0232話 ステビアの好奇心
皇居を出てドアッガのメインストリートを歩く。しょせん偽物と侮っていたが、これはこれでアリじゃないんだろうか。しっぽや耳がピクピク動くとか、ちょっと気合を入れ過ぎだぞ。ユーカリのやつ、妖術の腕がメキメキ上達してやがる。
「なあユーカリ、今度アンゼリカさんにネコ耳としっぽを付けてみてくれないか?」
「旦那様がお望みであれば、いつでもやらせていただきます」
「ちょっと兄さん。相手は皇帝なんですよ、いくらなんでも不敬です。というか、さっきと態度が大違いじゃないですか」
「ここまで完璧に化けられるなんて、俺も想像してなかったからな」
「やっぱり私の姿に欲情してるんでしょ。兄さんのエッチ、スケベ、不埒者!」
「こら、人の頭をポカポカ叩くな。視界がブレると看板にぶつかるぞ」
恨めしそうな顔をしたステビアの視線に耐えながら、肩車してやってるというのに何たる仕打ち。ここまでサービスするのは、ベルガモットとお前くらいだということ、わかってるんだろうな。兄のことを敬う気持ちがないのか、お前には!
「赤い虎種って珍しいと思うんだけど、誰もボクたちに注目しないね」
「声をかけたら噛みつかれるとでも思われ……痛いぞ、ニーム」
「失礼なことを言うのは、この口ですか?」
実際には、俺がカラミンサ婆さんの孫だと知れ渡り、恐れられてる。なにせニームが俺を叩いたり抓ったりするたび、周囲から人が離れていく。無関係な者を巻き込んで炎上するとでも思われてるんだろう。心配しなくてもいいぞ。俺が出せる火の魔法なんて、焚き火みたいなものだからな。
「最近のニーム様は、昔と比べてとっても明るくなられたのです」
「サーロイン家にいた頃のニーム様は、どのような感じだったのですか?」
「ちょっとステビア。人の過去を詮索するのはマナー違反ですよ」
「大切なニーム様のことは、どんな些細なことでも知っておく必要があります。これは護衛として最も優先すべき使命なので!」
どうやらステビアの好奇心が、倫理観を上回ってしまったようだ。もしかするとこうして過去の話題が出るのを、虎視眈々と狙っていたのかもしれない。虎種だけに!
「まあ、あなたがそこまで言うなら構いません。ですがミント、変なことをバラすのはダメですからね」
「お前も大概、ステビアには甘いな」
「兄さんは黙っていてください、余計なことを喋ったら承知しませんよ」
「余計もなにも、お前に逃げられまくった思い出しか無いぞ?」
そんな関係だったニームが、いまや俺の家に籍を置く家族だもんな。縁は異なものというのは、こういう事を指すのだったか?
「昔のニーム様はあまりお話をされない、すごく静かな方だったのです。それにタクト様だけでなく、ボリジ様やチャービル様も避けてらっしゃいましたです」
「ほー、それは初耳だな」
「ボリジ兄さんは、やたら威張り散らすので嫌いでした。しかも私のことを、変な目で見てくるんですよ。あれは生理的にダメでしたね」
「あいつは自分になびかない女を、無理やり服従させるのが好きなんだ。もしボリジに対してそっけない態度を取ってたなら、ターゲットにされていたかもしれないぞ」
「最悪ですね……気持ち悪い」
「ニーム様になにかしたら、刺し違えてでも斃します」
まさかニームも目を付けられていたとは。やはり俺の籍に入れたのは正解だった。ここ最近の様子をフェンネルから聞いたが、今のボリジは何をしでかすかわからん。
「チャービルは大人の女性を見る目がいやらしくて、近づきたくなかったんです。しかも家に誰か泊まりに来ると、必ずお風呂を覗こうとしてましたし」
「チャービルのやつ、そんなことをやってたのか」
「そういえばユーカリちゃんのことも、熱心に見てたわね」
「あのときの視線は、思い出したくもありません」
「……もう一人は?」
「ああ、ディルですか。可愛げのない生意気な子で、姉である私にあれこれ命令してくるんです。女は全員格下だと思っていたのでしょう。気に入らなかったので、ずっと無視してました。それに母親と同じ、大の従人嫌いです」
「ミントもディル様の部屋には近づくなと言われてたです」
今まで知らなかった事実が目白押しだな!
