0230話 大家族
アルカネットやパインと一緒に風呂へ入ってきたシトラスのしっぽを、遠赤外線ドライヤー魔法で乾かす。全員のしっぽをモフりまくりたいところだが、いかんせん人数が多すぎる。なにせ今日から四人増え、総勢二十名だもんな。
「キミのことだから、毎日全員のしっぽをモフると思ってたよ。珍しく自重が出来るなんて、どっか調子でも悪いのかい?」
俺の思考を読むなよ、シトラス。そんなにわかりやすく態度に出してる覚えはないのだが……
まあ自重ではなく時間的な制約だということ、説明してやろう。
「やって出来なくはないが、お前たちのブラッシングは、手を抜きたくないからだ。フェンネルにもアレを渡してきたし、分担してやるほうがお互いのためになる」
「シトラスちゃんが嫌がるからじゃなかったのね」
「……シトラス、ローリエとかだと、怒らない」
「そういえば、サントリナちゃんがこうしてても平気よね。毎日タクトとべったりなのに」
「ふにゅ?」
ウトウトし始めたサントリナが、自分の名前に反応する。呼んだわけじゃないから気にしなくていいぞ。今日はそのまま寝てしまえ。
抱き寄せて頭をなでてやると、服を掴んだまま眠ってしまう。まったく、相変わらずうい奴め!
「そりゃあ家族だからさ。いちいち気にしてたら、きりが無いじゃん。それよりさ、キミには必要ないけど、アレって便利だよね。なんで今までなかったのかな」
「……話、そらした」
「逸らしたわね」
「うるさいなぁ……」
もしかすると群れを大切にする、狼の習性みたいなものかもしれん。好奇心旺盛な猫種。命令に忠実な犬種。おっとりした性格が多い狐種。気弱な兎種。そうした種族的な特長は、従人にも存在するしな。
おっといかん。視線を感じたんだろう、振り返ったシトラスが俺を睨む。ブラッシングを再開させながら、魔道具の話に戻す。
「技術的な難題を解決できなかったからだ。しかしアインパエではスコヴィル家の長男が色々やらかしたおかげで、かなりの知見が溜まっててな。その応用で完成させることができた」
「へー、爆発魔も役に立ったってことか」
魔道具が発生させる効果は、一定の閾値を下回ることができない。それをペッパーが解決してしまった。なんだかんだで天才じゃないか?
母親や姉妹の話を聞く限り、政治より研究の方に適正があるな。爆発さえ起こさなければ……
「あとは俺のアイデアと、前世の知識で完成したってわけだ」
「じゃあアレも売れると、キミにお金が入ってくるの?」
「売上げの一部を配当としてもらえるぞ」
「人も増えたから、ちょうどよかったじゃん。きっと人気が出ると思うよ」
今までは持て余すだけだったが、これからはいくら金があってもいい。面倒なことは全部フェンネルがやってくれるし!
資産や貯金を増やして、万が一のときに備えておかなければな。大幅に増えた家族を路頭に迷わせるわけにはいかん。
――コンコン
「あら、誰かしら? ちょっと見てくるわ」
どうやらクミンたちが風呂から上がってきたようだ。そういえば薬の組成を大きく変えたとか言ってたっけ。浸透率が向上して水濡れに強くなり、効能時間も大幅に伸びている。副作用や炎症もおきてないようだし、ローズマリーの作る薬は本当に優秀だな。
またアインパエの珍しい菓子でも差し入れてやろう。
「あの……入ってもいい?」
「今日から家族になったんだから、遠慮なんてしなくていいぞ」
「ありがとう、タクトさん」
「あー、あー」
「元気になってよかったわね。私のことわかるの?」
「うー」
「うふふ、可愛らしい手だわ」
獣人種というのは、新生児でも目がいいんだろうか?
ラベンダーに抱かれたリコリスが、近くを飛び回るジャスミンに手を伸ばす。生まれたときの俺なんかは、なんとなく輪郭がわかるって程度の視力しかなかったのに……
ブリーダでもない俺が新生児と触れ合う機会なんてない。将来のためにリコリスで学ばねば!
