0231話 救いの女神
7月の第4週で終わるはずだった案件が8月まで伸びてしまい、2週ほど投稿できませんでした。
そして発令された巨大地震注意情報。
住んでる場所が震源域・窓から海の見える自宅・川も近い等々、数え役満状態なので戦々恐々としています。
地元でも列車の運休や遅れ・海水浴場の閉鎖・花火大会中止・備蓄物資の買い占めなどが起きています。
皆様もどうぞお気をつけください。
◇◆◇
てなわけで生存報告も兼ねて新章の開始です。
自宅を手に入れた主人公がどうなっていくのか、ぜひお楽しみください。
シマエナガたちをモフりまくり、フェンネルやクミンに別れを告げる。ずっとグズっていたサントリナも、見送りに来てくれた。三日くらいで戻る予定だから、それまでいい子にしてるんだぞ。
なにせ明日は満月の夜。ベルガモットのためにアインパエへ行かねばならん。これから家を空けることもちょくちょくあるし、頑張って慣れてくれ。
「アインパエから戻ってきた後、ユズを迎えに行く予定だ。それまで家のことをよろしく頼む」
「お任せください、タクト様」
「お姉ちゃんによろしくね」
仕事を覚えて余裕が出てきたら、クミンも泊りがけで連れて行ってやろう。契約した従人たちも紹介してやりたい。なにせ四人ともクミンにべったりだ。マツリカのやつ、ちょっと嫉妬するかもしれないな。
走り寄ってきたサントリナをユーカリと二人で抱きしめ、後ろ髪を引かれながら皇居へ飛ぶ。
「遅かったでござるな」
「ちょっと子供に泣かれてしまってな」
「兄さんは甘やかしすぎです。あんな調子じゃ、いつまでたっても親離れできませんよ」
仕方ないだろ、サントリナが可愛すぎるんだよ!
やはり子供というのはいい。今回は皇家秘蔵の書物を閲覧させて貰う予定だ。異種族間の生殖について、必ず手がかりを見つけてやる。
「貴殿がニーム殿でござるな」
「はじめまして、ニーム・コーサカです。いつも兄がご迷惑をおかけして、申し訳ありません。何かあれば私の方から言い聞かせますので、遠慮なく告発してください」
「待て、ニーム。俺は悪事や不正を働いた覚えはないぞ」
「そう思ってるのは兄さんだけですよ。発現したギフトや使役している従人、その全てが不正の塊みたいなものじゃないですか」
おい、ハットリくん。どうしてそこで首を縦に振るんだ。程度の差はあれ、上人に発現するギフトは、どれもチートみたいなもんだろ。自分だってスニーキング系のギフトを持ってるくせに。ダンボール箱を被せるぞ、コノヤロウ!
「魔導士のお前に言われるのは、はなはだ遺憾だ」
「私のギフトなんて、ちょっと魔法がうまく扱える程度じゃないですか。それでも兄さんには小細工で負けてしまうんですよ」
「俺が使いこなせるまでに十年近くかかった複合魔法を、たった数ヶ月でマスターしやがって。なにがちょっとだよ。バカも休み休み言え」
ここへ来た目的も忘れ、二人でやいのやいの盛り上がる。よくよく考えれば、こうして遠慮なく言葉をぶつけ合えるのって、上人だとニームくらいなんだよな。
「ベルガモット様がおっしゃっていたとおり、仲の良い兄妹でござるな」
「こうして話せるようになって、まだ一年も経ってないけどな」
「なにせ子供の頃は、兄さんが垂れ流す公害のような魔力に、ずっと威圧され続けてましたからね」
「公害とか言うな、失礼な奴め。まあそれは良いとして、あそこで拝んでる連中はなんだ?」
「彼らは文官たちでござるよ。ニーム殿を一目見ようと、集まったのでござる」
「私を……ですか?」
