0182話 クミンのお泊まり会
ミントの頭を膝に乗せ、耳をブラッシングしながら今日のことを話す。暴れムームーを止めるとは、なかなか大活躍だったではないか。研究員のお礼とやらに期待しておこう。ときどき珍しいお菓子とか、もらえるからな。
「ミント、そっちにいなくて良かったのです。タクト様がバカにされたら、絶対ガマンできなかったですよ」
「キミやニームが家のことを話したがらないの、よくわかったよ。アレじゃあ仕方ないよね」
「今度なにかしてきたら、容赦なく燃やします」
「……今夜のナイフ、血に飢えてる」
「精霊たちもすごく怒ってたわよ。いつでも屋敷ごと沈めてあげるだって」
「キュイッ! キュイッ!」
みんなあの状況で、よく我慢してくれたものだ。そして自分のことのように怒ってくれるのが嬉しい。だが、程々で頼むぞ。シナモンはどこかの局長みたいなことを言ってるし……
「ローズマリーの話だと、国内でもかなり白い目で見られてる感じなんだよな。いきなり取り潰されたりしないと思うが、このままだとヤバいかもしれん」
「ねえ、サーロイン家って、どんな事業をしてるの?」
「シトラスはスタイーン国に、大きな森があるのを知ってるか?」
「えーっと……東部大森林だっけ」
「そこは素材の宝庫でな。スタイーン国の才人たちが独占して、狩り場にしてるんだ」
「冒険者は入っちゃダメなの?」
「さすがにそこまで厳格ではないが、才人の嫌がらせを受けることが多くて、あまり入るやつはいない」
長男のやつ、そこで鉢合わせた冒険者を、何人も治療院送りにしてるらしい。あいつもレベルが上って、ギフトの力が強くなってるんだろう。ここ一年くらいの行動は、目に余るんだとか。当然冒険者ギルドは猛抗議。しかしエゴマのやつはこれまでの実績を盾に、全て不慮の事故として処理してしまった。
「そんな事になってたですか。ミント全然知らなかったです」
「問題が表面化し始めたのは、俺たちがジマハーリの街を出てからみたいだしな。そもそも俺だってローズマリーに聞くまで知らなかったよ」
「大森林にはちょっと興味あるけど、そんな話を聞くと行きたくなくなるね」
「スタイーン国を支える産業の一つだから、ギルドに横取りされたくない気持ちは、わからんでもない。しかし限度ってもんがある。もし冒険者ギルドを敵に回したら、国そのものが傾きかねないからな。それでスタイーン国を統治している十六家の一つ、ローズマリーの父親が忙しいんだろう」
サーロイン家はその中に入っていない。エゴマがやたら権力を欲しがるのも、十六家入りしたいからだ。
「サーロイン家が病的なほど魔法にこだわるのは、そうして富を得ているからなんですね」
「さすがユーカリ、病的とは実にいい表現じゃないか。ついでに言っておくとスタイーン国の才人は、従人と協力して狩りとかしないんだよ。従人の役割は囮や肉壁で、倒すのは自分たちの魔法。そんな連中ばかりでな。エゴマはその方向に先鋭化しているから、俺は価値のない人間としか目に映らない」
「……あるじ様と、正反対」
「その通り! 従人を使い捨てにするなど、まったくもって気に入らん」
ささくれだってしまった心を、ミントの耳をモフりながら落ち着かせる。うむ、今日のブラッシングも完璧だな。実にいいモフモフ具合に仕上がった。
「じゃあニームちゃんがタクトの家名になったのって、すごくいいタイミングだったのかもしれないわね」
「確かにそうかもしれんな。最悪のケースだと資産没収の上、従人たちは全て開放。未成年は保護施設へ入れられ、他の一族は加担の有無に関わらず、強制労働って罰もある」
まあ国家転覆とかを企てなければ、ここまでの罰は与えられないだろう。しかし何かしらのペナルティーを受けることは避けられない。そうなればニームのキャリアに大きな傷が付く。
そんな事を話していたら、ニームたちと特別に外泊許可の出たクミンが、風呂から上がってきた。