「凄いベッドだよね」
「アインパエのベッド職人が製作可能と答えた、最大サイズで注文したからな」
「うわー、マットレスもふかふかだ。みんなも上がっておいでよ」
「「「・・・・・」」」
「ほらほら。契約主が呼んでるんだ、全員でこっちに来い」
「従人が近くにいると、タクトさんが喜ぶからね」
「さすがクミン、よくわかってるじゃないか!」
服を掴んだまま眠るサントリナ。いそいそと後ろへ回り込み、俺を背もたれにし始めたシトラス。足を枕にしてグテーっと寝そべるシナモン。首へ巻き付くようにしてくつろぐコハク。そして頭の上には、風呂上がりのシマエナガたち。客観的に見ると、なかなかすごい光景だ。
まあ、そんな俺の姿を見て決心がついたのだろう。恐る恐るベッドの上で腰を下ろす。
「みんなのしっぽとか頭を乾かしてあげたいんだけど、私って魔法がすごく苦手なの。だからごめんね」
「謝らないでください、クミン様。ホントなら、私が身の回りのお世話をしないと、ダメなんですから」
「クミン様は私のすべてを掛けて守るべき存在なんです。気に病まれるようなことは、何一つありません」
契約したばかりのルーとレモングラスは、心の底からクミンを主として認めてるっぽい。なんとかして彼女の役に立ちたいという気持ちが、屋敷へ来てからの言動を見ているだけでわかる。
逆にラベンダーは、甘えることに抵抗がない感じだ。世話を焼かれると、すごく幸せそうな表情になるからな。
「やっぱり魔法の出力が安定しないか?」
「うん。頑張ってるんだけど、うまく調整できないんだ……」
「魔力の流れが不安定になるのは、おそらく体質のせいだろう。この家にはニームもいるから、焦らず訓練を続けてみてくれ。もしかすると、それが病気の改善に繋がるかもしれない」
「わかった!」
なにせクミンの症状は、体内に魔力の淀みができてしまうというもの。それが魔法に影響するのは、ある意味当たり前。仮に魔力の流れを自在にコントロールできるようになれば、ニームでも動かすことのできない淀みを解消できるかもしれない。薬以外のアプローチを探っておくのは、必ずなにかの役に立つ。
「いい返事だ。そんな頑張り屋のクミンに、俺からプレゼントをやろう」
「えっ、なになに?」
マジックバッグから箱を取り出してクミンに渡す。魔力のチャージは普通にできるみたいだから、これなら有効に使ってもらえるはず。
目をキラキラさせたクミンがフタを開けると、中から出てきたのは持ち手の付いた細長い筒。手にとって覗き込んだり、銃を持つみたいに構えたりするが、やはり使い方はわからないか。首を斜めに傾けて、俺の方をじっと見る。きっとこんな姿に、学園生たちはやられたんだろうな。
「それは筒の先から温風が出る、ドライヤーという魔道具だ。それを使えば誰でもしっぽや頭を、乾かすことが出来るぞ」
「そんな凄い道具があるの!?」
「今度ワカイネトコに、タラバ商会の支店を出すことになってな。そこの目玉商品になるよう、アインパエの職人と一緒に開発した。最終的な調整はまだだから、使ってみた感想を聞かせてくれ」
「やったー! ありがとう、タクトさん。これでみんなのブラッシングが出来るよ」
それだけ喜んでもらえたら、作った甲斐があるというもの。スライドスイッチで選ぶ、二段階の温風と送風のみの機能。効果的な使い方や注意点を一通り説明すると、早速ルーのしっぽを乾かし始めた。
「ねえねえ。リコリスちゃんがタクトの方に行きたがってるんだけど、抱っこしてあげたら?」
「構わないか?」
「はい、よろしくお願いします」
「だぁー、だぁー」
ラベンダーからリコリスを預かり、まだ安定していない首を支えるように抱っこする。この子のビットを正常化する時に、かなりの魔力を浸透させた影響だろうか?
どうやら俺の近くにいると落ち着くらしい。ぐずって泣き出しそうだった表情から、今にも眠ってしまいそうな顔へ変わっていく。栗鼠種の子供に好かれるなんて、最高すぎるだろ。幸せ指数がマックスハートだ!
