0022話 先輩後輩の顔合わせ
指輪で玄関のロックを解除しようとしたら、なにも反応がなかった。ということはシトラスが家にいるはず。自由行動にしていたが、出かけなかったのだろうか。
「お前の先輩になる従人が中にいるようだ。説明してくるから、ここで少し待っていろ」
「はいです。緊張するです」
「別に取って食われるわけじゃない。根はいいやつだから、そう緊張するな。少し従人らしくない言動をするが、そのぶん気兼ねなく一緒に暮らせると思うぞ」
まあ家の外に出るのは初めてなうえ、その後は従人販売店をたらい回しにされている。もともと人見知りはないはずだし、不安が募って気弱になっているみたいだな。
とりあえずミントを玄関に待たせ、俺は扉を開けて中へ進む。
「ただいま、シトラス」
「あっ、おかえり」
うーん、やっぱり家で誰かが帰りを待っているというのは、実に素晴らしい。
「今日は出かけなかったのか?」
「なんか一人で街を歩いても楽しくなさそうだし、屋台のご飯って美味しくないから、キミの帰りを待ってたのさ」
こいつはなんでこう、いちいち可愛いことを言うんだ。俺を萌え殺す気か。
「なら食後にどこかへ出かけるのもいいな」
「それもいいんだけど、新しい子って見つかったの?」
「ああ、お前と同じ四等級を見つけたので契約してきた。兎種の従人だが、仲良くしてやってくれ。おい、入ってこいミント」
外で待たせていたミントがおずおずと扉をくぐり、勢いよく頭を下げる。ふむ、長い耳というのもいいものだな。しっぽにはない魅力を持つとは、新しい発見だ。
「ミントです。十二歳です。よろしくおねがいしますです、シトラスさん」
「あー、ちょっといいかな?」
「なんだ?」
「自首するなら今のうちだよ」
なにを言ってる、こいつは。ミントはちゃんと正規の方法で契約したんだぞ。たしかに見た目は幼女だが、そもそも小柄な穴兎なんだよ。こいつの母親だって、まだ十代に見える容姿だしな。
「前に言ったと思うが、俺がもう一人知っているという、特殊な数値を持った従人がこいつだ。運良く売りに出されていたから契約しただけで、それ以外の意図も目的もない」
「ふーん。キミのことだから、その長い耳をモフりたいだけかと思ったよ」
良くわかってるじゃないか。さすが毎日、俺の愛を受け続けてきただけはある。
「タクト様とシトラスさん、とても仲良しなのです。ちょっと羨ましいのです」
「シトラスとは毎晩、同じベッドで寝る仲だからな」
「オトナの関係なのです!」
「ベッドが一つしかないんだから、仕方ないだろ! そもそもキミが一晩中、ボクのことを離してくれないんじゃないか」
「ラブラブなのです!」
墓穴を掘ってるぞ、シトラス。俺は抱き合って眠るなんて一言もいってない。
「とりあえず立ち話をしてても仕方ないし、まずは飯にしよう。今から簡単なものを作ってやる、少し待っていろ」
「あの……タクト様がお作りになるのですか?」
「もちろんそうだぞ」
「ミント、なにかお手伝いするのです」
申し出はありがたいが、こいつに刃物なんか持たせると危険だ。転んだ拍子に後ろから刺されかねん。それに料理を運ばせると、なにもない所でつまずいて床にぶちまけるだろう。なにせ前科持ちだからな。
「シトラス。こいつにも水麦の精白を教えてやれ。今日から一人分増えるし、丁度いいだろ」
「はいはい、わかったよ」
「ハイは一回だ」
あれなら棒で突くだけだし、失敗する要素がない。仕事を与えないと気に病みそうだから、時間のかかる精白作業はうってつけ。我ながらナイス采配だ。
「あの、シトラスさん。〝せいはく〟とはなんです?」
「茶色い水麦を白くする作業だよ。根気のいるつまらない仕事だから、覚悟しておくんだね」
「よくわからないですけど、頑張るです!」
これで料理に集中できる。
さて簡単に作れるメニューだが、ミントも間違いなく精白した水麦を食べたことがない。ちょうど昨日の収穫品があるので、食べやすい丼ものにしてみよう。
◇◆◇
砂糖と黒たまりの煮汁だけでも作ることはできるが、やっぱり出汁になる食材はほしいな。森で黒茸が手に入ったら、干してみるか。
「二人とも、昼飯ができたぞ」
「今日はどんなご飯?」
「昨日、森でみつけたコッコ鳥の卵と肉を使った、親子丼だ」
「こんな料理、見たことないのです。黄色と白がすごくきれいですよ」
「俺は箸を使うが、お前たちはスープンで食べるといい」
雑貨屋で買った木材を加工した箸は自分の前に置き、二人にはスプーンを渡す。丸ネギもいい具合に煮えているし、半熟の卵もうまい。やはり新鮮な卵を使えるというのは、料理の幅を大きく広げてくれる。なにせ念願のマヨネーズができたしな!
「うんうん、やっぱりキミの作る料理が一番だよ。これで性格が良くて変態じゃなければ、最高なんだけどね」
「一言多いぞ、シトラス」
「ふわー、すごく美味しいのです! お肉が塊で入ってるですよ」
「ここのところ森でレベル上げをしていたから、肉が現地調達できるんだ。全部シトラスのおかげだぞ」
「ありがとうです、シトラスさん」
お礼を言われ慣れてないシトラスが、こめかみをポリポリかきながら照れまくってるじゃないか。めったに見られないレアな表情をゲットだぜ。
「ボッ、ボクの顔を変な目で見るのは、やめてくれないかな」
おっと、視線に気づかれてしまった。ちょっとニヤニヤしすぎたようだ。
「この白いつぶつぶが水麦なのですか? シトラスさんに聞いてたですが、こんなに美味しくなるなんて驚きです!」
「さっきやってもらった精白作業は、水麦をこうして食べるために必要だ。毎日しっかりやるんだぞ」
「はいです!」
今日もシトラスのしっぽは元気に揺れているし、ミントの顔も嬉しそうにほころんでいる。やはり温かくて美味しいものを食べると、不安なんて吹き飛んでしまう。衣食住の力というのは、本当に偉大だな。