0193話 ドアッガ近郊の森へ
リニューアル後の編集と投稿機能、作業手順がワンステップ以上増えるので使いにくい。
とりあえず投稿してみます。
工房主の老人――パクチーさんに札束を渡す。新紙幣の発行まで、枚数のチェックが大変だ。この世界に計数機なんて無いしな。
「パクチーさんの腕と肩書を見込んで、頼みたいことがある。小さめのマジックバッグを五個、そして中程度のものを一個作って欲しい」
「そないにぎょうさん作って、どないするんや。南方大陸で転売とか、絶対に許さへんで」
「小さめのものは、俺の従人に持たせたい。もう一つは妹へのプレゼントだ」
「妹へっちゅうのはわかるとして、従人にそない高価なもん持たせるんは危険やろ。誰かに盗られでもしたら、大損やで」
「俺と契約している従人は特別で、上人と同じ所有権を持っている。ついでに言っておくが、強引に奪われるような、やわな鍛え方はしてないぞ」
「所有権やと!?」
「まあ安全対策として、ぱっと見マジックバッグだとわからないよう、特別なデザインにしてもらいたい」
「やっぱり坊主は堅気やないな。そんでウチに来たっちゅうことか……」
俺が持っている物のように、オーダーメイドを受けられる技術と設備。そして事情を明かしても、決して口外しない信用力。そんな工房は一握りしかない。アンゼリカさんに聞いても、皇室御用達のここが一番だと言っていた。
話を聞くと言ってくれたので、事前に用意してきたスケッチを、カウンターの上へ並べる。
動きを阻害されたくないシトラスは、背中側に回すこともできる、横長のウエストポーチ。色は落ち着いた感じの深い赤。
ミントは肩からぶら下げる、淡い桜色のサコッシュ。留め金が兎だったり、ハートのナスカンがついていたり、可愛さに全振りした感じだ。
ユーカリは口紐のついた巾着型。葉っぱの模様が入った、渋い紫色を希望している。普段は懐にしまっておき、お出かけや買い物のときは、手にぶら下げて使いたいらしい。
シナモンは俺のものより一回り小さい、縦型のベルトポーチ。色もお揃いにするのかと思ったが、ベージュを選んでいた。みんながチョーカーと同系色に揃えたので、自分も同じにしたかったのだろう。
背中の羽で飛ぶジャスミンは、首からぶら下げるカードホルダータイプ。これなら羽を広げるときにも邪魔にならない。青い紐の先端に、白い羽型のケースがついている。
ニームはベルトの付け替えができる、シンプルなマイクロバッグ型。腰に巻いたり肩からぶら下げたり、リュックみたいに背負うことも可能だ。あまり派手なものを好まない子なので、色も地味なダークブラウン。俺の独断でデザインしたが、ニームの嗜好から大きく外れてないはず。
「作ってやりたいのは山々やけど、ちいと問題があるんや」
「金には糸目をつけないぞ。必要なものがあれば、すべて言い値で構わない。仕入れや依頼でアインパエの経済に少しでも貢献できれば万々歳だ」
「まだガキのくせに、えらい男前なこと言いおって。問題っちゅうのは魔晶核や。マジックバッグを作るには、キングクラスの魔晶核がいる。昔は従人部隊が訓練で手に入れてきよったんやけど、今じゃ年々入荷量が落ちとってな……」
「あー、あの程度の実力じゃ強い魔物や魔獣は、倒せないんじゃないかな」
「なんや、狼っ子。従人部隊とやりおうたんか?」
「ブリックス家が密入国させたやつだから、実力は大したことがなかったかもしれん。そいつらはシトラスが全てワンパンで倒している」
「昔は入隊したてでも、五つ星が使役する従人に負けなんだくらいやのに、情けない話やなぁ」
なにがキッカケだったのかは知らないが、一気に弱体化したみたいだ。従人部隊は元老院直轄なので、間違いなくそこが原因だろう。やたら皇族家の内情に口出ししてくることといい、この国の癌にしか思えん。
「キンググラスの魔晶核がいくつあればマジックバッグを作れる?」
「せやな。坊主の注文だけやったら、十個あれば十分や」
「それくらいなら、今日中に集められる。ただ俺は流星ランクでな。ギルドを通さない魔晶核の取り引きに制限があるんだ。さすがにキングクラス十個は見逃してもらえない。請求に上乗せして構わないから、指名依頼を出してもらえないか?」
「おいこら坊主、大人をあまり舐めるんやないで。そないに無様なこと、できるわけないやろ。坊主に請求するんは実費だけや、制作費や技術料はすべて指名依頼と、魔晶核代で相殺したる。これでどないや」
「本当にいいのか?」
「代わりっちゅうたらなんやけど、いっこ頼みたいことがある。この依頼で孫娘に経験を積ませたいねん。デザイン性の高い魔道具は、あいつのほうが得意でな。やらせてもらえんやろうか」
「女性が使うマジックバッグだから、同性の感性を活かしてもらえるなら願ってもないことだ。じゃあ、その条件でよろしく頼む」
全員で冒険者ギルドへ行き、指名依頼の手続きを終わらせる。どうやら高ランク冒険者の数が、かなり減っているらしい。五つ星くらいになると、どんな場所でもやっていけるからな。今の首都にとどまるより、南方大陸へ行くほうが稼げるだろう。
適度な間引きも依頼されたので、協力してやらねばならん。聖域で待っている霊獣のためにも!
