0206話 空の旅へ出発
誤字報告、いつもありがとうございます。
全員で皇居にある大池を目指す。今日は出発の準備があり、朝のランニングができなかった。そのせいでシトラスのしっぽに元気がない。かくいう俺も少し物足りない気分だ。
早朝の新鮮な空気を浴びながら走る池畔って、すごく気持ちがいいもんな。ベルガモットが皇居で一番好きな場所と言うだけはある。
「昨日の夜、大きなおまんじゅうに押しつぶされる夢を見たのだけど、なにかあったのかしら」
あー、うん。あったぞ。まんじゅうより、はるかに柔らかい物体だが……
「まんじゅうってもっと大きくできないの? なんか食べごたえがなくってさ」
「あんを詰めすぎるとクドくなるし、皮を厚くすると食感が悪くなる。あれくらいの大きさがちょうどいいんだ」
「赤豆を煮てお菓子にしてしまうとか、タクトは本当に凄いのじゃ」
「リョクチャによく合うので、わたくしとても好きです」
「サフラン様もすごく気に入っておられたのです」
俺が教えられるレシピを渡したら、怒涛の勢いで和菓子を製造してるからな。今ではアンゼリカさんに呼ばれない限り、厨房へ入り浸っている。
「チチチチチチ」
まんじゅうの話で盛り上がっていると、広場の近くある大木からシマエナガたちが飛んできた。そのまま俺の肩に止まり、コハクとじゃれ合う。
「……今日も、可愛い」
「営巣の方は進んでるか?」
「チチチッ」
「順調みたいよ。明日くらいには終わるだろうだって」
カイザーがやってきた翌日、聖域から数羽のシマエナガが皇居へ飛来。トラブルでも発生したのかと思いきや、庭園内の大きな木に巣を作り、霊木が持つ機能の一部を再現してくれるらしい。なんでも絶界を作るために増やした霊獣を、有効活用するとのこと。
つまりここから世界中の聖域へ行ったり、他の場所から直接渡って来られるわけだ。もう一か所くらい作れるそうなので、どこか安全な場所を見つけたら依頼しよう。そうすれば有事の際に、避難経路としても使える。
「うむ、これくらいの広さがあればよかろう。服を脱ぐので、預かってもらえるか」
「脱いだあとはこれを羽織っておけ」
「では認識阻害の術をかけますね」
ユーカリの術が発動したあと、大きな布をスイに渡す。預かった服と下着をマジックバッグに入れ、みんなが待機している広場の端へ。するとスイの体が白く輝き、渡していた布がハラリと落下。そしてその形が徐々に変わっていく。
これが龍族の持つ体操術ってやつか。魔力を持ち術まで使えるとは、生物の頂点に立つ種族は面白い。
「本当に龍でござったとは……」
「青くてきれいなの」
「おヒゲ……かっこいいれす」
「おとぎ話で聞かされてきた存在が目の前にいるにゃんて、本当に凄いにゃ」
「(ブンブンブン)」
サフランのやつ、妙に興奮してるぞ。もしかして乗ってみたいんだろうか?
ナスタチウムやラムズイヤーも興味津々のようだし、時間のある時にでもスイに頼んでみよう。この世界で空を飛ぶなんて、まずできない体験だしな。
「へー、前に見た本体よりかなり小さいね」
『この体は我の一部だからな。当然サイズも小さくなる』
「それでも長くて太くて、ご立派なのです」
「……背中、フカフカしてる」
『どうだシナモン。これなら乗りやすかろう』
シナモンの手がグイグイ沈み込むので、俺もスイの体に触れてみる。
なんだこれは!?
在宅勤務中に使っていた、お気に入りのイスを彷彿とさせる手触りと弾力性。まるで高反発ウレタン入りの、ゲーミングチェアみたいだ。見た目と触感の違いが大きすぎるのは、元が触手だからとか?
いやいや、変な想像はやめておかねば……
夢の中に出てきかねん。
とりあえず、これなら長時間座っていても大丈夫だろう。マジックバッグから丈夫なロープを取り出し、ユーカリと手分けして二本のツノに結びつける。
「これは落ちたりしないでござるか?」
「その心配はしなくていい。このロープは気分を盛り上げる、飾りみたいなものだからな」
電車ごっこのように!
