0189話 ユーカリの夢
誤字報告、いつもありがとうございます。
ついカッとなって、全員のしっぽを洗ってやった。後悔はしていない。というか、我が人生に一片の悔い無しって感じかもしれん。
いやいや、俺はまだ十六歳だ。ここで大往生しても、悔いが残りまくる。一回だけで満足しているようでは、モフリストとしての名折れ!
そんな決意をしつつ、すっかり冷えてしまった体を温めるため、再び湯船の中へ腰を下ろす。
「まさかシトラスもしっぽを洗わせてくれるとは思わなかった」
「ボクはキミと会ったその日に、好き放題体をもてあそばれるんだ。一回も二回も変わらないと思っただけさ。それに拒否したところで、無理やりヤるつもりだったんだろ?」
「無理強いはしないが、一晩中グチってたかもしれん」
「ほらね、そんなことだろうと思った。せっかく船旅が終わったんだし、ボクは美味しくご飯を食べたいんだよ。キミのグチを聞きながらなんてゴメンだね」
「今日は非常に気分がいい、晩飯は任せておけ」
お湯の中で盛大にしっぽを揺らしやがって、相変わらずうい奴め!
少しだけ厨房を覗いてみた限り、食材もある程度用意されていた。こっちの食材に慣れるため、今夜はそれも使って、旨いものを作ってやろう。
「それにしても、温泉っていいわね。お肌の感じがいつもと違うわ」
「温泉のお湯には、様々な成分が溶け込んでいる。その内容によって美肌効果があったり、怪我や病気に効いたりもするんだ」
「お腹の奥が熱くなってくるのも、温泉の効能でしょうか」
それは違うぞ、ユーカリ。さっきドサクサに紛れて、俺の背中をタオル以外のもので洗ってただろ。あんなことをしたから、体が昂ぶってるだけだ。
「……あるじ様の肌、いつもよりツルツル」
「コハクさんの毛も、輝いてるです」
「キュキューイ」
シナモンが正面から抱きついてきたので、背中を撫でてやる。虐待でできた傷もきれいに消え、ツルツルスベスベになった肌が手に吸い付く。どうやら船旅の間にできなかった触れ合いを、取り戻そうとしてるっぽい。シナモンの甘えっぷりが、いつも以上だ。
「そういえばさっきの話じゃないけど、キミの体も夏よりたくましくなってるね」
「ある程度は鍛えないと、森の中でお前たちについていけないからな。一緒に筋トレや走り込みをしてたら、体つきが変わって当然だ」
「今のタクトって、両胸のくぼみが寝るときにちょうどいいの。以前よりもぐっすり眠れるようになったわ」
大胸筋だけでなく、腹筋もしっかり見えるようになった。とはいえ、細マッチョと呼べるほど、鍛え上げてるわけではないが……
「腕の筋肉も張りがあって、すごく素敵です」
人の腕を取って、どこへ持っていこうとしてる。そんなところで挟むんじゃない。それ以上やると、シトラスに怒られるぞ。後でたっぷり可愛がってやるから、もう少し我慢しろ。
「それより、せっかくアインパエまで来たんだから、やっておきたいことがある」
「森の攻略だよね? 船旅でなまったカンを取り戻したいから、行くなら早く行こうよ」
変な刺激を与えないよう、ユーカリに拘束された腕をそっと引き抜く。そんなに残念そうな顔をするな。寝る前の風呂に誘ってやるから。
「それも大事だが、もっと優先的なことだ」
「カラミンサ様に会いに行くことです?」
「それはもう少し落ち着いてからにしようと思ってる。ナスタチウムの小麦アレルギーと、ラムズイヤーの治療に目処をつけてからの方がいいだろう」
「旦那様が最優先とおっしゃるのですから、わたくしたちに関することでしょうか?」
正解のご褒美をやらねばなるまい。俺は引き抜いた手で、アップにした髪から顔を出す、大きな耳をモフってやる。しっとり濡れた内耳の毛は、独特の触感だな。
「実はみんなのマジックバッグを作ろうと思ってな。せっかくなのでオーダーメイドしてみたい」
「……あるじ様と、一緒のがいい」
「ボクは動きの邪魔にならない、小さいのがいいな」
「ミント、可愛いのが欲しいです」
「シナモンとシトラスはポーチ型だな。あとでデザイン画を描くから、ミントはその時に色や形を決めろ」
あれこれ話し合った結果、ユーカリは巾着袋型、ジャスミンは首から下げるタイプに決まった。夕食が終わったら、絵を描きながら細かいところを詰めよう。
「私の分も作ってくれるのは嬉しいんだけど、お金は大丈夫なの? マジックバッグって、すごく高価なんでしょ?」
「ワカイネトコの研究所に、フリーズドライ製法と超音波粉砕法のパテントを売っただろ。あれにとんでもない値がついてな。タウポートンの一等地に屋敷を持てるほどの金が、転がり込んできた」
