0220話 歓迎会
浴室にテーブルを設置し、解体用の道具や手袋を並べる。そして製水の魔道具を使えるように、魔力をチャージしておく。ユーカリの魔術で氷漬けにした、ハリケーンボアとブラウンブルをマジックバッグから取り出し、流水できれいに洗う。血抜きは現地ですませてるから、さっそく解体にかかろう。
「どれも一撃で倒してるので、とても綺麗ですね」
「貴重な肉だから、一切無駄にはできん」
「魔法で倒すと切り傷や焦げ跡だらけで、解体しにくいんですよ。高レベルの従人が倒すと少しはマシらしいですけど、きっとこれより状態は悪いと思います」
「槍や剣で急所をひと突きって、かなり難易度が高いからな。どうしても弱らせてから、とどめを刺すことになる。だから傷をつけずに仕留めるには、蹴り倒すか絞めて落とすしかない。それが可能なのは、シトラスとスイくらいだろ」
「暴れまわるハリケーンボアを力ずくでねじ伏せるとか、襲いかかってきたブラウンブルをしっぽで叩きのめすとか、どう考えても普通じゃないですよね」
「まあ太古の力を持った従人や龍族は、それだけ規格外ってことだ」
話しながら解体を進めているが、ナツメグの手際がとても良いぞ。これって冒険者ギルドの解体師並みじゃないか?
「シナモンがキングオーガをソロで倒してしまったり、いくら何でもおかしいと思うんですが」
「あいつらに魔法は効かないが、シナモンが使う真空斬は空気の断層を作って飛ばす技でな、実は物理攻撃なんだよ。最近、連続で出せるようになったから、腕六本程度なら一気に切り落とせる」
「その後に投げ飛ばした技はなんですか? あれってほとんど力を使ってなかったですよね」
「さすがよく見てるな。あれは操氣掌といって、簡単に言うと相手の力を別方向へ逸らす技だ」
「従人が炎や氷を生み出したり、火傷や切り落とされたしっぽが元に戻ったり、無茶苦茶すぎますよ」
今までの常識がどれだけ崩れたか、ナツメグの口から次々と言葉が飛び出す。しかしそれでも全くスピードが落ちない。本当に優秀な従人だな。こんな逸材を見つけてくたフェンネルには感謝しないと。
「内臓はそっちの桶に入れておいてくれ。乾燥させてから廃棄する」
「あっ、それなら肥料にしません?」
「野菜がよく育ったりするのか?」
「上人の方は使わないらしいんですが、魔素が含まれてる内臓を土に混ぜると、植物が丈夫に育つんです。庭にある木や、花壇なんかに撒くといいですよ」
「それは知らなかった。じゃあ粉砕してから裏庭の小屋に入れておこう」
野人たちに伝わる、生活の知恵ってやつなんだろうか。なかなか興味深い話を聞くことができた。屋敷の人員に余裕が出てきたら、裏庭をハーブ園にでもしてみよう。ユーカリが喜ぶに違いない。
「可食部分はこんな感じですね。骨はどうしましょう」
「煮込んでスープにする。一か所にまとめておいてくれ」
「あっタクト様もそれ、するんですね」
「骨からはいい出汁がでるから当然だ。美味いコンソメを作ってやるぞ。期待しておくといい」
「白い水麦を食べたり、黒たまりの煮汁を使ったり。本当にタクト様の料理は面白いです。でも従人がこんな贅沢をしていいですか?」
そんなに申し訳無さそうな顔をするなよ。せっかくのトラ耳がペタンと寝てしまってるぞ。同じネコ科の従人だけあって、シナモンやローリエとまったく一緒だな。あとでモフらせてもらおう。
「こんなもの、労働に対する正当な報酬だぞ。同じことを上人なんかにやらせてみろ、いくら金があっても足りん。なにせ俺の要求を一方的に飲ませているんだ、もっと待遇を上げてもいいくらいに思ってる」
「いえいえ、待って下さい。その要求ってちゃんとした服を着ろ、しっかり食事をとれ、読み書きを覚えろとかでしょ。全部、私たちのためじゃないですか」
「例えそうであっても、お前たちの希望を聞かずに押し付けてるのは事実だ。そしてここで働くのが辛くなっても、秘密を守るため解放することが出来ない。いわば終身刑で牢獄に入れられた、囚人みたいなもの。自分たちの境遇がどれだけ悲惨か、わかるだろ?」
「楽園の間違いな気がしますよ?」
「そう思ってもらえるように、待遇に力を入れているわけだ。あとは俺の趣味だな」
「モフリストの考えって、よくわからないなぁ……」
一気にモフモフたちが増えて、俺がどれだけ歓喜に打ち震えてるか、わからないだろ。しっぽをフリフリ揺らしながら、メイド服姿の従人が仕事をする屋敷とか最高すぎる。長年の夢が、今ここに叶おうとしているのだ!!
