0185話 舌戦
猫の日(2月22日)記念投稿w
コハクとベルガモットのおかげで、シトラスたちも馬車に乗ることができた。走って付いてこいとか言われたら、俺はブチ切れて銃を乱射していたかもしれん。感謝の気持を込めて、ベルガモットを膝に乗せてやる。
「どうしたハットリくん、なにか言いたいことでもあるのか?」
「ハットリくんと呼ぶのはやめるでござる。なぜか穴の空いた長細い食べ物が、頭に浮かんでくるでござるよ」
やはりアインパエには、南方大陸にない異世界の文化が伝わっていそうだ。皇居にある蔵書を、なんとしても読んでみたい。
「名前を聞いてないんだから仕方ないだろ」
「フランキンセンスでござるよ。コードネームでござるがな」
「そんな呼びにくい名前をつけるなよ。面倒だから、やっぱりハットリくんで」
「どうしてでござる!」
「俺の中では家名にハットリが付くと、ハンゾウとかシュウゾウみたいに、名前の最後にゾウが付くんだよ。なのになんでフランキンセンスなんて、長ったらしい名前にしたんだ」
「なっ!? どうして真名を知ってるでござる」
ヤバいなアインパエ、妙に日本の文化が根付いてるぞ。こんな国だったとは知らなかった。過去にどれくらいの転生者や転移者が、この地を訪れたのだろう……
「隠密は物事に動じないよう訓練しておるのだが、タクトにかかれば台無しなのじゃ」
「……おほん。そうでござった。拙者まだまだ未熟でござる」
「経験を積めば、自然とメンタルは鍛えられていく。まだ若いんだし、これからどんどん成長すると思うぞ」
「拙者より年下の貴殿に言われるのは、妙に納得できないでござるよ……」
まあ俺は転生者だしな。前世ではクライアントの無茶な要求を、聞き続けていたんだ。しかもアレルギーのせいで、ストレスフルな日々を送っている。そんな毎日を繰り返していれば、強制的に鍛えられるというもの。
「タクトはメド爺に気に入られるほどの男だから、常識という枠では測れんのじゃ」
「それでベルガモット様を、抱っこしてるでござるか」
「ちょうど窓の高さになるし、沿道に集まった民衆へ手を振りやすいだろ?」
「うむ。座ったまま顔を見せられるので、楽ちんなのじゃ」
「マツリカ殿はなにも言わないでござるし、南方大陸で一体なにがあったでござる」
まあ色々あったんだよ。ハットリくんが、どこまでの機密レベルに触れられる立場か、まだわからない。だから馬車の中で話せるのはここまで。詳しい経緯は皇居についてからだ。
◇◆◇
大きな堀にかけられた橋をわたり、周囲を取り囲む大垣の中に馬車が入っていく。皇居といっても城や宮殿のように、荘厳な建物があるわけじゃない。大小様々な建築物が点在し、自然を多く残した緑豊かな場所だ。広くて隠れる場所も多いし、警備担当の苦労が偲ばれる。
「趣があっていい場所だな」
「ちと殺風景なのが玉に瑕なのじゃ」
「それがいいんじゃないか。調和を保ったままシンプルにまとめ上げるのは、意外と難しんだぞ」
「やはりタクトの感性は面白いのじゃ」
建物は質素な造りの平屋と、二階建てのものが数軒あるだけ。植えられた木々で上手く隠れているので、圧迫感というものが全くない。ごちゃごちゃと建物が乱立している、街なかとはずいぶん印象が違う。ちょっと侘び寂びに通じるものがあるな。
「右奥に見える建物が白羽院でござる。言いつけどおり、人払いは済ませているでござるよ」
あれが政務を行う、いわゆる表御殿か。その奥にあるのが、ベルガモットたち皇族が暮らす、奥御殿にあたる青の御所。他には歴代の皇族が眠る蒼天宮や、宝物や書物の収蔵場所である碧御倉などがあるはず。
ベルガモットに聞いた名前を思い出していたら、馬車が白羽院に到着した。
さて、いよいよ皇帝とご対面だ。
「入口で待ってるのは姉か?」
「いや、あれが母上殿なのじゃ」
ちょっと待て。あれはどう見ても十代だろ。身長は中学生くらいだし、五人の子供がいる母親とは思えん。ただし一部はとんでもないがな……
ユーカリより大きいぞ、あれ。
「お連れしたでござる、アンゼリカ陛下」
「ご苦労さまにゃー」
「ただいまなのじゃ、母上殿」
うーん……会話を聞く限り、母親で間違いないらしい。
俺は色々突っ込みたい感情を、なんとか抑え込む。
「おかえりにゃ、ベルちゃん。お母さんすっごく心配したにゃ! 無事戻ってこられて、良かったにゃ」
「聞いて欲しいのじゃ、母上殿。妾、赤根を食べられるようになったのじゃ!」
「それは凄いのにゃ! 中でお話を聞かせてほしいにゃ」
納得できない気持ちを抱えながら、俺たちも建物の中へ入る。案内されたのは分厚い扉がついた、会議室のような場所だ。ハットリくんは扉の前で待機か。そこを任せられるというのは、かなり信頼の厚い隠密なんだろう。
近衛っぽい連中は建物の外で警戒していたし、死角になった場所にも上人や従人がいた。しかし守護者らしき人物が見当たらないぞ。まだ素性を明かしていない俺がいるのに、皇帝を守らなくてもいいのか?
