0226話 帽子のポテンシャル
入室の許可を告げられ、学園長室に入る。
おっ。今日は比較的おとなしめのスーツじゃないか。色は蛍光ピンクだが。
まあ服はどうでもいいとして、なんで学園長が持ってるんだよ、それ!
「お久しぶりですにゃ、メドーセージ先生」
「おぉ、アンゼリカ君。よく来たの」
「先生もすごく似合ってるにゃ」
「お揃いじゃな」
「ピンク色も可愛いにゃぁー」
立派なヒゲを蓄えた老人にも似合うとは、ねこみみ型帽子のポテンシャル恐るべし!!
「まだ販売前の商品なのに、どうやって手に入れたんだ?」
「若者に人気が出そうじゃから、学園の購買で取り扱ってほしいと依頼が来てな。試供品として提供されたんじゃ」
それを学園長みずから、かぶるなよ……
「さっき出会った生徒たちにも大人気だったにゃ」
「それならいくつか仕入れてみるかの」
利用したことがないので頭から抜け落ちていたが、ここにもあったな購買部。ニームが使えるものを取り扱ってるかもしれん。あとで聞いておこう。
いつもの事務員がどこからともなく現れ、茶を淹れたあとに部屋から出ていく。相変わらずの神出鬼没ぶりに感心しながら、来客用のソファーに腰を下ろす。
なんで膝の上に座ろうとするんだよ。それが当たり前みたいな動きをするから、思わずスルーしそうになっただろ。
俺はアンゼリカさんの脇に手を入れ、一旦ソファーから立つ。シナモンほどじゃないが、この人も結構伸びるな。まあいい、とりあえず隣に置いておこう。
「ちょっとしたスキンシップにゃのに、タッくんはお硬すぎるにゃ」
「アンゼリカさんが緩すぎるんだ」
「そうかにゃー……」
ちょっとまて、どこを見比べてる。そっちの話をしてるんじゃないぞ。
知識や実践経験の豊富な大人は、本当に扱いづらいくてかなわん!
「昔のアンゼリカ君に戻ったようじゃな」
「若い頃はメドーセージ先生の膝にも、よく座らせてもらったにゃ」
「昔からこんなんだったのか……」
「こんなんとは失礼にゃ! 私だって見境なく膝に座ったり、手を繋いだりしないにゃ」
「ほっほっほっ。すっかり仲良しになっておる」
孫を見るような目で微笑まないでくれ。年配者特有のおおらかな雰囲気と、ねこみみ型帽子の相乗効果で、部屋の中に変な空気が醸成されてる。
なんだか帽子にしてある猫の刺繍も、優しい顔立ちになってる気がするなぁ……
「タッくんと仲良くしておかにゃかったら、アインパエが崩壊してしまうにゃ」
「それどころかタクト君を怒らせると、世界が終わってしまうからの」
「人のことを邪悪な破壊神みたいに言うなよ。それよりわざわざここまで来たんだから、なにか用事があるんだろ?」
「そうだったにゃ。メドーセージ先生に、これをお願いしたいにゃ。送るより早いから、直接持ってきたにゃ」
アンゼリカさんが、マジックバッグから取り出した紙を、テーブルの上へ置く。どうやら身元保証に関する書類のようだ。
「儂の時は当時の教皇に、やってもらったやつじゃな」
「この保証書が揃ったら、タッくんが宝物庫へ入れるようになるにゃ」
いくら皇籍を持っていても、俺は他国の人間。身元保証人がいなければ、許可を出せないとのこと。スコヴィル家の養子になれば必要なくなるそうだが、コーサカ家を捨てる気はないと言ってるからな。アンゼリカさんもそっちは諦めて、別の方法で許可証を発行してくれることにしたらしい。
これでやっと皇家が所蔵している書物を読める。次にアインパエで滞在できる日が楽しみだ!
◇◆◇
サントリナにも手伝ってもらいながら、テーブルに今日の夕食を並べていく。蒸さない作り方をしたが、味見したマンダリンとパインの表情が溶けていたので、問題ないだろう。色もきれいに付いている。茶碗に盛り付け、黒種で作ったゴマ塩を一振り。
ボア肉の角煮や、筑前煮風の副菜を取り分けていたら、ニームが食堂へ入ってきた。顔色はすっかり良くなり、体の動きもいつもと変わらない。薬のおかげか、軽めにすんでいるようで何よりだ。
「今日の水麦は変わった色をしていますね」
「アインパエに自生している品種で、水麦とはちょっと違うんだ。前世の人たちは〝もち米〟と呼んでいた」
「赤紫の豆と一緒に炊いているから、こんな色になるんですか。見た目はちょっとアレですが、兄さんの作る料理ですから、間違いはないでしょう」
「きれいな色がついてて、美味しそうだねステビアお姉ちゃん」
「色のせいでしょうか、ちょっと特別な感じがします」
「もしかして、私のために?」
日本だと古い習慣なんて言われてしまうこともあるが、こっちの世界にも似たような風習があったりする。もっとも祝賀というより、報告会の意味合いが強いのだが。
「この家でやるのは、単純に祝うだけだ。才人の義務やら役目なんて、面倒なことは言わん。ニームはこれからも、自由に生き方を決めればいい」
「ちょっと恥ずかしいですけど、嬉しいです。ありがとうございます、兄さん」
「とりあえず、まずは主役が座れ。そうじゃないと、いつまで経っても始められないからな」
荒ぶるシトラスのしっぽを鎮めるためにも、とっとと始めなければ!
