0233話 ペッパー・スコヴィル
発行してもらったカードでゲートを開け、テージクロノ学園の敷地に足を踏み入れる。こうしたチェックポイントがいくつもあり、その都度カードに登録した魔力と照合して、入室の手続きをするらしい。社員証で入退出を管理してる、セキュリティーの高いオフィスビルみたいだ。
問題を起こすと機密保護のために、従人が押収されることもあるんだとか。気をつけねばならん。
「なんだか向こうのほうが騒がしいのです」
「煙が上がってるわね」
「ペッパーのやつ、また爆発でもやらかしたのか?」
「あの距離で爆発したら、ボクにも聞こえると思うんだけど」
「煙がどんどん近づいてきますよ、旦那様」
「……あるじ様と前に見た、クルクルの船みたい」
こちらへ向かってきた物体をよく見ると、外輪船についている水車とは形状が違う。中心に軸があり、そこから等間隔に伸びるスポーク。そして炎を吹き出しながら回っている左右の車輪。
「あれはパンジャンドラムだな」
「こちらへ向かってきています、お逃げくださいニーム様」
「ねえステビアお姉ちゃん。追いかけられてる人がいるけど、放っておいていいの?」
「誰かー、止めてケロー」
まさかこの世界でパンジャンドラムを見ることになるとは。やはり魔法のある世界でも、制御不能なんだなぁ……
「私の魔法だと壊すことは出来ても、止めるのは難しいですね。ユーカリの魔術かジャスミンの精霊なら、可能だと思いますけど」
「あんなものを作るのは、間違いなくペッパーのやつだ。つまり変に刺激すると、爆発する可能性がある」
「じゃあ逃げますか?」
「前に気体操作を教えただろ。あれの周囲に高濃度の二酸化炭素を発生させてやれ。それで鎮火するはずだ」
「わかりました。やってみます」
俺では無理だが、ニームなら広範囲の気体を操作できる。パンジャンドラムをすっぽり覆うことも可能だろう。
「もしもの時は精霊にお願いするから安心してね」
「私も全力で愛すべきニーム様をお守りします」
「頑張ってください、ニーム様!」
魔法が発動すると炎の勢いが急速に弱まり、回転していた車輪がバランスを崩す。フラフラしながら少し進んだあと、横倒しになって動きが止まった。
「たっ……助かったケロー」
「おーい、誰か爆発しないに賭けたやつはいるぞなー?」
「またハズレたっちゃー。今日のお昼はパンだけだっちゃぁぁぁ」
「ペッパー様の魔道具が爆発しないとか、ありえなっしー」
「無料お食事券ゲットだぜー!!」
ペッパーの実験って、賭けの対象になってるのかよ。集まってきた野次馬たちが、当たった外れたと盛り上がっている。そんな学生たちの様子を見ていたら、校舎の屋上から飛び出す人影。あわや地面に激突かという瞬間、風とともに巻き上がる砂塵、そして女生徒のスカート。今日はみんなパンツスタイルで良かった。
「こいつを止めてくれたんは、おんしらか?」
飛び降りてきたのは、白衣を着た赤いパンチパーマの男。こいつがペッパーだな。それにしても……そのごついブーツは魔道具か?
着地の衝撃を風圧で相殺していたところをみると、ジェットブーツの類に違いない。それ、俺も欲しいぞ。
「俺たちの方へ向かってきたからな。どこかに激突させるほうが良かったか?」
「いやー、無傷で止めてくれて助かったぜよ。こいつの推進器は作るのが面倒じぇけえ。けんどこん状態やったら、すぐ二回目の燃焼実験を始められるぜよ」
まてまて。こんな制御不能の代物、どう考えても問題があるだろ。実験の前に改良しないか。
「とりあえずこれの再起動は中止だ。それより、アンゼリカさんから連絡が行ってるだろ」
「おー、来とった、来とった。じゃあ、おんしがカラミンサ婆ちゃんの孫か!」
「おい、聞いたづら」
「やっぱり炎魔の孫だったなっしー」
「やばいっピ、燃やされるっピ、逃げるっピ」
周囲にいた野次馬たちが次々と離れていく。色々と思うところはあるが、まあ良い。これで話しやすくなった。
「研究に役立ちそうな魔法を伝えに来た。再現できるかどうかは腕次第だ。挑戦してみるだろ?」
「当然ぜよ! ここじゃなんやし、ワイのラボに来るぜよ。そこでゆっくり話をしようやか」
ペッパーに連れられ、テージクロノ学園の敷地内を歩く。分厚い壁と少ない窓、そして屋根のない立方体構造。生徒たちがゾロゾロと引き上げていった施設は、校舎というより工場建屋っぽい。日本の学舎を彷彿とさせる、マノイワート学園とはずいぶん違う。
敷地の奥側にある研究所は、さらに堅牢な作りだ。窓には鉄格子がはめられ、扉とか金属で出来てるじゃないか。爆発の衝撃に耐えられるよう、こんな建物にしたんじゃないよな?