ハットリくんによると、俺がアインパエへ金銭の要求を一切しなかったのは、ニームを囲い込むためにベルガモットが協力したから。大きく価値を落とした為替レートのせいで、もし正規の料金を南方通貨で支払えば、国庫が枯渇するところだった。莫大な金額を相殺してしまったニームは、アインパエ帝国の救世主だ。なので国賓としてお迎えしよう。
みたいなことになっているらしい。
「国民の間には、預金封鎖や資産の強制収用がおこなわれる、という噂が流れていたでござる。それを防いだのはニーム殿という話になってしまっているので、街に出るときは気をつけた方が良いでござるよ。タクト殿が上人を連れ歩いていると、簡単に身元を特定されるでござるからな」
「ちょっと、兄さん! なんてことしてくれたんですか」
「待て、ニーム。そんな事になってるなんて、俺もいま知った。これは不可抗力ってやつだ」
「歩くだけで騒がれたりしたら、テージクロノ学園へ行けませんよ?」
「馬車でこっそり移動するか、ユーカリに頼んで従人にでも化ければいいだろ」
内務関係はカイザーが救世主として崇められ、財務関係はニームが救いの女神として扱われているとのこと。俺への関心が逸れるのは大歓迎だから、このままニームの成果にしてしまおう。尊い犠牲ってやつだな。
「ニーム様を見えなくすることも出来ますので、わたくしにお任せください」
「誰もいない場所から声がしたら、不審に思われてしまいそうです。アインパエの街を散策しながら歩きたいので、従人にでもなってみることにします」
「その時はぜひ私とお揃いの虎種に!!」
「あたし、猫種になったニーム様も、見てみたい!」
「我のようなツノとしっぽにすれば、耳を隠さずにすむぞ」
「私と同じ羽も、ありなんじゃないかしら」
切れ長でわずかにツリ目だから、凛々しい感じの種族が似合うかもしれない。シベリアンハスキーみたいな犬種はどうだろうか……
「ちょっと兄さん。いやらしい目で私のことを見るのは、やめてください。従人に化けたからって襲ってくるとか無しですよ」
「そんなことせんわ!」
この俺が偽物の耳やしっぽに踊らされるとかありえん。いくら見た目が変わったとしても、しょせんは幻。触ってもモフモフが堪能できないんだぞ。
「そろそろ白羽院へ行くでござる。陛下が待っているでござるからな」
「ただでさえ遅れているというのに、兄さんのせいで時間を無駄にしました。早く行きましょう」
「俺が悪いのかよ……」
万歳しながら見送る文官たちの間を抜け、シマエナガを頭に乗せたまま遊歩道を歩く。ちょくちょく足を運んでいたとはいえ、泊りがけでここに来るのは半月ぶりだ。久しぶりの温泉をじっくり楽しませてもらおう。
初めて訪れたニームたちに施設を紹介しながら、表御殿にあたる白羽院を目指す。しかしニームを国賓待遇で迎え入れるとか、えらい大事になっているな。逆に言えばそういう思惑があったから、露草の館に宿泊できたり、テージクロノ学園への訪問許可が、あっさり下りたわけか。
なにせ技術系の学園であるテージクロノは、国家の基盤を支える重要な施設。青の皇籍証を持ってる俺ならまだしも、ニームは完全な部外者だ。いくら手土産があるとはいえ、普通は二つ返事で入れてもらえたりしないはず。
「久しぶりじゃな、ニーム姉上殿」
「ご無沙汰してます、ベルガモットちゃん」
「お帰りなさいなの。今日のご飯はなに?」
「米粉でドミグラスソースを仕込んできたから、ハヤシライスを作ってやろう」
「知らない食べ物だけど、楽しみなの!」
小走りで近づいてきたナスタチウムが、子犬のようにまとわりつきながら、今夜のレシピを聞いてくる。なんというか、どんどん小動物っぽくなってないか?