簡単な挨拶だけして、まずは赤飯をひとくち。うん、ムラなく炊きあがってるな。塩水にしてから黒種と一緒に煮詰めたゴマ塩も、いい塩梅だ。
「ふひぎな食感がして、ほいひー!」
「ちょっとネバネバしてるです」
「形はよく似てるのに、炊きあがりがこんなに違うなんて、水麦の世界は奥が深いです」
「喉に詰まりやすいから、いつもみたいに掻き込んで食ったらダメだぞ」
「お代わりー!」
人の話を聞けよ、シトラス。まあ相変わらずの気持ちいい食いっぷりだから、放っておこう。
スプーンでちまちま食べるサントリナを眺めつつ、山盛りの茶碗をシトラスに差し出す。
「……おはぎ、うまうま」
「小さく作ってくれたのを食べてみたけど、これってお菓子みたいね」
「赤飯と同じ赤豆にもち米の組み合わせだが、カテゴリー的には和菓子になるな」
「我はキナコよりツブアンの方が好みだ」
「赤豆の皮を取り除いてこし餡にすると、ぼた餅という名前に変わるぞ」
「それは興味深い。今度はそちらも馳走してもらえるか、主殿よ」
フェンネルたちも美味しそうに食べてるし、ニームの食欲も戻ってきたようだ。今度は杵つき餅に挑戦せねばならんな。みんなでペッタンペッタンやるのは、きっと楽しい。
材料になる木は自力で調達ずみなので、あとは実行あるのみ。乾燥が終わったらジャスミンと協力しつつ、杵と臼を作ろう。
「同じ材料で主食とお菓子になるなんて、兄さんの料理は本当に面白いです」
「あたしはキナコがついたの好き!」
「タクト様、緑色のものはなんですか?」
「それは青豆をすりつぶして作った、ずんだのおはぎだ」
「くろいの、おいしい」
「あんこが顔についているぞ。拭いてやるから、じっとしてろよ」
「ありがとう、タクトおとーさん」
黒すりごまをまぶしたやつが好きとは、なかなか渋い趣味をしてるな。
サントリナの笑顔に癒やされながらニームの方を見ると、食事も一段落したらしくほうじ茶をすすっている。そろそろアレを渡してやるか。
「普通は嫁入り道具に渡したりするものだが、これは俺からの成長祝いだ。受け取ってくれ」
「開けてみて、いいですか?」
「ああ、いいぞ。気に入ってくれると嬉しいんだが……」
ニームはラッピングを破らないように外し、丁寧に折りたたむ。こんなところは性格が出ているな。
「これは……もしかして、マジックバッグ?」
「そこの金具を回して指を押し当てると、使用者登録ができる」
「すっ、凄いですこれ。小さな倉庫くらいあるじゃないですか」
シトラスたちに作ったのは、キングクラスの魔晶核一個でできる小容量タイプ。母さんから譲り受けたマジックバッグの初期容量と同じ、ひと部屋分ほどの大きさ。それでも正式名称がマジックケースになる、クイーンやバロンクラスを使ったものよりデカい。
一方ニームのものは、キングクラス五個分の中容量タイプ。単純に五倍とはいかないものの、個人所有では滅多にお目にかかれない容量がある。それより更に十倍くらい大きいのが、俺のマジックバッグだったりするのだが……
一体どれだけの魔晶核が必要なのか、想像もできん。
「それだけあったら困ることはないだろ」
「困るどころか、持て余しますよ。いいんですか? こんな高性能なものをもらっても」
「俺たちはキングクラスをソロで狩れるからな。魔晶核集め程度なら半日で終る」
「やっぱり兄さんに常識を求めるのは間違ってましたね。でも、属性系ギフトじゃない私が、こんなものを持てる日が来るなんて。ありがとうございます、兄さん」
ニームはマジックバッグを胸に抱き、花が咲いたような笑顔を浮かべる。このレアな表情を見られただけで、散財した甲斐があるってものだ。ユズのスマホが起動できたら、写真を撮って保存しておきたかった。
それはさておき、これでステビアやローリエも活動しやすくなるだろう。人目を気にせず様々なものを持ち歩けるので、今後の学園生活でも絶対に役立つ。目一杯活用してくれ!
学園の治療施設へクミンを迎えに行ったのだが……
次回「0227話 見習い使用人」をお楽しみに!




