0208話 母からの手紙
しばらく母さんのことや、俺に出会えたことで泣いていたが、ミントとベルガモットの治療を施すことが出来た。視力はバッチリ回復し、ようやく落ち着きを取り戻す。
加齢による衰えは無理でも、オーバーワークが原因の不調は大幅に改善しているはず。とはいえ、ここ数年ほとんど動けなかったんだ。しばらくリハビリに専念しなければならないだろう。
「おおきにどす、ほんまおおきにどすえ、ミントはん。こないに嬉しいことは、あらしまへん」
「ちゃんと見えるようになって、良かったのです」
「まさか自分の身に、こんな事が起きるなんてぇ。ミントちゃん、ベルガモットちゃん、本当にありがとうねぇ」
「妾の力はタクトがいたから、使えるようになったのじゃ。お礼を受けるべきは、タクトの方なのじゃ」
「そんなことないぞ。ベルガモットと出会わなければ、俺は自分の素性を知らないまま、一生を終えていたかもしれない。だからこうして出会う機会をくれたことに感謝してる。そのあたりは持ちつ持たれつ、お互い様ってことにしておこう」
ニームの件やマジックバッグの秘密、そしてスイとの邂逅。ここ一連の出来事は、俺たちの出会いに端を発している。もしタウポートンの港で別れていたら、今の関係になっていただろうか?
あのときの偶然と、ベルガモットの決断に感謝せねば。
「ああ、でもこうして孫の姿が見られるなんて、嬉しいわぁ。確かにタクトはカモミールの子ねぇ」
「そんなに似てるのか?」
「鼻筋とか口元が、あの子にそっくりよぉ」
俺は母さんが二十一歳の時に生まれた。なので視力が上がってきた頃に見た、大人の顔つきしか印象に残ってない。あの人がアインパエから失踪したのは十五歳直前だから、きっと幼さが同居していた時の姿と似てるんだろう。俺もまだまだ大人の顔って感じじゃないしな。
「タクトって前に見た父親と、あまり似てなかったわよね」
「弟のチャービル様は、旦那様の父親だった方と、よく似ていました」
「そっちに似なくて良かったんじゃないかな。性格はどっこいどっこいかもしれないけど!」
「あんな連中と同列に語るとはいい度胸だな、シトラス」
「……あるじ様はやさしい」
「それにタクト様のほうがカッコイイのです」
「おー、シナモンとミントは偉いぞ。よし、耳をモフってやろう」
二人を抱き寄せ、ネコ耳とうさ耳を心ゆくまでモフる。どんな罵詈雑言でも受け入れられそうな心持ちになるのだから、ケモミミというのは本当に偉大だ。
「主殿の生家はサーロイン家と聞いたが、そんなに問題のある家なのか?」
「あの家は地位に固執してるところがあったわねぇ。私にも縁談の話が来てたわよぉ」
「そういえばカラミンサ婆さんは、スタイーン国出身だよな?」
「私の生家はシャトーブリアンよぉ」
「シャトーブリアンとサーロインじゃ、家の格が違いすぎるだろ。スタイーン国の格付けだと、トントロ家・ソリレス家と並ぶ御三家の一角。なにせ十六家の一つを任されている、プロシュットより上だからな。そこに縁談を申し込むとか、無礼にも程がある」
「それが何故か知らないけど、まとまりかけたのよねぇ。だから私はこっちに逃げてきたんだけどぉ」
なんてこった。炎覇のギフト持ちを国外へ逃亡させるとか、どんだけ国に迷惑かけてるんだよ。あの家、もう潰れたほうが良いんじゃないか?
「まさか俺とカラミンサ婆さんに、そんな縁があったとは知らなかった」
「妾も初耳なのじゃ」
「なんにせよ、逃げてきたのは正解だ。あの家に嫁いだら、自由にレベル上げとかさせてもらえない。自分たちより強い女は扱いにくい、なんて考え方がはびこっている家風だからな」
「私もそれが嫌だったのよぉ。だけどどちらに転んでも、タクトとは同じ関係だったかもしれないわねぇ。なんだか運命を感じるわぁ」
「確かにそうだな」
「これからもよろしくしてくれるかしらぁ」
「もちろんだ。ちょくちょく会いに来るから、こちらこそよろしく頼む」
なにせこの人は、従人のゼラニウムをとても大切にしている。絶対に裏切らない家族として、自分の世話をすべて任せていたくらいだ。それに過去のことで逆恨みして襲ってきた連中は、全て彼女が撃退していたらしい。
そんなゼラニウムだが、レベルはなんと二百五十五!
