独自の情報網くらいある。馬鹿にするな」
「貶してるわけじゃなく、逆に感心してる。クローブとは仲良く出来そうだよ」
「おっ、お前と仲良くするために、調べてたんじゃないからな。それより質問に答えてくれよ」
まったく、このツンデレさんめ!
こうして家族を気にかけるのは、タンジェリンさんの影響だろう。本当にいい子どもたちを遺していったな。
「ラムズイヤーは旧時代のスキルで完治している。太古の従人たちが持っていた力については、碧御倉にも資料が残ってると思う」
「それは僕も知ってる。復活させる方法までは、わからなかったけどね」
「かなり長い話になるから、ここで全てを語るのは無理だ。続きは食後にしよう」
「わかったよ。じゃあ、もう一つの問題は?」
「そっちは今のところ緩和策だけしかない。こうした事例が生まれるルーツを探るべく、皇家の歴史を調べてるところだ」
「ふーん……」
ただの引きこもりかと思ったら、家族の体質をこんなに心配していたとは。碧御倉に現れた理由も、手がかりを探していたからに違いない。
「もし良かったら協力してくれ。あそこの書物は雑多すぎて、時間がかかりそうなんだ」
「なんで僕が手伝わないといけないんだよ」
「気になる食べ物があるなら再現してやるぞ。それでどうだ」
「うーん……それなら〝オクトパスボール〟とかいったかな。それを作れるか?」
「ああ、たこ焼きだな。本家とは少し異なるが、ナスタチウムも食べられる材料で作ってやろう」
「もうひとつ〝ワタシノオイナリサン〟ってのも頼む」
どんな伝わり方してるんだよ、未来の人類!
豆腐があるから、油揚げは自作できる。せっかくのリクエストだし、挑戦してみるか。
「タッくんがクロくんと普通に話してるにゃ」
「クローブばっかり、ずるいぜよ。ワイとの約束も、守ってくれや」
「そうだな、食後に三人で男子会をするか」
面倒くさがるクローブをなだめすかし、三人で集まることにした。ペッパーになら前世のことを打ち明けても大丈夫だろう。俺たち三人だけだったら、気兼ねなく話ができるはず。
ソロで冒険者活動してるから、男の仲間がいないんだよな。親しい友人や知人は、全員が遥かに歳上だし。この機会に同年代との交流を図るとするか。
フオオオオオオオオッ!!
◇◆◇
次回、おや? 皇帝の姿が……
「0237話 タクトの計画」をお楽しみに。




