0219話 ガイナ立ち
色々と分裂して、最後はよくわからない組織になってましたが、とうとう消えてしまいましたね。
(まだ残ってたのか、というのが正直な感想ですが……)
なにはともあれ、追悼タイトルになってしまった219話です。
買い物とフェンネルが連れてきた従人の登録を終わらせ、我が家へ向かって歩く。しかし恐ろしいほどの情報伝達速度だったな。女性同士の井戸端会議ネットワークは侮れん。街の警備隊にまで知られていて驚いた。おかげで非正規の入場方法を咎められなかったが……
やはり教団の威光は半端ない。
「……門の前、誰かいる」
「あれはニームちゃんね」
「額からマイナス一億度のビームを出しそうなポーズで立ちやがって。ちょっとカッコよすぎるぞ」
「またキミはわけの分からないことを……」
足を肩幅に広げ、腕を組んで仁王立ちしてたら、ビームくらい出るだろ。スカートが風ではためいているのも、雰囲気醸成に一役買っている。あいつのギフトと魔法制御力なら、光線もどきくらい簡単に再現できそうだ。
「待ちくたびれましたよ、兄さん」
「ステビアとローリエはどうしたんだ?」
「二人は屋敷の周囲を散策に行ってます」
ステビアのことだから、近隣の安全確認をしてるに違いない。この一角は富裕層が多いので、かなり治安が良いとのこと。そうだ、近所に挨拶回りをしておいた方がいいな。当主が行くと足元を見られるし、フェンネルに丸投げしよう。
手土産は……っと、蜂蜜でいいか。小瓶に詰めてラッピングすれば、見栄えも良くなる。聖域産の特級品なので、喜んでもらえること間違いなし。
「彼女が噂の妹君か」
「また見境もなく従人を増やしたんですか? しかも見たことのないレア種を……」
「家の中で説明する。お前の部屋も用意してるから、確認しおくといい」
「外泊許可は取ってますので、じっくり話を聞かせてもらいますよ」
予想していたとおり、やはり学園にまで話がいっていたか。しかし、外泊許可まで取って押しかけるとは、用意のいいやつめ。焼き肉を腹いっぱい食わせてやるぞ。楽しみにしておけ!
「コーサカ家でもよろしくお願いします、ニーム様」
「サーロイン家の方はいいんですか?」
「エゴマ様に暇を出されましたので」
「まったく、あの人はなにをやってるのやら。でもフェンネルがいてくれたら安心です」
「そう言っていただけると、とても励みになります」
「非常識が服を着て歩いてるような当主ですから、苦労することも多いでしょ?」
ニームの言葉にアルカネットたちが頷く。まだまだ序の口だぞ? 転生に関することは話してないし、この屋敷と皇居は実質的に地続きだ。近い内にスコヴィル家も来るだろう。
「今日も驚かされてばかりで、気の休まる時がありません」
「ですがあなた達の選択は、決して間違ってません。すぐこの家に来てよかったと、思えるようになりますよ。これからコーサカ家のこと、よろしくお願いしますね」
ニームたちがそんな話をしていた時、ステビアとローリエが戻ってきた。色々問い詰められるだろうが、それは覚悟できてる。互いに隠し事はしないと、二人で決めたからな。それよりさっさと説明を終えて、魔獣の解体をしなければ。
ニームにどんな顔をされるのか想像しつつ、全員でエントランスホールの横にあるリビングへ。
「すごく大きなお家だね、タクト様」
「部屋数が多いから、ローリエも個室を持つか?」
「あたしはニーム様と一緒の部屋がいい」
「私も個室は必要ありません。いついかなる時も、ニーム様と一緒です」
そうだろうと思って、ニームには広めの部屋を割り当ててる。ベッドのサイズも五人で寝られるくらいの大きさだ。
「レア種の従人も気になりますが、そちらの女性は誰なんです? やたらミントと仲が良いみたいですけど」
「紹介する前にギフトで俺たちを視てみろ。お前なら面白いものが感じ取れるはず」
俺の言葉で、ニームが二人に視線を向けた。そしてすぐ驚愕の表情に。
「……えっ!? 従人なのに魔力があるなんて、どういうことなんですか」
「魔力の質はどうだ?」
「兄さんと同じで、なんかふんわりしてます。でもこの魔力量、指輪を外した学園長先生より多いかも……」
「ほほう、主殿の言ったとおりではないか。我の力をひと目で見抜くとは、実に天晴だ」
ビットが桁あふれして魔力が消えていた期間、スイは飛ぶことが出来なかったらしい。つまり体を浮かせるためには、魔力が必要ということ。あの巨体を支えられる量なんだから、かなり多いはず。それでも可視化されないのは、質の違いなんだろう。
「こっちの女性はどうだ?」
「その人もなにかおかしいです。魔力の質が私たちとは、まったく異なりますね。なんと言えば良いんでしょうか……魔素とマナと魔力が渾然一体になった感じ?」
「私がこっちの魔法を使えないのは、それが原因だったんだね」
「ちょっと兄さん。説明、説明をして下さい!」
立ち上がったニームがローテーブルに手をつき、こちらへグイッと詰め寄ってくる。気のせいかもしれないが、以前より少し女性らしさが増してるな。色気でも出てきたんだろうか?