最高レベルまで達した従人なんて、俺も初めて出会った。地下酒場で遭遇した時のタンジーでも、二百四十までしか上がってなかったし……
従人と良い関係を築けているカラミンサ婆さんのためなら、俺はなんだってやれる。母さんが出来なかった分まで孝行しよう。
◇◆◇
それぞれの従人たちをちゃんと紹介し、俺の素性や転生についても話す。色々驚かせてしまったが、いよいよ本題だ。俺はマジックバッグから、母の持ち物を取り出した。
「マジックバッグの中に、これが入っていたんだ。登録者以外が開けようとすると爆発するらしく、俺やアンゼリカさんでは無理だった」
「懐かしいわねぇ。これって実家にあった古代遺物なのよぉ。今の技術だと開けられないと思うわぁ」
「出どころがシャトーブリアンなら、カラミンサ婆さんにも開けられるよな?」
「もちろんよぉ。ちょっと待ってねぇ」
カラミンサ婆さんが箱へ手を伸ばし、フタと本体の間にあるスリットを指でなぞる。すると本体についている模様の一部が奥へ引き込まれ、そこから四×四のボタンが出現。なんだこの男心をくすぐるギミックは!
押したボタンが淡く光るのも素晴らしい。古代の技師もよくわかってるじゃないか。
「生体認証にパターン認証まで必要とは、かなり厳重なんだな」
「持ち主を眠らせるとか気絶させて、開けられないようにするためだからねぇ。ちなみに、三回間違えると爆発するわよぉ」
「もし爆発なんてしたら、この街が三割くらい吹き飛ぶぞ」
「恐ろしすぎるのじゃ……」
「はい、開いたわぁ」
セキュリティー機能やギミックに場所が取られているせいで、外装がかなり分厚く容量はあまりない。中に入っているのはアクセサリーや小物、小さな人形もあるな。母さんにとって大切なものだったんだろう。
「あらあら。どこにもないと思ってたら、やっぱりあの子が持っていってたのねぇ」
「それはボタンか?」
「服の裏側に予備のボタンが縫い付けてたりするじゃないぃ。これは私のもので、こっちは主人の物、これは多分異母兄のものだわぁ」
「タンジェリンさんは母さんのことを、かなり可愛がってたらしいな」
「カモミールは目を離したらすぐ冒険とか言って、どこかに出かけちゃう子でねぇ。タンジェリンは本当によく面倒を見てくれてたわぁ」
そして最後は南方大陸行きの船に乗ってしまったわけか。そりゃタンジェリンさんにとっては、悔やむに悔やみきれなかったはず。国中を巡視しながら、母さんの手がかりを探していたのも納得だ。
思い出話に花を咲かせつつ、中に入っていた遺品を整理していく。カラミンサ婆さんの話を聞いていると、俺がずっと抱いていた母さんの印象とは、大きく違って驚いた。こっちで暮らしていた頃は、かなりお転婆でイタズラっ子だったらしい。親友のアンゼリカさんと共に、色々やらかしては怒られていたそうな。
これはいいネタが手に入ったぞ。
まあ船の事故で記憶をなくしていたようだし、子供ができて性格も落ち着いたものになったのだろう。少し茶目っ気があったとはいえ、俺の中にある母さん像は聖母のような人だから……
「底に入っているのは手紙ねぇ。私やアーティチョーク宛て、タンジェリンとアンゼリカちゃんのもあるわぁ。あなた宛ての手紙も入ってるわよぉ」
「なにっ!?」
まさか、記憶をなくしたってのは嘘だったのか? 一体どうしてそんな真似をしたんだ。権力欲にまみれたサーロイン家を欺くためだったのなら納得はできる。しかしそれが理由なら、最初から嫁がなければいいだけ。例え強引に迫られても、母さんは風覇のギフト持ち。元親父程度の相手なら、簡単に逃げられるよな?
