0192話 魔道具工房
皇居から出てドアッガの中心街へ進んでいく。こうして歩いてみると、南方大陸とずいぶん街並みが違う。やはり雪が多い土地柄か屋根の傾斜がきつく、分厚い壁の建物ばかりだ。地震が頻発している割に人々が落ち着いているのは、堅牢な作りの家が多いからだろう。
そしてどこの家からも、煙突が伸びている。羨ましいのはわかるが、上ばかり見てると人にぶつかるぞ、シナモン。仕方がない、抱っこしてやるか。
「……あるじ様。暖炉のある家、住みたい」
「拠点を探すときは、必ず暖炉付きの物件にしてやる。小上がりを作って、みんなでダラダラできるようにするぞ」
ニームが学園を卒業するときに、彼女名義で家を買うのも手だ。コーサカ研究室の行く末も考えながら、ある程度の目処をつけておくことにしよう。
「……うれしい。あるじ様、好き」
抱き上げたシナモンが、ギュッと抱きついてくる。家の管理を任せられる人材が複数みつかれば、アインパエを拠点の一つにするのもいいよな。なにせ味噌や豆腐に加え、豆類の生産が豊富だ。皇居の厨房で赤豆を発見したし、あんこを作ってみよう。日本茶に合う和菓子のバリエーションを、拡充しておきたい。
「アインパエっていい国だよね。拠点を作るなら、ここにしようよ。ご飯も美味しいしさ!」
「シトラスさん、すっかりオミソの虜なのです」
「だってミソ漬けのお肉とか最高じゃん。あんな美味しいものがあるなんて、ボク知らなかったよ」
気に入ってもらえて何よりだが、味噌汁のがぶ飲みは禁止だ。それに朝から味噌漬け肉を食わせろと言いやがって。味噌ばかり食ってたら、塩分のとりすぎになるだろ。
「アインパエの水麦は、南方大陸より美味しい気がします」
「気のせいじゃないぞ、ユーカリ。寒暖差の大きな環境だと、でんぷん質の多い水麦になる。それがもっちりした食感や、噛んだときの甘みに影響するんだ。加えて山の多いアインパエは、湧き出す水に栄養が多く含まれているから、湿地で水麦がよく育つ」
日本でも米作りに適していたのは東北地方だった。アインパエの気候は、そこと似ているんだろう。米が主食の俺たちにとって、アインパエは理想の土地。なにせ、もち米も見つかったしな!
「私はトーフの上にシバウオ節をふりかけて、黒たまりの煮汁で味付けしたのが好きよ。柔らかくて、すごく食べやすいしね」
「キュッ、キュイー」
「コハクちゃんはナットーが好きなんだって」
「えー、あれ変な匂いがするからやだ」
「……ねばねば、うまうま」
納豆は祖父である、三代前の皇帝が好きだったそうだ。しかし今の皇族に食べられる者はいない。サフランを筆頭として、一部の上人だけが口にするんだとか……
まあ好き嫌いの出やすい食べ物だしな。家族の中でも俺とユーカリ、そしてシナモンは食べられる。ミントとジャスミンは進んで口にしないし、シトラスは匂いだけでギブアップした。
せっかく見つかった食材なんだし、みんなが食べられる料理にでも挑戦してみよう。
そんなふうに食事の話題で盛り上がってたら、目的の場所が見えてくる。開けた扉の奥に見えるのは、店というより工房のような作りだ。作業道具が所狭しと並べられ、展示している商品はごく少数。奥のカウンターで作業している老人が、ここの工房主だろうか?