「ねぇねぇ、さっきの話ってさ、キミにとって得になるの?」
「老舗工房に製作を請け負ってもらえただけで、かなりの儲け物だぞ。しかも納期がとんでもなく短い。もし南方大陸で同じ依頼をしたら、半年以上待たされることだってありえる」
「基幹部品の在庫があって、良かったのです」
なにせ基幹部品を作ることができるのは、皇帝直属のラボだけ。各工房へ割り当てられる数には、厳格なルールが存在する。皇家御用達の工房を訪ねたのも、割当量が多いからだ。
更に幸運だったのは、孫娘に製作してもらえること。今日から早速取り掛かってくれるらしい。
「見積もりを拝見しましたが、かなりの金額でしたよね。値引きがなかったら、どれくらいになっていたのでしょう」
「倍とまではいかないが、それに近い金額まで跳ね上がっただろうな」
「うへー。やっぱりマジックバッグって、簡単に買えるものじゃないんだ」
「今は時期的に余計高く見えてしまう。まさに桁違いの、びっくり価格と言い換えてもいい」
そんな顔で見るなよ、シトラス。ちょっと場を和ませようとしただけだろ。せっかく作るんだから、みんなには気兼ねなく使ってほしいしな。
「……できるの、楽しみ」
「私は重いものを持てないから、すごく助かるわ」
「みんなは俺に癒やしと富を与えてくれている。マジックバッグは、その礼みたいなものだ。それぞれ思う存分、活用してくれ」
抱きついてきたシナモンや、そっと寄り添ってくるユーカリ。ミントは手を思いっきり握ってきたがった。痛いから手加減しろ。
ジャスミンは服の中に入って、キスの雨を降らせてくる。広がった羽が、とても気持ちいいぞ。
相変わらずシトラスは、そっけない態度で前を歩く。しかし普段より持ち上がったしっぽは、遊錘が取れたメトロノームのように、激しくビートを刻む。
幸せを噛み締めながら畦道を進んでいくと、ドアッガ最寄りの森へ到着した。しかし境界付近でうんこ座りしながら雑談してる連中はなんだ? コンビニ前でたむろしてる暇人どもかよ。
「おう、おう。マブい従人が、来たジャン、来たジャン!」
「この先は危険だぜ、ベイベー」
「森はピクニックしに来る場所じゃないっしょ」
「森の見学なら、俺達が案内するジャン、案内するジャン」
「俺達に任せておけばダイジョーブイ!」
これ見よがしに胸のエンブレムを、ひけらかしやがって。ギルドでも警告されたが、今の従人部隊がここまで落ちぶれていたとは……
使役されている従人は、比較的まともに見える。しかし肝心の指揮官はダメだ、まったく話にならん。俺たちを見下すような態度やチャラい言動は、南方大陸へ密入国してきた無法者と同じじゃないか。
「(ねぇ、すごくウザいんだけど)」
「(……斬る?)」
「(コイツラと揉め事はおこしたくない。幸いコハクは警戒していないし、無視でいいだろ)」
「(キューン)」
「俺たちはギルドの依頼で森に来た。付いてきたいなら勝手にしろ」
「わかった、薬草集めっしょ! 簡単な依頼で従人たちに、いいとこ見せたいお年頃っしょ」
三人の支配値は最高の二百四十。それぞれ従人を複数使役してるんだろう。少し離れた場所で整列しているのは、虎種や狼種、そして熊種といった、戦闘に有利な者ばかり。しかも全員が一等級の品質一番だ。
適当に付いてこさせて、森の浅い部分で間引きでもやらせるか。この連中だったら、すぐに脱落するはず。
「さっそく魔物発見ジャン、発見ジャン」
「お前ら全員でかかるっしょ!」
おいおい。それは初心者でも簡単に倒せる、植物の魔物だぞ。図体がでかいだけの相手を、全員でタコ殴りにしてどうする。
「はぐれスライム発見だっちゅうの!」
ちょっ!? どうして三人で魔法を撃つ。踏みつけるだけでいいだろ。しかもこっちを見ながらドヤ顔しやがって。お前らこそ目立ちたいお年頃じゃないか。
まったく、先が思いやられる……
聖域に到着した主人公たち。
そこで待っていた霊獣は……
次回「0194話 雪の妖精」をお楽しみに!