0198話 家族団らん
前書きの編集が面倒になったので書き忘れてしまいますが、誤字報告ありがとうございます。
いつも助かってます。
スイの服や生活用品、それにチョーカーとか揃えていたら、すっかり遅くなってしまった。すぐ飯にしたいところだが、まずは温泉だ。今日は森でかなり暴れたから、しっかり洗っておかねばならん。
「おーい。チョーカーを外すから、こっちに来てくれ」
「つけたばかりなのに、もう外してしまうのか? 主殿のモノになれた感じがして、気に入ってるのだが……」
「体を洗うとき、邪魔になるからな。俺の従人になったからには、汚れを残したままの生活など、絶対に許さん」
「街で見かけた従人たちと明らかに違うのは、そうしたこだわりのおかげか」
スイの首に手を伸ばし、チョーカーのロックを外す。中央のモチーフは、本人が希望した水滴だ。力強さをイメージして黒を選んだのは正解だった。青い髪とのコントラストが素晴らしい。
「湯浴み着は、そこに予備が積んである。サイズは三種類あるから、好きなのを選べばいい。髪はユーカリに結ってもらえ」
「お任せください、旦那様」
人の姿をしているとはいえ、元は龍。服の着方や脱ぎ方もそうだが、生活に関する作法を一つ一つ教える必要がある。食事をしたりベッドで眠るのも、初めての体験だろう。
まあ基本的な常識を持っていたのが救いか。野生児みたいに、服や靴を嫌がったりしないだけでも上出来だ。
――バァァーン!
そんなことを考えながら服を脱ごうとしていたら、脱衣場の扉が勢いよく開く。ミントにも気づかれず、どうやって近づいてきた。秘密の通路とか、勘弁してくれよ。
「聞いてにゃタッくぅーん」
「そんなに大慌てで一体どうした。また元老院にいじめられたのか?」
「その通りにゃぁー」
俺は未来からきたロボットじゃないぞ、そんなことで泣きついてくるな。家族団らんの邪魔をしやがって。
「母上殿よ。ノックもせずに乱入するのは、さすがにどうかと思うのじゃ」
「だってお母さん、すごく心配にゃの。だからタッくんに、お話聞こうと思って……」
「なんだ。ベルガモットまで来たのか」
「うむ。タクトが新しい従人を連れてきたと聞いたのでな、紹介してもらおうと思ったのじゃ」
「その件もあったにゃ! 皇居に入ってもらうからには、そっちを確かめるほうが重要にゃ」
さっきまで忘れてたじゃないか。取ってつけたように重要案件扱いするんじゃない!
「見ての通り、俺たちは今から風呂に入る。話があるなら、終わってからにしてくれ」
「せっかくだから、私も一緒に入るにゃ!」
「新しく増えた従人と、家族の絆を深めようとしてるんだ。邪魔するんじゃない」
「私だって、タッくんの親戚にゃ。一緒に絆を深めるにゃ」
おい、こら、未亡人。アインパエ帝国の貞操観念、ちょっとおかしくないか?
「ベルガモットなら、まだ許せる。しかしアンゼリカさんはダメだ。いくら親戚といえども、節度ってものがあるだろ」
「ベルちゃんが良くて、私がダメなんて差別にゃ! 断固抗議するにゃ!!」
俺の脳がバグるからだよ!
その容姿、自分の娘より幼いじゃないか。加えて反則級のスタイルをしてること、理解しているのか? ここは二次元の世界線じゃない!