「どっかに家を買う気はないのかい?」
「管理を任せられる上人に、心当たりがないんだよ。個人宅でも頻繁に家を空けていると、文句を言うやつがいるからな。希少な乾地を無駄に独占するのが、気に入らないらしい」
そして俺たちには秘密が多すぎる。いくら優秀で口が固くても、こっちの価値観に馴染めるかは別問題。今のところ家を任せられる候補は、ニームくらいか。しかし学生のうちは無理だ。
「ミントはお家がなくても平気なのです」
「私もタクトとみんなが一緒なら、家なんていらないわ」
「とりあえずみんながいれば、これから先も金に困ることはない。持ち家はもう少し年を取ってから考えよう。それならお前たちのためにパーッと使って、こっちの経済を回してやるほうが、アインパエのためになる」
「わたくしも旦那様のお考えに賛同します。家を維持していくのは、なにかと大変なことが多いですから」
さすが元伯爵家で生まれただけはある。きっと俺たちには想像もつかない、苦労があるに違いない。一定以上の家を管理するには、ベテランの家令が必要になるくらいだしな。
「そろそろ上がって飯にするぞ。そのあとマジックバッグのデザイン会議だ」
温泉宿につきもののアレも用意しているし、みんなに着せてやろう。それで俺の目を楽しませるがいい!
◇◆◇
あーでもな、こーでもないと描きまくった結果、ミントのサコッシュが一番凝ったものになってしまった。ウサギの留め金とか、ハートのナスカンとか、やりすぎたかもしれん。工房で職人と相談せねば……
「このユカタって服、楽に着られていいね。これからボクの寝間着は、これにしようかな」
「浴衣姿のシトラスも魅力的だが、服の裾をそっと持ち上げるしっぽが見られないのは寂しい。浴衣は特別なときだけにしてくれ」
コラ、そんな目で見るんじゃない。今までずっと俺のシャツを寝間着にしてきただろ。あの絶景を俺から奪おうというのか、この人でなしめ!
「ミントはタクト様とお揃いで、嬉しいのです」
「夏になったらもう少し薄手の浴衣で、海へ夕涼みに行くとか良いかもしれんな。今年も運動会に参加するためゴナンクへ行くし、揃いの浴衣を着て一緒にでかけてみるか?」
「すごく楽しみです!」
夏祭りや花火大会でもあればいいのだが、そういった催しはこの世界にない。魔法で花火を再現しようにも、大規模な事象改変が苦手な俺では無理だ。炎色反応を魔術で再現するのは不可能だから、出来るとすればニームだけ。マジックバッグを手土産にすれば、少しくらいは協力してくれるはず。
「……ご飯、食べにくい」
「腕を伸ばすときに、袖がじゃまになるからな。明日は食事のときだけ、たすき掛けにしてやろう」
袖を留めるバンドや袂クリップを作っておくか。シナモンだけでなくシトラスやミントも、少々危なっかしかったし……
「こんなに小さなユカタ、よく作ってもらえたわね。羽織を重ね着しても、飛びにくくならないわ」
「シトロネラさんが紹介してくれた人に、お願いできたおかげだ。さすが元凄腕服飾職人の愛弟子。支払った金額以上の出来に仕上げてくれている」
高価な一点ものしか作らない、一見さんお断りのハイソな職人かと思いきや、とても庶民的な人だった。とはいえ、依頼料は一般的な相場より、かなり高い。まあこの出来を見れば、納得の価格設定だが。
その腕を見込んで、セーラー服を発注ずみ。俺たちがワカイネトコへ帰る頃には、出来上がってるだろう。
◇◆◇
あれこれ話に花を咲かせていたら、少し時間が経ちすぎてしまった。温泉の希望者を聞くと、シトラスは面倒だ、ミントはちょっと疲れた、シナモンは眠いと辞退。ジャスミンはユーカリにウインクしていたので、気を使ってくれたっぽい。コハクも空気を読んだのか、ベッドの方へ行ってしまう。
「じゃあ二人で入るか」
「はい。お供します、旦那様」
ユーカリのやつ、むちゃくちゃ嬉しそうな顔をしやがって。今まで我慢していたぶん、思いっきり甘えていいぞ。全力で応えてやる。
周囲に花でも飛び散っていそうな波動を感じつつ、軽く体を流してから湯船に腰を下ろす。少し遅れてヒタヒタと足音が聞こえてきたので、視線を後ろの方へ。長い髪をアップにしたユーカリは、目が合った瞬間に頬を染めた。
「やはり外だと、恥ずかしいですね」
「そんなにきれいな体を隠すなんてもったいない。ほら、早く入ってこい」
大きくてフワフワのしっぽは万能だな! まさか、そんな使い方があるとは……
「失礼します」
やはりいつもと違うシチュエーションは、羞恥心を煽るものらしい。首筋まで赤くなってるし、じっと見るのはやめてやろう。俺も我慢できなくなってしまうから!
