0225話 アンゼリカとお出かけ
眠ってしまったニームはステビアとローリエに任せ、俺とアンゼリカさんは部屋を出る。しかし本当にいいタイミングで来てくれた。誘導してくれたカイザーには感謝せねば。
「タッくん、すごくいいお兄ちゃんしてたにゃ」
「あいつは数少ない俺の理解者だからな。大切に思うのは当たり前だ」
「あんなに可愛い妹だったなんて、ずるいにゃ。お母さんも、ニームちゃんみたいな娘がほしいにゃ!」
「ニームは俺の妹だ、簡単に渡したりしないぞ。そもそも娘が三人もいて、まだ欲しいとか贅沢じゃないか?」
「娘は何人いても良いにゃ。息子は……タッくんみたいな子がほしいにゃ!」
こら、瞳をウルウルさせながら見上げるんじゃない!
ちょっと心が揺れてしまいそうになるだろ。
「そんな目で見ても、養子縁組なんてしないからな」
「あっ! お母さんとタッくんが結婚したら、ニームちゃんが妹になるにゃ。これってすごく名案にゃぁぁぁぁぁぁー、痛い、痛いにゃーーー」
おっといかん。反射的にアホ毛を引っ張ってしまった。
「すまない、つい手が出た」
「つい……じゃないにゃ! タッくんは私の扱いが雑すぎるにゃ」
「後でプレゼントをやるから、機嫌を直してくれ」
「それは楽しみにゃ!」
プンスカしていたアンゼリカさんが、一瞬で笑顔になる。表情がコロコロ変わって、本当に面白い人だな。ぶっちゃけ、萌え要素がてんこ盛りすぎて、ずるい。どれだけ俺の創作意欲を刺激すれば気が済むんだ、この人は……
「あっ! タクト様。ニーム様のご様子はどうですか?」
「アンゼリカさんに来てもらって落ち着いた。薬も飲んだし、症状は緩和されると思う」
「それは良かったのれふー」
真っ先にリビングから飛び出してきたミントを抱き寄せ、耳をモフりながらみんなに報告する。とりあえずアルカネットたちも休憩に入らせよう。
ユーカリが淹れてくれる茶を待っている間にプレゼントを渡したが……
うむ。俺の見立てどおり、似合いまくってるな。
上機嫌で隣に座るアンゼリカさんを見ていたら、アルカネットたちも集まってきた。そして俺とアンゼリカさんから、注意点や配慮すべき事柄を伝えておく。どうだ、親しみやすい皇帝だろ。
なにせかぶっているのは、ねこみみ型の黒い帽子。しかも中央には白い糸で、猫の顔を刺繍してある。ボジョレー衣料品店は、実にいい仕事をしてくれた!
「あっ、そうにゃ! これが皇居に届いてたにゃ」
アンゼリカさんがマジックバッグを次々取り出す。さすが一流の職人が育てた孫だ。素晴らしい出来上がりじゃないか。ここまで俺のスケッチ通りに仕上がるとは……
「やったー! これボクのマジックバッグだ」
「ミントのすごく可愛いのです!」
「これがあれば楽にお買い物ができます」
「……あるじ様とお揃い、嬉しい」
「どう。似合ってる?」
「ああ、想像以上に似合ってる」
首からマジックバッグをぶら下げたジャスミンが、部屋の中を嬉しそうに飛び回る。他のみんなも腰につけたり、肩から下げたり楽しそうだ。とりあえず、俺が預かってる荷物を引き渡しておこう。あとは着替えの一部や装備品を入れておけば、なにがあっても困らない。
「スイの分は、もう少し待ってくれ。ちょうど基幹部品の在庫がないらしくてな。夏くらいにはできると思う」
「我の分はいつでも構わんよ。主殿がいてくれたら、困ることはないからな」