「良いではないか、主殿。国家元首と語り合えるのは、我にとっても有意義な時間だ」
「従人も一緒に入るんだぞ。それでもいいのか?」
「タッくんの従人だったら、問題ないにゃ」
「……ったく、仕方ないな。ただし! 湯浴み着は必須だぞ」
スイがそう言うなら、許可してやろう。ここで押し問答を繰り返すより、受け入れたほうが楽だ。それに飯の時間が遅れると、シトラスがキレかねん。
「それなら妾も一緒に入るのじゃ」
「そうと決まれば、さっさと準備だ。新しい従人の紹介は、風呂の中でしてやる」
よくよく考えれば、ベルガモットと一緒に入浴するのは初めてか……
理由を探ってみて、すぐ答えにたどり着く。マツリカがいないからだ。たしか近くに家を借りてるんだったな。かなり質素な生活をしていたようだが、妹の問題に片が付き金銭的負担が大きく減る。そして前皇帝の長男に絡まれる心配もなくなった。これからは穏やかに暮らしていけるだろう。
「主殿、これで良いか?」
「ああ、バッチリだ。入浴の手順を教えてやるから一緒に行くぞ」
湯浴み着をしっかり身につけ、長い髪はタオルでまとめて頭の上へ。緊張しているのか、表情が少し硬い。大きな湖に飛び込むか、山岳地帯に吹き出している水蒸気を浴びた経験しかないとか、言ってたっけ。
次にどうすれば良いのかわからない感じのスイに手を差し出す。そっと握ってきたので、引っ張りながら洗い場へ向かう。俺より遥かに年上だが、手のかかる娘ができた感じだ。見た目も二十歳くらいだし。
「そこの椅子に座ってくれ。スイのしっぽは時々地面に当たってるから、軽く洗うぞ」
「主殿が手ずから洗ってくれるとは、申し訳ない気分になってしまうな」
「そんなこと気にしなくていい。従人の世話を焼くのは、俺の生きがいだ」
お湯を何度もかけ、全身を濡らしていく。しっぽに軽く触れてみると、思った以上にツルツルしていた。タウポートンの霊獣よりウロコ感は少ない。というか、高級革製品みたいな手触りだ。ワックスとか塗り込んで、手入れしたほうが良いんだろうか?
両手を輪にして、太さを測ってみる。根元の部分は、親指と人差指を繋げたサイズ。俺の首とほぼ同じだ。輪のサイズを調整しながら、手を前後に動かす。
「他者に身を委ねるというのは、なんとも不思議な感覚がする」
「嫌悪感じゃないよな?」
「言葉にするとすれば、快楽に近いのかもしれない」
思わず手を止めてしまった。この洗い方って、ちょっとマズイかもしれん。固くなったり、先っぽからなにかが飛び出さないことを祈ろう。
思わず浮かんだビジュアルを振り払うべく、思いついた言葉を紡ぐ。
「一つ聞いておきたいことがあるんだが、今の体型って女性従人の平均なんだよな?」
「我の観測できる範囲で、平均値を算出してみたぞ」
「ちなみに力は?」
「それも従人の平均値だな」
「ならもう一つ質問をしよう。従人というカテゴリーに、自分自身は含まれるのか?」
「主殿と契約できたのだ。もちろん我自身も含まれている」
あー……
これはヤード・ポンド法みたいな名前のキャラと、同じ平均値だ。良かったなシトラス。間違いなくいい訓練相手になれるぞ。
「手加減の方は完璧に出来てるから問題ないな。よし、洗い終わったから温泉に浸かろう」
「主殿よ、我を導いてくれ」
今度はスイから手を差し出されたので、軽く握って湯船へ進む。ちょうど入る準備をしていたベルガモットやアンゼリカさんと、湯船の中へ体を沈める。お湯の熱で体が温かくなるにしたがい、今日の疲れがどんどん解けていく。命の洗濯とは、よく言ったものだ。
「タクトよ、膝に座ってもよいか?」
シナモンの方をチラッと見ると、スイに向かって近づいていた。やたら仲がいいんだよな、あの二人。食べ物以外に釣られるシナモンというのも珍しい。スイの方も、初めて自分の体に傷をつけた相手として、シナモンを気に入ってるみたいだし……
「……膝、座っていい?」
「遠慮なく来るがよい」
「……ん。柔らかい」
スイの膝に座ったシナモンが、力を抜いて後ろへもたれかかる。カップサイズ的にはミントより小さいのに、リラックスぶりが半端ない。今にも眠ってしまいそうだ。
とりあえずシナモンはスイに任せ、俺はベルガモットを構ってやろう。
「抱っこくらいで遠慮するな。俺とお前の仲だろ?」
「やはりタクトの膝は、落ち着くのじゃ」
お腹を軽く抱き寄せ、髪の毛が湯で濡れないよう、ゆるく編み込む。ユーカリが差し出してくれたピンで留めれば、お団子ヘアの出来上がり。
「これでよし」
「本当にタクトは、妾の髪をいじるのが好きじゃな」
「ベルちゃんとタッくん、にゃんか夫婦みたいにゃ。すごく羨ましいにゃ……」
なんだ、アンゼリカさんもやってほしいのか?
