0184話 ドアッガ港
作中で地震が何度も発生します。
書き上げたのは去年なので、まさかこんな事になるとは思ってませんでした。
しばらく投稿を自粛してましたが、「特級精霊」のほうが完結したので、こちらも再開したいと思います。
もうじき陸地が見えると告げられ、甲板まで出てきた。遠くの方に見える黒い線がそうだろうか。
とりあえず無事に到着できそうで何よりだ。俺の感覚だとこの船は、遠洋マグロ漁船程度の大きさしかない。居住性はイマイチだし、大きな波で転覆しそうな恐怖が、常に付きまとう。でもこれが、この世界だと普通なんだよな……
大型客船とまでは言わないものの、フェリー程度の大きさがあればと、なんど思ったことか。最悪やばそうな時は、ユーカリの魔術でなんとかなるとはいえ、特別な事情がない限り二度と使いたくない。アインパエについて落ち着いたら、森の攻略を最優先でするぞ!
「……あるじ様、寒い」
「ほれ、ここに入ってこい」
コートの前を開けてやると、シナモンが潜り込んでくる。そのまま顔だけ出るように、ボタンを留め直す。
「ねえ、タクト。私も服の中に入れて」
「ああ、いいぞ」
ジャスミンのやつ、肌着の中に入ってきやがった。羽毛が直接肌に触れて、気持ちよすぎるだろ。
「キミだけコハクを首に巻いてるの、ズルくないかい?」
「あきらめろ、これは契約主の特権だ」
「クゥーン」
「代わりにマフラーを作ってやったじゃないか。それ、かなりいい生地を使ってるんだぞ」
「フワフワでとても気持ちいいのです」
「薄い生地なのに、すごく暖かいですよね」
獣人種のケモミミは、何かで覆ったりできない。フードとか被れないから、使える防寒具はマフラーくらいだ。北方大陸へ近づくに連れ、風がどんどん冷たくなってきた。大きな耳を持つミントやユーカリは、特につらいだろう。
「痛くなるくらい冷えてしまったら言ってこい。遠赤外線ドライヤー魔法で温めてやる」
「……あるじ様、暖かい。ドライヤー最高。もっとやって」
「ミントはここがいいです」
背中に回り込んできたミントが、ギュッと抱きついてくる。俺を風除けにするとは、なかなかいい度胸じゃないか。今夜はそのうさ耳を心ゆくまでモフってやるからな。覚悟しておけ。
「では、わたくしはここをキープです」
「シトラスはどうする? 右腕はまだ空いてるぞ」
「ボクは寒いの平気だから、くっついたりしないよーだ」
あっかんべーをしたシトラスが、しっぽを揺らしながら離れていく。こうして誘ってやらないと拗ねるくせに。ホント、可愛いやつだ。
「ならば妾がタクトの右腕を、いただくのじゃ」
「ここまで密集すると、かなり違うな。冬将軍も裸足で逃げ出す暖かさだ」
「旦那様。フユショウグンとは、どのような方なのですか?」
「シベリア寒気団という軍隊を率いている指揮官のことだ。とある皇帝が、奴の出す冷気に負けて、敗退したこともある」
「そんな人が出てきたら、タクト様にギュッとしがみつくです」
「私もタクトの服に隠れるわ」
「妾たちは冬の寒さに負けたりせんのじゃ」
「フユショウグンくらい、ボクが倒してあげるよ」
前世の話だし色々混ざっているが、気にしたら負け。ときどき虚実とりまぜて地球の話をするから、みんなもわかってるだろうし……
少しの間だけでも寒さを忘れて盛り上がれれば、それでいい。
「相変わらず、仲がいいアルね。でもいいアルか? 皇女殿下があんなことするアルのは……」
「お相手がタクト様なら問題ありません。なにしろ、ベルガモット様にとって一番安全な場所が、あそこなので」
「側付きがそう言うならいいアルが、少しは自重してほしいアル。狭い空間でイチャイチャするアルから、船員たちが何度も胸焼けで倒れてるアル」
チャーター便の運航に関わるベテラン船員が、どうして船酔いするのか疑問だった。なるほど、胸焼けで体調を崩していたのか。だが自重はしないぞ。かわいいシトラスたちに触れないと、俺のほうが倒れてしまうからな!
「コイツに何を言っても無駄さ。ボクたちが近くにいないと、死んじゃう病気だからね」
「こんど同じ依頼が来たら、運搬船の船長をやってる弟と、代わってもらうアル……」
えっ……ちょっと待て、あのときの船員じゃなかっただと!?
