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0186話 タクトの要求

 言うだけあって本当に旨いな。カステラというシンプルなお菓子だが、焼き加減といい甘さといい絶妙だ。なにせ肉を食ったときと同じくらい、シトラスのしっぽが揺れている。



「美味しかったよ。作り方を学びたいくらいだ」


「ありがとうございます」



 しかしこのサフランという守護者(ガーディアン)、ほとんど喋らないぞ。さっきから「はい」「いいえ」「どうぞ」しか聞いてない。


 寡黙で目立たない容姿だが、剣の腕はかなり立つとのこと。なにせ戦闘向きのギフトじゃないマツリカを、あそこまで育て上げた剣の師匠だ。指導者としても優れているのだろう。



「タクトちゃんは不敬すぎるにゃ。私は皇帝にゃのに……」


「俺にとってアンゼリカさんは、親戚のおばさんに過ぎないからな」


「タクトちゃんとは初対面のはずにゃのに、どうしてそんな事を言うのにゃ」


「俺の母親はカモミール・シーズニングだからだ」


「えっ!?」



 カステラにプスプス刺していたフォークが止まる。いじけるのはいいが、食べ物で遊ぶなよ。

 そして油が切れた歯車のように、ぎこちない動きで首を回す。



「母上殿。タクトが腰につけているマジックバッグに、見覚えはないか?」


「……あぁーーーっ!! それカモミールちゃんが持ってたやつにゃ!」



 やっと気づいたか。

 俺はマジックバッグの留め金を外し、テーブルの上へ置く。それを手にしたアンゼリカさんは、懐かしそうな顔で抱きしめた。



「カモミールちゃんは今どこにいるにゃ? 一緒に帰ってきたんじゃにゃいの」


「あー……母さんは俺が五歳のときに」


「うそっ!? そう……にゃんだ」



 みるみるアンゼリカさんの目が潤んでいき、テーブルに涙がぽたりと落ちる。くそっ、未成年を泣かせたようで、罪悪感が半端ないぞ。眼の前にいるのはベルガモットの母だと、なんど自分に言い聞かせても脳が拒否してしまう。



「クゥーン」


「にゃぐさめてくれるの?」


「キュッ!」



 初対面の相手にコハクが懐くとは珍しいな。俺が親友の子だと聞き、一気に心を開いてくれたのかもしれない。

 流れる涙をコハクに舐め取られ、アンゼリカさんはくすぐったそうにしながら泣き止む。



「カモミールちゃんは、幸せに生きられたのかにゃ?」


「少なくとも一般人よりは、いい暮らしをさせてもらえた。そして最後は笑顔で旅立っていったよ」



 普通の家庭だったら、俺が五歳になるまで生きられただろうか?

 その点だけは親父(エゴマ)に感謝している。病気になってから、一度も見舞いに来なかったのは、絶許だがな!



「落ち込んでいても始まらないにゃ。詳しいことは後で小一時間ほど問い詰めるから、覚悟しておくにゃ。お菓子も食べ終えたことだし、まずは報告を聞かせてもらうにゃ」



 こうやってすぐ切り替えられるあたり、やはり責任ある立場にいる大人だ。そしてそんな姿を見るたび、俺の脳が盛大にバグっていく。


 やはりアインパエという国は恐ろしい。こんな強敵が待っていたとは……



◇◆◇



 各所から預かってきた書類を読み終え、アンゼリカさんが大きく息を吐く。そしてちょっと疲れた様子で、ズレた眼鏡の位置を直す。小さくて丸い鼻眼鏡とか、更に属性を重ねやがって。九歳で教師になった天才魔法少年かよ。



「概要の報告は届いてたけど、たしかに詳細はここでしか明かせないにゃ」


「外遊を失敗させたい勢力にとって、都合の悪いことばかりだからな。街の有力者や流星ランクシューティング・スターの権力を使って、かなり厳格な情報統制をしている。明日にはそれも解かれるから、スパイ活動をしてた連中も慌てるだろう」


「下手に成果が知れ渡ってたら、どんな妨害を受けてたかわからないにゃ。すごくいい判断だったにゃ」


「そもそも今回の南方大陸訪問は、博打要素が強すぎるだろ。なんで許可を出したんだよ」



 いくら皇室外交が他国に対する切り札でも、決して万能じゃない。ある程度お互いの立場が近くないと、どうしても足元を見られてしまう。商売人たちに贈った詫びの品や園遊会、それにゴナンクへ渡した目録だけで、劇的に改善されるとは思えん。


 貨幣価値が暴落している今、アインパエの基盤は脆弱だ。もう少し内政を安定させてからのほうが、成功率も上がっただろうに……



「他の候補者を押しのけて、私が皇帝ににゃったでしょ? だから成果を出せって突き上げが凄いのにゃ。無茶な要求をいくつも飲まされそうににゃって、せめてこれだけでも成功させろって渡されたのが、今回の皇族派遣だったのにゃ」


