0204話 アンゼリカのヒミツ
みんなの避難場所へいくと、ベルガモットたちが駆け寄ってきた。残っているのはスコヴィル家と皇帝の護衛だけのようだ。そういえば参加者たちへの事情説明も、する必要があるんだよなぁ……
隣りを見ると、アンゼリカさんがグッタリしている。同じことを考えてるのかもしれない。
「母上殿になにがあったのじゃ!?」
「うぅぅー、タッくんがいじめるにゃぁぁぁ」
「タクトよ、母上殿に酷いことはして欲しくないのじゃ」
「俺はなにもやってないぞ。ちょっと現実を突きつけただけだ」
「それが立派ないじめになってるにゃぁぁぁ」
そんなにニャアニャア鳴くなよ。厳しい現実を目の当たりにして、猫化が進行してるのか?
「なんか連行されてる人みたいなの」
「お母さん……平気なのれす?」
俺とサフランが左右の腕をとって、引きずるように運んできたからな。この光景は捕まった宇宙人そっくりだ。
「怪我とかしてないから安心しろ。放っておけば、そのうち元に戻る」
「タッくんは年上を敬う気持ちが足りないにゃぁぁぁ」
うるさい。敬って欲しければ、ネコ耳でも生やしてみろ!
「とにかく今日は戻ろう。全ては明日からだ」
「明日なんて来てほしくないにゃぁぁぁ」
グズるアンゼリカさんを馬車へ押し込み、まっすぐ皇居を目指す。沿道の野次馬たちは、既にいなくなっていた。きっと近衛や一般兵が頑張ってくれたんだろう。このあいだ差し入れた魔獣の肉で、英気を養ってくれ。
◇◆◇
夜食を軽く取り、脱衣場へと向かう。しかしシトラスのやつ、普通の夕食と同じくらいの量を食べてたな。あれだけ細い体をしてるのに、一体どこに消えてるのやら。今まで一度も腹を壊したことはないし……
そんなことを考えながら、手際よくシナモンの服を脱がせていく。しかしもう限界っぽい。
「おーい、スイ。シナモンが眠ってしまいそうなんだ。すまんが風呂に入れてやってくれ」
「任せておけ、主殿。ほれシナモン、こっちへ来るといい」
「……うにゅー」
声に導かれたシナモンが、フラフラしながらスイの胸へ倒れ込む。これで溺れる心配はないだろう。あとはアレをどうにかせねば。
「なんで脱衣場までついてきた。早く青の御所へ戻ったらどうだ」
「ベルちゃんとタッくんが間違いを犯さないよう、監視するためにゃ!」
「いとこ同士で間違いなんか起きん。心配するな」
「本音を言うと、ベルちゃんだけズルいからにゃ!」
「今日は満月なんだから当然の措置だろ。なにせギフトの効果は有限だからな。今夜はこっちに泊まってもらうと、前から言っていたと思うが?」
「私たちも露草の館に泊まるにゃ!」
「ここのベッドは全員で眠れるほど広くない。却下だ」
「御所にある一番大きなのを持ってきたから、問題ないにゃ!」
なんでそんなに準備がいいんだよ。一旦別れてすぐこっちに来たが、目的は夜食だけじゃなかったというのか。
そう思いながら脱衣所の入口を見ると、三人の娘がじっとこっちを見守っている。
「娘たちはどうするんだ。年齢の近い男がいるし、従人も一緒なんだぞ」
「あの子たちなら問題ないにゃ。私とベルちゃんだけで入った時、怒られたくらいにゃんだよ」
再度入り口方向に視線を向けると、三人が身振り手振りでエールを送っていた。これはなにを言っても無駄だろうな。本人たちが希望してるのなら聞き入れてやろう。
「わかってると思うが、湯浴み着は必須だからな」
「了解にゃ!」
まあベルガモットから俺の性癖を聞いて、安全だと思っているのかもしれない。あとは親戚の男の子としか、意識されてなかったり?
俺も相手が上人だと、似たようなものだし……
「着替え終わったのか?」
「うむ。バッチリなのじゃ」
「じゃあ一緒に入るか。その時にギフトをかけ直そう」
「よろしく頼むのじゃ」
手をつなぎながら湯船の近くへ行き、かけ湯をして温泉に浸かる。ベルガモットを膝に乗せて大きく伸びをすると、月がかなり高い位置まで登っていた。長かった一日が、やっと終わるな。
お? ナスタチウムはスイの方へ近づいて行ってるぞ。
「今日のスイ、凄かったの。あんな重いものを持ち上げて、痛くないの?」
「あれくらいなら心配には及ばん。これでも元は龍だからな」
「初代様に会ったことがあるって、本当なの?」
「山で行き倒れている男を見つけて、我が保護してやったのだ。こんな山奥まで来た目的を尋ねると、俺より強い奴に会いに行くとか吐かしていたな」
以前もその話を聞いたが、やっぱり赤いハチマキの男が目に浮ぶ。初代って路上格闘家だったのか?
