0218話 聖女と街へ
再起動したフェンネルたちに事情を説明し、予定通り買い物へと出発する。扉を開けたら聖女がいるとか、どう考えてもおかしいだろ。それだけ俺たちのことを信頼してくれてるんだろうけど、茶目っ気がありすぎるというか、なんというか……
「その転移術ってのを使うと、一瞬で移動できるわけだ」
「設定した二点間だけなんだけどね。前はワカイネトコの教団支部に目印をセットしてたんだけど、夜中にこっそりタクト様の家へ変更しちゃった」
「大聖堂に引きこもってたら、精神的に病んでしまうだろう。時々遊びに来るくらいなら構わないぞ。個室も用意しておくから、黙って忍び込む真似はやめてくれ」
「さすがタクト様、話が分かる! これからは禊の時間を多めに作っちゃおうかなー」
すまんなフェンネル、負担をかけて。まあ俺たちの前では、聖女もこんな感じだ。普通の客人として扱えば問題ない。
「(ところで、今の姿は分体みたいなものだよな?)」
「(あっ、わかっちゃうんだ。見破られたのは初めてだよ)」
俺の目をごまかすことはできん。なにせギフトで見える数値が薄くなっている。普通の状態と違うことは一目瞭然だ。
「(もしかしてこっちに何かあっても、本体は無傷ってやつか?)」
「(すごいねー、大正解!)」
少し先へ走っていったラズベリーが、その場でくるりとターンを決める。明るい緑色の髪がフワリと広がり、隠れていた耳が俺たちの目に飛び込む。しかしその形はエルフ特有のものでなく、上人と全く同じ。
「離れすぎるとユーカリの幻術が解ける。気をつけるんだぞ」
「フードを被ってコソコソしなくていいのは、気持ちいいね!」
「ラズベリー様のお役に立ててなによりです」
「喋り方は普段と違うからバレないだろうが、名前や役職で呼ぶのは避けたほうが良いかもしれんな」
「それなら主殿に偽名を考えてもらえばよかろう。きっと我のように素晴らしい名を、授けてくれるはずだ」
そこで俺に振るのかよ。しかもハードルを上げやがって。ラズベリーがキラキラとした目で、こっちも見てきたじゃないか。後でそのしっぽを磨きまくってやるからな、覚えておけ!
「あー、そうだな。エメラルドはどうだ?」
「確か宝石の名前だよね?」
「よく知ってるな」
「そりゃー、長く生きてるもん」
「スイと同じで、そのきれいな髪から連想してみた」
どうやら気に入ってくれたらしい。俺の腕に絡みつき、顔に笑顔の花を咲かせた。この言動と容姿でも、五百十二歳なんだよな……
まあ相手はエルフ、難しく考えるのはやめよう。じゃないと、俺の脳がバグる。アンゼリカさんといい、ラズベリーといい、俺に試練を与えすぎだ。
「おや? コーサカさんじゃないか。いつアインパエから帰ってきたんだい?」
「先日、指名依頼で呼び戻されてな。やっと一段落ついたところだ」
「皇女様の護衛やら、研究室の監督やら、相変わらず忙しそうだね」
「優秀な学園生と従人がいてくれるおかげで、俺は楽させてもらってるよ」
「ねえタクト様、この人は?」
「それにしても、またえらい別嬪さんを連れてるじゃないかい。ニームちゃんやローズマリーちゃん、それにベニバナちゃんを囲ってるのにねえ。そういえばちチラッと見た皇女殿下も、すごく可愛らしかったよ。きれいどころの従人も大勢つれときながら、更に新しい上人まで。まったくコーサカさんは隅に置けないね!」
おぉー、ラズベリーがオバサンのマシンガントークに押されてるぞ。喋りだすと、止まらないからな、この人は。
「彼女は夫婦で茶葉の卸売り店を営んでてな。うちで使うお茶は、ここから仕入れている」
「あっ、そうなんだ。えっと、はじめまして。私はエメラルドっていいます」
「もしかしてコーサカさんのコレかい?」
こら、小指を突き出すんじゃない。
「いえいえ、違いますよ。私はタクト様のお屋敷で働く、非常勤の使用人(?)みたいなものです」
「コーサカさん、家を買ったのかい! まだ若いのにすごいね。どこに住むのか、教えておくれよ」
「学術特区と住宅地区の境目にある、大きな木の生えた屋敷を知ってるか? そこへ住むことになった」
「あそこって、確かダエモン教の所有地だったんじゃないかね……」
