0194話 雪の妖精
最初こそ元気に動き回っていたものの、徐々に精細さがなくなってきた。なにせ俺たちが手を出す前に、魔物や魔獣を倒していきやがる。獅子搏兎の精神は立派だが、ペース配分を考えろよ。まだ中級者エリアにも踏み入れてないんだぞ。
「かなり魔力も消費したようだし、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
「俺達はエリート、冒険者なんかに負けないジャン、負けないジャン」
「余裕のよっちゃんだぜー」
「それより、どこまで行くっしょ。薬草集めはしなくていいっしょ?」
「ここまで来て、やっと目的を確認するのかよ。俺が集めに来たのは、キングクラスの魔晶核だぞ」
「キングとか冗談はヨシコさん」
「エリートの俺達でも、三人でキングクラスは無理ジャン、無理ジャン」
「それ以上見栄を張るのは、やめたほうがいいっしょ」
「ついでに間引きも依頼されててな、浅い部分はこれくらいでいいだろう。もう少し奥に進むから、一緒に来るなら用心しろ」
諦めて帰るかと思ったが、付いてきやがった。意外に根性があるな……
仕方がない。安全に戻れる場所で、魔物の密集地を探そう。上人はどうでもいいが、連れてこられた従人たちに怪我はさせられん。
「もしかして、レアギフトを持ってるジャン、持ってるジャン?」
「確かにレアだが、お前たちに比べればどうってことないと思うぞ。そっちこそ指揮官なんだから、いいギフトを授かってるんだろ?」
「よくぞ聞いてくれたっしょ! 俺のギフトは炎雷っしょ」
「聞いて驚け、見て腰抜かせ。風氷のナイスガイとは俺のこと!」
「俺のギフトは火風ジャン、火風ジャン」
「すごいな、三人ともダブル適性持ちだったとは……」
使う魔法が偏っていると思ったら、そういう事だったのか。魔力の運用をしっかり学び、連携の訓練を積んでいけば、上位ランクの冒険者に負けないくらい強くなれるだろう。なのにこの体たらくってことは、いい上司に恵まれなかったのかもしれない。せっかく地力はあるのに、もったいない話だ。
「ちなみに俺は論理演算師というギフトを持っている」
「そんなギフト、聞いたことないっしょ」
「属性魔法の適正じゃないから、あまり期待するんじゃないぞ」
「おったまげー!」
「やばいジャン、やばいジャン」
急にオロオロし始めたぞ。もう少し早めに戻っておけばよかったな。しかしもう遅い、コハクとジャスミンの案内で向かっていた場所へ到着した。
「いつの間にかグレイウルフの群れに囲まれてるっしょ!?」
「あっちからはジャイアントビーが何匹も飛んできてるジャン、飛んできてるジャン」
「えーらいこっちゃ、えーらいこっちゃ、よいよいよい」
踊るな、鬱陶しい。現実逃避はあとにしろ。
一体一体はさほど脅威じゃないが、迫りくる魔獣はこちらの倍以上。今までの戦い方なら手が足りないし、魔法を乱射できるほど魔力は残ってないだろう。
「心配するな、大人しく見ていろ」
シトラスとシナモンに指示を出し、マジックバッグから拳銃を二丁取り出す。ここで精霊の助けを借りたり、ユーカリの魔術を見せられないからな。
「やっと出番だね」
「……行ってくる」
二人がグレイウルフ相手に無双しているのを横目で見つつ、両手に持った拳銃を乱射する。何発か避けられはするものの、数撃ちゃ当たるってやつだ。逃げ回るジャイアントビーが、次々墜落していく。
「終わったよー」
「……物足りない」
「この辺りに出てくる奴らだと、お前たちの相手にならないからな。適当に間引いてから奥へ進もう。そこまで行けば、歯ごたえのある魔獣や魔物に会えるぞ」
すり寄ってきたシナモンを抱っこし、シトラスの頭に手を伸ばす。他人の視線が気になったのか? 逃げなくてもいいじゃないか。しっぽが残念そうな動きをしてるぞ、まったくうい奴め。
「俺たちは先に進もうと思ってるが、お前らはどうする?」
「そういえば、訓練の時間を忘れてたジャン、忘れてたジャン」
「今日のところは、これくらいにしといてやるっしょ」
「ほな、バイならー!」