「おんしのことは色々耳にしとるぜよ。妹たちんこと、げに感謝しちゅう。知っての通りワイは不器用な男やき、政や人助けには向いとらん」
「まあ向き不向きは誰にでもあるものだ。妹たちのことは俺の知識が役に立っただけで、魔道具に関しては足元にも及ばない。下限を超える出力制御の研究も、さっそく役に立ってるぞ」
「ありゃ出力を上げるつもりが、逆に下がってしもうただけぜよ」
「たとえ失敗だとしても既成概念にとらわれない発想は、技術革新の礎になったりする。そっち方面で国に貢献するのも、アリだと思う」
「ワイより若いに、父ちゃんみたいなこと言いよる。なんやおんしとは、仲良うできそうや」
「そう言ってもらえるのは光栄だが、家族とも仲良くしてやれよ。アンゼリカさんも会いたがってたからな」
他の研究者から異端児なんて呼ばれてるので、もっと破天荒なやつかと思っていた。しかし話をしてみた限り、割とまともじゃないか。ただ実験や研究が絡むと、自制ができなくなるんだろう。その辺りは俺の母さんが視界に入ると残念な人になる、タンジェリンさんの血かもしれん。
「この奥で研究をしてるぜよ」
チェックゲートをくぐったペッパーが向かったのは、下へ降りる階段。どうやら彼のラボは地下にあるらしい。爆発の被害を抑える工夫が、こんなところにも……
「もっと色々なものが散乱してるかと思ったが、かなり綺麗じゃないか」
「ここに物を置いちょったら、爆風でぜんぶ吹き飛んでまう。ほんじゃき必要なもんは、別の場所に置いちゅう」
なるほど、納得の答えだ。なにせ部屋にあるのは机と、いくつかの実験装置のみ。柱が所々ひび割れていたり、壁に黒いしみがあるのは爆発の影響か。耐久性が落ちたりしてないだろうな?
ペッパーがソワソワし始めたので、早速始めることに。ニームがマジックバッグからレンガを取り出し、そこへ細い糸を結びつける。
「どいて糸なんか使うがよ?」
「この魔法は接触してるものにしか発動しないんだ」
「では、いきますね」
糸を握ったニームが集中し始めると、その先にあるレンガがカタカタと震えだす。やがてゆっくりと浮き上がり、立ち上がったり回ったりと、まるで生きているように動く。
「我には不可能なことをやってのけるとは、さすが主殿の妹君だ」
「これの制御って、とんでもなく難しいですからね。ギフトの補正がなければ、あらぬ方向へ飛んでしまいます」
「スイちゃんの場合も私と同じで、無意識に制御してるんだと思うわ。だってあれこれ考えなくても、自然に飛べるもの」
「なっ、なっ、なっ、なんじゃこりゃーーーっ! こがな面白い魔法があったがか。測定器を持ってくるき、ちくっと待っちょってくれ」
さすが食いつきがすごい。奥の部屋に飛び込んでいったペッパーが、一抱えもある機械を持って戻ってきた。本体には大きなドラムと針、そこから伸びる二本のケーブル。先端に付いているのは血圧計みたいなバンドだ。
本体の構造はドキュメンタリー番組かなにかで見た覚えがある。確か昔の地震計がこんな形をしていたような……
ということはペッパーのやつ、魔力を波形として観測しているのか。学会でほとんど見向きされていない理論に着目するとは、さすが奇才の名は伊達じゃない。ガチで天才だぞ、こいつ。
「えっと……これを両方の手首に巻いて、もう一度魔法を発動すればいいんですね?」
「よろしゅう頼むぜよ」
再びニームが魔法を発動すると、インクの付いた針が盛大に動き出す。そしてドラムに刻まれていく波形。
「どうだ? 魔道具のコアで再現できそうか?」
「こりゃちくっと難しいな。波形が複雑すぎるき、データの転送速度が追いつかん」
「並列化や高速化しても無理ってことだよな?」
「魔道具のコアはデータ入力のポートが一つしかのうてな、並列化いうがは不可能なんぜよ。高速化の方もタイミングを速うしすぎると、逆に出力が落ちてまうがよ」
あー、なるほど。それでドライヤーの魔道具が完成したわけだ。
「コアの処理能力的にはどうなんだ?」
「そっちは大丈夫や。今ん技術やとコア本来の性能を、三割ばかししか引き出せちょらんきな」
詳しく聞くと魔道具のコアは、タイミングクロックのようなもので動かすらしい。その波形や仕様書を読み解くにしたがい、前世の知識が使えそうなことに気づく。
「それなら転送のタイミングを、信号の立ち上がりと立ち下がりで取ればいだろ。コアの仕様書を見る限り、この部分で処理を分割できる」
「そいつは盲点やった! 確かにおんしの言う通り、出来そうな感じや。伝送速度の倍化らあ、世紀の大発見ぜよ」
信号伝送でダブルデータレートとか、パソコンの世界だと一般的だったからな。俺にとっては身近な技術に過ぎない。
ついでにエネルギー伝送線にデータを重畳させる技術も伝えてみる。様々なものを波として研究しているだけあり、飲み込みがむちゃくちゃ早いな。本当に優秀な技術者だ。
「兄さんたち、すごく盛り上がってますね」
「ボクたちのことを放ったらかしなんて、いい性格してるよ」
仕方ないだろ、面白いんだから。魔道具の基幹技術に触れる機会なんて、そうそう訪れないんだぞ。なにせ師弟関係でもない俺に、ここまで突っ込んだ話をしてくれるのは、ペッパーくらいしかいないだろう。
ため息交じりで眺めるニームやシトラスを横目で見ながら、二人で技術談義に花を咲かせる。
「タクトはしばらくこっちにおるがか?」
「明後日の朝には帰る予定だ。妹は授業があるし、俺はマハラガタカへ行く用事がある」
「ほんならダブルデータレートってのをちくっとやってみて、また話を聞きに行くぜよ」
「明日の朝にでも、飯を食いに来ればいい。その時間なら妹たちとも会えるからな」
そんな約束をして、皇居へ戻ることにした。さて、この短時間でどこまで形にできるのか。せっかくだから固定概念に囚われた魔道具業界を、あっと言わせてやれ。楽しみにしているぞ。
皇家秘蔵の書物を閲覧しに行った主人公。
そこに……
次回「0234話 初代皇帝のギフト」をお楽しみに。




