0202話 真打ち登場
ずっと警戒していたコハクが、明確な害意を感知した。舞台を見るとカイザーもベルガモットに、危険を知らせている。俺は手にしていたものを内ポケットへしまい、ギフトの力で支配値を表示。姿を消して不自然な動きをしている参加者へ近づく。
そんな時、会場に爆音が鳴り響き、周囲が土煙に覆われてしまう。悲鳴と怒号が飛び交い、参加者たちは大パニックだ。
「支持者もろとも、潰れてしまうがいいでおじゃる」
「皇室の権威を失墜させる計画がことごとく失敗し、焦って強硬手段に出たのか?」
「そうでおじゃる。なにがあったのは知らぬでおじゃるが、霊獣を拾ったくらいでいい気になるなでおじゃる。あんな小娘に帝国は任せられんでおじゃるよ」
「ベルガモットも普段通りだし、ラムズイヤーも喋れるようになった。想定外の事態が次々起こってるからな」
「まったくでおじゃる。朕がどれほどの時間をかけて、皇室の信頼を勝ち取ったと思ってるでおじゃる。今までの苦労がおじゃんになるなど、絶対に許されることではおじゃらん」
なんだこいつ、自分のことを麻呂と呼ばないのかよ!
自称フランス帰りのくせに一人称が吾輩だったコルツフットといい、アインパエの連中は中途半端すぎる。
「その地位と信頼を隠れ蓑にして、ブリックス家の連中をそそのかしたり、元老院を操っていたわけか」
「皇家の鍵も手に入れられないブリックス一族は、まっこと使い物にならなかったでおじゃる。欲にまみれた元老院は、面白いように踊ってくれたでおじゃるが」
「影でコソコソやっていたから、なかなか尻尾を掴めなかったわけだ。そういえば今日も、親皇室派のフリをしながら機会をうががってたな」
「回りくどいことをせず、最初からこうしておけば良かったでおじゃる。……というか、さっきから朕に話しかけているのは、誰でおじゃる! どうして朕の居場所がわかったでおじゃるか!?」
俺はユーカリに目配せし、認識阻害の術を解いてもらう。すると隣でハッと息を呑む声が聞こえ、ギフトで見えている数値が慌てて遠ざかっていく。
「走り去ろうとしても無駄だぞ。俺の目からは逃れられん」
そのまま前に回り込み、進行方向へ足を出す。何かがぶつかる感触のあと、うつ伏せに倒れる男の姿が現れた。
「ち……朕を内務卿パルマローザと知っての狼藉か! 不敬でおじゃる」
「おぉー、名前に麻呂が含まれてたのか」
「こんの不届き者がぁ、マロではないパルマローザでおじゃる。冒険者の分際で朕に手を上げるとは……」
「上げたのは手じゃなく足だぞ」
「黙らっしゃいっ!! そこへなおれ、手打ちにしてやるでおじゃる」
「手打ちにされるのは、俺じゃなくお前だ。これだけのことをやらかしたんだからな」
「皇帝を亡き者にした今、朕が最高権力者でおじゃる。誰も裁くことなど出来んでおじゃるよ」
加齢で眉が薄くなったんだろうか? こいつ、天然の麻呂眉だ!
