0215話 フェンネルと合流
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スイから降りてしばらく歩くと、懐かしの外壁が見えてきた。ジマハーリを出たのは春の終わりくらいだったから、まだ一年ちょっとしか経ってないのか。俺的には十年以上ぶりに戻ってきた感覚だ。なにせ街を出てから、イベント続きだったし……
「なんか久しぶりに戻ってきた感じがするね。あそこの端にある集落で暮らしてたこと、すごく昔のことに思えるよ」
「シトラスと同じ感覚を持つことができて、俺は嬉しいぞ」
「えー。キミと一緒なんて、なんかヤダなぁ」
「シトラスさんとタクト様は、出会った頃から息ぴったりなのです」
「ミントは胸にばかり栄養が行き過ぎて、記憶が薄れてるんじゃないかい?」
「うー……シトラスさん、それはいくらなんでも酷いのです!」
なんだか、こんなやり取りも懐かしい。三人で活動していた時は、こうしてシトラスとミントが、仲良くじゃれ合ってたんだよな。
この街を出てからタウポートンへ行き、オークションでユーカリを落札。グロリオサ・トラフグにかけられていた洗脳を解き、今では俺の右腕になった。そのグロリオサだが、どうやらこの街にいるらしい。エゴマに変なことを吹き込みやがって、相変わらず俺たちに迷惑をかけやがる。万が一にも出会うと、面倒になる未来しか見えん。フェンネルと合流したら、とっとと街から離れなければ。
「……あるじ様。ジマハーリって、どんなとこ?」
「ここは東部大森林に一番近いせいで、才人の権力がやたら強い。冒険者から成り上がったり、金の力で上層街に住んでる連中も大勢いる。品格の欠けた才人が、一番多い街かもしれん」
「あんなのがウジャウジャ居るなんて、あまり考えたくないわね。学園でやった式典のときとか、謁見の間でも酷かったもの」
「次はありません。絶対に燃やします」
「我の心にも、ドス黒い感情が湧き上がってきたからな。あれは貴重な体験だったよ」
機嫌が悪くなったユーカリのキツネ耳をモフりつつ、荒ぶるスイのしっぽに手を伸ばす。揉んだり撫でたりしていると、すぐに情緒が安定してきた。この先、再びエゴマが絡んできたら、きっちり決着をつけよう。
まあダエモン教から目をつけられ、大黒柱的存在のフェンネルを手放したサーロイン家に、未来はないだろうが……
「あそこにフェンネル様がいらっしゃるです」
「うわ。周りにいる従人、女ばっかりじゃん」
「屋敷にいる男従人は、私兵と契約している者だけだ。使用人として雇われるケースは、ほぼ無いぞ」
「キミたち上人の、変な趣味とかじゃないよね?」
「男の従人は当たり外れが大きくてな。力仕事ならまだしも、細やかな作業を苦手にしてる者が多い。セルバチコみたいな従人はレアなんだぞ」
「大量の荷物を取り扱うような事業をしていない限り、積極的に男性従人と契約することはありませんね」
「へー、ユーカリがいた家もそうだったの?」
「わたくしの生まれた家では、門番のかたと契約していた男性が二人だけで、あとは女性従人ばかりでした」
それにしても、あれだけよく集めたな。全員が一等級じゃないか。品質一番が三人、二番も三人、そして四番が一人で、合計十三。フェンネルの支配値は二百八だから、上限ギリギリだ。
「タクトが知ってる子はいる?」
「犬種のアルカネット、牛種のサントリナ。それに猫種のタイムは見たことがあるな。あともう一人いる犬種のパインは、母さんの専属従人だった」