「さっき指名依頼と言ったろ、それの報酬だ。後ろにいる男と従人たちは、俺の屋敷で働くことになっている。よろしくしてやってくれ」
「コーサカ家の管理を任されました、フェンネルと申します。以後、お見知りおきを」
「いやー、やっぱりオバチャンが見込んだ男だけあるよ、コーサカさんは! ダエモン教から土地と屋敷を与えられるなんて、大ニュースじゃないかい。こりゃみんなに知らせないと。フェンネルさんとか言ったね、これからも贔屓にしておくれよ」
オバサンは片手を上げながらそう言い残し、街の中心へ向かって走り出す。これは半日もしないうちに、話が広まってしまうな。
まあ方々へ説明する手間が省けたと思っておくか。
「ふー、ちょっとドキドキしちゃった」
「認識阻害でなく見え方そのものを変えているから、鏡に写った自分の姿も変化してるはずだぞ」
「さっきガラスに写った自分を見てるし、それはわかってるんだけどね。でも人前で素顔をさらすなんて、二百年ぶりくらいなんだもん」
「それなら仕方ないな」
「そう、仕方ないのだ!」
「それより、もっとマシな言い訳を考えつかなかったのか。いくらなんでも使用人はないだろ」
「お掃除の手伝いくらいするよ?」
こら、そんな顔で下から覗き込むんじゃない。ちょっと反則だぞ、それ。
聖女を働かせたりすれば、フェンネルの胃に穴が空くかもしれん。なにせラズベリーは教団の最高機密だ。しかも国の実質的な指導者である、教皇より立場が上ときている。彼の健康を守るためにも、はっちゃけるのは程々にしてくれ。
「普段は窮屈な暮らしをしてるんだから、こっちに来たときくらい羽根を伸ばしてダラダラ過ごせばいい。ユーカリがいれば、こうして自由に外で遊べるからな」
「ワカイネトコは従人と一緒に入れる店が多いからさ、買い食いとかしようよ」
「ミントはエメラルド様と一緒に、お散歩したいのです」
「……木登り、する?」
「ウインドウショッピングも楽しいですよ」
「空の散歩もしてみたいわね」
「それなら我が乗せてやろう。屋敷の庭なら、自由に離着陸できるからな」
「えへへ、こんな生活ってなんかいいね。久しぶりに生きてるって感じがするよ」
ラブベリーは俺の手から離れ、再びクルクルと回りだす。俺にとって彼女は、貴重なモフリスト仲間。できる限りのことはしてやろう。なにせラズベリーが聖女として君臨している限り、獣人種の待遇は良くなっていくだろうし。
「そこの通りを抜けたらボジョレー衣料品店だ。まずは制服を作るため、全員の採寸をしてもらう。外出着は一人当たり五着以上買っておけ。遠慮なんてするんじゃないぞ。他にも部屋着や寝間着を買うからな」
「あっ! そのお店って、私の聖衣を作ってもらってる、ボルドー呉服店の系列だ」
「キャラウェイさんとシトロネラさんに、仕事が丁寧で早い職人を聞いたら、そこを紹介してくれたんだ。今はあれこれ製作を頼んでる」
「マスカルポーネ家と親交があるなんてすごいね」
「研究室に夫妻の孫が所属してて、その縁で話を聞いてもらえた」
「あの人たちが弟子を紹介するだけでも、すごいことなんだよ」
ニームとローズマリーに着てもらったブレザーで、二人の興味を引けたからな。
「まあいいや。その制服なんだけど、私の分も作ったらダメ?」
だから、下から覗き込むのはやめろ。ついつい何でも聞いてやりたくなる。そもそもメイド服なんだぞ、さすがにマズイだろ。
だがしかし、メイドエルフか……
――アリだな!!
「別に構わないぞ。ボルドー呉服店経由で納品してもらえば、問題はないだろう。追加で頼んでおく」
「やったー! どんなのができるか、楽しみだなー」
仮に着たとしても、目にすることができるのは、教皇と俺たちだけ。あとは世話役の従人くらい。問題にならないはず。
更にテンションの上がりだしたラズベリーを連れ、全員で店の扉をくぐる。先日頼んだものは簡単だと言ってたから、すでに出来てるだろう。
ふっふっふっ、アンゼリカさんにプレゼントしてやるぜ!
帰路につく主人公たち。
しかし門の前に……
次回はタイミング的に追悼になってしまった「0219話 ガイナ立ち」をお楽しみに!
 




