0209話 墓参り
第13章の開始です。
主人公のギフトが再び奇跡を生む!
アーティチョーク爺さんとタンジェリンさんの墓参りを終わらせ、俺とアンゼリカさんは蒼天宮を出る。母さんの件に関しては、これでひとまず終わりだ。分骨や改葬でアインパエに里帰りさせてやりたいが、サーロイン家が首を縦に振りそうもないしな……
それより、こっちをなんとかせねば。
「なあ、そろそろ泣き止んでくれ。そんな有り様じゃ白羽院に戻れないぞ」
「今日の公務は終わったから……ヒック、平気にゃ」
「それなら奥の庭園で少し休んでいこう」
「グスッ……わかったにゃ」
まったく……このままだと、全身の水分が抜けてしまうんじゃないか?
アンゼリカさんの手を引きながら、丸い霊廟の後ろへ回り込む。そこにはいくつも藤棚があり、つる性植物が絡みついている。
なんでも、初夏になると青い花が咲くらしい。みんなで見に来たいところだが、この一画は皇族血縁者しか入ることが許されない場所。例外はコハクとカイザーの二人のみ。なにせ皇居で最も神聖な空間とされているもんな。
棚の下にあるベンチへ並んで腰掛け、礼服のポケットに入れていたハンカチを差し出す。
って、俺に拭かせるのかよ。ここが人目につかない場所とはいえ、あんたは皇帝だろ。
「ちょっと甘えすぎじゃないか?」
「日頃頑張ってるご褒美にゃ」
「その原因を作った俺が言うのもなんだが、確かに今がいちばん大変な時期だな」
「しかもカモミールちゃんのこととか、私に負担をかけすぎ……にゃ」
「あー、ほら。また目が潤んできてるじゃないか。これを飲んで落ち着け」
マジックバッグからほうじ茶を取り出し、温めながらコップへ注ぐ。差し出したコップを両手で掴んだアンゼリカさんが、チビチビと口をつけながら飲みはじめる。なんでいちいち仕草が可愛いんだ、この人は。
「タッくんのお茶を飲むと、ホッとするにゃぁぁー」
「最初に聞くのを忘れていたが、ここは飲食をしても大丈夫なのか?」
「家族でお弁当を持ってお花見する場所だから平気にゃ」
「それなら羊羹も出してやろう。甘いものを食べると、頭の疲れが取れるぞ」
適当な大きさに羊羹を切り分け、聖域で伐採させてもらった竹の菓子楊枝と一緒に渡す。やっぱり和菓子には、ナイフの形をしたこれだよな。ジャスミンのおかげで、職人が作ったような見事な出来栄え。まったく錬金術様々だ。
皇居内に作ってくれた疑似霊木のテストを兼ね、アインパエ近郊の聖域へ行ってきた。前回は時間の都合で諦めたが、今日はタケノコも掘っている。その場でアク抜きをしたから、かなり美味しく出来上がってるはず。今夜はタケノコご飯を作ろう。
「にゃんか考え事?」
「あー、すまん。晩飯のメニューを考えてた。あとでイノンドさんにレシピと材料を渡しておく」
「水麦を主食にしたり、豆や海藻をお菓子にしちゃったり、本当にタッくんはすごいにゃ。それが昨日聞いた、前世の知識ってやつにゃんだよね?」
「俺が暮らしていた国に伝わる、日本食と和菓子の技術だ」
転移者や転生者の痕跡はいくつも残ってるのに、なぜか食文化だけは伝わってないんだよな。皇居では既に米食が普及しはじめてるから、小麦以外の食事に強烈な忌避感があるわけでもない。まさかクソッタレな神が、裏でコソコソやってるとか?
そんな小細工、俺には通用せん。指をくわえながら見てやがれ。
「タッくんのおかげで、娘たちがどれだけ救われてるか。本当にありがとにゃ」
「母さんが大切にしていたものを守ると決めたからな。みんなのボタンを宝箱に入れてたのは、そんな願いが込められてるからなんだろ?」
「大切にゃ人の幸せを願って、その人が身に着けていた物を持ち歩く。アインパエに伝わる願掛けにゃ」
「それならタンジェリンさんに返せない分は、大事にしていた娘たちが受け取るべきだ。これは母さんからの贈り物と思っておけばいい」
小麦アレルギーのナスタチウムには、地方の珍しい食材をお土産に。喋れなくなってしまったラムズイヤーのため、民間療法を行く先々で聞き取り調査。そして満月の夜に姿が変わるベルガモットを救うべく、様々な伝承を集めていた。どうやら母さんの手がかりを探すためだけに、地方巡行を繰り返してたわけじゃなかったらしい。
皇帝としての資質はさておき、人の親としては立派じゃないか。優秀なギフトを引き継がせるために子供を産ませ、才能がないとわかったとたん興味をなくす。そんなどこかの才人とは大違いだ。
「カモミールちゃんは本当にかけがえのないものを、残してくれたにゃ」
「あー、そうだ。母さんが渡すはずだった手紙の内容、聞いても構わないか?」
「船旅の途中で書いたものにゃ。カラミンサ様の生まれ故郷……えーっと、モルワーグリだったかにゃ?」
「スタイーン国の首都だ。シャトーブリアン家の当主は、そこの名士だからな」
「どうしても見たいから黙って出ていくことを謝ってたり、お土産を楽しみにしててって内容にゃ」
「カラミンサ婆さんに宛てたものと、ほぼ同じか」
「タンジェリン宛も、だいたい同じだったにゃ。きっと南方大陸へ着いたら、送ろうと思ってたんじゃないかにゃ」
しかし記憶をなくしてしまい、思い出した時にはベッドの上。結局そのまま箱の底で眠っていたというわけか。
「ずいぶん遅い配達になってしまったな」
「でもある意味良かったかもしれないにゃ」
「どういうことだ?」
「タンジェリンってカモミールちゃんを過剰なほど可愛がってたから、彼女の重荷になってたみたいにゃの。だから自分のいにゃい間に妹離れして、柱の陰からこっそり監視したり、毎朝起こしに来る習慣を治せって書いてあったにゃ」
おいおい、それ立派なストーカーだぞ。
しかも幼馴染まで混ざってるじゃないか!