『我の飛ぶ力で、皆を持ち上げるのではない。我の体に触れている物体には、同じ力が働くのだよ』
「つまり、わざと飛び出したりしない限り、落ちる心配はないってことだ」
『気絶した初代の皇帝も背中に乗せたまま運んだし、小動物を乗せて飛ぶこともあるぞ』
「それなら安心できるにゃ」
納得してくれたようなので、スイの背中へ次々乗り込む。先頭を希望したシナモンの後ろが俺。そしてミントとベルガモット、マツリカの後ろにユーカリ。最後尾はシトラスだ。全員がまたがったのを確認し、マジックバッグからあるものを取り出す。
「……あるじ様、それなに?」
「でんでん太鼓というおもちゃだ。龍に乗る時は、これを持つのがお約束でな。折角の機会だし、自作してみた」
「私も協力したのよ」
このサイズならジャスミンの錬金術で作れるしな。胴と柄を作ってもらい、皮に三つ巴の柄を描き、俺が張り付けた。左右についている玉は、女性の髪飾りで使う物を流用。あとは紐で胴に固定すれば完成だ。
柄を左右にクルクル回すと、テンテンテンと軽快な音が鳴る。
「……おぉぉぉー。あるじ様、やっていい?」
「ああ、いいぞ。それはシナモンにやろう」
シナモンのやつ、こっちをキラキラとした目で見やがって。そんな顔をされたら断れないだろ。まあ断るつもりはないが。
「タクト様、ミントも鳴らしてみたいです」
「ミントには色違いのものを作ってみた」
「嬉しいのです!」
「ベルガモットはどうする?」
「妾の分もあるのか?」
「三つ作ったから、もう一つ余っているぞ」
「それなら欲しいのじゃ」
三人にそれぞれ色違いのでんでん太鼓を渡すと、周囲に軽快な音が鳴り響く。俺の脳内には、子供から金を巻き上げる……じゃなかった、子供を寝かしつける歌が流れ出す。
「材料が足りなくて、三つしか用意できなかったんだ。悪いが年長組は、またの機会にしてくれ」
「私はタクトと一緒に作業ができただけで満足してるわ」
「キミの変なこだわりに、付き合うつもりはないからね。ボクの分は気にしなくても平気さ」
『回すだけで音が鳴るとは面白いではないか。我は非常に興味がある』
「……後で貸してあげる。一緒に鳴らそ」
『それはありがたい。よろしく頼むぞ、シナモン』
「ミントが頂いたのは、ユーカリさんと使うです」
「嬉しいです、ミントさん」
「妾はシトラスやマツリカと一緒に遊びたいのじゃ」
「私はあとからで構いませんので、まずはシトラスと一緒にお楽しみ下さい」
「二人がそこまで言うなら、ボクも鳴らしてみようかな」
口ではあんな事を言いつつ、やはり興味があったらしい。嘘の付けないしっぽが、フリフリと左右に揺れだした。二人ともシトラスの扱いが上手くなってるな。
「準備も整ったし、そろそろ出発しよう」
「母上殿、姉上殿、行ってくるのじゃ」
「行ってらっしゃいなの」
「また遊びに来てって……お祖母様に伝えてほしいれす」
「ベルちゃんとマツリカのこと、よろしくお願いするにゃ」
『安全第一で移動するゆえ、心配めされるな』
スイの体がゆっくり浮き上がり、視点がどんどん高くなる。前世では飛行機に乗ったことがないので、なにげに俺も初体験だ。思ったより怖くないのは、とても安定しているからだろう。感覚的に表すとすれば、スイという地面に乗っているといったところか。
「……高い、飛んでる、凄い」
「見送りのみなさんが、どんどん小さくなっていくのです」
「この力があれば、地図を描くのが楽になるじゃろうな」
まずそれを思いつく辺り、さすが為政者の娘だな。しかし詳細な地図は、国にとって重要な機密になったりもする。アインパエにも秘密にしている場所はいくらでもあるはず。例えば皇帝直属のラボとかな。
『まずは海岸沿いに進むのだったか?』
「案内は私がしてあげる」
『この数十年でアインパエがどう変化したのか、我にはわからん。よろしく頼むぞ、ジャスミン』
ジャスミンが先行し、徐々にスピードを上げていく。スイが飛ぶために作っている力場の作用だろう、風の影響がほとんどない。
「前にタクトと話した、空の散歩が一緒にできて嬉しいわ。すごく幸せよ」
「飛ぶというのは、こんなに気持ちがいいものなんだな」
『主殿のためなら、いくらでも飛んでやろう。好きな時に言うがよい』
下を見ると、街道を移動している人や馬車が、あっという間に見えなくなる。これは時速二百キロくらい出てるんじゃないか? それに付いてこられるジャスミンもすごいぞ。確かツバメの最高速度が、それくらいだったはず。
「さすがスイちゃんね。この速度で飛べるなんて、やるじゃない」
『いやいや、ジャスミンこそ天晴だ。今まで出会ったどの有翼種より速いぞ』
「ねえねえ。ジャスミンのレベルって、今いくつだっけ?」
「ジャスミンはレベル七十四だ。ミントが八十一でユーカリが七十八。シナモンは七十六になった。自分のレベルは覚えていると思うが、シトラスは八十三だぞ」
『強力な術を使える者は、ほとんどレベルが上がらなかったと聞く。主殿の持つギフトは、本当に破格だな』
なにせ八ビット持ちの従人は、一ビット基準で千六百七十七万七千二百十六倍の経験値が必要だもんな。レベル一にするだけでも、相当な数の魔物や魔獣を、倒さなければならない。経験値が全て手に入っていた頃の天人でも、かなりの時間がかかったことだろう。
「旦那様とスイさんの考察だと、わたくしたちの下位四ビットはステータスに影響し、上位四ビットがスキルに影響するんでしたね」
「倍々でステータスが伸びないのは、世界の仕組みが間違ってると思っていたんだ。しかしスイの話を聞いて納得した。よくよく考えれば、上位と下位で影響する部分が違うのは当たり前の話だということを、完全に失念したからな」
ベルガモットの護衛をしながらタウポートンを出る時、俺が考えていたことは全くの的外れだったわけだ。それに気づかせてくれただけでも、スイと契約した甲斐があるというもの。
保養地は馬を飛ばしても数日、海路だともっと日数が必要な場所にある。それをこうして二時間足らずで運んでくれることも含め、本当によい従人が来てくれた。別れの時が来るその瞬間まで大切にしよう。
そんなことを考えながら、俺たちは空の旅を楽しんだ。
祖母のいる場所へ到着した主人公たち。
出迎えてくれたのは……?
次回「0207話 保養地デンバー」をお楽しみに!




