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無能として家から追放されると決めた転生者の俺は、モフモフたちと一緒に第三の人生をエンジョイする  作者: トミ井ミト(旧PN:十味飯 八甘)
0000 1101[第13章]アガ塔よいとこ、一度はおいで

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0214話 豹変する聖女

 しかしまあ、なんてタイミングで乱入してきたんだ。よりにもよって俺たちとかち合うとは、本当に間が悪すぎるな。教団としても謁見のダブルブッキングなんて想定外のはず。なにせスケジュールを乱したのは俺たちの方だし。



「本当に申し訳ありませんでした。この場に踏み込ませてしまったのは、私の責任です」


「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。あの様子を見ると、止めるのは無理だっただろ」


「最近のエゴマ様は他者を追い落とすことしか、考えられなくなっています。長年サーロイン家に尽くしてきましたが、これ以上あのお方に仕えることはできません」


「なら俺の家に来てほしいという話、本気で考えてくれないか?」


「私でよろしければ、喜んで」



 よし! これで管理の問題に片がつく。なにせサーロイン家を支えてきたのは、実質この男だ。財務関係から使用人の管理、そして対外交渉までこなせる万能家令。フェンネルがいてくれたら、家のことを全て任せられる。



「あのさ、この人ってサーロイン家にいたんだよね。そんな簡単に信用しちゃっていいの?」


「シトラスの懸念はよく分かる。だがフェンネルに関してなら問題ない。彼が生まれた家は、代々優秀な使用人を排出してきた名門でな。自分の都合で仕える家を変えたりしない」


「……あるじ様。それがどうして、大丈夫なの?」


「つまりコーサカ家で働くと決めたからには、よっぽどのことがない限り裏切らないってことだ。もしそんな事態が発生したなら、その家がどうしようもなく悪いってことになる」


「つまりサーロイン家は、この子に見限られたってことね?」


「その認識で間違いないぞ。こんなこと、滅多に発生しないんだがな……」



 なにせフェンネルは、家紋のピンズを破壊した。それはよほど腹に据えかねていたという(あかし)。家令があそこまでやるのは、完全な決別を意味するからな。もはやサーロイン家には、義理も忠誠もないってことだ。



「またよろしくお願いしますです、フェンネル様」


「ミントもいたとは驚きました」


「なんだ、アルカネットに聞いてないのか?」


「たとえ使役主に対してでも、他家の内情を軽々しく話すような教育は、しておりませんので」


「旦那様が信頼できると言われた意味、よくわかりました。この方でしたら、安心してお任せできそうです」



 みんなの理解も得られたようなので、教皇から屋敷の規模や場所を聞く。住宅区の端のほうだが、学術特区と隣接してるのはありがたい。これならニームが引っ越してきても、学園に通いやすいだろう。


 なんでも身寄りのなかった信者が、教団に寄進すると遺言を残して、この世を去ったとのこと。教義にある徳を積むため、数多くの従人を使役していたその家には、大きな厨房や食堂だけでなく広い風呂もある。部屋数も多いから、このさき人が増えても平気だ。運動のできる庭があるのもいいな!



「能力や年齢は不問だ。フェンネルが使えると判断した従人を選んでくれ。あとはサーロイン家に置いておけない者がいたら、引き抜いてきて構わない」


「エゴマ・サーロインはしばらく帰れませんので、納得できるまで検討してくださいね」


「かしこまりました。アルカネットとジマハーリへ戻り、屋敷で働く者の選考を進めてまいります」



 俺たちは森経由でワカイネトコへ行き、まず屋敷の引き渡しを完了させよう。そして霊獣(シマエナガ)たちに来てもらい、庭にあるという大木で営巣(えいそう)の準備。それが終わり次第、スイに乗ってジマハーリへ。フェンネルと合流したあとは再び森を攻略。そうすれば短時間で生活環境を整えられる。