当たり前だが、龍族である彼女にも所有権がある。それだったら作ってやるしかないだろ。一人だけ仲間はずれは論外だしな。
「とりあえず買い物に行くときは、俺の従人を連れて行ってくれ。ワカイネトコなら大抵の店に入れてもらえるし、計算や支払いも任せておけば大丈夫だ」
唖然と見つめるアルカネットたちに説明し、受け取ったニームのマジックバッグをしまっておく。ちょうどいいプレゼントができた。祝いの夕食と一緒に渡してやろう。
◇◆◇
コハクを肩にのせ、通りに面した門を出る。隣を歩いているのは、ねこみみ型帽子をかぶったアンゼリカさん。かなり気に入ってくれたようで、一向に脱ごうとしない。
帽子が似合いすぎてるせいで、更に若く見えるんだよな。このまま学園へ行ったら、新入生に間違われるかも……
「メドーセージ先生に会えるの、楽しみにゃ」
「霊木どうしを繋ぐために来てもらったときは、ちょうど学会に出席中だったからな」
「こうして四人でお出かけできるなんて、ワカイネトコは平和でいいところにゃ」
「そういえば、公務の方はいいのか?」
「声を出せるようになったラムちゃんが、すごく頑張ってくれてるにゃ。それにナーちゃんとベルちゃんも、いっぱいお手伝いしてくれるから、半日くらい空けても大丈夫にゃ」
つまり通貨の切り替えで、大きな混乱は起きてないってことか。新紙幣のデザインを、カイザーの姿絵入りにしたのが、良かったのかもしれないな。
なにせ祝賀パレードの一件は、国中に号外が配られたほどだ。あの騒ぎで死傷者が出なかったのは、霊獣の加護ってことになっている。カイザーのおかげで、様々なことがうまく回り始めた。この子こそがアインパエの救世主だ。そのまま俺より目立ち続けてくれ!
「ホゥー?」
「どうだ、ワカイネトコの街は面白いか?」
「ホォーウ!」
邪な波動でも出てしまったんだろうか、帽子の上に立って周囲を観察していたカイザーが、首をグルリと回して俺の方を向く。さすが左右どちらも二百七十度の可動域を誇る頚椎。体をまったく動かさずに俺を見てきた。
「大きな建物が見えてきたにゃ」
「丸いほうが大図書館で、背の高いほうがマノイワート学園だ」
「皇居が小屋に見えちゃうくらい立派な建物にゃ」
「大聖堂はもっと大きかったりするんだけどな」
「そっちも見てみたいにゃ」
「ラズベリーに頼めば、こっそり見学くらいさせてくれると思うぞ」
「聖女様に個人的なお願いができるとか、タッくんはやっぱり恐ろしい子にゃぁー」
夕暮れ時に登ったアガ塔のこととか話していたら、学園の正門に到着。さすがに皇帝の身分を隠したまま入ると、バレたとき面倒なことになる。自分の職員証と皇籍証を取り出し、アンゼリカさんの青いカードと一緒に警備員へ差し出す。これなら身内を連れてきただけだと、スルーしてもらえるはず。
「あっさり入ることができて驚いたにゃ」
「警備員はものすごい顔をしてたけどな。俺が連れてきたってことで、無理やり納得してくれたんじゃないか?」
「つまり普段からタッくんは、色々やらかしてるってことにゃ?」
「やらかしとは失礼な。ベルガモットの守護者だから、信頼されているだけだ」
「ホントかにゃぁ~」
そんな顔で覗き込むんじゃない。思わずキョドりそうになるじゃないか。非正規の方法で街へ入ったことには目を瞑るとして、なにもやましいことはしていない……はず!
