0212話 召喚者
更に階層を一つ上がり、教団の重要施設が集まる廊下を歩く。どうやらここが尖塔を支える、土台部分の最上階になるらしい。窓から見ると聖堂の屋根より少し上だ。景色がよく見えるので、シナモンのテンションも上昇中。本当に高い場所が好きだな……
「こちらで召喚された方を保護しています」
「……タクト様。さっきからずっと悲しそうな声が聞こえてくるです。なんとかしてあげて欲しいのです」
「ああ、わかってる。俺に任せておけ」
ここまで近づけば俺にも聞こえる、若い女性のすすり泣きが。やっぱりラノベやゲームとは違って、現実は厳しいらしい。その手のお約束がないとか、サービスが悪すぎるぞ。この世界の神は仕事をサボりすぎだろ。
『〔ひっく……家に帰してほしいっす。スマホを取り上げられてログボはもらえないし、最悪っす〕』
気持ちはわかるが、この世界にモバイル回線はない。どこかのラノベみたいにネット通販が使えたり、チート機能付きのスマホを持ってるなら別だがな。
まあいい、ちゃんと相手の言葉は聞き取れている。あとは俺がうまく発音できるかだけ。
――コンコン
『〔だっ、誰っすか!? 自分は世界を救う力なんてない、ただの一般人っす。チート能力を持ってたり、ステータスが見えたりしないっすよ〕』
「〔んんっ……あー、あー。俺の言葉がわかるか? 世界を救えとか言わないから、まずは落ち着いてくれ〕」
――ガチャッ!
「〔もしかして日本人っすか! 自分のことを助けに……ヒィィィィッ!?〕」
扉を開けた女性が、俺の顔を見て尻餅をつく。髪は青いし日本人とは顔つきも違う。だが、そこまで驚かなくてもいいだろ。
それにしても……黒縁の野暮ったい眼鏡に、白いラインが入ったエンジ色の芋ジャージ。年齢は十台後半から二十歳くらいに見える。ダークブラウンの髪が乱れてるのは寝癖か? 素材が良いだけにもったいない。
「キミの怖い顔を見て怯えちゃってるじゃん」
「ちょっと目つきは鋭いですけど、襲われたりしないのですよ」
「……ご飯、美味しい。だからいい人」
「ベッドの上でも優しいですから大丈夫です」
「最近は上人が相手でも普通に付き合えるようになってきたわね」
「我のしっぽを情熱的に磨き上げてくれる御仁だ」
「キュ、キューイ」
お前ら、ちょっとは言葉を選べよ。まあ相手に通じてないから、良いんだけど……
「〔おぉぉー……ケモミミっ娘や、妖精みたいな娘がいるっす! ほんとに異世界なんっすね、ここ〕」
「〔日本からの転移者だよな?〕」
「〔そうっす。突然知らない場所に飛ばされたっすよ。もしかしてお兄さんはアレっすか?〕」
「〔俺は日本人の転生者だ。とりあえず、あんたをどうこうするつもりはないから、安心してくれ〕」
シトラスたちを見て落ち着いてくれたようなので、言葉が通じたことを学園長たちに伝え、まずは自己紹介から始める。いやー、さすがモフモフパワーは凄い。現代日本人には効果てきめんだな!
