0191話 解決の道筋
青の御所にある食堂へ、できたての料理を並べていく。テーブルにノートを置いてるのが、失語症の次女ラムズイヤーか。となるとベルガモットの前に座っている、白い髪の女性がナスタチウムだな。
栄養が足りてないのか、妹より背が低い。十歳年下のベルガモットと、ほとんど変わらないぞ。身長だけ見れば、次女が一番お姉さんだ。
「えーっと、タッくん。料理の説明してもらってもいいかにゃ?」
「中央に置いてあるのが、水麦を使った食事だ。みんな貝が好きだと聞いたから、黄ネギと合わせて、炊き込みご飯にしてみた。昨日の団子で体調を崩すことはなかったから、ナスタチウムも食べられるはずだ」
「あのお菓子、水麦なの?」
「黙って食べさせて悪かったな。白い方の菓子は上新粉といって、粉にした水麦を使って作った」
「(書き書き)【水麦って、茶色い食べ物じゃないの?】」
種子を砕いて表皮を取る小麦粉の製造法、表面を磨いて精白する水麦の加工法。そして白米の調理法を、ラムズイヤーたちに説明する。思ったより拒否反応がないのは、イノンドさんが何度も絶賛してくれたからだろう。
「味見番の子たちはどうかにゃ?」
部屋の隅に立っていた四人が、一斉にサムズ・アップした。最初はおっかなびっくりだったものの、最後はお代わりしてたもんな。
「タクト様。見慣れない汁物が並んでいますが、これはなんでしょう」
「それは味噌汁だ。塩漬けにした発酵豆をすり潰して、だし汁に溶いてある。白米に必須の飲み物といって、過言ではない」
そこの味見番、よだれが垂れそうになってるぞ。まるで上人版のシトラスじゃないか!
「タクトの作る料理に、間違いはないのじゃ。姉上殿も食べてみるのじゃ」
「水麦を口にするのは不安だけど、豆じゃないから食べてみるの」
ベルガモットとマツリカが食べ始めたのを見て、ナスタチウムたちも炊き込みご飯をスプーンですくう。っておい、もう食い終わったのかサフラン。無言で茶碗を突き出すなよ。仕方がない、お代わりをよそってやるか。
「今日の炊き込みご飯も美味しいのじゃ。それに妾の好きな甘いだし巻き卵もあって、嬉しいのじゃ」
「確かに薄味のご飯と、塩気のあるミソシルはよく合います。不思議な食感の白い塊に味がついていないのも、よく考えられた組み合わせかと」
味噌汁もお代わりするのかよ。サフランって、かなり健啖家だな。
「前の料理番が作ったことのある水麦料理と、ぜんぜん違うの」
「(書き書き)【変な匂いもしないし、食感がすごく不思議】」
「ベルちゃんとマツリカの話を聞いても半信半疑だったけど、ちょっと驚いたにゃ」
受け入れられそうで何よりだ。俺はイノンドさんと拳を突き合わせる。
こらサフラン、そんな目で空いた皿を見つめるんじゃない。ほれ、だし巻き卵のお代わり持っていけ。
「水麦でパンも作れるぞ。昼はそれを出してやろう」
「パン食べられるの!?」
「ナスタチウム姉上殿の夢が叶うのじゃ。水麦パンは食べたことがないから、妾も楽しみなのじゃ」
生米から作るパンは、前世でも挑戦したことがあるからな。食パン風に焼いてサンドイッチを作ってやろう。マヨネーズの力、思い知るがいい!
◇◆◇
政務の合間を縫ってラムズイヤーの部屋へ集合する。御殿医も匙を投げたという彼女の失語症。ミントとベルガモットの力で治療できるだろうか……
「まず断っておくが、これから見せる力を政治的に利用しないと、約束してくれ。もしそれを破るようなことがあれば、俺たちは二度とアインパエに協力しない」
「タクトがこの国を見捨ててしまったら、妾もスコヴィル家を捨てるしかないのじゃ」
「その時は私がベルガモット様をお支えします」
「水麦のご飯、もっと食べてみたいの」
昼にパンを食べたときは涙ぐんでたし、ナスタチウムはすっかり水麦の虜だな。アレルギー持ちの苦しみは、俺もよく知っている。これまで不自由してきたぶん、食の楽しみを知ってもらわねば。
「水麦を使ったレシピは無数にある。食材と一緒に炊いたりパンにするだけでなく、煮込んだおかずを上からかけた丼ものや、炊いた水麦を炒めて作るチャーハン、具材を中に詰めて握ったりする食べ方もあるぞ」
「また、ちらし寿司を作って欲しいのじゃ」
「爆弾おにぎりって、中に色々な具を詰め込めるから、食べてて楽しいよね」
「ミントはタクト様のオムライスを食べたいのです」
「ライスバーガーも美味しいですよ。焼肉やキンピラ、てりやきコッコ鳥とか焼き魚、様々な味が楽しめます」
「……ヒゲナガ天丼に勝るものなし」
「水麦のお煎餅は、パリパリとしてて美味しいわ。焼けた黒たまりの煮汁が香ばしくて、ついつい止まらなくなっちゃうの」
「うぅっ、全部食べてみたいの」
「ナスタチウム姉上殿も、妾と一緒に来ればいいのじゃ」
こら、勝手に誘うな。ナスタチウムはスコヴィル家の長女だろ。アンゼリカさんの顔が、とんでもないことになってるぞ。
「このままだと娘たちが全員、タッくんに付いていきそうな気がするにゃ!」
「(書き書き)【私はお母さんのそばにいるからね】」
「私の味方はラムちゃんだけにゃぁぁぁー」
「一家が離れ離れにならないよう、約束を厳守してくれ」
「もちろんタッくんの不利益になるようなことは、絶対にしないにゃ。もしそんな事をしたら、カラミンサ様に燃やされてしまうにゃ……」
おいおい。俺の祖母は気に入らないことがあったら、所構わず火をつける放火魔なのか?
