0216話 ある日森の中
地面に積み上がっていた小スライムたちを倒し、分化が終わり硬直状態のマザースライムに、シナモンがとどめを刺す。よし、一割経験値のシトラスたちも、全員レベルアップしたぞ。
「みんな疲れただろ。少し休んでから、森の奥へ進もう。今日はそれで終わりだ」
「これまで学んできたことは、一体なんだったんでしょう……」
「落ち込んだらダメよ、ナツメグちゃん。私とコハクちゃんがいるから、こうして見つけられるの。普通じゃないのは当たり前ね」
「キュイッ!」
「ミントのお耳じゃ、運頼みになってしまうのです」
「詳細な位置情報はミントが頼りだ。そうしょげるな」
「はふー、きもちいいれふー」
何度も仲の良いところを見せつけているが、まだまだ戸惑っている感じだ。急に意識を変えろというのも無理な話だし、じっくり進めるとしよう。全員、辞職なんて考えられない体にしてやるから、覚悟しておけ!
「契約したばかりの従人が、もうレベル四十とは驚きました。それにタクト様と契約している従人が、ここまで強かったとは」
「ハズレギフトと言われる論理演算師には、等級や品質の壁を超える力がある。それに今日はラッキーだ。なにせ分化直後のマザースライムを、二体も見つけられたからな」
「キュキューン」
「うふふふ。気持ちいいわ、タクト」
ジャスミンの羽根をモフり、コハクの喉をフニフニ揉んでいると、サントリナが俺の服をキュッと掴む。よしよし、これは甘えたいサインだな。全力で応えてやらねば!
まだ小さいツノや、横に伸びた丸いうし耳を撫でてやる。不思議そうな顔でこっちを見るなよ。無意識なのかもしれないが、お前がこれを望んでいたんだぞ。
とりあえず、少し距離が縮まったということで、良しとしておくか。
「タクト様を見ていると、従人は扱いかた一つでここまで変化するのかと、驚かされます」
「これくらい序の口だぞ。今日からお前の常識は、どんどん壊れていく。当主である俺と同じ価値観を共有できなければ、この先長くは続かないだろう。もう少し時間はあるから、よく考えてくれ」
「アルカネットやカルダモンが、どうして私の移籍に付き合ってくれるのか。そしてパインが引き抜きに応じた理由、先程までよくわからなかったのです。恥ずかしながら、従人たちはそういう感情を、持っていないと信じていたもので……」
「スタイーン国で家令としての教育を受けてきたお前なら、特にそういった思い込みを持ってしまうだろう。だが聖女によると、これは上人にかけられた、呪いのようなものらしい」
「呪い……ですか」
なにせ俺とラズベリーは、同じ結論に達している。五百年以上生きてきた異世界の住人もそう感じたんだから、これで確定だろう。何もかもクソッタレな神が悪い!
「制約で得られるのは、見せかけの忠誠心だ。少なくともアルカネットとカルダモンは、強制されたんじゃないだろ?」
「私はこれまでフェンネル様から、様々なことを任されてきました。従人の私を信頼してくださるフェンネル様以外に、お仕えするつもりはありません」
「フェンネル様は捨てられるところだった私と契約し、読み書き計算を教えて下さった恩人です。だから少しでもお役に立てればと、付いていくことに決めました」
「二人とも、そんな理由で私と一緒に来たのですか。ではパインは?」
「カモミール様から大切にしていただいたご恩を、ご子息であるタクト様にお返しできればと」
「これからは自分の従人と、もっとよく話してみるといい。そうすれば主従関係を超えた絆が、結ばれるはずだ」
「なんというか、目の覚める思いです。これまで自分は、何を見ていたのかと」
フェンネルは優秀な使用人を排出してきた一族の出身。当主の方針に合わせ、柔軟な対応ができる。この調子なら、すぐに意識は変わるはず。
果実水で喉を潤しながら、今後の予定や屋敷での生活について詰めていく。十分休めたし、そろそろ出発するか。
「次に向かうのは森の奥だな。主殿に褒められるよう、我も活躍するとしよう」
「じゃまにならない?」
「我にはこれがあるからな、両手が塞がっていても戦える」
自分のしっぽをブンブン振りながら、抱っこしているタイムへ笑いかける。あのしっぽ、半端なく強いんだよな。突進してくるブラックブルを、正面からしっぽで叩き伏せた時は、さすがの俺も驚いた。
「ボクも暴れ足りないから、遠慮なくやらせてもらうよ」
「……ちょー頑張る」
「足止めは、わたくしが」
「防御は任せてね」
「ミント一生懸命、索敵するです」
「みんな、殺る気は十分だな。よし、行くか!」
マザースライムが分化していた袋小路を出て、森の中心へ向かって進む。ペースを落とさず進めば、お昼すぎくらいに聖域へ到着できそうだ。さてさて、どんな霊獣が待っているのやら。
◇◆◇
花が咲き誇る道を抜けると、その先にあるのは巨大な木。そして大木の前で威風堂々と直立する、体長二メートル以上の白いクマ。うぉー、ジマハーリの森を守る霊獣は、森のくまさんか!