「〔じゃあ名前は立花柚子で、二十歳の日本人大学生。近所のスーパーへ買物に行こうとしたら、突然目の前が暗くなって気を失った。そして気づいたら、この部屋だったと〕」
「〔女の人がなにか説明してくれてるっぽいのに、話してる言葉がまったく判らなかったっす。異世界転移って、翻訳機能はデフォじゃないんっすか?〕」
「〔俺は転生してこっちの言葉を覚えたし、転移者と会ったのも今日が初めてだ。そのあたりのシステムはよく知らん〕」
通訳しながらオレガノさんをちらっと見るも、目線で知らないと答えを返す。日本からの転移者であろう祖父がどうだったのか、まったくヒントがないようだ。
「〔カーテン越しで顔も見せてくれないし、やたらセキュリティーの高そうな場所だし。ここって悪の秘密結社とかじゃないっすよね?〕」
「〔ここは宗教団体の総本山にある、重要施設が入る場所だ。悪の組織とは違うから安心しろ。改造人間にされたりしないし、バイクに乗って戦う必要もない〕」
「〔おぉぉー。自分が暮らしてた時代と同じタイミングで、生まれ変わったんっすね〕」
「〔とりあえず今後どうするか聖女に聞いてくる。もうしばらく待っていてくれ〕」
「〔できればタクトさんに保護してもらいたいっす〕」
「〔わかった。その方向で話を進めてみよう〕」
教皇にその旨を伝えようとしたとき、ユズの腹から小さな音が鳴る。緊張が解けて、腹でも減ったんだろう。仕方がない、握り飯とほうじ茶を出してやるか。
マジックバッグから包みを取り出すと、シトラスの顔が絶望に染まっていく。今夜は味噌漬けの肉を焼いてやると言ったよな。水麦も大量に炊くから、それまで我慢しろ。
「〔これ、おにぎりじゃないっすか! 食べていいんっすか?〕」
「〔腹が減ってるんだろ? 遠慮せず食え〕」
嬉しそうに包みを開くユズを残し、俺たちは謁見の間へ向かう。さっき聖女が召喚したと言った理由、しっかり問いただしてやらねばならん。ここは勇者に助けを求めるような、殺伐とした世界じゃない。それに話を聞く限り、トラックに轢かれたわけでもなさそうだ。
教皇にそれとなく尋ねてみても答えは返ってこないし、一体どんな秘密を抱えているのやら……
◇◆◇
再び謁見の間に集まり、さっき聞いた情報を報告する。それにしても聖女のやつ、妙に落ち着きがないな。こちらへ近づいてきたり遠ざかったり。挙句の果てにカーテンの中をぐるぐる歩き出す。もしかしてスケジュールが押してるんだろうか?
「問題なく意思の疎通が図れた上に、食事の提供まで。本当に感謝します」
「彼女はここを非合法組織と勘違いしていた。出された食事も警戒して、ほとんど口にできなかったみたいだからな」
「誤解が解けたようで何よりです。彼女に倒れてもらっては困りますから」
「ユズの精神面や生活スタイルを考慮したら、俺の方で保護するのが一番だと思う。引き渡しは可能か?」
「申し訳ございません。その申し出はありがたいのですが、現時点では承服しかねます」
「さっきユズを召喚したと言った。その理由が関係しているんだな」
カーテン越しの聖女が大きく息を吐く。もしかすると、かなり言いにくいことかもしれない。だがこれを聞いておかないと、今後の予定が立てられん。聖女の言葉通り時間が経てば、引き渡しが可能になるかもしれないしな。
「これから話すことは、他言無用でお願いします」
「タクト君と彼が使役しておる従人なら大丈夫じゃよ。伊達に流星ランクは名乗っておらん」
「……実は私のもとに天啓が降りてきたのです」
どうやら聖女になる条件が、スキルを持った者というのは確かのようだ。きっと何かしらの術を使って情報を得てるんだろう。
なにせ俺のギフトで表示される支配値は〝1111 1111 0000 0000〟、十進数で表すとマイナス二百五十六になる。魂の輝きという概念で捉えられるスイが反応したのも、十六ビットの桁数に加え数値が人とは違うから。
まったく……正体が気になって仕方がないぞ!
「どんなお告げだったんだ?」
「私が知覚できる天啓は具体性に欠くのですが、徐々に大きくなる波のイメージとともに、〝青の厄災が世界を飲み込む〟というメッセージが頭に浮かんでいます」
「つまり、この世界に危機が訪れると」
「私も同じように解釈し、その厄災を鎮めようと、祭壇で祈祷を行いました。その結果、彼女が召喚されてしまったのです」
「人身御供を寄越したとしても、我の破壊衝動は収まらなかったぞ」
「……へっ!?」
そういうオチか!
あのまま暴れまわっていたら、北方だけでなく南方大陸にも影響を及ぼしていたと。あのときスイが「世界を救った」と口にしたのは、あながち間違いではなかったのかもしれん。
「あー、なんだ。人の姿をしているが、こいつの正体は青龍だ」
「我の名は北方大陸を守護する青龍、エストラゴン。今は人の姿に変身し、主殿から授かったスイという名前で活動している」
――バッ!!
