0195話 伝説の生き物
視界がどんどん、白で埋め尽くされていく。ここにいるシマエナガは、羽も白いんだな。温かくて気持ちがいい。向こうに見えているのは、前世の俺だろうか?
なにか言っている気もするが、もう終わった人生だ。無視して構わないだろう。それより今は、このモフモフをもっと堪能したい。
「ちょっと、何やってるのさ。こんなところで寝ないでったら」
「……その声は、シトラスか。最後にお前と会えて良かったよ」
「あー、もう。ほら散った、散った。みんなで群がるから、こいつが昇天しかかってるじゃん」
白く染まった視界が、徐々に薄くなる。眼の前にいるのは、俺の胸ぐらを掴んで、腕を左右に振るシトラスだ。
「痛いぞシトラス。契約主をビンタするとは何事だ!」
「やっと戻ってきた。ボクはそのだらしない顔を、元に戻してあげただけさ」
くそっ。せっかくいい夢を見ていたのに……
「体から、なにか抜けかかってたわよ」
「……白くて、透けてた」
「旦那様の頬、少し赤くなってますね」
「痛いの痛いの、飛んでけです」
ミントのおかげで、頬の痛みが引いていく。もしかして俺は嬉死するところだったのだろうか。まだまだやり残したことがあるのに、道半ばで逝ってしまうところだったとは。モフモフの物量パワー恐るべし!
「よく覚えていないが、彼岸に導かれた気がする」
「そんな事はどうでもいいんだけどさ、霊獣って聖域に一人だけじゃないの? こんなに居るなんて、なんか変じゃない?」
「キューゥイ?」
そんなこととは失礼な奴め。お前の大切な主人が、死んでしまうところだったんだぞ。まあシトラスのおかげで戻ってこられたし、今は不問にしておこう。
「聞いてみるから少し待ってね、シトラスちゃん」
ハクのように新しい霊獣を体に宿すことはあっても、聖域にいるのは基本一人だけ。コハクのような子供が生まれるのは、聖域間のバランスを取るために行われる、リソースの分配だ。この子の場合は難産だったため、別の聖域が肩代わりしてくれた。だから俺に付いてきても問題ない。
そうした理由で霊獣が増えるのなら、この森に大きな力が必要だってことになる。一体なにが起こっているんだろうか……
「えっとね、数十年前から竜の様子が変なんだって。人に見られないよう絶界へ入ってもらってるんだけど、最近になってすごく暴れるようになったらしいの。地面が揺れるのは、その影響みたいよ」
「竜って本当にいるんだ。ボク見てみたいかも」
「どこか痛くて暴れてるのなら、ミントが治してあげるです」
「もし機嫌が悪いとかでしたら、お話を聞いてあげるのが良いかもしれませんね」
「……竜、乗りたい」
竜と聞いて物怖じしないとは、みんな根性が座ってるな。俺が触れてきた創作上のドラゴンだと、どうしてもラスボス的イメージが付きまとう。
「これだけの霊獣を動員しても揺れが止まらないんだから、その絶界とやらもいつまで保つかわからないな。大勢のモフモフが困ってるんだ、俺たちにできることがあれば言ってくれ」
とりあえず言葉が話せる俺たちで、竜の事情を聞いてみることに。絶界の効果で竜の力が低下してるし、いざとなったら俺たちだけ外に出せるらしい。このまま地震が続けば、街のインフラや建物にダメージが出る。そうなればアインパエの正常化は、どんどん遅れるだろう。それに地殻変動で温泉が出なくなったら一大事だ。
ここは協力してみようじゃないか。伝説の生き物に会えるんだしな。
◇◆◇
聖域渡りみたいな感覚のあと、今までいた竹林から風景が一変する。切り立った岩山がいくつも連なり、中国の水墨画を連想させる場所だ。山峡に横たわっているのは、青い鱗を持つ長い体。口元にはヒゲがあり、頭から伸びる二本のツノ。ヘビのような体には短い手足が生え、羽のようなものは見当たらない。
これはドラゴンというより東洋龍だな。さすずめ青龍と言ったところか。
「みんな気をつけろ、あの龍はおかしい。ビットが桁あふれして、スキルでも数値が認識できなくなってる」