 大まかな予定を決めたあとにフェンネルが退室し、カーテンの奥から聖女が出てきた。



(あきな)いでは付き合いのなかった家だが、当主があそこまで酷かったとは驚いたよ」


「ニーム様が家から離れたがっていた理由、よくわかりました」


「エゴマ殿の処遇は、どうするつもりじゃね?」


「異端認定して更生施設送りしたら、さすがにスタイーン国も黙ってないと思う。だからまずは十六家に警告と抗議かな」


「幸い姿は見られていないし、その辺が落としどころだろう。あんな奴にいちいち付き合うのは、時間の無駄すぎる。スタイーン国に丸投げして、処分を任せた方がいい」



 これでサーロイン家が出世する芽は、完全に(つい)えてしまったな。コネや力だけで十六家入りできないこと、まったく理解できてなかったらしい。



「かなり酷いことを言われてたけど、タクト様はそれでいいの?」


「あの程度の暴言では、全くダメージは受けん。従人をモフるだけで、綺麗サッパリ忘れられる」


「ミントのお耳がお役に立てるなら、いくらでもモフって下さいれふー」



 ミントのうさ耳をふにふにモフっていると、聖女がこちらをガン見してきた。さすがにこれはちょっとやりすぎたか?



「!!!!!」



 いや、あれは非難の目じゃないぞ。前のめりになって、両手が落ち着きなく動く。ギラついた目で葛藤してるとか、もしかすると……



「ずっと我慢してきたけど、もうダメ。あの……タクト様っ!」


「なんだ?」


「わっ、私も触っていい?」


「どうする、ミント」


「ミントのお耳でよろしければ、どうぞなのです」


「すごぉーい、フワフワだぁぁぁ。この手触り癖になるぅぅぅー。かわいいぃぃー、やわらかいぃぃー、気持ちいいぃぃー」



 おいおい。ミントを抱きしめて、モフりまくってるじゃないか。この聖女、とんだモフリストだぞ。垂れ流される言葉を聞くと、俺たちと会ってからモフり欲が高まっていたらしい。エゴマたちに乱入される前の不審行動は、欲求を必死に抑えようとしてたかだとか。


 いやはや。これは俺の性癖をいくら訴えても無駄だ。教団のトップがこれでは、異端認定なんて夢のまた夢。エゴマの自爆っぷり、ある意味見事すぎる。



「あうー、くすぐったいのですー」


「そっちの黒猫も、かーわーいーぃー。そーれ、わしゃわしゃわしゃー」


「……あるじ様、助けて」


「金色の狐とか、初めて見たよー。ほれほれここか? ここがいいのか? 最高かー?」


「お戯れはおよし下さい、聖女様」


「そっちの子も、しっぽを触らせて!」


「ちょっ、やめてったら。なんでアイツの仲間が増えるんだよ」


「あらあら、みんな大人気ね」


「キュキューイ!」


有翼種(ゆうよくしゅ)とか天使だよぉー。それに天然のぬいぐるみもぉー」



 正体を知られた俺たちに対しては、素が出てしまうんだろう。言葉遣いもラフになるし、性癖を隠そうともしない。なんというか、この人とは仲良くできそうだ。


 そんな聖女の暴走は、教皇が止めるまで続いた。



◇◆◇



 従人をモフりまくって大満足な聖女の案内で、観光客の消えた尖塔を登っていく。開放時間が終わった階段には、茜色に染まる光が長い影を作っている。


 年配組が辞退した階段を、聖女は話をしながら悠々と進む。俺と遜色ない体力がある彼女のレベルは、一体どれくらいなんだろう?