――いや、あれこれ考えても仕方ない、まずは手紙を確認しよう。
愛しの息子へと書かれた封筒を裏返し、中に入っていた手紙を取り出す。恐る恐る開くと、きれいな文字が目に飛び込む。そこに記されているのは、成人した俺が生き方を選べるよう、自分の素性とサーロイン家へ嫁ぐまでの経緯を、簡潔にまとめたもの。机の上に広げ、全員で読むことに……
船が難破して海に放り出された時、道中で目覚めたギフトの力が発動。風の力で空を飛び、気がついたらスタイーン国の小都市、スナグアマルの近くで倒れていた。どうやらその時には自分の名前くらいしか、思い出せなかったらしい。
持っていたマジックバッグを使い、配達員として生計を立て始めた母さん。乾地から乾地へ渡り歩く生活を続けていた頃、母さんの体を異変が襲う。最初は症状も軽く少し休めば復調していたので、特に気にもとめず仕事をこなす。しかし一向に体調は回復せず、ジマハーリで仕事を終わらせたあと、しばらくそこを拠点とすることに。
下層街で仕事を続けていたが、噂を聞きつけたエゴマが会いに来た。
これまで言い寄ってきた男たちと同様、少し考えさせてほしいと答えを保留。しかし何度も現れ、サーロイン家へ来いと強引に迫るエゴマ。その対応に苦慮していたとき、体調不良の診断結果が届く。徐々に魔法が使えなり、身体機能まで衰えていく、魔力虚脱症であると……
これが発症する原因は、魔法のオーバーロード。ギフトの発現直後に、数百キロの飛行をやってのけたんだ。まだギフトの力に慣れきってない体で、そんな無茶をすればどうなるか。記憶喪失になったのも、体にかかった負荷が影響したに違いない。
魔法が使えなくなれば、大好きだった旅もできなくなってしまう。そして不治の病にかかってしまった以上、残された時間はあとわずか。だったら自分の子供に未来を託す、できるだけ良い暮らしが残せる環境で。
包み隠さずエゴマに打ち明けると、子供さえ作れるのなら問題ないと承諾。やがて俺が生まれた。
記憶を取り戻したのは、死の直前だったみたいだ。皇族であることが当主に伝われば、政治的に利用されてしまうだろう。これはサーロイン家の実態をよく調べず嫁いでしまった自分の責任。だから愛しい息子を守るため、真実は誰にも開けられない宝箱の中へ。いつの日にか、俺が見つけてくれることを願って。そう手紙には書いてあった。
残りの部分には俺へ向けた感謝の言葉、そして溢れんばかりの愛が綴られ、末筆へと続く。
幸せになって欲しい。自分と同じように家を飛び出したって構わない。好きなことを見つけて自由に生きてね。幼い頃から手がかからず、聡明で聞き分けが良かったあなたなら、きっと立派な大人になれる。そんな姿を見られなくて残念だ。先に逝ってしまう自分を許して。守ってあげられなくてごめんなさい。
――最後の部分は涙で滲んでいた。
俺はいま、最高に幸せな人生を送っている。だから心配しなくても大丈夫だ。それに謝罪の言葉なんていらないぞ。母さんの子供として生まれたおかげで、大切なものがいくつも出来た。俺の方こそ守ってやれなくてごめん。ちゃんと前世のことを打ち明けていれば、もっと違う選択肢があったかもしれない……
「キミには涙なんて似合わないよ。いつもの不遜で生意気な態度は、どこへ行ったのさ」
横から伸びてきた手に頭を掴まれ、フワリと柔らかいものに包まれた。どうやら俺は泣いていたらしい。涙を流すのなんて、母が死んだとき以来だ。
「……シトラスも、泣いてる」
「うるさいなあ。シナモンだって目の端っこが濡れてるじゃん」
「ふぇぇぇーん。ガモミールざまぁ、どうじで死んじゃっだでずがー」
「カモミール様の分まで、わたくしが旦那様を幸せにして差し上げます。だから……だからどうか、見守って……うぅっ」
「私はずっとタクトのそばにいてあげるからね。あなたはカモミールちゃんの分まで……ヒック、長生きしなきゃダメよ」
「キュゥーイ……キュゥーイ」
「亡くなった者を偲ぶというのは、ここまで胸が締め付けられるものなのか。死の概念が乏しい我に気づきを与えてくれたこと、感謝せねばならないな」
みんなが俺に抱きつき、言葉をかけてくれる。その気持ちに触れるたび、心の中へ温かいものが流れ込む。シトラスの胸から開放され周りを見ると、ベルガモットとマツリカも涙でボロボロだ。
「これだけ悼んでもらえたら、カモミールも浮かばれるわぁ」
「ほんまどすなぁ」
俺は椅子から立ち上がり、一人ずつ抱きしめながら頭を撫でる。悲しむのはここまでにしよう。手紙にあった遺言どおり、母さんが望んだ生き方をしなければならない。
「俺はこれからもモフモフを愛し、モフモフとともに生きていく。だから母さん、安心して天国から見守っていてくれ!」
「まったくキミときたら。しんみりした空気が台無しじゃんか……」
祖父のアーティチョーク、そして母のカモミールも、自由に生きていいと言ってくれた。だから俺はこれからも、モフモフたちと一緒に第三の人生をエンジョイする!!
これで第12章が終了です。
最後にタイトルの一部が入ったりして、最終回っぽいですがw
次の章では再び元実家が……
称号が増える。人も増える。そして?
まずは「0209話 墓参り」をお送りします。
歴代皇族の墓参りを終えた主人公にギルドからの通達が。