「それって年頃の女の子にはキツかっただろ」
「私と結婚して子供ができてからは、だいぶマシににゃったんだけどね。でも手紙に書いてた行為だけは、やめられなかったにゃ。もしこれが彼の手にわたってたら、数年は落ち込んでたはずにゃ。そしたら私の子供は、二人だけだったかもしれないにゃぁ……」
「そこまでショックを受けるのかよ」
「カモミールちゃんが絡まにゃければ、普通にいい人にゃんだけどね。あの子が視界に入ると、残念な人になってしまうにゃ」
「とりあえず結婚より前の溺愛ぶりは聞かないでおこう。ちょっと怖すぎる」
「その方がいいにゃ」
母さんが出奔した遠因に、タンジェリンさんを更生させるって理由が、あったのかもしれない。いやはやなんというか、皇族の暗部に触れてしまった気分だ。
なにせカラミンサ婆さんからは、面倒見のよい兄としか聞いてなかったしな。これは見る角度や感性、立場の違いからくる差だろうか。
とりあえずアンゼリカさんも落ち着いたみたいだし、そろそろ戻ろう。あまり遅いとサフランやハットリくんが心配する。
◇◆◇
青の御所へ向かい、遊歩道を並んで歩く。皇居の庭って、築山があったり庭石を置いていたり、どことなく日本庭園を彷彿とさせる。さすがに枯山水までは無いが……
静かで緑も多く、本当に落ち着けるいい場所だ。森と湿地に覆われた星じゃなかったら、もっとこんな風景を見られたかもしれない。
それにしても隣を歩くアンゼリカさん、やたら機嫌がいいぞ。墓参りを終わらせ、区切りをつけられたってことか。なにせ昨日からずっと、泣きっぱなしだったもんな。よく今日の公務をこなせたものだ。
「あれ? 玄関でみんな待ってるにゃ」
「なにかトラブルでもあったのか?」
「その割にはみんな落ち着いてるにゃ」
たしかに誰も走り寄ってきたりしない。しかし娘たち三人の他に、シトラスたちまで。どうして全員で待ち構えていたのだろう。
「何かあったのか?」
「冒険者ギルドから、信書が届いたでござる」
ハットリくんから手渡されたのは、最も重要度が高い黒の封筒だった。裏は封蝋で閉じてあるし、こんな場所では開けられない。とりあえず全員で青の御所へ入り、客間を使わせてもらうことに。
マジックバッグからペーパーナイフを取り出して開封する。中から出てきたのは指令書だ。
「冒険者ギルドから指名依頼が来てる。依頼主はメドーセージ学園長だな」
「メド爺から頼られるとは、さすがタクトなのじゃ」
「どんにゃ依頼か明かしてもいいやつ?」
「ここには依頼の詳細まで書かれてない。わかっているのはヨロズヤーオ国の首都、マハラガタカへ向かうこと。そしてオレガノさんも同行するそうだ」
世界最高頭脳のメドーセージ学園長、そして目利き商人のオレガノさん。なんかすごい組み合わせだぞ。一体どんな依頼内容なんだろう。
わざわざ俺とオレガノさんに頼むくらいだから、珍しいものが見つかったのかもしれん。古代遺物とかならテンションが上がるな。
「マハラガタカにも行ってみたかったし、ちょうどいいじゃん。いつ出発するの?」
「今日はもう遅いし明日の朝だな」
「……聖堂、楽しみ」
「霊木が完成して、ちょうどよかったのです」
「キュイッ!」
「久しぶりにオレガノ様やセルバチコさんに会えますね」
「ワカイネトコからマハラガタカへは、スイちゃんに乗せてもらうの?」
「我に任せておけ。どんな距離でも運んでみせよう」
「行きはスイに頼んで、帰りは森を攻略するか。そうすれば最速で依頼達成できる」
そんなことを話していたとき、こちらをじっと見つめる視線に気づく。流星ランクへの指名依頼は、よっぽどのことがない限り断れない。だからそんな目で見るのはやめろ。
「そのまま帰ってこないとか……にゃいよね?」
「当たり前だ。聖域渡りで事故は起きない」
「キュキュー」
「ホォーウ」
「次はいつご飯作ってくれるの?」
「満月までには帰って来る。そのとき作ってやるから、一緒に飯を食べよう」
「なるべく早く……帰ってきてほしいれす」
「向こうについたら連絡をいれる。いい子で待っていてくれ」
俺はお前たちの保護者じゃないんだがなぁ……
っていうか、三人とも俺より年上だろ。転生者としての精神年齢を明かしたとはいえ、あまり依存されすぎるのも困る。
とにかくパパっと終わらせて戻ってこよう。その頃には発注していたマジックバッグも完成してるはず。
明日のスケジュールを組み立てながら、晩飯の準備をするためイノンドさんと合流。とりあえず今夜は新鮮なタケノコの旨さ、とくと味わうがいい!!
ワカイネトコへ戻ってきた主人公たち。
そして待ち構えていた学園長とオレガノ。
学園長のファッションは?
「0210話 ダエモン教からの依頼」をお楽しみに!