夫婦仲は良かったものの、皇帝だった旦那はやたら地方巡行が好きで、頻繁に皇居を開けていた。ハットリくんから、そんなふうに聞いている。四十八歳という若さで他界したのも、旅行中におきた事故が原因だったらしい。
国民の目線に立てる皇帝を目指していたのかもしれないが、いくらなんでも足元をおろそかにしすぎだ。ブリックス家が政権を握ってしまったのは、間違いなくその辺りが原因のはず。それに元老院がやたら裁量権を得たのも、国の最高意思決定者である皇帝が不在がちだったから。
俺はベルガモットの頭を撫でながら、今の状況に陥った原因を振り返る。だからそんな目で見るなよ。眼の前にいる男は、自分の息子と同じ年齢なんだぞ。認知機能のバグが増殖するから、あまり見つめるんじゃない!
「そういえば、今日の揺れはいつもより長かったのじゃ。タクトたちは、平気だったのか?」
「特に問題なかったぞ。こうして無事に帰ってきてるんだしな」
なにせ俺たちがいたのは震源地。しかも地震の原因はここにいる。さて、どうやって説明したらいいものか……
「誠にすまなかったな。すべての原因は、我にある」
「えっ!? にゃんでタッくんの従人が、謝ってるにゃ」
いきなりネタバラシするのかよ!
段取りとか根回しなんかも教えないとダメだな、これは。
「あー。今から説明するが、落ち着いて聞いてくれ。今日、俺たちはアインパエ近郊の森へ行ってきた――」
オブラートに包みながら話を進めるつもりだったが仕方ない。もうストレートにぶっちゃけよう。そう考えた俺は、森で体験したイベントを、そのままアンゼリカさんへ伝える。
「うにゃー! 処理が追いつかないにゃー……」
「とにかくもう、アインパエが地震に悩まされることはない。予算や人材は、全て他へ回してくれ」
「地域の支配者エストラゴンの名において、北方大陸の安寧を約束しよう」
「さすが妾の守護者なのじゃ。龍族を使役するとは、想定外なのじゃ!」
ベルガモットは俺と付き合いが長いだけあり、素直に受け入れてくれたようだ。それに引き換えアンゼリカさんの方は、まだ固まったまま。ひとまず再起動してもらおう。
「俺に話したいことがあったんだろ。教えてくれ」
「はっ!? そうだったにゃ。実は元老院が、とんでもないことを言ってきたにゃ」
今回の外遊成功を記念し、祝賀会を開くことになった。それは別におかしいことではない。しかし、その日時が悪質すぎる。よりにもよって、満月の夜だと?
「ベルちゃんは大丈夫だって言うんだけど、私は心配にゃの。ねえタッくん。本当にベルちゃんの体質、にゃんとかできるの?」
「実際に見ていないから不安だと思うが、それについては任せておけ。俺と一緒にいる限り、ベルガモットが苦しい思いをすることは、絶対にない」
「主殿の力は本物だ。必ずこの国を、良い方向へ導いてくれる」
そんな話をしていたとき、ベルガモットに抱かれていたコハクが動く。約束通り来てくれたようだ。
「キュゥゥゥーーーイ!」
「ホッ、ホォー」
「こっちに降りてくるといい。ちょうど皇帝がいるから、紹介するよ」
ユーカリが展開している認識阻害の壁を越え、白い鳥が俺の頭へ降り立つ。
「こっ……これは!? 初代様が連れていたという、霊獣なのじゃ!」
「ホホーウ」
「皇帝のそばにいるなら、この姿がいいだろう、だって」
「そこまで考えてくれたのか。本当にありがとう」
「ホッ、ホッ、ホォー」
頭の上へ手を伸ばすと、顔をこすり付けながら甘えてくれる。羽角のある丸い顔は、皇族の紋章と同じ。まさか、この姿で来てくれるとは。
「にゃ!? にゃ!? にゃんで初代様の霊獣が、ここにいるにゃー」
「俺が頼んで来てもらったからだ。この子はアンゼリカさんへ預ける。霊獣とともに活動する姿を、国民や役人に見せつけてやるといい。そうすれば元老院の悪巧み程度、恐るるに足りん。くだらん妨害や口出しは、完膚なきまでに打ちのめしてやれ」
「うー、タッくん。何からなにまで、本当にありがとにゃー。こっちが強く出られにゃいのをいいことに、あれこれ口出ししてくる連中をギャフンと言わせてやるにゃ!」
不安そうな顔から一変、アンゼリカさんの目が燃えはじめた。心配事が解消されたようで何よりだ。あとは為政者としての手腕に期待しておこう。
スイに宿っている力とは?
次回「0199話 名付けのセンス」をお楽しみに。