「戦いを挑んできたから、こてんぱんに伸して聖域へ放り込んでおいた。後にその男がこの大陸を統一したと聞き、我は大笑いしたよ」
二人の会話に耳を傾けていると、残りのメンバーが入ってくる。
「隣……いいれす?」
「はいです。遠慮なく座ってくださいです、ラムズイヤー様」
ラムズイヤーはミントを挟んで隣に来た。俺が近くにいても平気らしい。こっちの視線に気づいても、小さく会釈するだけ。今日の挨拶もそつなくこなしていたし、意外に根性が座ってるな。
「ミントのおかげで……話せるようになって、すごく……幸せれす。ありがとれす」
「今日の挨拶は、ご立派だったのです」
「確かにそうだった。あれだけ大勢を前にして喋るのは初めてだっただろ? よく最後までやり通せたな、偉いぞ」
「そう言ってもらえると……うれしいれす」
少し照れながら、ラムズイヤーが俺を見る。上目遣いでこちらをうかがう視線、シナモンのあれと同じだ。そんなに期待のこもったオーラを出すんじゃない。まったく、仕方がないな……
ゆっくり腕を伸ばし、ラムズイヤーの頭に手を置く。少しだけ身をすくませたが、嬉しそうにはにかむ。頑張ったのは事実だし、ご褒美をやろう。さわさわ撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じた。
「お父さんに……撫でてもらってるみたいれす」
「お母さんがタッくんと結婚したら、みんなのお父さんになれるにゃ」
「くだらないことばかり言ってると、頭の上に生えてるアホ毛を引っこ抜くぞ」
「タッくんは私にだけ辛辣にゃ! それになに言ってるのか、全然わからないにゃぁぁぁ」
いくら見た目が十代でも、十六の俺を皇婿なんかにしたら、どんな醜聞が立つことやら。
「タクトは妾たちの知らない知識を、たくさん持っておるからの。そうじゃ母上殿。ギフトのことを聞いてみたらどうじゃ?」
「えっと……メドーセージ先生でも判らにゃかったんだよ? いくらタッくんでも無理じゃないかにゃ」
「もし問題なければ聞かせてくれ。なんなら大図書館で調べてみてもいい」
「うーん……じゃあ教えてあげるにゃ。私のギフトは〝塩基〟って名前にゃ。どこにも記録の残ってない、謎のギフトにゃ」
あー、そらそうだ。この世界は、そっちの方面に進化してない。なにせ発展しているのは、科学の代わりに魔法だし。
「生物の体には遺伝子という、設計図みたいなものがあるんだ。その設計図を書くために、塩基という文字が使われる。アンゼリカさんのギフトは、それに作用するんだろう」
それさえわかれば、自ずと答えは見えてくる。一旦言葉を切って、続きを話す。
「実は老化にもその設計図が関わっていてな。いつまでも若い姿でいられるのは、おそらくギフトのおかげだ」
「にゃんと!? あっさり判明してしまったにゃー」
「さすがタクトなのじゃ」
世の中には、まだまだ知られてないギフトがあるんだな。それにしても、どんな体質かと思ったら、ギフトの恩恵だったとは。帰ったらメドーセージ学園長にも報告しておこう。
「呪われてるんじゃなくて、安心したにゃ。うれしいにゃぁぁぁ」
「お母さん良かったの」
「ベルちゃんの守護者……本当にすごいれす」
「南方大陸へ帰ったら、学会へ知らせておく。公式発表があれば、偏見も減っていくだろう」
「うぅぅぅー。本当にありがとにゃ、タッくぅぅぅん」
感極まったアンゼリカさんが、俺に抱きついてきた。こら、当たってるぞ。というか、ベルガモットを押しつぶしてるじゃないか。
「は……母上殿。苦しいのじゃ」
「あっ!? ごめんにゃベルちゃん」
「いくら老化が遅いといっても、若い頃と同じ無茶ができるわけじゃない。健康には気を付けて、政務に励んでくれ」
「うにゃぁぁぁー。せっかく忘れてたのに、思い出させるなんてひどいにゃ! 幸せな気分が台無しにゃぁぁぁ……」
表情の抜け落ちたアンゼリカさんが、ブクブクと湯船に沈んでいく。ユーカリにサルベージされ、そのままシクシクと泣き始めた。その胸は俺のものだ。勝手に使うな。
とはいえ、少女を泣かせたようで、罪悪感が半端ない。後でフォローしておこう。
夜中に目を覚ましてしまう主人公。
そこでアンゼリカから聞かされた話は……
次回「0205話 アンゼリカの要求」をお楽しみに!