自ら距離を置いていたとはいえ、俺はサーロイン家のことを何一つ見てなかったということか……
「ねえステビアお姉ちゃん。あたしが居なかった頃のニーム様って、どんな感じだったの?」
「紹介された従人ひとり一人と言葉を交わしてくださる、とても素晴らしい方でした。ですが学園に通い始めてからは、自分を殺しているようなところがありましたね。そして、なにかに追い立てられている感じがして、見ていてとても危なっかしかったです」
「まあ、あの頃の私は実績を残そうと必死になってましたので」
「ローリエと契約してからのニーム様は、とても生き生きとしておいでです。近寄りがたい雰囲気もなくなり、ご学友からもよく話しかけられるようになりました」
「それってタクト様と出会ったから?」
「兄さんのおかげで自由を手に入れられましたからね。感謝しています」
「そう思うなら肩から降りて、自分で歩いたらどうだ」
「嫌です。アンゼリカお母さんの娘たちがあれほど甘えてるのに、妹の私が遅れを取るなんて悔しいじゃないですか。せっかく従人の格好をしてるんですから、もっとサービスしてくれても良いんですよ?」
変なところで対抗するんじゃない。それにこれ以上って何をやらせたいんだ。もし手触りも再現できれば、心ゆくまでモフってやるがな!
「成績も更に良くなっていますし、最近のニーム様は女性としての魅力も増しています。男子生徒のふらちな視線が増えたのは、許しがたいですが」
「成績に関してはローリエのおかげですね」
「ニーム様のお役に立てて、あたし嬉しい!」
「魅力はやっぱり先日の……って、足で首を絞めるな。危ないだろ」
「デリカシーのない兄さんが悪いんです。反省するまで、この乗り物は誰にも渡しません」
頸動脈が圧迫されたらどうするんだ。以前、ミントに絡んできた酔っぱらいを絞め落としたが、十秒くらいで意識がなくなるんだぞ。
それに人を乗り物扱いとか、失礼すぎるだろ。妙にウキウキとしやがって。兄をこき使って、何が楽しいんだか……
「上人の兄妹というのは、皆こんな感じなのか?」
「俺とニームは特別だと思うぞ。子供の頃ならまだしも、成人した男女の兄妹ってのは、自然に距離を置くものだからな」
「私が子供っぽいとでも言いたいんですか?」
「俺だってこうしてニームと一緒にいるのは、楽しいし嫌いじゃない。お互い様だろ」
「まったく、もぉ……妹離れできない兄を持つと大変ですねぇ~」
そんなにわかりやすい反応をするなよ。みんながニヨニヨとした表情で見ているぞ。ステビアだけは能面のような顔つきだが。
悟りの境地に足を踏み入れたのかもしれん。
「主殿が特に目をかけている存在。そういう認識でよいのだな?」
「独り立ちしてから増えている大切な者の中でも、ニームだけは特別だ」
「兄さんが素直に認めるなんて、一体どうしたんです。なにか悪いものでも食べましたか?」
「お前が言ったんだぞ、俺たちは夫婦みたいなものだと。妻を一番大切に思って何が悪い」
「なっ!? あれは兄さんがどう思ってるのか、反応を確かめてるだけで……そんな気持ちは....................ありません!!」
なにをゴニョゴニョ言ってやがる。これはいつもからかって来る、お返しみたいなものだ。
実際のところ俺はニームに対してだけ、他の者とは異なる感情を持っている。最近まで自分でも不思議に思っていたが、今なら簡単に説明可能だ。きっとこれは血筋なんだろう。なんだかんだで俺の中にも、母さんを溺愛していたタンジェリンさんと同じ血が流れてるんだし。
「ほんとキミたちって、ちょっと妬けるくらい、いいコンビだよね」
「とっても仲良しなのです!」
「わたくしも旦那様と、気の合う友人みたいなお付き合いをしてみたいです」
「……あるじ様、楽しそう」
「まだまだタクトのほうが一枚上手って感じかしら」
「キュイー」
「タクト様と一緒にいる時のニーム様って、いつもより笑顔が素敵だよね。ステビアお姉ちゃん」
「その点だけは認めざるを得ません。あと、ワタワタするニーム様、可愛らしいです」
「これが家族というものなのか。皆が一緒だと、我の感情はどんどん豊かになっていくよ」
屋敷で暮らす人間は全員を家族のように思っているが、血の繋がりがある者同士は違って見えるのかもしれない。そういう超感覚的なものを、スイは持ってるからな。
妙に機嫌の良いニームを肩車したまま、俺たちは人で賑わう通りを歩く。そして少し郊外に出たところで、目的地のテージクロノ学園が見えてきた。初めて会うペッパーという上人は、どんなやつなのか……
ちょっと楽しみだ。
とある界隈で人気のあるアレが登場。
次回「0233話 ペッパー・スコヴィル」をお楽しみに!