「ねえ、それってどいうこと?」
「俺の支配値がマイナス四千九十六なのは知ってるな?」
「だからミントたちと契約できるのですよね」
「俺の十六桁ある支配値は〝1111 0000 0000 0000〟だ。最上位にビットが立つことで、負の数字になっている。つまり世界の仕組み的に、それ以上の桁数を生物が持つことは出来ない」
「旦那様の目には、どのように映っているのでしょうか?」
「あの龍は十七桁すべてに一が立っている。もし数値で表すとすれば十三万千七十一だが、俺のギフトで表示される数値は空白だ」
「私の時みたいに、変な字が見えてるわけじゃないのね」
「今回は数値が文字化けしてるわけじゃく、桁数のみがおかしい。しかもビリビリと震えていて、なにが起きるのかわからん。油断するなよ」
「……あるじ様、来る!」
シナモンの警告で視線を龍に戻す。ギフトの力で覗いてみると、桁数が十八に増えていた。横たわっていた龍の体がビクンと震え、周囲の岩山に体をぶつけ始める。衝撃で風がうずまき、大地が波打つ。どうやら地震の原因はこれのようだ。
「おい、ちょっと落ち着け! 俺たちは霊獣に頼まれてここに来た。体調不良の原因はわかっているから、話を聞いてくれ」
『うがぁぁぁぁー! このような場所に閉じ込めおって!! 出せ、出さんか。我は暴れ足りぬっ!!』
こちらの言葉が届いていないのか、猛り狂ったまま止まらない。あれだけの衝撃を受けても岩山が崩れないのは、ここが絶界の力で作られた場所だからなんだろう。大勢の霊獣が必要なのも納得だ。
空気が直接振動するような音で届くのは、現状に対する不満だけ。とにかく今はなんとかして、落ち着いてもらうしかなさそうだな……
「少し手荒になるが、まずは龍を鎮圧するぞ。ユーカリは魔術であいつを拘束しろ。ジャスミンは精霊たちに頼んで、防御壁のスタンバイだ。シナモンは撹乱と陽動、シトラスは隙をみて攻撃してくれ。ミントは万が一に備え、俺の後ろで待機していろ」
「思いっきりやっちゃっていいの?」
「相手は伝説の生き物だ。多少のことでダメージを受けたりせんだろ。全力でぶちかましてやれ」
「では、参ります」
〈疾くと疾走れ 戒めの氷龍〉
『我のまがい物で挑むとは猪口才な! 蹴散らしてくれる』
ユーカリの魔術で生み出された氷の龍が、相手の体に絡みつく。青龍が振りほどこうと大暴れし、揺れが一層激しくなる。
「大きさでは敵いませんが、機動力はこちらが上ですね」
『タワバッ!』
相手の体当たりをすり抜け、胴体の半分を拘束した。サイズを犠牲にして、スピードと強度に振っているんだ。いくら龍といえども、簡単には振りほどけないぞ。
「……相手、一人じゃない」
『えぇーい、ちょこまかと羽虫のように鬱陶しい。そんな攻撃、痛くも痒くもないわっ!』
高速で移動しながら、シナモンが石つぶてを飛ばす。魔物や魔獣だと、これで倒れたりするんだが、さすがに頑丈だな。体表を覆うウロコが、甲高い音をたてて石を弾く。
『ぬははははー、獲ったぞっ!!』
「……残念、それ残像」
近くへ降り立ったシナモンに噛みつくも、幻のように消えてなくなる。龍を翻弄するとは、なかなかやるではないか。終わったら褒めまくってやろう。
「蹴りやすい場所に降りてきてくれてぇーー、ありがとぉーーーうっ!」
『アベシッ!?』
岩山の上から駆け下りてきたシトラスが、青龍の頭を蹴り飛ばす。下半身が拘束されているため、胴から上が振り子のように動く。そして岩山に激突。十分な助走が出来たおかげだろう、いつもの威力より数倍高い。
「痛たたた。キングクラスなんか目じゃないくらい硬いね」
「足は平気か、シトラス」
「うん、これくらいなんともないよ」
異常がないことをアピールするように、その場でピョンピョン跳ねてみせる。ベルガモットの護衛中に何度も森へ入ったので、シトラスのレベルも今や八十二。一等級換算だと六百五十六だ。弱体化してるとはいえ、生物の頂点に君臨する龍と生身で激突できるとは。さすが俺の可愛いシトラス!