「あーっ! コーサカ室長が、また見たことない従人を連れてるー」
「よく見てみろ。帽子をかぶってるから、あれは上人だぞ」
「くそっ。ニームさんだけでなく、あんな美少女を……」
ちょうど授業が終わったのか、教室から生徒がぞろぞろと出てきた。そして俺たちは、あっという間に囲まれてしまう。こら、逃げるように離れていくな。生徒たちの暴走を止めるのも教師の仕事だろ。
「ねえねえ、歳はいくつ?」
「もしかして新入生?」
「コーサカ室長と手と繋いでたりしてて、すごく仲がいいよね。ひょっとして妹だったり?」
「その白い鳥は、室長が飼ってる霊獣と同じなのか?」
「名前を教えてくれ!」
「こんど一緒にお茶でもどうだ?」
「いっぺんに質問されたら、お母さん困っちゃうにゃー」
「「「「「えぇーーーーーーーーーーッ!?」」」」」
「コーサカ室長の母親って、こんなに若いのかよ」
「いや、どう見ても犯罪だろ、これ」
「こんな美少女から、あんな目つきの悪い男が生まれるなんて、信じられん」
うるさいぞ、お前。目つきの悪さは後天的要因だ。俺の母さんだって、すごい美人なんだからな!
「この人はアンゼリカさんといって、俺の親戚だ。昨日発行されたばかりの学会誌、誰か読んだやつはいるか?」
「今朝とどいてたから、授業中に読んだぞ」
真面目に授業を受けろよ。
「俺も家を出る前に読んだけど、ギフトの学会誌だよな。そういえば室長と学園長の連名で、なにか発表してたっけ」
「あー、私も見た。未解明のギフトに関する論文だよね」
「もしかして、またコーサカ室長がやらかしたのか」
やらかしと違うわ!
発見や考察と呼べ。
「そこで発表されていた〝塩基〟の持ち主が、この人だ」
「「「「「つまり……合法!!」」」」」」
お前ら、ノリノリだな。
さすがエリートたちが集まる学園だけあり、発表されたばかりの論文に目を通している生徒が多い。
「じゃあ、この人は本当にお子さんがいるのか?」
「聞いて驚くなよ。子供が五人もいるぞ」
「うわー、それでこの姿とかうらやましー。私もそのギフト欲しかったなぁ」
「本当に可愛いよね! だって新入生かと思ったもん」
「ねえねえ、そのキュートな帽子、どこで買ったの?」
「これはタッくんにもらったプレゼントにゃ」
「「「「「キャー! 喋り方もかわいいー」」」」」
「これはボジョレー衣料品店が、販売の準備をしている帽子でな。宣伝のためにかぶってもらってる」
「私、絶対に買いに行く!」
「私も!!」
「一般販売の時には、カラーバリエーションが増えてる。この週末に売り出す予定だから、足を運んでみてくれ」
ワイワイ盛り上がる生徒たちの間を抜け、学園長室を目指して階段を上がる。そういえば、つい自然に手を繋いでいた。保護者の立場が逆転してる気もするが、考えたら負けってことで、思考をシャットダウン。
「気味悪がられなくてビックリしたにゃ」
「ここの生徒は新しい技術や知見に対して、偏見が少ないからな。大抵のことは柔軟に受け入れてくれる」
そんな資質を持っていても、従人に対する態度はあまり変わらない。長い時間をかけて、種族間の距離を縮めようと頑張ってるラズベリーが、苦労するわけだ。
「ベルちゃんがここの事を、楽しそうに話してたのがよく分かるにゃ。お母さんも通ってみたいにゃ」
「そんなことしたら、娘たち全員が通うとか言い出すぞ」
「それは大いにあり得るにゃ!」
教室で授業を受けている四人の姿が頭に浮かぶ。次女のラムズイヤーは、大人びた雰囲気を持っているので、若干浮いてしまいそうだ。三女のベルガモットと長女のナスタチウムは、ここの生徒たちに比べて容姿が幼い。最も違和感なく溶け込むのがアンゼリカさんというこの事実、どう受け止めれば良いのだろうか……
くだらないことを考えていたら、学園長室が見えてくる。さっきの教室は早めに授業が終わっていたようだな。誰にも出会うことなく、ここまで来ることができた。生徒たちに見つかると面倒なので、とっとと中へ入ろう。
アンゼリカの用事とは?
そして主人公が作るアレ。
次回「0226話 帽子のポテンシャル」をお楽しみに。