「体調はどうだ?」
「ニームちゃんがずっと視てくれたから、苦しくなったりしてないよ。でもごめんね、早めにお風呂を上がらせちゃって」
「しっかり温まりましたから、問題ありません。寮ではああして湯船に浸かることって無いですから、十分堪能できました」
ということは、マツリカとベルガモットはまだ風呂の中か。温泉で有名なアインパエ暮らしだからだろう、二人とも長風呂なんだよな。
「タクト様ー。しっぽと髪の毛、乾かしてもらってもいい?」
「もちろんいいぞ。こっちに来て座れ」
膝の上に座ってきたローリエのしっぽを持ち、遠赤外線ドライヤー魔法を当てていく。久しぶりのブラッシングだが、シナモンと異なる手触りは、やはり素晴らしい。
「あれ? なんか前の感じと違う」
「新開発のドライヤー魔法だぞ。気持ちいいだろ」
「うん! しっぽの奥から、ポカポカしてくる」
「兄さんのそれ、三種複合魔法ですか?」
「発熱と風のドライヤー魔法に、目に見えない光を加えている。周波数の設定にコツがいるから、使ってみたいなら魔眼でトレースしてみろ」
「三種複合はまだ自信がないので、もう少し研鑽を積んでからにします」
まあ、たった数ヶ月で複合魔法を使いこなせてるだけでも凄いんだぞ。生まれてまもなく魔法を使い出した俺でも、十年近くかかってるんだからな。
「ねえタクトさん。ニームちゃんの力を、魔力の淀みに使えないのって、なんで?」
「クミンとよく似た症状を引き起こす、魔毒症という病気がある。その名が示す通り、本来無害であるはずの魔力が、変質して体に悪影響を及ぼす。その変質してしまった魔力は、ニームにも干渉できないんだ」
「それを無害化して正常な流れにするには、ローズマリーさんの薬が必要なんです」
「へー、そうなんだ」
「どうして変質するのかは、これから研究を始めるところでな。根本的な原因がわかるまで、クミンには不自由をさせてしまう」
「ううん。こうやってお泊まり会ができるだけでも、私にとっては夢みたいなことだもん。だからみんなには、すごく感謝してる」
どうやらこの子は完全に俺たちの影響下へ、入ってしまったらしい。だから水麦にも忌避感はないし、従人と一緒に風呂へ入るのも平気だ。もちろん自分の食べる料理を、ユーカリが作っていることも知っている。
完全にこちら側へ来てしまったのなら、秘密を漏らす心配は無用だろう。恩人を裏切るような子じゃないのは、ここまでの付き合いで十分わかったからな。
ってことで、ギフトの能力解明も兼ね、クミンに協力を依頼。魔眼による治療を試させてもらった。その結果を踏まえ、俺とニームの出した結論がこれだ。
この病名をつけた、大昔の治癒術師は本当に凄い。もしかしてニームと同じギフトを持った者が、近くにいたんじゃないだろうか。そうでもないと病気の特性を、ここまで明確に表現できん。
「今後の結果次第では、コーサカ研究室が学園から独立して、一つの組織になるかもしれない。そうすれば研究も一気に進むと思うぞ」
「まあ私やローズマリーさんが、卒業してからになるでしょうけどね」
「なんかすごく希望が湧いてきたよ」
さすがに所長の座は辞退させてもらおう。ニームかローズマリー、どちらかに押し付けてやる。
「逃げられると思ったら、大間違いですよ、兄さん」
こら! 人の心を読むんじゃない。
まあいい、ブラッシングの仕上げに集中するほうが大切だ。
「よし、ブラッシングが終わったぞ」
「ありがとう、タクト様」
「あの……私の髪も乾かしてもらっていい?」
「それならついでに、私もお願いします」
「わかった、わかった。まずはクミンからな」
ベルガモットにも頼まれるだろうから、すぐに始めるとするか。女性ばかりだと、俺のやることがどんどん増えていくなぁ……
なにかおかしい気がするぞ。
次回で第11章が終わりです。
「0183話 千里の道も一歩から」をお楽しみに。