0217話 フェンネルの覚悟
ミントの治療が終わり、全員が唖然と佇む。ボリジの魔法暴発に巻き込まれ、カルダモンの可愛らしさを台無しにしていた火傷痕。チャービルが腹いせで切り刻んだ、タイムのネコ耳としっぽ。どちらもすっかり元通り。
それだけでなく、アルカネットの手荒れやナツメグの打撲痕。過度なスタイル矯正でマンダリンに残っていた後遺症、そしてフェンネルの関節痛まで消え去った。
よしよし。よく頑張ったぞミント。すぐ昼飯にしてやるからな。
サントリナを森のくまさんに預け、抱きしめたミントを撫でながら、レジャーシートや弁当箱を取り出す。黒い重箱の中には、ぎっしり詰め込まれた大量の握り飯。赤い重箱の方は唐揚げやハンバーグ、魚の煮付けにエビフライと卵焼き。白い重箱を鮮やかに彩る、野菜やカットフルーツたち。
それを見たシトラスのしっぽが盛大に揺れる。今日も元気で実によろしい!
携帯コンロのお湯が沸き、ユーカリがフリーズドライの野菜スープを作り始めた。俺は人数分のおしぼりを、電子レンジ魔法で加熱する。
「準備ができたから、全員座れ。いまから昼飯にするぞ」
「今日からお仕えする方は、我々の想像が及ばない場所にいる。驚くことばかりだが、諦めて受け入れなさい」
言い方はちょっとアレだが、フェンネルの号令でアルカネットたちが動く。俺は魔力経由で、森のくまさんに食事を楽しんでもらわねばならん。足の間に座らせてもらおう。
森のくまさんが抱っこしていたサントリナを、自分の左足に座らせる。それを見ていたシナモンは、肩から降りてクマの右足へ……
よし! シトラスのしっぽが千切れ飛ぶ前に準備完了だ。
「こっちは薄藻ご飯で、こっちはコッコ鳥そぼろの混ぜご飯だ! ろっちも、おいひぃー」
「サントリナも遠慮せず食え」
「いい……の?」
「ほれ。この俵型なら、お前でも食べやすいだろ」
周囲に海苔を巻いた筒状の握り飯を渡す。恐る恐る口にした瞬間、不安そうだった顔がパッとほころぶ。子供は笑顔が一番。いっぱい食べて大きくなれ。
「混ぜ込んでいるのは、塩漬けにした長葉だ。旨いか?」
「うん」
「こちらのおにぎりにはアインパエで水揚げされた、赤魚のフレークが入っています。わたくしのイチオシですから、タイムさんもどうぞ」
「あ、ありがとう」
「これはミントが大好きな、ハンバーグなのです。アルカネットさんもカルダモンさんも、食べてみてくださいです」
「私のおすすめは、このポテトフライよ。ケチャップにつけて食べると絶品なの。若い子に人気だから、ナツメグちゃんも食べてみたら?」
「ほれ、パインとマンダリンも遠慮するでない。主殿とユーカリの作る料理は、どれも美味だぞ」
俺の従人たちに勧められ、ようやくみんなが料理を口にする。遠慮なんてしてたら、メシにありつけないぞ。シトラスを見てみるがいい。両手に握り飯を持ち、唐揚げを三ついっぺんに口へ放り込んでるだろ。
俺はおかずをいくつか小皿に取り、箸で小さく切ってからサントリナへ差し出す。
「肉もたくさん食え」
「はむはむ」
「野菜もバランスよく摂れよ」
「はむはむ」
なんか出会った頃のシナモンを思い出すな。やはり子どもが美味しそうに食べる姿を見るだけで、俺の心は満たされる。
そんなことを考えていたら、こちらを見るシナモンの視線に気づく。サントリナの世話ばかりで悪かったな。ほれ、タルタルソースをたっぷり乗せたヒゲナガフライだぞ。
「口を開けろ、シナモン」
「……あ~ん」
「タウポートンのヒゲナガは大きくて食べごたえがあるだろ」
「……うまうま」
天使の微笑みを眺めながら、俺も弁当をつまむ。コハクと森のくまさんも機嫌が良さそうで何よりだ。
「タクト様は、いつもこのような食事を?」
「肉と野菜、そして卵や果物類は、それなりの量を自前で調達可能。そして主食にしている水麦は、とにかく安価。なので低コストで作れる分、品数と量に全振りしてる。今日は魔獣を数体狩れたから、夕食にも期待しておくといい。引っ越し祝いってことで、焼肉パーティーにするか?」
「やったー! ボク、夜もたくさん食べるぞー」
ホコリが立つから、座ったまましっぽを振るんじゃない。屋敷には従人の水浴びに使っていた浴室がある。そこを解体所にして、ナツメグと一緒に捌くか。
「家族の衣食住には手を抜かない、それが我が家のモットーだ。少し時間をもらうことになるが、全員の制服を支給する。家で働く時は、基本的にそれを着てくれ」