「あっそうそう、聞いてよタクトさん。ラベンダーって観葉植物の栽培ができるんだって」
「農作物はよく聞くが、観葉植物ってのは珍しいな」
「他所との差別化とかで、ブリーダーが飼育していた女従人を中心に、叩き込まれました」
ラベンダーの所有者だったブリーダーは、やっぱりどこかズレてるな。観葉植物を取り扱う業者は、生産者との繋がりが異様に強い。その生産者ってのは、全員が品評会の優勝を狙ってるような者ばかり。そこへ従人が入り込むなんて、まず無理だ。
販売以外の目的で育ててる連中は、上流階級の嗜みという意味合いが強く、従人に任せたりすると嘲笑のネタにされる。個人宅ならあるかもしれないが、高級な嗜好品に分類される観葉植物を、気軽に買える家は少ないだろう。
つまり需要がほとんど望めないということ。こんな的はずれなことをやってたら、経営破綻しても仕方ない。
「クミンのギフトと相性抜群じゃないか。いい従人が来てくれて良かったな」
「うん、本当だよ。なんか色々なことに挑戦できそうで楽しみだなぁー」
「この子がある程度大きくなるまで、無理は禁物だぞ。子育てってのは、かなりの重労働だからな。ラベンダーは一人で何でもやろうとせず、手分けして世話をするようにしろ。俺もこうしてあやしてやれるし、フェンネルの従人たちも手伝ってくれる。サントリナもそうだが、子供たちはコーサカ家の宝物だ。健やかな成長を最優先にしてくれ」
「ありがとうございます、タクト様。クミン様に使役していただき、この家で働ける私は、本当に幸せです」
「それと五人で寝起きを共にするなら、夜泣きで目覚めてしまうこともあるだろう。そんな時は無理せず昼間に休息を取れ。アルカネットには伝えてあるから、うまく仕事を割り振ってくれるはずだ。ルーとレモングラスも、辛かったら昼寝とかしろよ」
「「はい」」
「タクトさんって細かいところまで、すごく配慮してくれるよね。もしかして前世で子供がいたの?」
「いや、結婚どころか、恋人さえいなかったな」
「そんな顔と性格じゃ、誰も寄り付かないんじゃない? 初めてキミの姿を見たユズも、腰を抜かしてたくらいだし」
うるさいぞ、シトラス。前世の顔と性格のまま、生まれ変わってるわけ無いだろ。
ユズが驚いたのは、日本人かと思って喜んでドアを開けたら、立っていたのはアニメキャラか、コスプレ外人といった感じの俺。それでビックリしただけのはず。なにせ深い青色をした髪なんて、地球には存在しないからな。
恋人はまあ、興味がなかった以上に、アレルギー体質だったのが理由になるか……
気軽に外食はできないし、ちょっとした化学物質で涙やくしゃみが止まらなくなる。下手すると香水やヘアスプレーにも反応してた。そんな俺が誰かと付き合うなんて、当時は考えもしなかったくらいだ。おかげで休みの日にはせっせと作り置きを量産し、時間があったら趣味のイラストを描く、そんな完全インドア派の出来上がり。
「こうして従人や霊獣たちと一緒に過ごせるなら、姿や性格なんてどうでもいい。重要なのはモフモフたちを幸せにできるか否かだからな!」
「なんか負け惜しみに聞こえるなぁ……」
「こうやってシトラスちゃんに好かれていたら、他には何もいらないってことよね」
「おおジャスミン、心の友よ」
「ボクが好きなのは背もたれであって、キミじゃないよーだ」
くだらない話で盛り上がっていたら、風呂上がりのユーカリたちが部屋へ入ってきた。名残惜しいがリコリスを母親に返そう。ドライヤー魔法でしっぽと髪がフワフワになったリコリスをラベンダーに渡す。
「サントリナちゃんを預かりますね」
「よろしく頼む、ユーカリ母さん」
「もぉ旦那様ったら、またそんなことを言ってぇー」
いつまで経ってもこの一言でクネクネし始めるから面白いな!