「この方向に進めば、最短距離で森の外まで行けますよ」
「気をつけて帰るのよー」
俺たちに見送られ、指揮官たちが走り去っていく。体力だけはあるよな、あいつら。技術や戦法を磨かないまま、レベルだけ上げたってとこだろう。いいギフトを授かっておきながら、宝の持ち腐れってやつだ。
「ちょっと面白い人たちだったのです」
「悪意はなかったから、ただ力を誇示したいだけだったのかもしれない。俺たちの心配をしていた可能性も、微粒子レベルで存在するが……」
「やっと気兼ねなく暴れられるよ」
「……弱いのに、邪魔ばっかりしてきた」
「旦那様から見て、皆様はいかがでしたか?」
「三人の支配値は最高値の二百四十だった。無駄に持久力があったから、俺より高レベルだったのかもしれん。従人たちは全員一等級の品質一番で、レベルは高い者で百くらいだろう。どちらかといえば対人戦闘に重きを置いているだろうし、森の中ならお前たちの足元にも及ばない」
従人部隊は治安維持や要人警護が本来の職務。森へ入るのはレベル上げが目的のはず。役目をまっとうするだけなら、冒険者を目の敵にする必要はないんだよな。棲み分けはきっちり出来てるんだし。
「もう帰ったんだし、どうでもいいじゃん。それより先に進もうよ。せっかく知らない森を攻略できるんだしさ」
「シトラスの言うとおりだ。気持ちを切り替えて奥へ向かおう」
「霊獣さんにも挨拶したいのです」
「キュイーッ!」
コハクの号令で、森の奥へ向かって進む。適度な間引きがされてない影響だろう、魔物や魔獣の分布に偏りが多い。密集地をいくつか潰し、肉や食材を集めまくる。マジックバッグ本来の容量が使えるようになり、気兼ねなく詰め込めるのがいい。最初に工房へ寄ったのは正解だったな。
「さすがにキングボアやキングトロールだと、倒すのに時間がかかっちゃうね」
「……技の練習、いっぱい出来た」
「そもそも数人で倒せる魔獣や魔物じゃないからな」
「旦那様の話を聞くと、わたくしたちも強くなったのだと実感できます」
「精霊たちもいっぱい頑張ってくれたわ」
「ミントはあまりお役に立てなかったのです」
「足止めや撹乱をしてくれる、ジャスミンとユーカリ。近接と遠距離、どちらもこなせる遊撃のシナモン。接近戦なら負けなしのシトラス。そうやってみんなが自分の役割に集中できるのは、ミントの索敵が優秀だからだ。ある意味一番役に立ってるんだぞ」
「あうー、気持ちいいれふ、タクトさまー」
少ししょげてしまったミントの耳を、両手でフニフニとモフる。こいつだって暴れムームーを片手で止めるだけの、ポテンシャルを持ってるんだ。中位の魔物くらいなら、素手でも屠れるだろう。性格的に向かないから参加させてないだけ。
何より治癒師には最後まで立っていてもらわねばならん。パーティーの要だからな。
「あそこの中央が聖域よ、挨拶していくでしょ?」
「キュゥ?」
ジャスミンが指さしているのは、森の中にある大きな泉。みんなでその前に立ち、コハクに入口を開けてもらう。すると水面に飛び石が浮かび上がってきた。ミントの手を引きながらピョンピョン渡っていくと、一瞬視界が霧に包まれる。白いベールが晴れた場所に出現したのは竹林だ。タケノコは生えてないか?
「鳥がいっぱいいるよ」
「……白くて丸い」
「可愛いのです!」
「全員が霊獣なのでしょうか?」
「リーダーはあそこに見える大きな子ね」
ふっくらした丸い体に、黒い目とくちばし。うおー、大量のシマエナガが居やがる。さすが雪の妖精、超かわいいぞ!!
ひときわ目立つのはワシっぽい鳥。キリッとしたスマートな顔、そして太めの足には鋭い爪。歓迎してくれているのか、大きく広がった翼は二メートルほどだ。
そのまま滑空して、俺の肩へ降り立つ。それが合図になったのだろう、シマエナガたちが一斉に群がってきた。
「ちょっと待て。一気に来られても止まる場所がないぞ」
頭や腕、掴まれそうな場所がシマエナガで埋め尽くされていく。あー、幸せだ。幸せすぎる。本当にアインパエは、いい国だなぁ……
霊獣たちの頼みごととは?
次回「0195話 伝説の生き物」をお楽しみに!