そうだ、いいことを思いついた。
「せっかく二人きりなんだから、こっちに来い」
ユーカリの腕を引き、足の間に座らせる。しっぽにボリュームがあるので完全密着は無理だが、この体勢ならお互いの顔を合わせずに済む。何よりモフモフを目一杯堪能できて、俺の幸せ指数が相転移寸前だ。
「ほら、見てみろ。月が綺麗だぞ」
「もうじき満月になりますね」
「その日はベルガモットを露草の館へ呼んでやらないとな」
レベル八十八で俺のギフトにホールドが増えた。接触しないと維持できない力を、離れていても持続させるものだ。コルツフットで実験してみた限り、その有効時間は三時間程度。今のままでは一晩もたない。レベルアップの恩恵が時間延長なら、ベルガモットの不自由を減らせるのだが……
「あっ!? また揺れてますよ」
「本当に地震が多いな。どうなってるんだ、今の北方大陸は」
地震に慣れていないユーカリが腕を掴んてきたので、少し強めに抱きしめる。月明かりに照らされたうなじが色っぽいな。肌に張り付く後れ毛と、流れ落ちる汗のしずくに、目を奪われてしまう。
「息がくすぐったいです」
「おっといかん。思わず見入ってしまった」
「あまり見つめられると、体が熱くなってしまいます」
「すでに温泉より温かい気がするぞ」
地震で昂りがリセットされたのか、俺の方は落ち着いてきた。するとユーカリのドキドキが、自分の腕へ伝わっていることに気づく。ちょうどいい、用意しておいたアレを出してやるか。
風呂道具と一緒に持ってきた箱を引き寄せ、中身を魔法で軽く冷やす。
「少し付き合え」
「これは……お酒ですか?」
「蒸留酒を果実水で割ったカクテルだ。氷を浮かべておいたから、火照った体にはちょうどいい」
めったに酒は飲まないが、今日くらいは楽しもう。本当なら日本酒を飲みたいところだが……
「こんな場所でよろしいのでしょうか?」
「元の世界にはこうして酒を楽しむ文化があって、ここでもやってみたかったんだ。今のところ飲酒に付き合ってくれるのは、ユーカリしかいないからな。心配しなくてもアルコール度数は低いぞ」
「では、頂きます」
コップを傾けると、黄実の爽やかな酸味で喉が潤う。そしてわずかに感じる、アルコールの刺激。
愛するモフモフと温泉に入り、月を見上げながら酒を飲む。最高の贅沢だな!
「ふぅ……美味しいです」
「お代わりはいるか?」
「では、もう少しだけ」
アルコールが入ったおかげで、お互いの調子がいつも通りになってきた。とりとめのない話をしながら、酒と温泉を楽しむ。
しばらくするとユーカリは足の間から抜け出し、隣へ移動してくる。どうやら顔を見られても平気になったらしい。
更に俺の腕へしがみつき、頭を肩の上へ乗せてくる。
二人で出掛けたときに良くやるスキンシップだが、いつもと違うシチュエーションなので新鮮だ。
「また一つ、夢が叶いました」
「せっかく二人きりなんだ、他にも夢があったら教えてくれ。できるだけ協力してやる」
「旦那様の子供がほしいです」
「初代皇帝の逸話が事実なら、なにか方法があるはず。宝物庫へ入れるようになったら調べてみよう」
ただし、ベルガモットと同じ体質の子孫が生まれるリスクを、考えておかねばならん。論理演算師と同じ能力を持った、魔道具でも開発できないだろうか。あいにくそっち方面はど素人なので、専門家に聞いてみるしかないな。
まあ、ギフトの力は神技の劣化版とも言われている。神の力を魔道具で再現するのは、難しいだろう。
なにはともあれ。そうした可能性があったとしても、お互いの夢を叶えるためなら、俺はどこまでも突き進む。裏技、抜け道、なんでもいい。こうして生まれ変わった意味は、そこにあるのだから……
他にも子供の人数や、将来住みたい家、そして老後のことも話しながら、二人だけの温泉を楽しんだ。
テンションが爆上がりする主人公。その理由とは?
次回「0190話 世紀の大発見」をお楽しみに!