全員にメイド服を着せてやるぜ! 覚悟しておけ。
「街へ着いたら全員で生活に必要なものと、私服を買いに行くぞ。そっちは支度金として、俺が全額負担する。みすぼらしい格好で生活するなど絶対に許さん。あと、月に六日以上は必ず休暇を取れ。シフトの作成はアルカネット、お前に任せる」
「わっ、わかりました」
「みんなには毎月、給金を出すからな。読み書き計算ができるようになったら、自由に使って構わない。それまでは積み立てておくので心配するな。金の管理はフェンネルに任せるぞ」
「承知いたしました」
「それとフェンネルには、マッセリカウモ国で働く家令長と、同じ水準を出そうと思う。それで問題ないか?」
「サーロイン家で頂いていた給金の倍近くになりますよ。さすがにそれは……」
「東部大森林で荒稼ぎしてるくせに、あそこの才人どもは金払いが渋すぎるんだよ。屋敷のほぼ全てを任せるんだから、それくらい受け取ってもらわないと困る」
マジックバッグから簡単なバランスシートと、キャッシュフローの一覧を取り出し、フェンネルへ手渡す。
「こっ、これほどの資産と収入源をお持ちとは驚きました」
「ある程度の蓄えは自分で管理するが、それ以外の資産をお前に預ける。屋敷の維持管理や、使用人たちの快適な生活。ニームの学費と生活費。そして税金等を、そこから工面してくれ」
「やりがいのある役目を頂き、感謝します。コーサカ家の一員として、タクト様の期待に応えてみせましょう」
どうやら俺の家に骨を埋める覚悟ができたらしい。歴史ある一族なのに家名を持たない理由は、他家に尽くすため。そんなフェンネルが〝コーサカ家の一員〟と言ったんだ。これでなんの心配もなくなった。
待遇の良さに愕然としている従人たちを眺めつつ、雑談をしながら食事とデザートを存分に味わう。食べ終わったら屋敷へジャンプだ。シマエナガたちが待っている。
◇◆◇
森のくまさんに別れを告げ、聖域渡りで自宅の庭へ。俺の姿を見たシマエナガたちが群がってきた。今日もモフモフで可愛いぞ!
やはり聖域から直接戻ってこられるのは最高すぎる。大量の蜂蜜をもらってしまったし、オレガノさんにおすそ分けするか。アインパエへ持っていってやるのもいいな。
「さあ今日からここが、お前たちの職場だ」
「驚きません、もう驚いたりしませんよ。なにせタクト様のやることですから。フッ、フフフフフ……」
おーいアルカネット、変な笑い方をするなよ。サントリナやタイムが怯えるだろ。
「やはりこの広さになると、今日連れてきた者だけでは、手が足りないかもしれません」
「洗濯なら俺とニームが魔法で手伝えるし、掃除は毎日隅々までやる必要はない。あとは一人、ここへ来てくれそうな上人に心当たりがある。親族に相談してから、打診してみよう」
「屋敷に常駐している上人が私だけというのは、タクト様が保護する方のためにも良くないと思います。そちらの件は最優先でお願いできれば」
「料理はマンダリンと……あとは、もう一人くらい欲しいな」
「あの、タクト様。少し心得がありますので、よろしければ私が」
「パインも料理ができるのか」
「はい。集落にいた小さな子供の面倒を、見ていたことがありますので」
「それなら俺とユーカリの二人で、お前たちに料理を仕込んでやる」
「「よろしくお願いします」」
「ひとまず無理のない範囲でやっていくぞ。張り切りすぎて体を壊したんじゃ、話にならないからな」
主要な家具は一通り運び終えているし、とりあえず中をざっと見てもらおう。そこで足りないものを聞き、街へ買い物に出発だ。そんな予定を伝えながら、屋敷の玄関を開ける。
「おかえりなさいませ、タクト様」
なんでここにいるんだよ。というか、どうやって来た。何日も大聖堂を留守にしたら、大問題になるだろ……
「あらら、ラズベリーちゃんじゃない。遊びに来たの?」
「ちょっと報告もあったし、屋敷の感想も聞きたかったから、来ちゃった」
来ちゃった……じゃない!
てへぺろポーズが似合い過ぎだぞ、そこの純血エルフ。
「つい最近、耳にしたお声だと思うのですが、まさか……」
「心して聞いてくれ。この人がダエモン教の聖女、ラズベリーだ」
「「「「「……えーっ!?」」」」」
フェンネルとその従人たちが、盛大に固まってしまう。
まあ……そうなるよな。
聖女がここまで来た方法とは?
次回「0218話 聖女と街へ」をお楽しみに!




