0197話 意趣返し
ゆっくり魔力を抜いていこうとしたが、はじき出されてしまった。龍族というのは、魔力を持っているのか。ベルガモットのように、一から四ビット目の影響は受けないようだ。まったく世界の仕組みは例外だらけで面白い。
「これはありがたい! 力が戻ってきたぞ」
「数値も正常になってるから、もう大丈夫だと思う」
「本当に感謝する。貴殿は我の命……いや、世界を救ってくれた」
いくらなんでも、世界は大げさすぎだろ。とにかくうまくいってよかった。
人の姿になっている青龍が、俺の両手を握って上下に揺らす。ちょっと勢いよく振り過ぎだぞ。もしかしてその体、むちゃくちゃ力があるんじゃないか?
「ねえねえ、正常になったこの人って、数字はいくつなの?」
「青龍のビット配列は〝1111 1111 1111 1111〟だ。俺と同じで最上位に一が立ってるから、数値で表すとマイナス一になる」
「もしかしてミントたちみたいに、使役契約できちゃうです?」
「うーん、どうだろうな。品質二百五十五番のお前たちと契約できているから、ビットの配列ではなく数値だけで判断されていると思う。もしかすると成立してしまうかもしれんな」
龍が持つ数値を確認したのは、間違いなく俺が初めてだろう。従人風に言うと、十六等級の品質一番だ。もしこれが知れ渡ったら、龍を使役しようなんて輩が、出てくるやもしれん。
「ほう。神の気まぐれが作り出したという、使役システムのことか。折角の機会だから、体験してみるのも一興だな」
「簡単に決めないでくれ。契約解除でレベルがリセットされたり、制約で縛られたりするんだぞ」
「龍族である我の強さは不変。レベルの概念などない。それに我は、お主たちに負けたのだ。敗者とは強者に付き従うもの。違うのか?」
「かなりのハンデ戦だっただろ。魔力が回復して十全の力を発揮できるようになれば、どうあがいても勝てる気がしない」
「我らが持つ力の源にまで気づいているとは、ますます面白い。せっかく作ったこの体、我の本体と精神だけ繋げ、肉体は分離しよう。それなら気兼ねなく契約できるだろ?」
本当に龍族ってのは、面白いことができるな。体の一部を変化させたり、精神と肉体を切ったり繋げたり、チートぶりが酷い。
「……あるじ様、契約する?」
「ずっと従人を増やしてなかったし、いいんじゃないかしら」
「もし旦那様と契約しなかった場合、今のお体はどうなるのでしょうか?」
「せっかくこしらえたのに勿体ないが、その辺に打ち捨てておくだけだな」
こっちを見てニヤリと笑いやがって。さっき俺がやった行為の意趣返しか!
「いいじゃん、契約してあげなよ。本体があれだけ強かったし、格好の訓練相手になるんじゃないかな」
「おきれいな体になったのですから、捨ててしまうのはダメなのです」
「キューゥ」
「あー、わかった、わかった。低すぎるモフ値は残念だが、契約を試してみる」
マジックバッグから契約の魔道具を取り出し、起動してから人型青龍の首へ当てる。すると閂がスライドし、四等級の従印が浮かび上がった。シトラスたちが持ってる、隅立て四つ目結紋みたいな形と違い、四角錐に斜めから光を当てたような濃淡付き。四種類の濃度が四つで、十六等級ってことか。
魔道具に指輪をセットして従印へ重ね、閂を閉めると同時に色が青から黒へ。これで使役契約は完了だ。
「これが使役されるという感覚か。あまり変化はないようだな」
「俺は制約で縛ったりしないからだ。自分の身を蔑ろにしたり、他人に迷惑をかけなければ、自由に過ごして構わない」
「そのやり方がどういうものか、我にはまだわからん。みなと生活しながら、覚えていくとしよう。では、これからよろしく頼むぞ、主殿」
龍に主人呼びされるのは、なんともむず痒い。俺も慣れるしかないな。それより、重要なことを聞いておかねば……
「ところで、名前はなんていうんだ?」
「我はエストラゴンと呼ばれているぞ」
「それって女の子の名前じゃないと思うな」
「もっと可愛いのがいいと思うです」
「では主殿にお願いしよう。この姿の我に名前をつけてくれ」
そう言われて、目の前に立つ女性をじっくり見る。シトラスより三センチくらい高い身長。耳の形は俺やジャスミンと同じ。頭の両サイドから伸びる、三つに枝分かれした円筒形の細いツノ。瞳は赤みの強い紫だ。
先っぽに筆のような房があり、なめした皮のような青いしっぽは、根本へ向かって太くなっていく。そして膝裏まで届く、長くてつややかな髪。それは俺の母とよく似た透き通るような青。やはり俺の目を奪った、これを名前に取り入れたい。
「水を表す言葉に〝スイ〟というものがある。それを名前にするのはどうだ?」
「水場が好きな我にピッタリではないか。気に入った! この姿でいるときは、スイと名乗ることにしよう」
「これからよろしくね、スイちゃん」
「みなさんと一緒に、旦那様を支えていきましょう」
「キュッ、キュー!」
「人の営みは初体験ゆえ、至らぬ点も多いだろう。迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」
最後にジャスミンと契約してからも、八ビット持ちの従人を探し続けていた。それがまさか十六ビット持ちを増やすことになるとは。人生なにがあるかわからないものだ……
スイが増えたことで、俺たちの生活にも変化が訪れるだろう。それがどうなるかはまだ未知数。しかし悪い方向へは行かないはず。従人が増えて不幸になることなんて、ありえないのだから。
「きっと霊獣たちも心配してる。コハク、合図を頼む」
「キュィーーーン」
コハクの鳴き声で、元の竹林へ戻ってきた。シマエナガたちの熱烈な歓迎が気持ちいい。スイにも群がっているな。もしかして俺と同じような魔力を持ってるんだろうか?
南方大陸へ戻ったら、ニームに視てもらおう。
「迷惑をかけてすまなかった。ここにいる主殿のおかげで、もう暴れまわる心配はない。これからしばらく主殿の従人として過ごすので、我の本体は預かったままにしてもらえるか」
「保管しておくだけなら、力もあまり使わないから大丈夫だって。それとタクトにお礼がしたいって言ってるわ」
「こうして新しい従人も増えたし、お礼なんて気にしなくていいぞ。モフモフたちの力になれただけで、俺は満足だ」
「ここだけの問題じゃなくて、近隣にある聖域すべての総意みたいね」
そこまでいうなら、断る方が失礼だな。ある程度の対価をもらっておいた方が、これから先も対等に付き合える。
「それなら一つ頼みがある。今の政権は基盤が弱いんだ。もし初代皇帝と同じように、霊獣がそばで控えてくれたら、大きな後ろ盾になると思う。少しの間だけでもいい、協力してもらえないか?」
「それくらい、お安い御用だって。後で皇居に使者を送るそうよ」
魔晶核の収集とギルドの依頼、そして霊獣へ挨拶するだけのつもりだったが、とんだ大イベントになってしまった。しかし振り返ってみれば、非常に充実していたことは間違いない。
帰りながら残りの魔晶核を集め、温泉でゆっくり癒やされよう。頑張ってくれたみんなを、労ってやらねばならん。
新しく増えた家族との絆を深めようとする主人公。
そこへ乱入してきたのは?
次回「0198話 家族団らん」をお楽しみに。