「神よ」
カーテンを開け、聖女が飛び出してきた。そしてスイの前で五体投地の礼をする。見た目は十七歳くらいだろうか。明るい緑色の髪と、深みのある赤くてきれいな瞳。そして最も目を引くのは、顔の横から伸びる長い耳だ。
「なるほどエルフ族なら色々納得できる。この数百年、常に聖女が存在していたのは、悠久に近い寿命を持っているからだな」
「……あっ」
そそくさとカーテンの中へ戻ろうとするな。全員にバッチリ目撃されてるし、今さらもう遅いぞ。
「こんなところで教団の最高機密に触れてしまうとは、人生なにが起きるかわからんものじゃ」
「次から次へと騒動を呼び込むのは、実にタクトらしいな」
「今日は驚くことばかりです」
「あー、うー……どうしよう、ルバーブ」
「諦めて下さい、聖女様。そのお姿だけでなく、長寿の秘密までバレています」
「言いふらしたりしないから安心してくれ」
全身を床に投げ出したせいで、服が茶色くなってるじゃないか。ふくらはぎまである長いベールやドレスが白いから、やたら汚れが目立つ。仕方がないので一言断りを入れ、生活魔法でさっと落とす。
「あの……ありがとう」
「気にするな。それより異世界から来た転移者でいいんだよな?」
「うん、そう」
「しかし聖女の在籍期間から考えても容姿が若すぎる。普通のエルフではなく、ハイエルフやエンシェントエルフ、あるいはエルダーエルフといったところか。ファンタジーな存在と会えて嬉しいよ」
「怖かったり……しない?」
「少なくとも俺にとっては、創作物でよく目にする存在でしかない。怖いどころか、できれば仲良くなりたいくらいだ」
なにせ特殊な支配値を持っているし、発現したスキルにも興味がある。たとえモフ値がゼロでもエルフだぞ、エルフ! これまで架空の存在だと思っていた種族に会えたんだから、テンションだって上がるというもの。
部屋にいるメンバーは、誰一人として奇異の目で見ていない。なのでここからは対面の話し合いに移行し、互いの自己紹介からやり直す。俺の方はユズと同じ世界からの転生者であること、聖女の方からは森に覆われた星から来た純血エルフであると教えあう。なんでも寿命は千年を優に超え、星の指導者的種族だったらしい。
「私がいた世界だと龍は神の化身で、万物の理を統べる存在なの」
「我にそこまで力はないぞ。せいぜい天候を操れるくらいだ」
「それだけでも凄いだろ。なにせスイがいれば、干ばつ被害を回避できるからな」
嬉しそうな顔をしながら、頭を差し出しやがって。ほれほれ、これで満足か?
「もう一度確認したいんだけど、スイ様は従人として生活してるのよね?」
「主殿よ、リードを出してくれんか」
まあ一番わかり易い方法だから仕方がない。俺は指輪をスイのチョーカーに当て、そこからリードを引っ張り出す。それを見た聖女と教皇の顔が驚きに染まる。
「あー、そうそう。測定器ではゼロになると思うが、聖女の支配値はマイナス二百五十六だ。俺なら使役してしまえるかもしれん」
「……ふえっ!?」
なにせ俺の支配値はマイナス四千九十六。マイナス二百五十六のちょうど十六倍あるからな。
「悪い、ほんの冗談だ。間違ってもそんなことはしないから怯えないでくれ。それより、もし厄災の天啓が消えていたら、ユズをこちらで保護してもいいな?」
「あっうん、もちろん。次の満月になれば占星術が使えるから、そこで問題がなければになるけど」
「それならワカイネトコで家を借りておくか。学園長やオレガノさんもいるし、ニームに住んでもらえばなんとかなりそうだ」
「その件なんだけど、タクト様に教団が保有する屋敷を寄贈したいの」
「そこまでしてもらわなくても平気だぞ。それに俺を様付けで呼ぶのは、色々問題がありそうなんだが……」
「いっ、いえ! タクト様はスイ様の主だから、敬うべき対象だもん!! それにこれは世界を救ってくれたお礼と、祈祷術で召喚してしまった者への償いだから、もらってくれないと困る」
詳しく聞くと大きな木の自生する庭があり、暖炉もついた屋敷らしい。シナモンのテンションが爆上がりだし、大きな木は疑似霊木にできる。しかし屋敷の管理がなぁ……
――そんなことを考えていたとき、入口の扉が乱暴に開かれた。
扉を開いた人物とは?
(それは紛れもなくヤツさ)
次回「0213話 乱入者」をお楽しみに!
 