「なるほど。普段の世話は、すべて従人に任せているわけか」


「寿命の関係で、みんな先に()っちゃうからね。世話してくれる子を入れ替えながら、自分の存在を曖昧なものにしてるんだ」


「あなたって今いくつなの?」


「えっと……この世界に飛ばされてきたのが九十六(96)歳のときで、今は五百十二(512)歳だよ」


「あらあら。私は百二十八歳だから、ちょうど四倍ね」


「すごいお姉さんなのです!」



 この世界に来て四百十六(416)年だもんな。素性を明かすのは教皇のみに絞り、どこかのタイミングで代替わりしたように見せかけてるんだろう。そうした工作を続ける目的なら、従人の協力を得るのが一番だ。


 なにせ扱いかた次第で、たやすく情報のコントロールができる。皇居が大勢の女孺(にょじゅ)を働かせているのも理由は同じ。大きな組織というのは、似通った運用になるってことか……



「周りに従人しかいないから、ボクたちとベタベタしても平気なんだ」


「さっ、さっきは我を忘れちゃったけど、普段はもっとちゃんとしてるよ」


「……髪、ぐちゃぐちゃになった」


「あうー、ごめんね」



 どうやらミントのことを一番気に入ったらしい。部屋を出てからずっと手を繋いだままだ。そんな聖女を警戒しながらシナモンが近づいてきたので、抱き上げて頭を撫でてやる。



「タクト様とみんなって、ほんとに仲良しだよね。私の目指してる理想そのものだよ」


「それは教義にある、自分の一部として扱うってやつか?」


「私としては上人(じょうじん)従人(じゅうじん)も、別け隔てなく暮らしてほしい。でもこの世界って呪われてるんだよ。それをなんとかしたくて、教義を徐々に修正していってるの。でも人々にはびこってる意識を変えるのは、なかなか難しくてね」


「その苦労はよくわかる。だがそれは決して無駄じゃない。俺のように従人と接する者が近くにいれば、ちょっとしたきっかけで意識は変わってしまう」


「それは私も感じてる。だからロブスター商会が提唱してる、心技体(しんぎたい)衣食住(いしょくじゅう)の育成法に、期待してるんだ」


「それ旦那様が去年の夏に発表されたスローガンですよね」


「えっ!? これ、タクト様が絡んでるの?」


「去年の運動会で、俺の従人たちが活躍してな。トップの成績と複数の賞をもらった。その時のインタビューで、俺が披露した前世の言葉だ」



 まさかダエモン教の聖女にまで伝わってたとは。話を聞く限り、俺と彼女が目指しているものは同じ。これは全面的に協力せねばなるまい。



「やっぱりタクト様って聖座(セイント)にふさわしい人だよ! さっきは断りもなしに宣言しちゃったけど、受け入れてもらえないかな?」


「先ほど教皇は二人目と言っていたな。もう一人の聖座(セイント)とは、どんな人物だったのだ?」



 スイの言葉で聖女が立ち止まり、廊下の窓へ視線を向ける。そして遠くを見ながら、懐かしそうに言葉を紡ぐ。



「私がこの世界に飛ばされて、右も左もわからなかった時に、助けてくれた女の子がいたの。異世界人の私を見ても怖がったりせず、言葉も教えてくれたんだよ。それで敬虔なダエモン教の信者だった彼女は、人とは違う力に目覚めた私を保護してくれるよう、教団に頼んでくれた」



 魔法で再現できない力を見た幹部は、ラズベリーを聖女として迎え入れた。彼女に発現した占星術や祈祷術は自身の神秘性を際立たせ、教団内で盤石の地位を築き上げていく。


 やがて教団の顔となった彼女は、聖座(セイント)という地位を創設。それは自分に手を差し伸べてくれた女性と、いつでも一緒にいられるようにするため。


 俺に同じ称号を与えようとしているのも、気兼ねせずに会いたいからだろう。なにせ俺には異世界の知識があり、エルフという存在に対する偏見がない。そしてラズベリーが教団の紋章にまでした憧れの存在、龍族のスイがいるからな。機会があれば、空の旅に誘ってやるか。きっと大喜びしてくれるはず。



「私が召喚しちゃった子も境遇が似てるから、すごく責任を感じてる。でも今の私じゃ、あの子のようにはできない。それでいても立ってもいられず、メドーセージやオレガノに依頼を出したってわけ」


