0213話 乱入者
赤、青、緑、金。マハラガタカの大通りを進む、四色で彩られた派手な家紋が入った黒い箱馬車。手綱を握っているのは犬種の女従人だ。
先行している私兵が馬上から、歩行者や徐行中の車両に警告を出す。混雑している車道を我が物顔で走る馬車に、人々の厳しい視線が集まる。
乗車しているエゴマ・サーロインは、ここが自国ではないことを全く考慮していなかった。居を構えているジマハーリならまだしも、十六家に名を連ねていないサーロイン家の知名度は低い。民度が高く文化的にも成熟しているマハラガタカの住民たちにしてみれば、彼らは横柄な田舎の成り上がり程度にしか見えないのである。
御者をやらされているアルカネットは、今にも逃げ出したい気持ちを懸命にこらえながら、私兵の後ろをついていく。
「本当に聖女様へ告発するおつもりですか?」
「ここまで来てなにを怖気づいてる。莫大な寄進をしたんだ、会わずに帰れるか」
「さすがにこれはやりすぎだと思いますが……」
「あの無能は儂から大事な娘を奪い取ったんだぞ。痛い目を見せてやらねば気が収まらん」
「確かにグロリオサ・トラフグ様は、ブリーダーの資格をお持ちです。彼が使役している従人を、グロリオサ様が出荷したというのも真実でしょう。ですがそれだけでは、あまりにも根拠が弱すぎます」
セイボリー・タラバに目をつけられ、タウポートンから出ていったグロリオサは、ジマハーリへ逃げ込んでいた。大図書館から盗み出した禁書を所持している以上、ヨロズヤーオ国へはいけない。再び作品づくりに没頭できるのは、スタイーン国かアインパエ帝国だけ。しかし国営の業者しかないアインパエ帝国だと、失敗したときのリスクが高すぎる。消去法でスタイーン国へ行くことを決め、金で地位が買いやすいジマハーリへと移り住んだ。
「事実など別にどうでもいい。あの無能が従人を恋人扱いする異端者だと、伝わるだけで十分だ。そうすれば教団から目をつけられ、行く先々で後ろ指を指される。あいつが変質者の烙印を押されれば、ニームも自分の過ちに気づくだろう」
「もし不発に終われば、当家の名に大きな傷がつきますよ」
「あいつは他人に取り入るだけしか能のない半端者だぞ。サーロイン家の信用力と、どちらが上だと持っている。当主の儂が進言する以上、聖女も聞き入れるしかない。失敗するなどあり得んことだ」
果たしてそうだろうか、フェンネルはタクトがサーロイン家にいた頃のことを思い出す。
フェンネルが生まれた家は、上流階級に数多くの使用人を送り込んできた名門一族。代々受け継がれてきたデータと照らし合わせても、タクトが発揮していた属性魔法に関する才能は著しく低い。炎を出しても焚き火程度。石礫を飛ばす魔法にいたっては、庭に落ちている小石を投げたほうがまし。そんな有り様だ。
当主であるエゴマは早々に見切りをつけ、有用なギフトを授からなければ廃嫡すると決めた。そして母親がいなくなってからは存在自体を頭から捨て去り、勝手に暮らせと旧本邸へ追いやってしまう。十歳にも満たない子供が、親からそんな扱いを受けたらどうなるか……
しかしフェンネルの心配は杞憂に終わる。
離れで保管していた不用品を処分させてほしいと自分に頼み、住みよい環境を整えていった行動力。ろくな教育を受けられなかったにも関わらず、離れに放置されていた様々な書物や古文書を読み漁り、独学で知識を身に付けていける高い自主性。
そして家で働く従人たちに対する態度は、明らかに一族の者たちとは違う。世話役を押し付けられたミントが食事を運んでも、文句一つ言わないのだ。
彼が持っている肩書は、実力が伴わないと手に入らないものばかり。有力者とのつながりも、自分が調べた限りでは全て本物であった。
ベテラン家令としての経験と本能が、このままではいけないと警笛を鳴らす。しかし当主の意思に背くことはできない。仕方なくこれ以上の進言を諦め、揺れる馬車の中で小さくため息をつく。