『ぐぬぅぅぅぅぅ。この我を足蹴にするとは、許さん。許さんぞぉぉぉーーー』
青龍の口内が眩しく光り、頭を持ち上げながら予備動作に入る。これはゲームでもよく見たあれだ。
「全員俺の近くに集まれ! ジャスミンは全力で防御だ」
「わかったわ。みんなよろしくね」
近くで待機していた精霊たちが、半円状に地面へ並ぶ。するとそこから巨大な壁が出現した。
『我が奥義をくらえ』
同時に青龍の口からブレスが放たれ、壁に衝突して左右へ逸れていく。
『ちぃっ! 精霊まで味方につけているだと!?』
今の動きで弱点が見えたぞ。やはりこの世界の龍も持っているらしい。シトラスたちに作戦を伝え、俺はマジックバッグから、とっておきを取り出す。実験用に作ってもらったものだが、まさかこんなところで役に立つとは。
〈慶事に捧ぐ炎の舞い 乱れ飛べ火蝶〉
氷の龍が消え、炎で作られた多数の蝶が、青龍の視界を奪う。
『せっかくの拘束を解くとは、血迷ったか小娘』
「そんな事はありません。今です、シナモンさん」
「……油断、良くない。本命、これ」
〈真空斬〉
シナモンの短剣から不可視の刃が放たれ、炎の蝶を切り裂きながら青龍へ迫る。そして口元から伸びるヒゲを切り落とす。一発で成功するとは、練習の成果が出ているようだ。
『わっ、我の体に傷をつけおったなぁー!』
「だから周りの状況を、もっとよく見なよ。油断はダメって、さっき言われたばかりだろ」
――ドガッ
『ヒデブッ!』
下からシトラスに蹴り上げられ、青龍の頭が大きくのけぞった。無防備に弱点を晒すとは愚かな奴め。ブレスを放つときに光っていたウロコへ狙いをつけ、ミントのサポートを受けながら引き金を引く。
膨大な魔力を込めた仮想のコンデンサが、銃身に組み込まれた二本のレールへ放電。ローレンツ力で弾体が加速し、衝撃波を伴いながら空中へ飛び出す。安全マージンギリギリの出力百二十パーセント、くらいやがれ!
――ドパァーン
超音速で撃ち出された弾が、プラズマの尾を引きながら青龍へ向かう。そして顎の下にある逆鱗へ命中した。
――ギィィィィィーーーン
いくらシトラスの蹴りに耐えられる強度があっても、一点集中で力を加えたらどうなると思う。しかも逆鱗は龍の弱点だ。他の部分よりダメージが通りやすいはず。
『ウワラバァーーー』
青龍の眼球がグルリと反転し、そのまま後ろに倒れ込んだ。気を失ったからだろうか、ギフトで見えている桁数も一つ減り、十七桁に戻っている。
ひとまずこれで様子を見よう。この異常な状態、俺のギフトでなんとかできるかもしれない。
果たして主人公の力で、龍の状態を治すことができるのか?
次回「0196話 ビットブレイク」をお楽しみに!