「それは逃げ道を用意して、逆に追い込むやつじゃないか」


「はい、その通りですにゃ。今回のことは、すごく反省してますにゃ」


「どうせ皇室を解体しろだの、絶対君主制を改めろだの、娘たちを嫁によこせだの言われたんだろ」


「この子、察しが良すぎるにゃー」



 中央図書館セントラル・ライブラリーへアクセスする鍵という、世界の最高機密を握っている以上、皇帝に権力が集中していないとまずい。ホントめんどくさい事になってるな、今のアインパエ帝国は。


 とりあえず最悪の事態になったときは、メドーセージ学園長の力でベルガモットを保護もらえるよう、秘密裏に依頼していたそうだ。短期留学を公務に組み込んだのは、そんな理由もあったのか。



「だいたい状況は掴めてきた。悪いのは元老院だな。よし、今から潰そう」


「待つにゃ、待ってほしいにゃ! ちゃんと内偵を進めてるから、いきなり力に訴えるのは勘弁してくださいですにゃ」


「たったこれだけの会話で、タクトはどうしてそこまで判ってしまうのじゃ……」


「この子、秘書官に欲しいにゃ。ダメかにゃー、ベルちゃん」


「タクトは(わらわ)守護者(ガーディアン)なのじゃ。いくら母上殿のお願いでも、聞き入れられんのじゃ」



 俺としてはとっとと片付けて、温泉を堪能したり森を攻略したり、アインパエを満喫したいんだよ。まあ独裁者の恐怖政治なんて先が見えてるし、ここは現皇帝の指示に従っておこう。



「とりあえず報告書の補足説明を始めるぞ。聞きたいことがあったら言ってくれ」


「にゃんかもう、外交官の仕事がほとんど無くなってる気がするにゃ」


「大まかな条件は引き出しているが、条文の作成をして条約を締結せねば、なんの効力も発揮しない。その辺を上手くやってくれないと困る」


「えっとテッチリ家から、多額の賠償金が振り込まれてるんだけど、それはにゃんで?」


「テッチリ家はコルツフットと裏取引をしててな。ベルガモットを誘拐しようとした時にも、潜伏場所を提供していた。当然そんな不祥事は、街の名士であるアンキモ家の耳にも入る。園遊会を共催(きょうさい)した当主の顔に、泥を塗るところだったんだ。元侯爵(こうしゃく)程度の家が(かな)うわけない。既にタウポートンからテッチリ家の名は、消えてしまいましたとさ」


「うにゃっ、すごく悪い顔してるにゃ!」



 おとり捜査で故意に捕まったとはいえ、ユーカリをあんな目に合わせたんだぞ。徹底的に追い詰めないと、俺の気が収まらん。だから真っ先にアンキモ家へリークしてやった。


 土地と建物ごと俺かベルガモットにという話も出たが、そっちは辞退。代わりに賠償金へ上乗せすることを要求している。



「宝物庫から盗み出されたものも、大部分の買い戻しが完了した。コルツフットから回収した金と賠償金で賄えるはずだ。残りは皇室の予算にでも組み込めばいい」


「タッくんへの報酬はどうするのにゃ?」


「いま欲しいものは二つ。貸し切りにできる温泉宿と、皇家で所蔵している書物の閲覧許可だ。それをなんとかしてくれるなら、金銭を要求するつもりはない」


「この成果に対する報酬には、とうてい釣り合わないにゃ。他にもなにか考えておいて欲しいにゃ」


「過度に気にしすぎると、取り返しのつかないことになるぞ。この先も貸しは増え続ける予定だからな」



 ベルガモットの体質を緩和できること、姉たちの問題に終止符を打てるかもしれないこと、その辺はまだ話をしていない。あれこれ協力してもらうから覚悟しておけ。



「この子を敵に回したら、いけない気がしてきたにゃ。とにかくそっちの要求はわかったにゃ。温泉宿にゃんだけど、皇居にある露草の館(つゆくさのやかた)を貸してあげるにゃ」


「妾が好きな大池の近くにある、離れ座敷なのじゃ。大きな露天風呂があるから、きっとタクトも喜んでくれるのじゃ」


「それはありがたい。是非お願いするよ」



 ユーカリのやつ、小さくガッツポーズしてやがる。以前からの約束だし、一緒に温泉を楽しむとしよう。



「宝物庫への入室許可は、少し待って欲しいにゃ」



 許可自体は下りるようだから、まったく問題ないぞ。滞在場所が決まっただけでも、ありがたいからな。しかも皇居の中で暮らせるなら、わざわざ通わなくてすむ。


 とにかくこれからのことを話し合って、まずは一休みしよう。みんなも長旅で疲れているだろうし。


次回は視点を変え「0187話 取り戻した笑顔」をお送りします。

アンゼリカサイド、ベルガモットの姉妹たち、そして……

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