0211話 聖女と謁見
途中で食事を済ませ、日が傾く前に大聖堂へ到着。ものがデカいだけに、距離感が狂うんだよな。しかも威光を示すためか、街の奥まった部分にある。思ったより遅くなってしまった。
正面には礼拝の行われる、ホームベースを立てたような、どっしりした形の建物。その後ろにそびえ立っているのが、世界一の高層建築である尖塔だ。聖女もそこで暮らしているらしい。
こらこらシナモン。登りたい気持ちはわかるが、まだダメだぞ。依頼が遂行できたら時間を作るから、それまで我慢しろ。
今にも飛び出しそうなシナモンを、近くにいたスイが強引に止める。首根っこを掴まれて体が半分持ち上がった姿は、本物のネコっぽくて可愛すぎるな!
そんな様子を横目で見つつ、肩車していたミントを下ろす。
「街並みは堪能できたか?」
「はいです! 遠くまで見えて、凄かったのです」
「大通りは人が多すぎるな、次に来る時は裏道を歩こう」
「ミントのレベルなら、人にぶつかられても平気だよね。なんで流されていっちゃうのさ」
「あうー……強引に進むのは苦手なのです」
「こらこらシトラス、人には得手不得手がある。今度はお前を肩車してやるから、そう言ってやるな」
「キミに肩車なんてされると、エロい手つきでペタペタ触られそうなんだけど……」
イヤと言わないってことは、ワンチャンあるってことか。いつでもやってやるから、遠慮なんてするなよ。
「わたくしも肩車して欲しいです」
「ズボンを履いてるときに言ってこい。好きなだけやってやる」
「わかりましたっ」
嬉しそうな顔しやがって、まったくうい奴め。その大きな耳をモフってやるから、もっと近う寄れ。
「主殿よ。頑張ってる我も、ねぎらってほしいのだが」
「それくらいお安い御用だ。シナモンと一緒にこっちへ来い」
近づいてきたスイの後ろに立ち、二人まとめて抱きしめる。陽の光を受けて青く輝く髪は、本当にきれいだ。膝裏まで届く長髪をポニーテールにしているおかげで、しっぽのように揺れ動く様が実にいいんだよな……
おっといかん、頭を撫ですぎた。俺はマジックバッグからヘアブラシを取り出し、少し乱れてしまった髪を丁寧に解きほぐす。澄んだ流水のようにこぼれ落ちる髪が、俺の心を満たしていく。
「タクトはどんな従人が相手でも、骨抜きにしてしまう才能があるな」
「男の私でさえ、身を委ねてみたいと思ってしまいます」
「機会があれば風呂上がりのブラッシングをやってやるぞ。セルバチコのしっぽも、モフり甲斐がありそうだからな」
宿泊場所に学園の研修施設を使わせてもらえる。風呂もあるそうなので、さっそく今夜にでも……
「取り次ぎの人が来たみたいね。やっと中に入れそうだわ」
「……早く登りたい」
「儂らは巡礼者や観光客とは別の経路で、大聖堂へ入れるからの。アガ塔へも観光客が帰った後に、登らせてもらえるじゃろ」
「……楽しみ」
ここまで大聖堂が賑わってるとは思わなかった。人が絶え間なく出入りしてるもんな。いくら大きな建築物とはいえ、中の人口密度はかなり高そうだ。そこへ別ルートから入ることができて、人のいない時間帯に登らせてもらえるのは有り難い。
取り次ぎの案内で聖堂の外から回り込み、関係者しか開けられない扉から尖塔へ入る。折り返し階段を登っていき、廊下を歩いた先にあるのは真っ白で豪華な扉。そしてその前に立つ白髪の老君。
白いローブに、赤のアミクトゥス・ケープと帽子。そして紋章が金糸で刺繍された赤い帯。これを身につけられるということは、かなり高位の司祭なはず。恐らく教皇だろう。
「そちらの若者は?」
「メドーセージ様とオレガノ様の同行者ということで、お連れしました」
「俺は流星ランクのタクト・コーサカ。未知のアイテム鑑定と象形文字解読に、少しでも役に立てばと思い同行させてもらった」
「彼は当学園の研究室を預かっとる者で、儂の助手として随伴してもらった」
「そして儂のお抱え冒険者でもある」
「お二人が認めた方であれば問題ありません。ではこちらへ」
教皇であると名乗ったルバーブさんが、背後のドアを開けてくれる。どうやらここは謁見の間になってるようだ。部屋がカーテンで仕切られ、その奥にぼんやりと人のシルエットが浮かぶ。あれが今代の聖女か……
「(主殿よ、あれは?)」
「(俺にも見えている。しかし今は黙っておこう)」
スイに袖を軽く引かれ、耳打ちされた。なにせそこにいるのは、教団の実質ナンバーワン。部屋へ入れてくれた教皇より権力がある。下手を打てば、即座に謁見が打ち切りになってしまうだろう。
「メドーセージ・ゴルゴンゾーラ様、オレガノ・パルミジャーノ様、そして助手のタクト・コーサカ氏をお連れしました」