「コーサカ家での生活は、まだ始まったばかり。ゆっくり慣れていけばいい。そんな訳で、軽く汚れを落としてから風呂に行くぞ。二人とも血で汚れてしまってるからな。しっかりお湯で流して着替えないと、飯を食うことなどできん」
「わっ、私もお風呂に入るんですか?」
「一緒に入れとか言わないから安心しろ」
「普通は水をかけられて終わりなのに、待遇がいいにも程があります。ちょっと怖くなってきました」
体を要求したりしないから怯えなくていいぞ。風呂上がりにしっぽと耳を、モフらせてもらうけどな。濡れたままで脱衣所から出られるとは思わないことだ。覚悟しておけ。
◇◆◇
庭に並べたテーブルの上へ、焼肉用の鉄板を四台置く。それぞれ最大まで魔力をチャージして起動。脂身を馴染ませながら食材の到着を待つ。するとユーカリたちが肉や野菜、そして握り飯の乗った大皿を、次々運んできた。
いつもの反応を見せるシトラスだけでなく、アルカネットとパインのしっぽも揺れてるな。やはり犬種や狼種のしっぽは最高だ。遠慮せず腹いっぱい食えよ。
さて、これも当主の努め。面倒だが開会の挨拶をするか。コーサカ家に籍を置くニームを呼び寄せ、みんなの前に立つ。
「今日は長距離の移動、ご苦労だった」
「普通はジマハーリから、半日で来ることは出来ません。わかってますか?」
「挨拶の途中でツッコミを入れるな」
「はいはい。わかりました」
「ハイは一回でいい」
ニームのやつ、俺に対する遠慮がどんどん無くなってるな。
「とりえあず形式にのっとり、改めて名乗っておく。俺が屋敷の主人であり、当主のタクト・コーサカだ」
「私が妻のニーム・コーサカです」
「待て、妹だろ」
「さっき挨拶の途中で突っ込むなと注意したのは、あなたですよ。余計なことを言わず、続けて下さい」
ニヤけた顔でこっちを見やがって。ステビアの視線が痛いから、あまり変なことを言うんじゃない。
「まだ十六歳という若輩者だが、様々な出会いと幸運の積み重ねがあり、ワカイネトコで居を構えるに至った」
「聖女様をたぶらかして手に入れるとか反則だ、なんて気持ちは心の中に仕舞っておきましょう」
「慣れない土地で苦労すると思うが、コーサカ家に来てくれたこと感謝する」
「場所がどうのこうのより、訪ねてくる人物が普通じゃないという考えは、忘れたほうが身のためです。学園長先生もちょくちょく遊びにいらっしゃるでしょうから」
「人が真面目な挨拶をしてるのに、変な合いの手を入れるなよ」
「そうは言いますけど、ここはそんな堅苦しい家じゃありませんよね?」
「……確かにそうだな。ちょっと気負いすぎていたのかもしれん」
これまでは気ままに旅をして、適当に稼いでいるだけで生活できた。しかしこれからは、フェンネルや使用人を養っていかなければならない。そうしたプレッシャーで自分らしさを見失いかけていたか。
やはりなんだかんだで、ニームはよく出来た妹だ。それに気づかせてくれたからな。
「ほら、兄さん。いつものノリでいきましょう」
「ああ、ありがとうニーム。とにかくコーサカ家に来てくれたみんなは、俺やニームの家族だ。序列や上下関係は無しで、楽しくやっていこう。今日は思う存分、飲んで食べてくれ!」
鉄板に肉や野菜を並べ、ガンガン焼いていく。タレは果物をたっぷり使った甘めのもの。少し濃い目のピリ辛味。黒たまりの煮汁ベースのタレに、白根おろしと果実酢を加えた、おろしポン酢風味。そして新作の味噌ダレだ。
「このタレおいひー! ミソってホント、お肉に合うよね」
「すりつぶした白種が入っていて、風味がとてもいいです」