俺たちの姿を確認した森のくまさんが、こちらへ向かって突進してきた。こらこらみんな、怯えなくてもいいぞ。さっき説明したとおり、あれは無害な霊獣だ。俺かスイの魔力に反応してるんだろう。
「ガォー!」
「いきなり押しかけて悪いな。少しだけ、ここで休ませてくれないか?」
「キューイー」
「クマー」
「大歓迎みたいよ」
「クマー。クッ、クッ、クマー!」
「あそこにある木の下で休んでいけって。蜂蜜をごちそうしてくれるみたい」
わかったから少し落ち着け。そうやって抱っこされたら、幸せすぎるだろ。なんだよ、このスーパーなモフモフ。ふっくらした腹の毛に包まれるとか、ここは天国に違いない。いやー、クマって最高だな!
「しろくて……おおきい」
「そうだろ。これはコハクと同じ霊獣だ。みんな優しいから、安心していいぞ」
ずっと無言だったサントリナが喋るなんて、やはり霊獣は至高の存在。庭にいるシマエナガたちも紹介してやろう、きっと仲良くなれるはず。
クマに抱っこされたまま、木の根元まで運ばれた。そして地面に座り、俺を膝の上へ置く。もしかして人形みたいに思ってるのだろうか?
「本当に主殿は霊獣に好かれるな」
「魔力の質が影響してるみたいなんだよな。きっとスイも同じような性質をしてるはず。帰ったらニームに視てもらおう」
「そういえば主殿の妹君には、まだ会っておらんな。学園生というのは、忙しいものなのか?」
「ちょうど試験期間中で、紹介しそびれたんだ。試験は今日で終わりだから、明日くらいには会えると思う」
「ふむ、それは楽しみだ」
とりあえず一人づつ近くに呼び、ホットミストで綺麗にする。みんな俺があれこれ世話するたび、不安そうな顔になるなよ。これはただの生き甲斐だぞ。何かを要求したりはせん。
「これからやることを見てしまえば、お前たちを開放することが出来なくなる。生涯コーサカ家に仕える覚悟があるか、ここではっきりさせてくれ」
「そんな格好で言われても、ぜんぜん締まらないよね」
「こらシトラス、茶々を入れるんじゃない。お前もこっちに来てみろ、抜け出せなくなるぞ」
「ちょっ!? 急に引っ張らないでってば!」
シトラスの腕をつかんで引き寄せると、森のくまさんが腰に腕を回して抱え込む。この体勢、ベアハッグじゃないか。クマがやってるだけあって、紛れもなく本家本元!!
「どうだ、癖になる感触だと思わないか?」
「うわっ、なにこれ。キミが野営で使ってる、人をダメにするクッションより気持ちいいじゃん」
「ミントも抱っこして欲しいのです」
「……肩車、して」
さすがにデカいだけあり、俺を膝に乗せたまま、左右の腕でシトラスとミント抱えても、ぜんぜん余裕の様子。おっと、シナモンは木を足場に使い、ジャンプして飛び乗ってるぞ。ほれほれ、ユーカリとスイもこっちへ来い。
「脅すような言い方をして悪かったな。俺たちは普段からこんな感じで、ワイワイとやっている。お前たちにも、同じように笑いながら暮らしてほしい。しかし秘密が多いのは紛れもない事実だ。それを守ってもらう以上、相応の待遇で迎えると約束しよう。不安はあると思うが、コーサカ家に来てほしい」
「他家とは明らかに方針が違うので、戸惑うことも多いと思います。しかし従人と信頼関係で結ばれるというのは、とても良いと感じました。お前たちはどうだ?」
フェンネルの問いに、彼と契約している従人たちが、顔を見合わせる。そしてまだ幼いサントリナとタイム以外、首を縦に振った。よし、そうと決まればまずは治療だ。そして昼飯を食おう。せっかくここまで来たんだし、森のくまさんにも食事を味わってほしいからな。