俺が初めてギフトの実験台にした従人、それがパインという黒い毛色をした犬種の女性。母さんがやたら可愛がってたので、俺のところに来てくれたのは嬉しい。なにせ彼女は母さんが旅立ったとき、俺と一緒に泣いてくれた。
「兎種のカルダモンさんは、フェンネル様と契約してるですよ」
「そうだったのか。あいつが手元に置くくらいだから、きっと優秀な従人なんだろう」
オレンジ色の虎種とダークブラウンの狐種は、間違いなく初めて見る顔。どちらも年齢が二十歳くらいなので、何かしら訳ありなはず。ローゼルさんが使役している銀狐ほどではないものの、ダークブラウンの毛は珍しい。そっちは愛玩用に飼われていたと思うが……
「向こうも気づいたようだぞ、主殿。こちらへ近づいてきた」
「こんにちはなのです、アルカネットさん」
「学園で会って以来ね、ミント。それにしても契約主がセージ様だったとは驚きました」
「今はタクト・コーサカと名乗っている。俺のことを知ってる者は、今後そう呼んでくれ」
「ひとまず皆、タクト様に自己紹介をしなさい」
フェンネルの号令で、従人たちが一列に並ぶ。
一番右のアルカネットは、フェンネルが長年使役してきた従人。掃除洗濯が得意で御者までこなせる万能選手だ。新しい屋敷でも従人の統括をやってもらおう。
二番目のカルダモンは、フェンネルの秘書をやっていたらしい。屋敷に来てすぐ、長男が暴発させた魔法で大やけど。そのまま捨てられる予定だったが、フェンネルが保護して契約。左半身に残った火傷の痕が目立つこともあり、執務室からほとんど出ないとのこと。道理で俺が知らないわけだ。
三番目の子供は、六歳のサントリナ。サーロイン家が一等級以外を全て手放したときに、母親と無理やり引き離された。それ以来ずっと塞ぎ込んだまま、ほとんど喋らなくなってしまう。そういえば以前見た時は、もっと明るい子だったよな。そんな子供をサーロイン家においておけば、あとは死を待つのみ。グッジョブだ、フェンネル。
四番目の子供は、九歳のタイム。右耳の切り傷と、しっぽに巻いた包帯が痛々しい。謹慎処分を食らったチャービルが屋敷で暴れまわり、怪我人が後を絶たないんだとか。ネコ耳としっぽを傷つけるとは何事だ! 今すぐお仕置きに行きたい気持ちを、俺は必死で抑え込む。流星ランクが上層街で暴れれば、冒険者ギルドの総意と受け止められる。流石にそこまではできん。
五番目に並んでいる、虎種の従人がナツメグ。スクティタク学園に通っている生徒の護衛だったらしい。自分が気に入らない上人を襲えと言われ、それを拒否。怒った契約主が命令違反のレッテルを貼って売りさばく。買い手がつきにくい前科をつけるとは陰湿な奴め。やはりジマハーリの才人は、ロクデナシばかりだ。しかし彼女には特筆すべき技能がある。それは魔獣解体の知識と経験。さすがフェンネル、とんでもない逸材を見つけやがって。
六番目のパインは、俺が母さんの息子と聞き、自ら志願。どうやら離れに追いやられてからも、ずっと気にしてくれていたらしい。専属を外されてからは、会う機会なかったので知らなかった。これだけ懐いてくれていた従人、母さんの分まで大切にしてやらねば。
七番目の狐種はマンダリン。予想通り愛玩用として使役されていたが、二十歳を超えた頃から扱いが悪化。そして二年後、もう飽きたと捨てられてしまった。いやいや、まだまだいけるだろ。レベルが上がればきっと化けるぞ。それに彼女は料理ができる。ユーカリと一緒に厨房へ立たせたら、ダブル狐種パラダイスじゃないか。控えめに言っても最高すぎだぞ!
