0196話 ビットブレイク
すぐ目を覚ます気配がないので、平らな部分にレジャーシートを敷く。ちょうどいい時間だから、おやつにしよう。サフランが作ってくれた米粉のドーナツを取り出し、飲み物と一緒に並べる。
「……いっぱい動いた。あるじ様、褒めて」
「よしよし。よく頑張ったな、シナモン」
膝へ座ってきたシナモンの口に、粉砂糖がたっぷりかかったドーナツを放り込む。すると天使の笑みを浮かべながら、スリスリと甘えてきた。戦闘後の高揚感で落ち着かなかった心が、たちまち穏やかになる。
「ボクの蹴りに耐えた相手を倒すんなんて、すごい武器だよね、それ」
「威力という点では申し分ないが、欠点も多い。まず俺一人の力では撃てん。ミントがいなかったら、発射台を用意しないとダメなくらいだ」
「音と衝撃がすごかったのです」
「耳が聞こえづらくなったりしてないか?」
「お耳をジャスミンさんに押さえてもらってましたから、へっちゃらなのです」
シトラスの次にレベルの高いミントは、いま八十。突進してくる大型動物を片手で受け止めるほどの膂力がなければ、発射の反動を抑えきれない。
「銃身が長めで扱いづらいし、連射できない欠点もある。銃口をよく見てみろ」
「うわー、真っ黒になってるじゃん」
「弾と銃身が溶けちゃうのよ。撃つたびにメンテナンスしないと、安全性が担保できないわね」
ある意味ロマン武器だからな、レールガンは。この試作銃みたいに何の対策もしていないと、使い捨ての消耗品になってしまう。
「発射に不可欠な電気を溜めるため、かなりの時間が必要だ。その上、魔力も相当持っていかれる。的がある程度大きくないと当たらないことも含め、使える戦況はかなり限定されてしまう」
「今回はそれが決め手になったのですから、やはり旦那様はすごいです」
「みんなが青龍を相手に、一歩も引かなかったおかげだ。本当によくやってくれた」
俺は腕を伸ばし、全員の頭を撫でる。そんなことをしていたら、青龍の目がゆっくり開く。緊張しながら見守るが、暴れる気配はない。
『ぬぅ……我はいったい』
「手荒なことをして悪かったな。どうしても話を聞いてほしかったんだ」
『なるほど……また発作を起こしてしまったのか。誠に申し訳ない。お主たちにも迷惑をかけてしまった』
「……普通にしてたら、いい人?」
気丈に振る舞っているが、かなり無理してる感じだ。そもそも十七ビットという点で、正常とはかけ離れている。一ビットの不調は精神力でねじ伏せているが、二ビットになると抗いきれないってところか……
『お主たちの言葉は、ずっと聞こえていた。霊獣たちに請われ、ここまで来てくれたこと感謝する。しかしすぐ離れた方がいい。いつまで理性を保っていられるのか、我にも予測できないからな』
「その件で提案したい。どうして理性を失うのか、俺には原因がわかっている。よければ論理演算師のギフトに賭けてみないか? うまくいけば、二度と暴れなくてすむ」
『我を元に戻せるだと!?』
本人にとっても今の状況は耐え難いらしく、こちらの話に乗ってきた。そこで論理演算師のことや、俺たちを支配する数値について話す。霊獣たちと同じく、思考が変に凝り固まってないのがいい。
「私みたいに悪い部分を押し出したり、コハクちゃんと同じようにビットを動かすの?」
「シフトやローテートは、ビット数を改変できない。だからレベル九十六で覚えたブレイクを使ってみようと思う。これなら余分に増えてしまったビットを壊せるはず」
『さすれば、以前の状態に戻れると?』
「ただ、これは未知の力なんだ。どんな影響を及ぼすか、保証はできない」
『今の我は死に場所を求める身。なにが起きても恨んだりはせん』
ダメ元で良いというのなら、気兼ねなく使うことができる。俺は龍の体に手を当て、魔力を浸透させていく……
「すまん。体が大きすぎて、魔力が行き渡らない。小さくなったり出来ないか?」
『今の我には難しいが……ふむ、あれを使おう。先ほど傷つけられた、我の一部を持ってきてくれ』
シナモンの新技が斬り落とした口ヒゲか。すぐ近くに落ちているそれを両手で持つ。ミントの胴回りほどある断面に、骨格は見当たらない。しっぽのような部位とは、異なる感じだ。
「……斬っちゃって、ごめんなさい」
『気にしなくていい。あれはただの触手だ。しばらくすれば生えてくる』
なにっ!?