「おい、坊主。ここは一見さんに売るようなものは置いてへんで。冷やかしに来たんやったら、とっとと帰り」
「少し頼み事があってきた。俺はこれの持ち主なんだが、話を聞いてもらえないだろうか」
腰につけていたマジックバッグを外し、カウンターの上へ置く。老人はすぐさま底の刻印を確認し、俺の方をじっと見つめてきた。
「これはワシがアーティチョーク様に頼まれて作ったもんや。つうことはお前、スコヴィル家の長男か? いや、あの坊主は赤い髪をしとったはず。さては秘蔵っ子とか言われとる次男坊やな! ほぉ……こんな顔やったんか」
次男は秘蔵っ子なんかじゃない、ただの引きこもり。それに長男は爆発の影響で、すぐパンチパーマになってしまうんだとか。そんな連中と間違えられては困る。
「俺はシーズニング家の関係者だ。少しワケアリなんだが、察してくれるとありがたい」
「炎魔の縁者やて!? わかった、ワシはなんも聞かん。それでどないしたんや、マジックバッグが壊れでもしたんか? そんなヤワな作り方は、しとらんはずやけどな……」
「どこも壊れてないぞ。一部屋分くらいの容量だが重宝してる。これがなかったら、今の生活を送れなかっただろう」
「ちょい待ち。それがそないに小さいわけ無いやろ。調べたるさか、こっちによこし」
再びマジックバッグを老人に預けると、アイルーペのようなものを装着して検査し始めた。おそらく特殊な魔道具なんだろう。どんな情報が表示されるのか、ちょっと見てみたいぞ。
「正式な移譲手続きが完了しとらへんで。いま坊主が使うとるんは、バッグの外側についとるポケットだけや。納品のとき、ちゃんと説明したはずやのに、なにやっとんねん」
「俺がまだ幼いときに、元の持ち主が死んでしまってな。そのせいで正式な手順が踏めなかったんだ」
「さよか。それやったら仕方あらへん。仮移譲は正常に働いとるさかい、坊主は間違いなく皇族の血縁者や。そんでどないする? 出すもん出すんやったら、マスターコード使うて書き換えたるで」
ん? いま聞き捨てならない単語を耳にした気が……
まあ気のせいということにしておこう。
「それって機密事項じゃないのか? 会ったばかりの俺に話すのは問題だと思うぞ」
「孫娘がもうじき一人前になるんや。そんなタイミングで、店ごと燃やされとうない」
それにしてもカラミンサ婆さん、恐れられすぎだろ。現役時代に、なにをやらかしたんだ?
「それに霊獣が懐いとるんや、ブリックス家と同じことをするタイプとはちゃう。詐欺師には見えへんし、連れてる従人は化け物ぞろい。どう考えても堅気には思えん。まあ有り体に言えば、信頼できる男っちゅうことや」
一流の職人が持つ活眼なんだろうか? 俺たちの実力を見透かされてる気がする。メドーセージ学園長といい、経験を積んだ大人には勝てそうもないな……
「費用は即金で支払う。手続きをお願いできるか?」
「せっかく作ったマジックバッグや、有効活用してくれへんと悲しいしな。ワシに任せとき」
奥の扉から出ていった老人が、電磁調理器のような魔道具を持ってきた。前にオレガノさんがやってくれた、野党どもの時とはずいぶん違う。血統プロテクトは、それだけ特殊ってことか。
「ワシがマスターキーを回すと同時に、坊主はそこのボタンを指で押し。ビリッとするさかい、気いつけるんやで」
言われたタイミングでボタンを押すと、静電気のような刺激が指先に伝わる。反射的に腕を引きそうになるが我慢だ。
魔道具から〝ヴン〟という低い音が鳴り、移譲手続きが終了した。マジックバッグを受け取ると、大幅な容量増加が実感できる。いままでの数十倍、大きな倉庫くらいあるぞ。こんなとんでも性能のマジックバッグだったとは。
「開放された部分に、なにか入ってるな。実体はわからないけど違和感がある」
「今の坊主やったら操作できるはずや。押し出すような感じで動かしてみ」
サイズは大きめのオーブンレンジくらいだろうか。作業台の空いた場所に右手を伸ばし、違和感全体をゆっくりと押す。すると装飾の施された、宝石箱のようなものが出てきた。
「なーんだ、食べ物じゃないのか」
「すごくきれいな箱なのです」
「大切なものを、しまってあるのでしょうか」
「変わった留め金が付いてるわね」
「……あるじ様、開けてみる?」
「これは許可を与えた者にしか解錠できん魔道具や。強引に開けようとしたら爆発すんで」
とりあえず俺が試してみたが、開く気配はない。この一帯が吹き飛ぶレベルの威力らしいし、無理に開けるのは諦めよう。
「親友だったアンゼリカさんや、母親のカラミンサ婆さんなら開けられるかもしれん。今日のところは、そのまま持ち帰るよ」
取り出した箱を再びマジックバッグへしまっておく。一度自分で認識したので、バッグの中に入っているのが、しっかりと感じられる。それより、そろそろ本題に入らねば。ここに来たのは、みんなのマジックバッグを発注するためだしな。
箱の中身は10話以上先で判明します。
マジックバッグを発注する主人公。しかし重要な素材が足りない。それを集めに森へ行くが、そこには……
次回「0193話 ドアッガ近郊の森へ」をお楽しみに。