そんな二人を乗せた馬車が、大聖堂へ到着した。
「少し待てとはどういうことだ。こちらは事前に通知された時間どおりに来ているんだぞ。なんのために多額の寄進をしたと思ってる」
「も、申し訳ございません。しかし今は聖女様が直々に招聘した人物と、重要な会談が行われております。今しばらくお待ち下さい」
「それがどうした、何の話か知らんが後でやれ。スタイーン国の才人である儂との謁見より重要なことなど、この世には存在せん。いいからすぐ聖女に会わせろ」
「遠方から来ていただいたことは、わかっております。しかし謁見の時間は聖女様のスケジュールで前後すると、事前にお知らせしておいたはずですが」
「そんなことは知るか。雷神のギフトを持った儂が会いに来てやったのだ。こちらに合わせるのが道理だろ」
エゴマの振る舞いを見て、フェンネルは激しく頭を抱える。誰に喧嘩を売ってるのか、この男は理解できてないなと……
「ええーい、お前では話しにならん。こうなったら直接、聖女に進言するまでだ。謁見の間がどこにあるか、儂は知っている。勝手に行かせてもらうぞ」
「おっ、お待ち下さい。教団施設内で勝手に行動されては困ります」
すがりつく案内を無視し、子供のころ父親と一緒に大聖堂へ来た記憶をたどりながら、建物の奥へ進んでいく。才人の義務として森で戦闘を重ねてきたエゴマのレベルは高い。強力な魔法の使えない教団施設内で、彼を止められる者はいなかった。
そしてエゴマは扉の前にいた教団騎士を殴り倒し、謁見の間へ踏み込む。
「何事ですか!」
教皇が乱入者を牽制しながら、聖女の前に立つ。直前にミントとコハクが不審者の接近を察知していたため、タクトはユーカリに幻術の発動を指示。シトラスはタクトを守れる位置で侵入者を睨み、シナモンは印を結んでいつでも飛び出せる体勢に。そして少し遅れ、ジャスミンに近くに現れる精霊たち。一瞬で室内の空気が、ピリピリとしたものに変わる。
「謁見を申し込んでいたエゴマ・サーロインだ。約束通りきたやったぞ。聖女はどこにいる」
「今は大事な会談中ですよ。少し待つように言われなかったのですか?」
「才人である儂を待たせる無礼者の都合など知るか。さっさと聖女を出せ」
「お前がついていて、どうして止められなかった。さすがにこれは問題がでかすぎるぞ」
「申し訳ございません。ここは立場を捨ててでも阻止するべきでした」
エゴマの視線が、フェンネルと話している人物へ向く。その目に映るのは忘れもしない、自分から娘を奪い取った男の顔。
「どっ、どうしてお前がここにいるっ!!」
「さっき教皇から言われただろ。大事な会談をしに来ている」
「相変わらす見境がないな、今度は聖女に取り入ろうとしてるのか。まったく下賤な者はこれだから……」
タクトとエゴマがそんなやり取りをしているとき、ユーカリに誘導された聖女がカーテンの内側へ到着。イスへ腰掛けたあと、幻術が解かれる。
「ここへ乱入してくるとは、どういう了見です。自分がなにをしたのか、わかっているのですか?」
「時間通りに来てなにが悪い。待たせたのはそっちだろ」
「お控え下さい、旦那様。さすがにこれ以上、心証を悪くするわけにはいきません」
「使用人の分際で儂に意見するとは、不敬が過ぎるぞ! 最近はことあるたびに盾突きやがって。お前のようなやつは当家に必要ない、さっさと出ていけ」
タクトの姿を見た瞬間、エゴマの思考は怒りに支配されてしまった。教団の最重要人物である聖女に対しても、才人特有の不遜な言葉遣いを改めようとしない。なにせ家から追放した無能が、自分を押しのけて聖女と面会していたのだ。
そんな無礼が許されると思うのか。
否、断じて否である。
エゴマの怒りはどんどん燃え上がり、思考も短絡的になっていく。そしてとうとう自分の部下に、その矛先を向けてしまう。
