0020話 二人目
シトラスと契約した時に訪れた従人販売店のドアをくぐると、見覚えのある店員が挨拶してくれる。この店で他の上人に出会ったことはないが、もしかすると経営者なんだろうか。
「いらっしゃいませ! あなたはいつぞやの。その節はお買い上げいただき、ありがとうございました」
「また護衛になりそうな従人を探しに来た。新しい者は入荷しているか?」
「あいにく一等級は品切れ中でして。ですがお客様なら契約の出来る従人が、新しく入荷しました。胸も大きいですし、色々使い道がありますよ」
こいつ、俺が四等級と契約できるのを知ってるから、また押し付けようとしてるな。
しかし困り顔になってるということは、望んで仕入れたわけではなさそうだ。
「もしかして上層街から流れてきたのか?」
「よくおわかりで。まだ幼い四等級で誰も買い手がつかず、うちに卸してきたんですよ。ですが才人の家で飼われていただけあって、健康状態はかなりいいです。しかも新品ですから、お買い得かと」
「契約するかはさておき、どんな従人か確認させくれ」
もしシトラスのように特殊な配列を持っていたら、是非とも手に入れておきたい。なにせ街にいる従人や、湿地で暮らす野人をこまめに確認しているが、未だに八ビット持ちは見つからずにいる。
「そういえば以前お買い上げいただいた従人は、もう使い潰されたんですね。さすがにあの口の悪さじゃ、手に余ったでしょう」
今日は休息日ってことで、家の鍵とお金を渡してきたからな。そもそも従人であるシトラスを、ここには連れてきたくない。昨日だって飯の時間まで、しょんぼりしてたくらいだ。
必要値を超える契約をしようとすれば何か言われそうだし、ここは適当にぼかしておくか。
「あれはあれで面白い扱い方ができる。何もかも諦めて無反応なやつには、絶対にできないことをな。言うことを聞くだけの人形など、話にもならん」
「なるほど、お客様にはそのようなご趣味が……」
少々遺憾だが、この程度のことは飲み込んでおくとしよう。だが哭かせるより悦ばせるほうが、何倍も楽しいだろ。シトラスのしっぽを見ているだけで、俺は幸せになれるんだぞ。まったくこの世界は、そうした風情のわからんやつばかりいて、実に嘆かわしい。
「いかがでしょう、こちらの商品になります」
「ふむ、兎種の従人か。小柄だし穴兎だな」
耳が長いせいで高く見えるが、身長は百三十センチ前半だ。しかし濁った紅色の毛を見た瞬間、俺の中にあった記憶が呼び覚まされる。こっちを振り返りそうになった視線から逃れ、俺はドアの影に身を隠す。面倒なことになりそうだし、ここはいったん離れよう。
「うわぁぁぁーん、セージ様ですぅー」
クソ、気づかれる前に立ち去ろうと思ったのに、相変わらすこいつは耳がいいな。ドアに張り付いて、俺を目ざとく見つけやがった。
「人違いだ。俺はそんな名前ではない」
「そのお声と目付きの悪さは、絶対にセージ様ですよぉー」
声はともかく、目付きの悪さで判断するんじゃない。お前はそんなことで俺の顔を覚えてたのか。
「あの……その従人とお知り合いで?」
「こいつが誰かと見間違ってるだけだ。俺は下層に住んでいるんだぞ。上層街にいたやつと知り合いなわけ無いだろ。そもそも上人の家で生まれた子供は、こうして売りに出されるまで外には出られない。どこかで偶然会う確率もゼロだ」
「えっと……お客様にこの商品が上人の家で生まれたと、お伝えしましたっけ?」
ぬおっ、なんてことだ。俺としたことが、うっかりこいつの出自を喋ってしまった。
「とにかく別の従人を見せてくれ。こいつのことはそのあと考える」
「かしこまりました」
「ミントのこと、見捨てないでくださいですー。またセージ様にお仕えしたいのですー」
「うるさい。大体お前のモフ値は低すぎる。丸いしっぽを伸ばしてから話しかけろ」
「うわーん、なに言ってるかさっぱりわからないですよぉ。しっぽを長くするなんて、できるわけないのですー」
さめざめと泣き崩れるミントを放置し、俺は別の従人たちをみせてもらう。しかし、目当ての従人は一人も見つからない。そうなるとミントしかないんだよなぁ……
アイツがいたおかげで、俺は野人にも八ビット持ちがいるのだと知った。そうでなければシトラスと契約することはなかっただろう。こうして再会したのもなにかの縁ではあるし、ここで恩を返しておくか。
「おい! そこのうさぎ」
「……はっ、はいですぅー」
もともと赤い目が、泣きはらして更に赤くなっている。腫れ上がった目元は、売られてからずっと泣いていた証拠。戦闘力としてはあまり期待できないやつだが仕方ない。他のことでも役に立つ機会があるだろう。むしろなにかあってくれ。
「お前と使役契約してやる。それから俺の名前はタクトだ、二度と間違えるんじゃないぞ」
「ありがとうございますです、タクト様ぁー」
「いやー、ありがとうございます、お客様。上層街からの流れ品ということで、処分しづらかったんですよ。お安くしておきますので、次回も是非当店をご利用ください」
おいおい、ぶっちゃけ過ぎだぞ。まあ二度も厄介払いをしたおかげで、上客認定でもされたんだろうが……
ニコニコ顔の店員に案内され、二度目になる事務室へ足を運ぶ。
シトラスより少し高かったのは、やはりサイズと性格の差か。なんにせよ、かなりの破格ではあった。ドジで泣き虫でチビで十二歳だが、気性は穏やかで御しやすい。変な趣味のやつにでも捕まると、ろくな目には遭わんだろう。貴重な八ビット持ちが浪費されなかったことは、幸運と言える。
こうして俺は、二人目の従人と契約することになった。