なんてこった、全く気づかなかったぞ。
「なんだ、双子だったのか」
「違うアル。六つ子アルよ」
船長職が二人、港湾職員が一人、警備兵が一人、商店主が一人、もう一人は大きな商会の婿養子になったらしい。自称フランス帰りのコルツフットと、いいコンビになれるかもしれん。
◇◆◇
船員たちが忙しく動き回り、接岸の準備を進めている。岸壁の方には数台の馬車と、兵士っぽい一団。彼らは港に殺到している見物客を、足止めしているんだろう。この様子を見る限り、今の政権はそれなりに支持されているようだ。
しかしコハクが周囲を警戒し、小さな唸り声を出す。
「やはり監視されているな。ここで仕掛けてこないと思うが、警戒は怠るなよ」
船が止まったからって、飛び降りるんじゃないぞシナモン。陸が恋しいのは、みんな同じだからな。俺はシナモンの首根っこを掴み、顎の下を撫でながらタラップの準備を待つ。
「……うにゃー」
「へー、青い絨毯が敷かれてるんだ」
「派手な出迎えは、やめて欲しいのじゃがなぁ……」
「未成年の皇族が単身他国へ行き、無事に帰ってきたんだ。それだけの偉業を成し遂げたからこそ、こうやって民衆に歓迎されている。お前は堂々と胸を張っていればいい」
ベルガモットがタラップの上に立つと、港に押し寄せていた観衆が一気に沸く。そしてその後に出てきた俺たちを見て、どよめきが広がる。安否の報告だけはしているが、外交の成果や守護者については伏せてるからな。見たことのない男と、ユニークカラーの従人たちを見て、驚いたんだろう。
コルツフットを唆したやつがいるとわかった以上、報告は皇帝に直接する。政に関わる元老院や、公安を担う者たちであったとしても、信用できん。
「……あるじ様、まだ揺れてる」
「浮桟橋でもないのに、どうしてだ?」
――ゴゴゴゴゴゴ
長時間揺られ続けていたので、脳が錯覚してるのかと思ったが、そうではない。耳に届く低い地鳴りの音。そして突き上げるような揺れに襲われる。
これは地震だ。この世界で初めて経験したぞ。
「うわっ、なにこれ?」
「グラグラするです」
「岸壁が崩落するんですか?」
「違うわよ、ユーカリちゃん。土地全体が揺れてるわ」
「キュキュキュッ!」
「恐らく地震だろう。すぐ収まると思う」
民衆たちも驚いてはいるが、パニックまでには至ってない。もしかして地震に慣れているんだろうか。北方大陸が地震大国なんて聞いたこと無いんだけどな。
「ふぅ……やっと止まったのじゃ」
「大丈夫ですか、ベルガモット様」
「これくらいなら、どうということはないのじゃ」
「アインパエでは地震が多いのか?」
「増え始めたのは最近じゃな。幸い被害はあまり出ておらぬようだが、原因が分からぬゆえ対処できんのじゃ」
地震の原因といえばプレート運動や活断層、そして火山性地震あたりだろう。温泉が湧いてるくらいだから、マグマ活動は活発なはず。しかしここまで大きな揺れには、ならなかった気がする。俺も専門家じゃないので、これ以上のことはわからんな。
まあいい。誰か近づいてきたし、そっちに集中だ。
「ご無事でござるか、ベルガモット様」
「うむ、大事ないのじゃ」
「ところで、こちらの御仁はどなたでござる」
「タクトは妾の守護者なのじゃ」
「ほほう……そうでござったか」
あんまりジロジロ見るな。コハクが警戒してないからいいものの、鳴き声の一つでも上げられてみろ。さっきからピリピリしてるシナモンが、斬りかかってしまうぞ。
「それで、こいつは誰なんだ?」
「こやつは母上殿の隠密なのじゃ」
隠密がこんな場所にノコノコ出てきていいのかよ。目立たないよう市井に紛れるのが役目、そんなイメージを持っていたのだが。
「コルツフットの近くにいたやつみたいに、寝返ったりしないだろうな?」
「奴らとは流派が違うでござる。一緒にされるのは誠に遺憾でござる」
「そうだったのか。それは悪かった」
「それにしても、いい従人を連れているでござるな。いつ斬られるかとヒヤヒヤしたでござる」
その割に泰然としてるんだよな。かなり腕に自信があるらしい。丸腰に見えても、暗器くらい持ってるだろうし。
「とにかくアンゼリカ陛下が待っているでござる。あちらの馬車に乗って欲しいでござるよ」
「その前に一つ質問をしていいか?」
「拙者に答えられることなら、構わないでござるよ」
「もしかして家名はハットリだったりしないか?」
「よくわかったでござるな」
青いバンダナを頭巾のように巻いているので、つい好奇心に負けてしまった。当たっていたとは驚きだ。
情報収集という点で似てるとはいえ、忍者と隠密は違うものなんだがなぁ……
ベルガモットの母親で、現皇帝のアンゼリカとは?
次回「0185話 舌戦」をお楽しみに。