「ある意味、(われ)の責任でもあるのだな」


「二人とも、あまり気にしすぎるなよ。幸い俺の前世と同じ世界から来てる。ゼロから関係を作り上げるより、だいぶマシだ。送還する方法も探りつつ、手厚く保護してやろう」


「自分の不始末を主殿(ぬしどの)に押し付けるのは、なんとも申し訳ない気分になってしまうな」


「ビットの異常は超自然的な現象で、どんな力を持ってしても防ぎようがない。むしろ論理演算師(ろんりえんざんし)というギフトを持って生まれたのは、こうした出会いに導くためだったかもしれないぞ」


「私やコハクちゃんも一緒ね」


「キュイッ!」



 俺はしょげてしまったスイに手を伸ばし、抱きしめながら頭を撫でる。なにせこいつも元気がなくなると、しっぽを地面にズリズリ引きずりながら歩く。いくら傷がつかないといっても、ビジュアル的に悪すぎていかん。従人は元気が一番!



「称号の話だが、ありがたくもらっておく。従人や野人(やじん)の待遇改善に繋がる活動は、俺のライフワークだからな」


「ありがとう、タクト様。あとでメダイユを渡すから、魔力の登録をしてね。それがあれば関所のチェックが要らなくなるし、教団の施設を優先的に使えるから」


「チェックをパスできるのはありがたい。空や森からここへ来ても、犯罪者扱いされなくてすむ」



 それにも数種類の色があるらしく、俺が渡されるのは赤とのこと。教皇がさっき見せてくれたのは白なので、更に上の地位という言葉に偽りはない。まあいくら高い地位をもらっても、俺がやるべきことは今までと同じ。自分の手が届く範囲で、大切な者たちの幸せを守っていくだけだ。


 その一人になるだろうユズには、イラストと二か国語を併用した、意思疎通用のカードを渡しておこう。そんな計画を話しながら歩いていると、展望台へ到着した。



「……おぉぉぉぉー」


「そんなところに登ったら、危ないのです」


「……平気。落ちても掴まるとこ、ある」



 真っ先に到着したシナモンが、手すりの上へピョンと飛び乗る。細いバーの上にエジプト座りして、しっぽをフリフリ動かす姿はラブリーすぎだぞ!


 ハァハァ言いながら襲いかかろうとするラズベリーの首根っこを掴み、俺たちも手すりから顔を出す。



「街の灯りが宝石みたいに輝いていて、とても幻想的です」


「この光景は一部の人しか見られない、特別なものなんだよ」


「夜なのにすごく明るいわ」


「街の設備を維持管理してる組合に、教団が出資しててね。だから他の街より道がきれいで、街灯も多いの」



 俺の頭に百万ドルの夜景という言葉が浮かぶ。この時間になっても道路は混雑しており、飲食店らしき建物へ人が吸い込まれていく。集合住宅のような高層建築物は、ほとんどの窓から光が漏れているな。さすが世界で最も発展している街。人口密度が半端ない。


 大聖堂から伸びる大きな道が特に明るく、まるで光の川が流れているかのよう。まさかこんな光景が見られるとは思ってもみなかった。わざわざ時間をずらして案内してくれたラズベリーに感謝しないと。



「暗い時間帯に出歩くことが少ないから、なかなか新鮮な体験ができたよ」


「キュイッ! キュイッ!」


「こうして上から見ると、人の営みが感じられて良いものだ」



 聖女から開放されたミントを肩車し、近くに来たユーカリとスイの二人へ腕を差し出す。両手に花状態の俺を、ラズベリーが優しい眼差しで見つめてきた。



「確かにすごくキレイなんだけど、階段をいっぱい登ったから、ボクお腹が空いちゃったよ」



 ロマンチックな雰囲気をぶち壊しやがって。まったく、花より団子な奴め。まあ確かに腹が減ってくる時間だ。今夜は約束通り、味噌漬け肉をたっぷり食わせてやろう。


再び始まりの街、ジマハーリへ。

そこでフェンネルが引き抜いてきた従人たちとの邂逅。

その中には主人公と縁のある者も……

次回「0215話 フェンネルと合流」をお楽しみに。


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