「母上殿の守護者はどうしておるのじゃ?」
「サフランちゃんは、お菓子を作ってるにゃ。もうじき出来ると思うにゃ」
「それは楽しみなのじゃ! サフランのお菓子は絶品だからな」
まあ、お菓子を作ってるのなら仕方ないよな。護衛より優先されることではないと思うが、きっと娘のためなんだろう。
「それより……この子がベルちゃんの守護者にゃ?」
「そうなのじゃ。同性を選ぶのは明文化された決まりではないゆえ、男でも問題なかったと思うのじゃが……」
「それは確かにそうにゃんだけど、マツリカはどう思ってるにゃ?」
「ベルガモット様の守護者は、タクト様以外に考えられません」
「マツリカがそこまで言うなら、認めてあげるにゃ。だけど、さっきからずっと睨まれて、すごく怖いにゃ」
それは言いたいことが山ほどあるからな!
「ミントよ。タクトのあれは、どんな顔なのじゃ?」
「ここへ到着してからずっと、なにかを我慢されてるみたいなのです」
「きっと言いたいことが、あるんじゃないかな。間違いなく碌でもないことだけどね」
シトラスも俺の気持ちが読めるようになってきたじゃないか。今夜はご褒美にブラッシング三倍の刑だ。
「旦那様のお気持ち、少しだけわかる気がします」
「まあ私も確かめたいことが色々あるしね。きっとタクトも同じだと思うわ」
「なにかあるなら言っておいた方がいいのじゃ。不満を抱え込んだままだと、報告にも影響が出てしまうのじゃ」
「ベルガモットがそう言うなら、ぶちまけさせてもらおう」
俺は一旦言葉を切り、大きく深呼吸する。
「なんで猫語で喋るんだよ! 妙に似合ってるから、さらに腹が立つ。やるなら猫耳カチューシャをつけて、しっぽをプラグインしてからにしやがれ。シナモンでも時々しか言わないんだぞ!」
「……あるじ様、私もにゃーって言ったほうが、いいにゃ?」
「いや、シナモンは今のままでいい。時々出るから可愛いんだ。いつもニャーニャー言ってたら、有り難みが薄れてしまう」
「にゃんか酷いこと言われてるにゃ!」
「そもそもベルガモットの母親は長寿種なのか?」
「待たぬかタクト。母上殿は普通の上人なのじゃ」
「どう見ても普通じゃないだろ、下手すると合法ロリなんだぞ。しかもロリ巨乳でアホ毛付きのピンク髪とか、属性盛り過ぎも甚だしい! 縦セーターのメガネっ娘にして、Π/させるぞこのやろう」
「にゃーん、なに言ってるかわからないにゃー。そもそも私だって言いたいことが、いっぱいあるにゃ。なんなのにゃ、見たことにゃいレア従人ばかり連れて! しかも有翼種とか、ツッコミどころ満載にゃ。それに霊獣を肩に乗せてるから、初代様に怒られてるみたいな気になってしまうのにゃーーー」
ハートや星のついたステッキをもたせ、魔法少女のコスプレをさせたい。ちょっと創作意欲が湧いてきたぞ。
頭の片隅でそんなことを考えつつ、互いに思ってることを吐き出す。俺たちの言い合いは、サフランがお菓子を持ってくるまで続いた。
そして報告会へ。
「0186話 タクトの要求」をお楽しみに。
(3連休中は毎日投稿できそうです)