幸せそうな顔で俺の前に膝をつき、眠っているサントリナをそっと胸に抱く。自分を持ち上げているのがユーカリだとわかるのだろうか。俺の服をあっさり離してしまった。ちょっと寂しいぞ……
まあいい、このままユーカリのブラッシングをしてしまおう。
「シナモンよ、眠るならこれを使うといい」
「……ん、ありがとう」
クミンが来てから一言も喋ってないと思ったら、そろそろ限界だった模様。スイから渡された毛布に潜り込み、俺の横で丸くなって寝息を立て始める。今日はかなり頑張ったからな。そのままゆっくり眠ってくれ。
「ねえ、タクトさんはレベルを九だったっけ……上げてきたって言ったけど、みんなはどれくらいになったの?」
「ボクは八十四から九十一になったよ」
「うわ、半日足らずで七も上がったんだ」
「ミントもシトラスさんと同じだけ上がって、八十九になったです」
「私だけ八アップして、七十四から八十二よ」
「ユーカリとシナモンも七レベル上がって、それぞれ八十五と八十三になっている。大体千二百体ほど魔物や魔獣を倒した計算だな」
「そのペースで上げられるなら、すぐレベルの上限になりそうだね」
「それはちょっと難しい」
「え!? どうして?」
「魔素の淀みに湧く魔物や魔獣を片っ端から斃していくと、キングやクイーンといった上位クラスの発生率が下がってしまうんだ。やりすぎると森のバランスを崩すし、他の冒険者たちに迷惑をかけてしまう。だから人の命でもかかってない限り、こんな狩り方は二度としない」
「そっかー、森って私たちだけのものじゃないもんね」
スイのブレス攻撃は魔晶核すら消し飛ばしてしまう。ユーカリの魔術は相手を粉砕するし、シナモンの真空斬は体を切り刻む。そして二丁拳銃で蜂の巣になった魔獣も、食材としての利用が難しい。今日はシトラスが、なんど絶望の表情を浮かべたことか……
「まあ生半可な理由では、霊獣たちの理解を得られぬよ。今日の主殿は鬼気迫るものがあったからな」
「何度も頭を下げてらっしゃったのです」
「リコリスちゃんみたいに可愛い子のためだもの。必死になるのは仕方ないわよ」
「キュイー」
「チチチッ!」
そんなの当たり前だろ。次世代を担う子供が、産声も上げずに死んでしまうなんて、あってはならん。モフモフのためなら土下座だっていとわないぞ!
「普段からあれくらい殊勝な態度だったら、キミにも彼女くらい出来るんじゃない?」
「ユーカリみたいないい女がいるのに、どうしてわざわざ彼女なんか作らないといけないんだ」
「旦那様ったら、もぉ~、もぉ~、もぉ~」
ブラッシング中もずっとクネクネしていたユーカリが、とうとう壊れてしまった。ウナギと犬ならぬ、ウナギと牛だな、これは。
延髄のあたりを指で突くと動きが止まったので、そのままブラッシングをやってしまう。背中から捌くのは関東風だっけ?
って、いかんいかん。思考が明後日の方向にぶれすぎだ。リコリスの治療でかなりの魔力を消耗したし、森の中で体力も使っている。体感以上に疲れているらしい。今夜は早めに休むとするか。
まあ魔力自体はかなり回復してるから問題ないと思うが……
魔法の発動具合を確かめつつ、ミントのブラッシングも終わらせる。スイの長い髪をブラシで梳かしていたら、風呂上がりのニームたちが部屋に来た。
「今日クミンさんと契約したばかりなのに、なんだか長年連れ添ってきた家族みたいになってますね」
「タクトさんたちには、まだまだ及ばないよ」
「兄さんたちはイチャイチャしすぎです。少しは控えてくれないと、胸焼けしてしまいそうですよ、まったく」
「あっ、そうだ。ニームちゃんにお願いがあるんだけど……」
「なんですか? クミンさん」
「ニームちゃんは当主の妹なんだから、私のことをさん付けで呼ぶの、やめてほしいな。逆に私がニーム様って呼ばないとダメな立場なんだし」
「年が近い女の子に様付けで呼ばれるのは、学園内だけで十分ですから勘弁してください。でもそうですね、今日から家族になったのですし、クミンと呼ぶことにします。それでいいですか?」
「うん!」
話はまとまったとばかりに、ニームが俺の前に腰を下ろす。いつの間にか、すっかり俺の役目になってしまったな。ここでゴネても「妹の世話をするのは兄の努め」とか言い出すに決まってる。家にいるときくらいは世話してやろう。
「今日はどうだった?」
「ベニバナさんに色々アドバイスして貰いましたし、ローズマリーさんが薬を調合してくれました。しばらくお風呂は一番最後にしますけど、もう大丈夫ですよ」
「そうか。やっぱり同年代の友人は頼りになるな」
アインパエで集めておいた素材が役に立っているようで何よりだ。ローズマリーが作ってくれる薬なら間違いがない。すでに街の調薬師より腕が良いからな。さすがは薬師のギフト持ち。食いっぱぐれることが絶対ないと言われるだけはある。
礼もかねてローズマリーの父親に手配しておいた品、役に立つと良いのだが……
今日から家族になったクミンと共に、それぞれが交流を深めていく。これでユズを迎え入れる準備は整った。健康になったスイがここにいる以上、ラズベリーの占星術で感知した厄災も、綺麗さっぱり消えているはず。あとは細々とした調整を終わらせ、その日を待つとしよう。