「こちらから申し入れる手間が省けました。今日、この場限りで、役目を辞させていただきます」
フェンネルは襟につけていた家紋のピンズを外し、真ん中からへし折った。長年サーロイン家を支えてきた男も、今の当主に仕える意義を失っていたのだ。そうならざるを得ないほど、今のサーロイン家は見るに堪えない。
長男は素行の悪い者と徒党を組み、東部大森林で暴れまわっている。各方面から抗議が来てもエゴマは息子を咎めたりせず、もっと力を誇示しろと焚きつけるだけ。
そしてスクティタク学園に通い始めた次男は、入学早々問題を起こす。実習授業の順位に文句をつけ、担当教員を魔法で攻撃してしまう。他にも些細なことで相手に噛みつき、他家の令息に怪我を負わせた。さすがにこれは学園側も看過できず、今は自宅謹慎中だ。
処分に納得できず、帰宅してからも荒れまくっていた。ストレス発散のため従人を魔法の的にするので、帰る頃にはどれだけ怪我人が増えているか。それを考えるだけでフェンネルの頭痛はひどくなっていく。
夫人たちは子どもの教育に関心を示さず、才人同士のお茶会や遊興に精を出すだけ。性欲の減衰したエゴマに見切りをつけ、不義をはたらく者まで出る始末。
フェンネルは近い内に、サーロイン家と縁を切るつもりだった。なのでエゴマの言葉は、渡りに船だったのである。
「それなら俺のところで働かないか?」
「どちらの物件でしょう」
「実は教団が所有するワカイネトコの土地と建物を、譲り受けることになってな。管理できる優秀な家令を探していたんだ」
「はあ? お前に教団が土地と屋敷を与えるだと!? バカも休み休み言え!」
「事実ですよ、エゴマ・サーロイン。タクト様は我々のために、それだけの働きをしてくれたのです」
「こいつの甘言に騙されてはいかん。この男は従人相手に欲情する変質者だぞ。同じ食べ物を分け合ったり恋人扱いするなど、異端であるという決定的な証拠。すぐさま審問にかけ、裁かれるべきだ」
「それのなにが問題なのです?」
「道具に恋愛感情を抱くなど、明らかにおかしいだろ。そんな変態をダエモン教は認めるというのか!」
「どうやらエゴマ・サーロインは教義を誤解しているようですね。加えて聖女である私が認めた、聖座タクト様に対する数々の暴言、もはや見過ごすことはできません。この者を異端審問にかけます、連れていきなさい」
聖女の合図で、部屋に白い鎧を身に着けた騎士たちがなだれ込む。彼らは教会が所有する最高戦力、聖教騎士団だ。ろくな抵抗もできないまま、エゴマは拘束されてしまう。
「才人の儂を異端者扱いとは、お前ら一体何様だ。それに聖座とは何だ、聞いたことがないぞ」
「聖座は救世主に与えられる、教団で最も高い称号です。教皇である私より、タクト様は高い地位を持つことになりますね。教団が設立されてから、二人目の快挙ですよ」
「そんな地位をこいつに与えたら、絶対に後悔する。どいつもこいつも無能の口車に乗せられおって。えーい、離せ、離さんか!」
聖教騎士たちに囲まれ、エゴマは部屋の外へ連れ出される。それを見送ったシトラスは、噛みつかんばかりの表情を緩め、臨戦態勢を解く。逆立っていたシナモンのしっぽが元に戻り、腰の短剣から手を離す。ジャスミンの周りで威嚇するように発光していた精霊たちが消え、床を打ち付けていたスイのしっぽも動きが止まる。同時にカーテンを揺らしていたユーカリの黒いオーラが収まり、唸り声を出していたコハクとミントも静かになった。
ここが謁見の間でなければ、エゴマは一言も口にすることなく、その体を地面に沈めていただろう。今回で二度目になる従人たちの行動を見ていたフェンネルは、タクトに対する評価を更に上げるのであった。
聖女の本性が……
次回「0214話 豹変する聖女」をお楽しみに。