名前といい、変なところで寄せてくるな。
「いつ皇帝が死んだんだ?」
「建物の倒壊に巻き込まれたのでおじゃるぞ。今ごろ瓦礫の下で、ペッチャンコになっているでおじゃる」
「それは大変だ。確かめてみないといけないな」
上空のジャスミンに合図を送ると、精霊たちの作り出した土煙が晴れていく。腰を抜かしている者、地面にうずくまって祈りを捧げている者、気絶してしまっている者もいるが、親皇室派の連中は全員無傷。龍のブレスに耐えられる土壁が守っていたんだから、ある意味当然か。
舞台の方に目を移すと、爆発で崩れ落ちた主柱が、無惨な姿を晒している。しかし建物は倒壊していない。なぜなら柱の代わりに、スイが建物を支えているのだから……
「なっ……なっ……なにがどうなってるでおじゃるぅぅぅ」
「どうだ主殿、我は役に立っているか?」
「よく間に合ったな。それにそんな芸当ができるのはスイだけだ。かなり重いと思うが、もうしばらく頼んでもいいか?」
「その程度、造作もない。何日でも支えてみせよう」
ベルガモットの結界があれば、倒壊に巻き込まれても大丈夫だろう。しかし崩れ落ちた石材が、他の区画にも被害を出しかねん。それに万が一という事だってありえる。現場の状況を見て自由に動けと言っておいたが、本当にスイはいい仕事をしてくれた。
「そこな従人は化け物でおじゃるか!? まさかお前、朕と同じ研究を……」
「人様の従人を化け物扱いするな。ベルガモットのガーディアンである俺が使役しているんだぞ。これくらい出来て当然だ」
尻餅をついたパルマローザが、震えながらスイを指差す。それにこいつ、今なにか言いかけたな。問い詰めてやろうと思ったが、まずはアンゼリカさんに譲ろう。
おいこら、なにキョロキョロしてるんだ。左右は俺とユーカリ、前方には抜剣したサフラン。そして後ろは壁。逃げ場なんて無いから大人しくしろ。まったく往生際の悪い奴め。
「さてパルマローザ卿。申し開きがあるなら、聞いてあげるにゃ」
「ち……朕はなにも知らんでおじゃる。全部あいつらがやったでおじゃるよ!」
指さされた連中が、勢いよく首を横に振る。この期に及んで元老院に責任をなすりつけようとするとは。まあ、そんなことを言っても無駄なんだけどな。
俺は胸の内ポケットから、単三電池サイズの筒を取り出す。
「これは古代の遺物でな、周囲の音を記録できるんだ。お前は物忘れが激しいようだから、思い出させてやろう」
ダラダラ汗をかき始めたパルマローザを横目で見つつ、筒の底についているボタンに指を置く。軽く押し込むと、さっきの会話がボイスレコーダーから流れてきた。
「もう一度聞くにゃ、パルマローザ卿。なにか言いたいことはあるかにゃ?」
「朕は……朕は帝国をより強くするために……」
「強くなって、他国でも侵略するつもりにゃ?」
「その通りでおじゃる。帝国の技術は世界一でおじゃるぞ!! なのにどうしてこんな北の果てで、大人しくしておらねばならんでおじゃる。帝国はもっと豊かになるべきでおじゃるよ」
「軍艦でも建造できるならまだしも、今の帝国民が全員で特攻したって、南方大陸は落とせないぞ。結局、戦争ってのは、数で勝敗が決まるものだからな」
「素人が知ったふうなことを言うなでおじゃる。朕にもその程度、わかってるでおじゃるよ。しかしそれを覆せるのが、技術でおじゃる!」
「まさかとは思うが薬で兵士を強化して、数の不利をひっくり返そうとか思ってないよな?」
「素人だと侮っていたが、なかなかわかっているでおじゃるな。数で敵わなければ、質で勝負すればいいでおじゃる」
カマかけのつもりだったのに、あっさり白状するのかよ!
こんなやつが内務省のトップとか、不安要素しか無い。
「理性をなくして突撃するだけの兵士なんて、すぐ壊れてしまうぞ。無駄なことはやめておけ」
「そんな欠点、すでに克服しているでおじゃる。見るがいいでおじゃる、真の強化兵を!!」
少し離れた場所にいた黒服二人が、口の中になにかを放り込む。すると全身の筋肉が盛り上がり、服のボタンが弾け飛んだ。そしてズボンもビリビリと裂けていく。
「サフランはアンゼリカさんを守れ。シトラス、シナモン、出番だぞ!!」
「やっと呼んでくれた」
「……退屈だった」
壁の上にいた二人が、俺の前に降り立つ。手加減しなければならなかったマツリカの時とは違い、今なら全力で相手ができる。どんな改良をしていたとしても、見たところはただの筋肉ダルマ。この二人が遅れを取る相手には思えん。
「帝国の技術は世界一ぃぃぃ、従人ごときに止められると思うなでおじゃる。今度こそ息の根を止めてやるでおじゃるぞ!」
「二人とも、手加減は不要だ。手足を全部へし折ってでも制圧しろ」
「任せて!」
「……あれ、やってみる」
こちらの出方を伺っている辺り、狂戦士状態ではなさそうだ。しかし吐く息は荒く、目も血走っている。
ニームがいないので、魔法物質の流れまではわからない。やはりこれもマナを直接燃やす、禁忌の秘術なんだろうか?