炎覇のギフト持ちにはどう転んでも勝てないし、会うのが怖くなってしまう。
「とりあえず適度に緊張もほぐれたようだし、始めるとするか」
「(こくり)」
「最後におさらいするぞ。ミントに発現した治癒術は人が持つ身体機能を、本来の状態へ戻す力がある。だから怪我が治るし、骨折しても元通りに復元してしまう」
学園長にも協力してもらい、古文書を片っ端から読み漁った。そこで俺は一つの仮説を立てる。治癒術は因果にも影響を及ぼすのではないかと。
つまり治療や巻き戻しではなく、怪我自体をなかったことにするのだ。もしそれが正しいのなら、ラムズイヤーが過去に受けた負傷を、帳消しにできるかもしれない。
干渉力がどれくらいあるのか、その点に関してはまだ不明。なので効果を最大限に伸ばすため、ベルガモットに協力してもらう。
「これまで何度も使ってきたが、人体に悪影響を及ぼしたことは一度もない。むしろ細かい不調もまとめて治してしまうくらいだから、安心してくれ」
「怪我の後遺症で曲がりにくくなっていた、メドーセージ様の腰も改善したですよ」
「妾とミントで治療してやったのじゃ」
「ベルガモットに発現したスキルは、術の力を増幅させる。それを加味した場合、現時点で判明している治癒術の効果範囲は、およそ二十年ほど。つまりラムズイヤーの年齢と同じだ。過去の怪我が影響しているのなら、快癒する見込みは高い」
もし精神的な要素が絡んでいたとしも、治ると信じ込ませてやれば、改善するきっかけになる。これくらい念を押しておけば良いだろう。
「そんなでたらめな力を使って、ベルちゃんや従人に負担をかけにゃいの?」
「ちょっと腹が減るくらいだから、心配しなくてもいいぞ」
「タクトのレシピを渡して、サフランにおやつ作りを頼んでおるのじゃ」
昼に出したパンを食べ、水麦のポテンシャルに気づいたらしい。あれだけ旨い菓子を作れるんだ、きっと俺より上手に活用してくれるはず。
「説明は以上だ。二人とも準備を頼む」
「申し訳ないですが、頭を触らせてくださいです」
「(こくり)」
ラムズイヤーの前にミントが立ち、その後ろからベルガモットが抱きつく。こうしないと増幅術がうまく効果を発揮しないんだよな。だから戦闘時のブーストには不向きだ。シトラスならベルガモットを背負ったまま、普段と同じように動けると思うが……
「ミントよ、準備は良いな?」
「はいです、ベルガモット様」
〈祝福の波紋〉
ベルガモットの両腕から、光の波が広がっていく。いくつもの波紋が、体の凹凸に沿って流れる。前世で見たプロジェクションマッピングみたいできれいだ。根元から先端に光が走る、うさ耳の辺りが特に良い。
〈癒しの手〉
体内でおきている変化が自覚できるのか、ラムズイヤーの体がブルリと震えた。心配そうに覗き込むアンゼリカさんや、祈るように見つめるナスタチウムへ微笑みかけているので、おそらく大丈夫だろう。
いつもより長い時間をかけ、ミントの治療が続く。やがて目を開き、ラムズイヤーの頭から手を離す。
「これで大丈夫だと思うです」
「体になにか違和感はないか?」
「(ふるふる)」
「どう……ラムちゃん? 喋れそうかにゃ」
「……ゥ………。……ォ……ヵ……………ァ……コホッ、コホッ!」
「無理はするな。今までずっと発声器官を使ってなかったんだ。時間をかけて、少しずつ声を出せるようになればいい。ほら、飴でもなめておけ」
俺から受け取った飴を口に入れ、小さく息を吐くラムズイヤー。そして再び見上げてきた瞳は、涙でうるんでいる。たしかに今、ラムズイヤーの口から、お母さんという言葉が出そうになった。つまり失語症の治療に成功したという証。あとは時間が解決してくれるはず。
ちらりとアンゼリカさんの方を見たら、滂沱の涙を流していた。顔に涙の川が二本できるとか、漫画のキャラクターかよ!
まあ子の幸せを願う母の気持ちが、決壊したってところだろう。
とにかくナスタチウムの食事問題、そしてラムズイヤーの失語症。そのどちらも解決の道筋が見えてきた。これでベルガモットへ集中していた責務が軽くなる。そして全員で政務に当たることができれば、アンゼリカさんの負担も減っていく。
ここまでは上出来だ。今夜は頑張ったミントとベルガモットを、褒めまくってやるとするか……
新しい出会いに向け物語が動き出す。
そしてマジックバッグに秘められた、さらなる秘密も……
次回「0192話 魔道具工房」をお楽しみに!