まあ、以前はしょっちゅう泣いていたって話だし、明るくなったのは良いことだ。
「会いたかった……れす」
「ただいま、ラムズイヤー。最近、政務の方も頑張ってるみたいじゃないか」
「お母さんの負担を……少しでも減らしてあげたいのれす」
「よしよし、偉いぞ」
頭をなでてやると、ラムズイヤーが嬉しそうにはにかむ。どうもこの子は、俺に父親像を重ねてるきらいがあるな。実年齢だと、お前のほうが四歳も上なんだぞ?
「ちょっと兄さんにべったり過ぎませんか?」
「妾たち三姉妹は、みなタクトに救われたからな。甘えてしまうのは仕方ないのじゃ」
ベルガモットが両腕を伸ばしてきたので、いつものように抱き上げる。上人のレベルはステータスにあまり影響しないが、以前より軽く持ち上げられるようになった。純粋に力と体力がついてきたのかもしれない。
「聖女様をたぶらかしたり、皇族たちを甘やかしたり、最近の兄さんはちょっとおかしいです」
「身内や同士に、ちょっと優しくしてるだけじゃないか」
「私にはそんなこと、してくれたことないのに……」
抱っことかして欲しいのかよ。前におんぶしてやっただろ。体調を崩したときは付き添ったし、毎日髪も乾かしてやってるというのに。これ以上、兄に何を求めるんだ、まったく。
とにかくいつまでもエントランスホールにいたら、誰に見られるかわからん。全員で政務の間に行くと、丸い鼻眼鏡をかけたアンゼリカさんが、書類と格闘していた。オンオフを切り替えるためにメガネを装着してるらしいが、相変わらず悔しいくらい似合ってるな。
「やっと来てくれたにゃー」
「すまない、ちょっと遅くなった」
「タッくんがなかなか泊まりに来てくれにゃいから、ずっと娘たちが落ち着かなかったにゃ」
「来月くらいには、引き取った転移者の生活も落ち着いてるはずだ。折を見て泊まりに来てもいいからな」
「……ご愁傷さまです、フェンネル」
こらニーム、遠い目で祈るのをやめないか。縁起でもない。
「ニームちゃんもよく来てくれたにゃ」
「先日はお世話になりました」
「もう落ち着いたかにゃ?」
「おかげさまで、なんとか乗り切ることが出来ました」
「じゃあ、みんなで一緒に温泉に入れるにゃ!」
「……えっと、兄さんもですか?」
「もちろんにゃ」
――キッ!!
「そんな顔で睨むんじゃない。温泉用の服を用意してある。それを着て入ってるからな」
「まったくもー。ちょっと目を離すと、すぐこれなんですから。兄さんが過ちを犯さないよう、私が監視します。異論は認めません」
「お前さえ良ければ問題ないぞ。この人数でも十分入れる大きさだしな」
今夜はどうしようかと思っていたら、なし崩し的に決まってしまった。しかしニームと一緒に、温泉へ入ることになるとは……
「それよりタッくん、今日はペーくんと会うんだよね?」
「ニームのおかげで、彼の研究に使えそうな魔法が再現できたからな」
「学会を揺るがす発見だと思うんだけど、あの子の成果にしちゃってもいいにゃ?」
「メドーセージ学園長にも相談したんだが、難解すぎて南方大陸では手に余りそうなんだ。それに軍事転用でもされたら、世界のパワーバランスが崩壊してしまう。だったらアインパエの秘匿技術にしてしまった方が良い。ペッパーならそのあたり、うまくやってくれるだろ?」
「その点は安心していいにゃ。パルマローザみたいな野心家に渡らないよう、何重にもプロテクトを掛けてくれるにゃ」
さすがアインパエ一の奇才。あんなとんでも魔法を扱えるのは、奇想天外な研究をしてる彼くらいだろう。きっと並の技術者じゃ歯が立たないはず。俺も前世の知識があるし、少しくらいなら助言だってできる。せっかくだからニームとペッパーの名前を、歴史の一ページに刻みつけてやるぞ!
街へ繰り出す主人公たち。
妹ちゃんの口から語られるサーロイン家の実態とは?
次回「0232話 ステビアの好奇心」をお楽しみに。




