0021話 ミントと買い物
ミントとの契約をすませ、街の中を二人で歩く。初めて見る街並みが珍しいのか、キョロキョロと視線をさまよわせている。そんなに注意力散漫なことで大丈夫か? お前の特技は、なにもないところで転ぶだったよな。
「あうっ!?」
案の定、前から来た背の高い通行人とぶつかり、尻餅をついてしまう。
「あいたたたです」
「なにしやがる、クソガキ! 従人が偉そうに道の真ん中を歩いてるんじゃねえ!!」
「はわわっ……ご、ごめんなさいです」
相手が小さすぎて見えなかったのかもしれないが、お前だって前方不注意だったじゃないか。
「すまんな、俺の連れが迷惑をかけた」
「こんなガキを連れ歩くなら、リードを出して引っ張とけ。通行の邪魔だ」
酒くさい息を吹きかけるな、まったく。
昼間っから酔っ払いやがって、迷惑な奴め。
「タクト様は悪くないです。よそ見をしてたミントが悪いですよ」
「うっせえ、従人の不始末は飼い主の責任なんだよ。それともお前が、落とし前つけてくれんのか?」
「あっ、あう……な、なにをしたら許してくれるのです?」
「ちょうど飼ってた従人が魔物にやられちまって、ストレスが溜まってたんだ。お前、なりは小さいが胸は結構あるじゃないか。俺に一晩奉仕するなら、許してやろう」
俺の従人に手を出すとは、いい度胸してる。死ぬ覚悟は出来ているんだろうな。
「お前、いい加減にしておけよ。人の持ち物に手を出したら、何をされても文句は言えんぞ」
「はんっ! こんな従人を飼ってるなら、てめえも体が目的だろ? 俺に味見させるだけで、今回のことはチャラにするって言ってんだ。素直に差し出しとけ」
「まったく話にならんな……」
しっぽも生えてない分際で、なに勝手なことをぬかしてやがるんだ。生まれ変わって出直してこい。
「おい、なにしてんだ! 俺がそんなことでビビるとでも思って――」
「そんな所で寝ると通行の邪魔だぞ」
さっきまで威勢の良かった男は、糸が切れたように道路へ倒れる。
やれやれ、やっと静かになった。
「……と言っても聞こえないか。しかたない、端に寄せといてやる。感謝しろよ」
「あの、タクト様。この人どうされたのです?」
「怒って酔いが回りすぎただけだろ」
「でも、タクト様が手を……」
「首に虫が止まってたから、追い払っただけだぞ」
ちょっと生活魔法を使ったけどな。少し血流を止めただけだし、後遺症は出んだろう。仮にこのまま目が覚めなくても、ゴミが一つ減って万々歳だ。証拠になるような外傷は一切ない。
「それから、ミント」
「はいです」
「街にはこういった輩が多い。スキを見せないようにシャンとしてろ」
「うぅっ、頑張るです」
表情と声が、すでに頑張れていないぞ。まあ元の家では使い物にならなかったから、俺の世話を押し付けられていたんだしな。急になんとかなる道理もない。
「とりあえず今は手を握ってやる。さっさと行くぞ」
「はいです! やっぱりタクト様は優しいのです!!」
おいおい、こんなことで元気になってどうする。こうしてやった対価を、お前は体で支払うんだぞ。わかってるのか? しっぽが貧相なぶん、その耳を心ゆくまで弄んでやるからな。嫌がっても絶対に許してやらん。
「そういえばお前、なんで売られたんだ?」
「タクト様が家を出られた後、ミントはチャービル様のお世話をすることになったのです。でも失敗ばかりでチャービル様に怒られて、好みの従人と交換するからお前は売るって……」
「あー、アイツは年上が好きだからな。失敗してなくても、いずれ売られてたはずだ」
「うぅー」
家で生まれ従印を刻んでない野人は、専属としてあてがわれた才人の所有物だ。売ろうが捨てようが、誰も文句は言わない。俺はこいつが珍しい配列持ちだったので、なにもしなかった。しかしそれを知らなければ、四等級の扱いづらい下働きと認識される。
そもそもあの家に、二百四十の支配値を持った者はいないしな。二百二十四を持つ妹のニームが最高値だ。それも売られた遠因だろう。
「お前がもう少し成長していたら、ブリーダーに引き取られていたかもしれん。すぐ手放してくれたチャービルには、感謝しておけよ」
「おかげで、こうしてタクト様と再会できたのです。ありがとうです、チャービル様」
ほんとに素直なやつだよな、こいつは。上層街の方角へお辞儀してやがる。
「必要なものはおいおい揃えるとして、まずは着るものだ。このまま付いてこい」
「ミントの服を買ってくださるのですか?」
「村人その一みたいな格好で、俺の隣を歩かせるわけにはいかんからな。それと、下着も付けずに街を歩くなど、あってはならん」
さっきの男がどこを見ていたのか、気づいていたか?
ただでさえ大きいんだから、下着の有無は一目瞭然だ。幸い上層街からの流れ品ということで、身なりはきれいにしてもらっている。これなら問題なく店に入れるだろう。
◇◆◇
店に入ると以前対応してくれた女性に、妙な距離を開けられてしまった。面倒くさいから説明しないが、従人を買い替えたわけじゃないぞ。胸の大きい子供と契約したのは、たまたまだからな。その辺にいる有象無象と一緒にされるのは、誠に遺憾なのだが……
微妙に蔑むような視線に耐えていると、試着室からミントが出てくる。
「なかなか似合っているが、本当にそれで良かったのか?」
「はいです。やっぱりこの格好が落ち着くです」
白い長袖のブラウスの上から、紺色のエプロンドレスを身に着けたミントが、その場でくるりと回転した。うむ、スカートが遠心力で広がって、実に素晴らしい光景だ。
使用人と似た格好が落ち着くというのは、育ってきた環境のせいだろう。まあ本人が喜んでいるのだし、森へ入る時の服は別だから問題ない。
「それなら普段着と部屋着は、エプロンドレスとブラウスの組み合わせにしておくか。あとは寝間着とチョーカーを買うぞ」
「そんなに買っていただいて、良いのです?」
「これは必要経費だから問題ない。その分しっかり働いて返せ」
寝間着はタンクトップとショートパンツに決まったので、二人でチョーカーを物色していく。シトラスと同じく色だけ白を選ばせてもらい、中央のモチーフはミントに任せる。
「これがいいです。とても可愛いのです」
「ハートマークか。存在自体が癒やし系のお前にはピッタリだ」
「ミントがいると、癒やされるのです?」
「お前のドジっぷりを見ると、小さなことに目くじらを立てるのが馬鹿らしくなるほど、穏やかな気持になれる。心の清涼剤と言っても良い」
「うぅー、タクト様ひどいのです。あれはわざとやってるんじゃないですよ」
こらこら、俺をポカポカ叩くんじゃない。レベルゼロの攻撃など、全然痛くないぞ。それにまた店員が変な目で見てくるから、それくらいにしておけ。
家にいた頃はもっとドライな関係だったが、やたらと俺に懐いているな。そしてシトラス並みに遠慮がないとはどういう事だ? 職場があんな環境だっただけあり、教育はしっかりされていると思うのだが……
まあずっと仕えてきた俺と久しぶりの再会を果たし、心のタガが外れてるんだという事にしておこう。