『ちょっと待て、どうして我の触手を打ち捨てた。それはあまりにも酷い所業に、思えるのだが……』
「いや。なんか絡みつかれそうで、つい」
ヒゲではなく、触手だと?
表面が粘液でヌルヌルしてたら事案だぞ。前世も今世も、俺にそんな趣味はない!
『まったく、何なのだ。そこにいる霊獣と同じで、我も汚れたりはせん』
「キュイッ」
もしかしてゾウの鼻みたいに、これで食べ物とか掴んだりできるんだろうか?
俺がくだらないことを考えていると、青龍が前足の爪を触手に差し込む。するとその形がグニャリと歪み、色が青から透明感のある淡いスキンカラーへ。一部残っていた青い部分が、長い髪としっぽへ変わっていく。頭の部分には、本体とよく似たツノが生えてくる。
「なあ、この姿にしかなれないのか?」
『体型は平均値というやつにしてみたが、どこか変な部分があるか? 子を孕むことも可能だぞ』
「百歩譲ってケモミミでないことは容認しよう。しかし、しっぽがダメだ! なんだこれは。先っぽに筆のような毛が、ちょろっと生えてるだけじゃないか。モフ値が二十程度とは、まったくもって情けない。やり直しを要求するッ!!」
『貴殿がなにを言ってるのか、我にはさっぱりわからん』
「あー、こいつの悪い病気が出ただけだから、気にしなくても平気だよ。それより女の子だったの?」
『いや、我に性別という概念はない。お主たちに合わせてみただけだ』
「えっちです、すごくえっちな体です!」
こらミント、どこを覗き込んでるんだ。
「……柔らかい」
シナモンは揉むのをやめろ。
「私もこれくらいの大きさになれないかしら。そうすればタクトと愛し合えるのに」
ジャスミンが人間スケールになったら、きっと俺の歯止めが効かなくなるぞ。今のサイズでも、かなり魅力的なんだし!
「旦那様。なにかお召し物を出して差し上げたほうが、よろしいかと」
種族を象徴するツノやしっぽは変えられないというので、諦めて浴衣を羽織らせる。膝裏まである長い髪は、ポニーテールにしておこう。
しかしこの髪、ウネウネ動いたりしないよな……
「まあいい、とにかく始めるぞ」
「星の歴史と等しい時間を生きた我にも理解できんとは、まったく興味深い御仁だ」
龍といえども、この世界の住人。俺が持つ価値観を、簡単に理解できるはずない。共に暮らしていけば、わかり合える日が来るかもしれないが……
とりあえず雑念は捨て、ギフトの発動に集中する。人間サイズになってくれたおかげで、俺の魔力がどんどん浸透していく。手応えが変わったところで、ブレイクを起動。するとビットを囲むターゲットスコープが現れた。
意識することで、それが左右に動く。どんどん左へ移動させていくと、十六ビット目を超えて十七ビット目の位置まで到達。よし! これなら確実に破壊できる。
ギフトへつぎ込む魔力が増えるに従い、ビットの数値にヒビが入りだす。
「体調はどうだ?」
「体の奥が少し暖かくなってきたくらいで、他におかしいところはない」
その答えを聞き、一気に魔力をつぎ込む。すると十七ビット目の一が砕け散った。
「自力で抑えている部分があるだろ、それも開放していい」
「なんと、そこまでわかってしまうのか。かなり精神力を使うから、治してもらえるのはありがたい」
なにせビットがビリビリ震えているし、ギフトで見える数値も空白のままだ。
後ろで横たわっている青龍の体が弛緩し、新たなビットが十七桁目に現れる。それをさっきと同じ要領で潰す。ギフトの表示がマイナス一になったから、これでもう大丈夫なはず。
青龍の提案に主人公は?
次回「0197話 意趣返し」をお楽しみに。