「当主としての制約は、家の秘密を守ること、それだけでいい。そもそも俺は自分の従人たちを、制約で縛らないようにしている。束縛がなくても支えてくれる関係を、作っていくのが目標だからな」
「ミントはタクト様にお仕えできて、とても幸せなのです。みんなさんにも、きっとわかっていただけるです」
「こいつが気に入らないことをしたら、ボクに言うといいよ。叩きのめしてあげるからさ」
「よく言ったシトラス。これから誰かが粗相をするたび、お前のしっぽを一時間モフってやろう」
「そんなのバツにすらならないね。だってキミの隣で寝ると、一晩中ボクのしっぽを触ってるじゃん」
「シトラスのおかげで、俺はいつも素晴らしい朝を迎えられるぞ」
「キミが死んだら困るから触らせてあげてること、理解してるのかい?」
言われてみれば確かに死ぬな。もうモフモフなしの生活など考えられん。一晩我慢できるかと問われれば、自信を持って言える。絶対に無理だと!
「わたくしたちはいつもこんな感じなので、最初はみなさんも最初は戸惑うでしょう。ですが、旦那様に仕えることがどれだけ幸せなのか、すぐに実感できますよ」
「……お弁当、食べるだけでわかる。今日もごちそう」
「主殿ほど面白い御仁は、この世におらぬ。龍族の我が保証しよう」
「キュキューイ」
「コハクちゃんはタクトのこと、大好きだものね。もちろん私もよ」
眼の前に飛んできたジャスミンが、俺の頬にキスの雨を降らせる。自己紹介を終えた従人たちは、俺たちのやり取りを呆然と見つめるだけ。まあ、ゆっくり慣れていってくれ。
「さて、まずは森を攻略しよう。休憩は適度に挟むから、辛くなったらいつでも言え」
「あのー……」
「どうしたナツメグ」
「私たちやっぱり使い捨てですか?」
「わざわざフェンネルに服を用意させて、消耗品として扱うなんてするわけ無いだろ。それは怪我をしないための保険だ」
「少しでも契約主を守るために、壁を強化する目的じゃなかったんですね」
ナツメグのやつ、護衛根性が抜けてないな。スタイーン国の仲介業者は、これだから気に入らん。少しはロブスター商会を見習え。
「これからやるのは、お前たちのレベル上げだ。俺とフェンネルがパーティーを組んで、経験値を稼ぎまくる。ひとまず昼までに千匹を目指そう」
「そっ、それはいくらなんでも難しいのでは。スクティタク学園でも、そんな効率で狩りができるなんて、習わなかったです」
「魔法一辺倒な教育機関が言ったことなど、なんの役にも立たん。俺の屋敷で働けば、これまでの常識が何度も崩れ去る。その第一弾がこれだ。心して付いてこい」
フェンネルから指輪を預かり、分配器にセット。今回は一対九にしておく。あとは子供たちを、なんとかせねば。
「サントリナは俺が連れて行こう。構わないか?」
「・・・・・」
目線を合わせてみるも、感情のこもらない目で俺を見つめるだけ。両脇に手を差し込んでも嫌がらないし、そのまま持ち上げる。こちらへ体重をかけてきたから、まあ大丈夫か。
「タイムも森はまだ辛かろう。我が抱っこしてやるぞ」
「いいの?」
「これからは同じ家で生活する家族だ。遠慮などするではない」
「……スイの抱っこ、気持ちいい。タイムも体験すべき」
同じ猫種だからだろうか。シナモンの言葉でタイムが動く。両腕をスッと差し出されたスイが、まだ幼さの残るタイムを抱き上げた。
「私はカルダモンちゃんのところに行くわね。いいかしら」
「あの……気持ち悪くない?」
「火傷の痕なら気にしなくてもいいわよ。私なんて全身からトゲが生える病気だったもの。それにね、うふふ」
ジャスミンが俺を見て笑いかける。十七歳のカルダモンがサーロイン家に来たのは、十三歳になったばかりの頃。そのときに受けた火傷なら、跡形もなく消え去るだろう。もちろんチャービルの魔法で傷つけられたタイムも同じ。ミントの力がなかったら、俺たちは上層街を更地にしていたかもしれん。
とにかく密集地やマザースライムを探しつつ、まずは聖域を目指そう。そこでみんなの治療と昼飯だ。
ジマハーリ近郊の森にいる霊獣とは?
次回「0216話 ある日森の中」をお楽しみに!
(タイトルで既にネタバレw)