俺がそんなことを考えていたら、まずシナモンが動く。人の目もあるし、これは対人戦闘。二本の短剣は腰に差したままだ。
「朕の最高傑作に素手で挑むとは、実に愚かな小童でおじゃる。ひ弱なメスごときに勝てる道理なし、無駄無駄無駄でおじゃるー!」
「……えいっ!」
――ドガッ!!
小柄な体格を活かし、突進してくる男の懐へ潜り込んだシナモンが、手のひらを腹へぶち当てる。すると、まるで慣性を無視したように、男の体が上空へ吹っ飛ぶ。これは仙術を使えるシナモンが編み出した、氣の流れにベクトルを加える新技。相手の力を利用するため、強い敵ほど効果が高い。
インパクトの瞬間に発動する技なので、タイミングがシビアとのこと。動きの速い魔物や魔獣とは異なり、人間相手ならほぼ成功するな。
「おじゃるっ!?」
そのまま縮地で空中へ飛び、殴る蹴るを繰り返しながら、何度も相手の体を宙に浮かせる。凄いぞシナモン、見事な空中コンボだ!
男が完全に沈黙したところで、背中を蹴りつけ大きくジャンプ。
――ズドォォォーン
地面に激突してバウンドした男の腹へ、鉄棒種目のように着地。俺の網膜にKOの文字が浮かぶ。
シナモンは三白眼の瞳をこちらへ向け、サムズアップしてきた。よしよし、かっこ良かったぞ。あとで花丸をやるからな。
「あっちは終わったみたいだね。降参するなら見逃してあげるけど、どうする?」
「ウガァー」
突進してきた男が、シトラスと両手をガッチリ組み合う。シナモンが倒した男より筋肉量があるし、こっちが力であっちがスピードタイプってところか。
ギリギリと力比べを始めた途端、男の筋肉がさらに盛り上がる。
「おっ、結構力あるじゃん。でもまだまだスイより全然弱いね」
「おじゃっ!? おじゃっ!? おじゃーっ!?」
おじゃおじゃ五月蝿い。シトラスが頑張ってるんだから、黙って観戦しろ。
「ウギギギギギギ……フンヌゥゥゥゥゥゥ!!」
「筋肉で骨が折れないようにしてるんだろうけど、そのままだと危ないよ?」
――パギャッ!!
「ほらね。関節って簡単に鍛えられないんだからさ」
腕の関節が砕け散り、男の体勢が崩れる。そして無防備になった延髄へ、シトラスの回し蹴りがクリーンヒット。地面にめり込んだ男の体は、完全に沈黙した。
「お前の最高傑作とやらも、俺の従人には手も足も出なかったな。これに懲りたら、麻薬に頼るのなんかやめておけ。強化兵を何百人揃えたところで、高レベルの従人には勝てん」
「きょ……今日のところは引き分けにしてやるでおじゃる。次こそギャフンと言わせてやるから、覚悟しておけでおじゃる!」
「次なんてあるわけ無いにゃ! こいつを引っ捕らえるにゃ」
駆けつけた秘密警察が、パルマローザへ魔封じの手枷をはめる。
「無礼者、汚い手で触るなでおじゃる! 朕は内務卿パルマローザでおじゃるぞ」
まったく、最後までうるさい奴め。耳障りな声が遠ざかっていき、会場に静けさが戻ってきた。さて、これで一件落着といけば良いのだが、一体どうなることやら……
主人公の言葉で崩れ落ちる皇帝。
次回「0203話 作戦の全貌」をお楽しみに。