0002話 今日から俺が、お前のご主人さまだ
上層を取り囲むように作られている背の高い壁を抜け、街の下層へとやってきた。区画整備され建物がきれいに立ち並ぶ上層と違い、目の前には雑多な街並みが広がっている。そして低い壁に囲まれた更に向こうにあるのが湿地帯だ。
環境の悪い湿地帯は野人という、前世で言うところの獣人が住む場所。俺がいま向かっているのは、そこで暮らす者を使役するための契約が行える、従人販売店。以前から目をつけていた店舗のドアを開けると、小綺麗な身なりをした男が出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ! どんな従人をお探しですか?」
「旅の護衛ができるやつを探している」
「それなら強くなりやすい、一等級か二等級ですね。あいにくうちの店じゃ、八番以下の品質は取り扱ってませんが……」
「問題ない。取り扱ってる野人を全部見せてくれ」
簡易宿泊所のような部屋を回ってみたが、男はタントクップとパンツ、そして女はノースリーブのワンピースを着せられていた。この店で取り扱っている一等級は、品質が八番の一人だけ。他には二等級で、品質が九番・十番・十二番。三等級になると、品質は十一番・十三番・十四番だ。品質が低いと使役しやすいから、そういった野人は上層街の店に押さえられるんだろう。
もっとも俺が探しているのは数値に表れない、特殊な配列を持った野人だ。さっきまで暮らしていた家にも、一人だけそんな野人がいた。他で見たことがないから、珍しい存在のはず。もっともそいつはドジっ子属性のせいで、俺の世話を押し付けられていたけどな。
それはさておき、思う存分モフりまくるなら、男より女のほうがいい。しっぽのブラッシングに悶える男の姿なんてごめんだし、抱き枕になってもらうのも仕事のうち。俺は男と抱き合って眠る趣味はない。
などと考えていたら、店の奥に気になるものを見つけた。
「奥の檻に詰め込まれているのはなんだ?」
「野人の繁殖をやっていたパピーミルが破産しまして、そこで差し押さえられた商品ですよ。売れそうにないものを押し込んでるんですが、見ていきます?」
「長期間売れ残ると処分されるんだったな。せっかくだから見せてくれ」
檻の中を見ると毛が抜けてしまった者や、病気にかかった者が寝かされている。衛生状態の悪い環境で多頭飼育されていた影響だろう、顔に生気のないやつばかりだ。
目ぼしい者がいないかギフトを使って観察していたところ、視線を感じて檻のすみに顔を向けた。そこには膝を抱えて座り込む、四等級の野人が一人。憎々しげにこちらを睨む青い瞳は、とても力強くて美しい。
ピンと立った三角の耳にボリュームのあるしっぽ、あれは狼種の野人だな。かなり薄汚れているが、毛色を見る限り灰狼か。しかも俺が探していた配列の持ち主だ。
「あそこに座っている野人を買い取りたい。構わないか?」
「お客さん、首の従印を見たらわかる通り、あれは品質十五番の四等級ですよ。しかもあんな貧相な体つきじゃ、楽しむことだって難しい。一応新品ですから、特殊な性癖を持ってるなら別ですがね……」
俺は論理演算師のギフトで数値が見えているし、首に刻まれた従印にも四等級のマークが出ている。印が青みがかった色をしてるということは、まだ誰とも契約していないという証。しかし何をおいてもあの耳としっぽを見ろ、実にモフりがいがありそうじゃないか!
「別にエロいことをするために買うわけじゃない。さっきも言ったが旅の護衛だ」
「それこそ四等級なんて役に立たないでしょ。使い捨ての盾にすらなりませんよ」
「そんなことは百も承知してる」
「あの野人は口も悪いですが、本当にいいんですか?」
店としては売れればいいはずだろうに、買い手のことを心配してくれるとは珍しい。噂通りいい店のようだ。この街にいる間は贔屓にしよう。
「ああ、俺はあれが気に入った」
「失礼ですが、支配値は二百四十ありますよね」
「数値が足りなかったら使役契約できないだろ? やってみたらわかる」
購入の意志は固いと諦めたのだろう、手枷と足かせをつけたまま檻の中から、目当ての野人を連れ出してくれた。家で計った数値はゼロだったが、問題なく契約は成立するはず。俺の持つ値も特殊だからな。
「お前、名前は?」
「ふんっ! 性格の悪そうな顔をした上人だね」
「お客様に対して失礼なことを言うんじゃない。ちゃんと質問に答えないか!!」
「別に構わんぞ。活きが良くてしつけがいがありそうじゃないか、ますます気に入った」
「申し訳ありません。入荷したばかりで、まだ教育が行き届いてなく……」
「さっきも言ったが何も問題ない。それよりお前、名前を教えるつもりがないなら、これから貧乳狼と呼ぶが?」
「くそっ! 人が気にしてることを……」
今にも飛びかかりそうにしてるが、その手枷と足かせは行動を制限する効果があるから、力んだところで無駄だぞ。そいつは犯罪者にも使われる特製品だ。
「そろそろ時間切れだが、どうする?」
「これだから上人は嫌いなんだよ」
「三つ数える間に答えなければ、お前の名前は貧乳狼だ。いーち、にぃ――」
「――シトラス」
悔しそうな顔で、目の前に立つ野人が名前をつぶやく。そんな表情をされると、ナデナデ欲が高まるじゃないか。こいつ、わざとやってるのか?
「なかなか可愛らしくていい名前だぞ。これから宜しくな、シトラス。今日から俺が、お前のご主人さまだ」
こうして俺は念願の従人を一人、手に入れた。