それよりちょっと離れろ。そこまで近づかれると話ができん。
「ねえタクト様、ちょっといい?」
「どうした、エメラルド」
「この子もこの家に住むんだよね?」
「もちろんです! 私はニーム・コーサカなんですから」
「じゃあ私のことはラズベリーでいいよ。ユーカリ、幻術を解いてちょうだい」
「かしこまりました、ラズベリー様」
幻術の発動を止めると露わになる、人とは異なる長い耳。それを見たニームたちが息を呑む。
「そのお耳、すごく可愛い!」
「私たち獣人種とも異なりますね」
「ちょっと待ってください。ラズベリーって名前、まさか……」
「この人がダエモン教の聖女だ」
「ちなみに我は、北方大陸を守護する青龍である。今は主殿に授かったスイという名前で、従人として過ごしているがな」
二人を見ていたニームの顔が、バネじかけのようにこちらを向く。据わり目で睨むなよ。言いたいことはわかるんだけどな。
「にーいーさーあぁぁーん」
「そんな声を出すんじゃない。せっかくの美人が台無しだぞ」
「うるさいです。それより、そこへ正座してください!!」
「できるかっ!」
まだ小上がりも作ってないんだ。床に正座なんかできんわ。まったく。喫茶店のときもそうだったが、ところ構わず正座させようとするんじゃない。俺はこの家の当主なんだぞ。
まあいい、とりあえず一旦落ち着こう。
リラックス効果のある茶をユーカリに淹れてもらい、それを飲みながら仕切り直す。
「まったくもー、兄さんは相変わらず自重を知りませんね。皇帝とシャトーブリアン、両方の血縁者なんて無茶苦茶すぎます。しかも龍を倒して使役するとか、ヨロズヤーオ国を支配したいんですか?」
「私の後ろ盾もあるし、タクト様なら出来ちゃうかもしれないね」
「そもそもどうして聖女様が、兄さんのことを敬称付きで呼ぶんです。この人って、ただの変態ですよ」
「ニーム、言い方に気をつけろ。変態じゃない、モフリストだ」
「似たようなものじゃないですか」
ぜんぜん違うわ!