さっそくシトラスとユーカリが味噌ダレを使っている。どんぶり飯の上に焼き肉を山ほど乗せ、夢中で食べるシトラスのしっぽが大暴れ。速すぎて目で追えない。
「ほらサントリナ。この部位はサシが入っていて、柔らかいぞ」
「ありがとう。はむはむ……ほいひぃ」
霜降りの部分を軽く焼き、甘めのタレにつけてサントリナに差し出す。だいぶ話をしてくれるようになったな。この調子で打ち解けていこう。
「マンガ肉が焼けたようだ。食べてみるか?」
「……食べる」
「中が熱いから気をつけろよ」
「……あふうま」
骨が大量にあったら作るしかないよな、マンガ肉を! ミンチにして骨の周囲に形成したハンバーグなのだが、それっぽい雰囲気に仕上がった。蓋をして蒸し焼きにしてるから、中まで火は通ってるだろう。
「ミントもそれ、食べたいのです」
「味が付いてるから、タレは必要ないぞ」
「いつものハンバーグよりプニプニしてるです」
「型崩れしないよう、白イモ粉を使ってるんだ」
「すごく美味しいのです!」
「ジャスミンにはバーベキュー風のミニ串焼きをやろう」
「これすごく食べやすいから嬉しいわ」
錬金術で作った小さなテーブルの上に、野菜と肉が交互に刺さった串焼きを置く。最後にタレを付けて軽く焼いてるので、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。小さい串と格闘するジャスミンは可愛すぎるぞ。
「主殿よ、我にもおすすめを頼む」
「スイはまだ、お好み焼きを食べたことなかっただろ」
ヘラで豚玉を切り分け、少し冷ましてからスイの口もとへ。一口でパクリと平らげたスイの顔が、パッとほころぶ。メシ代わりに少しだけ焼いておいて良かった。
「肉もうまいが、これもなかなか。そこにあるものを一枚もらっても構わんか?」
「材料はまだあるから、遠慮せず食え」
フェンネルやアルカネットたちも、色々なものに手を付けているようだ。俺はシナモンやサントリナに給餌しながら、新しいものを次々焼いていく。あれだけあった材料が、かなり少なくなってきたな。さすがにこの人数だと、消費される食材も半端ない。
「兄さん、兄さん。このミソって調味料、どこで手に入れたんですか?」
「これはアインパエの郷土料理だ。ただ生産量があまり多くなくてな。どうやって増産しようか悩んでいる」
「兄さんにも作れないなんて、かなり難しい料理なんですね」
「そっち方面の知識が、ほとんど無いんだよ。発酵と腐敗は線引きが難しいから、俺みたいな素人には手が出せん」
前世でも味噌や納豆は、市販のものを買っていた。自家製味噌を作るキットなんかにも、手を出したことはない。しっかり学んでおくべきだったな。時間を作って生産者がいる街へ行ってみるか……
「ミソ漬け肉ってすごく美味しいからさ、ステビアとローリエも食べてみなよ」
「ミソシルはご飯によく合う飲み物ですよ。明日の朝に作ってみますから、楽しみにしておいて下さい」
「わーい。ありがとう、ユーカリちゃん」
「ミソ漬けにしたお肉というのも、興味があります」
「そちらは時間がかかるので、少し待っていただけますか」
ステビアとローリエも味噌の虜か。焼肉のタレも味噌が一番減ってる。これは本格的に自作を考えねばならん。この人数だと在庫があっという間になくなってしまう。
味噌ダレの焼きおにぎりを作りながら、アインパエ訪問の計画を練る。とりあえず、みんな満足しているようで何よりだ。焼肉パーティーにして正解だったな。
新しい従人との絆を深めようとする主人公。
しかし入浴中に泣かれてしまう……
次回「0221話 今から俺がパパになるんだよオラッ!」をお楽しみに!