「ご苦労さまでした」
一礼した教皇が俺たちを中へ招く。今のやり取りだけでも、はっきりと上下関係がわかるな。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます。想定より早かったので驚きました」
「優秀な助手のおかげじゃよ」
「なるほど。そちらの青年が少し前から話題になっていた霊獣の主ですか」
カーテンに映るシルエットが、少しだけこちらへ近づいてきた。頭巾でも被ってるのだろうか。頭から肩にかけての輪郭がはっきりしない。
「相談もせず力を行使してしまい、申し訳ない。しかし、ちゃんと正規の手順で街へ入っている。安心してくれ」
「ええ、先触れから報告が来ましたので、わかっています」
「予定外の謁見じゃから、他の者に迷惑をかけてしまうじゃろ。依頼の品を見せてくれるかの」
「わかりました。では、例のものをこちらへ」
教皇がマジックバッグからトレイを取り出す。上に乗っているのは、黒い板と薄いカード。覗き込んでいる学園長の顔が反射してるし、黒い板の表面は平坦なガラスだ。
「これは危険なものではないのじゃな?」
「人が身に着けて持ち運ぶものらしく、危険はないと判断されております。念のため私のマジックバッグへ入れておりましたが、何かが起きる兆候はありませんでした」
「こいつはかなり高度な技術で作られているぞ。ここまで純度が高く歪みのないガラスは初めて見た」
「カードの印刷技術は、大図書館にある書物と同等じゃ。書かれている文字は、似て非なるものじゃが……」
二人は板やカードを持ち上げたり裏返しながら、サイズの割に重いとか、弾力性の高い素材に感心している。
「メドーセージとオレガノでも鑑定は難しいでしょうか?」
「ここに刻まれとる文字と記号らしきものは、どの文献にも載っておらぬな」
「似たような遺物は存在するが、素材や手触りがそれらとまったく異なる。これまでの商いで、取り扱ったことのないものだ」
そりゃー、そうだろ。だってそれ、スマホとプラスチックのポイントカードだからな!
店のロゴとデザイン文字なので、大図書館にあるコミック本とは当然違う。確か関東圏に、いくつか店舗があったはず。そしてそのスマホ、俺が知ってる機種だ。
「すまない学園長、少しいいか?」
「なんじゃね」
「ここで秘匿性の高い話をしても平気か教えてほしい」
「彼のことなら大丈夫じゃよ。教団内で唯一、聖女様と直接対面できる人物じゃ」
「そうか、わかった」
まあそれくらいでないと、俺がこの場へ呼ばないか。ギフトの能力があるから、聖女の特異性も見抜いてしまう。うっかり伝わったら大惨事だもんな……
とりあえずスマホを手に取り、電源ボタンを長押しする。しかし画面に表示されるのは、空になったバッテリーマークだけ。
「ほう……板になにか浮かび上がったな。これはなんのマークじゃ?」
「きっ、危険ではないのですか!?」
「心配しなくていい。これはバッテリー……要は、動かすためのエネルギーがないという表示だ」
驚く教皇に答えを返し、接続コネクタのモデルデータを思い出す。あの時は無駄に凝ってしまい、端子や信号線を調べたんだよな。直接電流を流すのは危ないから、ジャスミンに錬成してもらおう。ネゴシエーションしなくても、五ボルトなら受け付けてくれるはず。
「さすがメドーセージです。優秀な助手を持っていますね」
「一つ聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう」
「これは別の世界から来たものだ。もしかして人も一緒じゃなかったか?」
「おっしゃるとおりです。女性が一緒に召喚されてしまいました。しかし言葉が通じず、意思の疎通が図れないのです。そこでメドーセージやオレガノの知恵を借りようと、依頼を出しました」
「多分俺なら大丈夫だ。話をしてみるから、会わせてほしい」
少し気になることを言っているが、今は持ち主に会う方が優先だ。まったく違う世界に飛ばされ、さぞや不安になってるに違いない。
「根拠があるのですね」
「もう一枚のカードは、店で使うものだ。書いてある文字が読めるから、ちゃんと通じるはず」
「わかりました。では案内をお願いします」
教皇に連れられ、部屋の奥へ進む。そこには更にカーテンがあり、小さな扉へ続いていた。きっと誰にも見られず、謁見の間へ出入りするためだろう。そこまでして隠さないといけない聖女の素顔、ちょっと興味がある。
とりあえず今は、転移者の方に集中せねば……
この世界に呼ばれた人物とは?
そして再び聖女と謁見。
その時……
次回「0212話 召喚者」をお楽しみに。