モフリストを変態呼ばわりなど、至高のモフモフ神様に失礼だと思わんのか。まったく罰当たりな奴め。
「タクト様は私が住んでいた世界で、神の化身だった龍を使役してるからね。それにモフリストという点では、タクト様と同じだよ。ねー、ミント」
「あうー、くすぐったいのですー」
「はぁぁぁー……なんか気が抜けてしまいました。スイは兄さんにべったりで威厳なんてありませんし、聖女様からも神秘性がまったく感じられません。現実というのは、とても理不尽ですね」
「こらこら黄昏れるんじゃない。スイは龍の姿になって、空を飛べるからな。それを見ると印象も変わる」
「あっ、それは面白そうです。こんど乗せてもらってもいいですか?」
「私も乗せてくださいね、スイ様」
「いつでも乗せてやる故、楽しみにしておくがよい」
「そしてラズベリーは、ギフトと異なる力を持っている。ミントの治癒術と同じく、奇跡に近い能力なんだぞ」
「それでちょっとやらかしちゃって、タクト様に助けてもらったところなんだ」
ニームたちにも日本からの転移者、立花柚子について説明する。彼女を引き取るにあたり、キーになる人物はローリエだ。なにせこの子は瞬間記憶の異能持ち。二か国語程度、すぐマスターしてしまえるだろう。
「あたし、頑張って勉強する!」
「この家で働いた分は、俺から給金を出す。期待してるからな」
「他に話しておくことはありませんか。自白するなら早くした方が身のためですよ」
こら、ニーム。俺を犯罪者みたいに言うな。
「旦那様。シマエナガさんたちも紹介しておいた方が、よろしいのでは?」
「おっと、そうだったな」
ソファーから立ち上がり、庭に面した窓を開く。コハクが鳴き声をあげると、十六羽のシマエナガたちが飛んできた。俺の頭に六羽、スイのツノに六羽。残りの四羽はラズベリーか。
「うわっ、なにこれ、なにこれ! フワフワでかーわーいー」
「先ほど周囲の確認をしていた時、庭の大木で見かけた鳥ですね」
「この子たちも霊獣だ。庭の木に巣を作ってくれたおかげで、疑似霊木として機能するようになった」
状態異常のスイを保護するため、霊獣たちが生み出していた絶界。ビット操作で異常を解消し、大量に余剰の出てしまったリソース。その一部を使って作ってくれた、二本の疑似霊木。そんな経緯も交えながら、ニームたちに説明する。
いかん、フェンネルが頭を抱え始めたぞ。
「兄さんはこの国……だけでは収まりませんね、南北大陸を繋げてしまいましたし。この世界をどうしたいんですか?」
「別にどうもしないぞ。支配や統治なんて面倒なこと、こちらから願い下げだ」
「タクト様ならどんな力を持っても、問題ないんじゃないかな。だってモフリストだもん」
「なんですか、その全幅の信頼は。もういいです。やっぱり兄さんに常識を求めるのは間違ってました」
今のスコヴィル家が統治するアインパエ帝国。聖女ラズベリーが大きな影響力を持つヨロズヤーオ国。そこを無理に変える必要はない。そしてアインパエへ多額の資金援助をしてくれているマッセリカウモ国は、ゴナンクを起点として徐々に変わり始めた。
支配構造の変化は混乱を生む。不安定な情勢下で、真っ先に被害を受けるのは弱者。つまり野人や従人たち。それを避ける方法は力による現状変更ではなく、同士を増やしていく内部改革。モフモフ至上主義を広めることが、一番の近道なのだ!
「龍族の我や八等級のシトラス達がいる時点で、主殿の戦力は国家レベルだからな。そんなことは今さらという話だ。そもそも悪意ある人間に霊獣が懐いたりはせぬ、心配など無用であるぞ」
「キュィッ!」
「チチチチチ」
「はぁ……兄さんがモフリストで、本当に良かったです。世界は救われました」
「実際タクト様は世界を救ってるしね」
「「「「「……えっ!?」」」」」
あー、すまん。そのあたりの説明をしてなかった。ニームやフェンネルたちが、固まってしまったではないか。そもそも俺だって、スイの状態異常がそこまで大事だと知ったのは、ついこの間だったし。
「とりあえず今はここまでにしよう。俺は晩飯の準備をしてくる。ナツメグ、魔獣を捌くから手伝ってくれ」
「えっと……はい、わかりました」
「私はそろそろ大聖堂へ戻るね。禊の時間が長くなりすぎると、みんなに心配かけちゃうから」
「自室にしたい部屋を決めておいてくれ。余ってる部屋はシトラスたちに聞いてくれればいい」
「わたくしはパインさんとマンダリンさんを連れて、材料の下ごしらえをしておきます」
それぞれの役割分担を決め、焼肉パーティーの準備に取り掛かる。せっかくだし、味噌だれも作ってみよう。焼き肉につけてよし、握り飯に塗って焼くもよし。どっちでも旨いからな。盛大に揺れるシトラスのしっぽが目に浮かぶ。
「ちょっと兄さん。世界を救ったって、どういうことですか。説明責任を果たして下さい。兄さん、兄さんってばー」
再起動したニームの声を無視し、一階の奥にある小さな浴室へと向かう。ボア系とブル系どちらも倒してるから、今日も食べ比べが出来るぞ。みんな楽しみにしておけ!
次回は焼肉パーティー。
「0220話 歓迎会」をお送りします。
 




