0180話 今さら戻ってこいと言われても、もう遅い
「――おっ、お前はっ!!」
目の部分を覆っていた仮面が外れ、タクトの素顔が明らかになる。それを見たエゴマは驚きの声を上げたが、すぐさま怒りの表情へ変わっていく。
「どうしてお前が、ここにいる!」
「どうしても言われてもな。俺は守護者としての仕事をしているだけだ」
「生活魔法しか使えない無能が守護者だと? たちの悪い冗談を言うな」
さっきまで散々持ち上げていたのに、正体がわかった途端これだ。相変わらず他人を評価する基準が、極端でわかりやすい。あまりの急変ぶりに、いっそ清々しいものを感じるタクトだった。
「さっき学園長から色々聞き出してたじゃないか。その資格は十分あると思うぞ」
「どうせ他人を騙して手に入れた地位だろ。まったく小賢しい」
「あら、それは随分な言い草ではありませんこと? タクト室長は、そんなこといたしませんわよ」
才人らしからぬ言動を見かね、ローズマリーが口を挟む。自分たちを才人と呼称し、支配階級の上位に君臨していたとしても、一方的に相手を貶めるのは美学に反する。それは下等とみなす相手に対してでもだ。少なくとも同じスタイーン国で生まれたローズマリーは、そのように教育されてきた。
「ははーん、わかったぞ。さてはプロシュット家に取り入ったな。これだから下賤の者は……」
「なにか勘違いしておいでですわね。逆に私がタクト室長に、助けていただいてるのですけど?」
「属性魔法をろくに使えんハズレギフト持ちが、才人を助けるだと? さすがプロシュット家は、面白いことを言う」
「ご存知ないでしょうから教えて差し上げますが、タクト室長が編み出されたフリーズドライ製法は、一般的な乾燥より素材の劣化を大幅に抑えられますの。そして超音波粉砕法は、薬効成分の抽出を数倍に高めることが可能ですわ。どちらも薬学の歴史を塗り替えるほどの、画期的な発明ですのよ」
おかげで研究所から学園へ、大勢の研究員が押しかけてしまった時期がある。収拾がつかなくなったため、タクトが直接研究所へ出向したのだ。そんなこともあり、タクトとその従人たちは、研究員からの覚えがよい。
「ただの上人が、発明など出来るわけがない。大方、どこかから盗み出したんだろう」
「人を見下す発言は控えてくれないか? さっきから俺の従人がキレそうなんだ」
ユーカリから黒いオーラが吹き上がり、コハクはずっと低い唸り声を上げている。そしてシトラスのしっぽが逆立ち、シナモンは表情こそ変わっていないものの、殺気がダダ漏れだ。
更にジャスミンの回りには、舞の奉納無しで精霊たちが集まりだす。召喚しても決して無茶なことをさせないジャスミンは、精霊たちにとても好かれていた。舞の人気も高く、アイドル扱いする精霊が多い。推しの怒りにファンが反応するのは当たり前である。
そんな光景を見たメドーセージは、じんわり汗をかく。彼女たちが使う術の前には、学園の結界も無力だ。本気で暴れられると、敷地全体が焼け野原になってしまう。どこかで介入しようと、固く心に誓った。
そんな時、いままで黙っていたチャービルが、口を開く。
「なんで支配値ゼロのお前が、従人を使役できるんだよ。絶対ズルしてるだろ!」
「まったくめんどくさい親子ね。ねえタクト、リードを出してあげなさいな。それを見れば一目瞭然でしょ?」
「説明しても理解できんだろうし、それが手っ取り早いな。すまんがお前たち、リードを出してもいいか?」
タクトの言葉に、他の三人が首を縦に振る。首のチョーカーに指輪を当て、リードを引っ張り出すタクトの顔は、心底嫌そうな表情だ。
「……バカなっ!」
「あいつの支配値は何度も測ったんだぞ。まさか壊れていたのではあるまいな……?」
「これで満足か?」
他人の従人を借りていたとしても、指輪の機能を呼び出せるのは本人だけ。これは世界そのものが決めたルールであり、中央図書館にアクセスする鍵を持つ皇帝でも、決して覆すことは出来ない。
「魔道具……そうだ、違法な魔道具を使ったんだろ。とうとうボロが出たな」
「そうだそうだ、親父の言うとおりだぜ」
「あのな……俺はロブスター商会の職員で、使役契約取扱い資格を持ってるんだぞ。そんなこと出来るわけ無いだろ」
タクトはマジックバッグから取り出した証明書を掲げ、商会の身分証には魔力を流す。浮かび上がるのは商会のマーク。タクトの魔力に反応した以上、それは紛れもなく本物。個人の事業所ならまだしも、大手商会の身分証を偽造するのは不可能だ。
「先程から聞いておったが、エゴマ殿はやたらタクト君について詳しいの。まさか身内だったりせんじゃろうな?」
「そんな訳あるか! ハズレギフトの無能など、儂の息子な訳がない。風覇という珍しいギフトを持った、下賤な上人の子供だから知っていただけだ」
「エゴマ・サーロイン! カモミール・シーズニング叔母上殿を下賤扱いとは、不敬であるっ!! そこへなおるのじゃ」
今の言葉にベルガモットが激昂する。マツリカは腰の剣を抜き、切っ先をエゴマに突きつけた。まだ成人していないとはいえ、ベルガモットも立派な皇族。小さな体からあふれる威圧で、エゴマは完全に萎縮してしまう。
「しかしあいつは、昔の記憶がないと。……いや、まて。だからこいつに皇帝の血が流れていると、言ったのか。それを知っていれば、こんなことには……」
腰が抜けてしまったエゴマは、小声でブツブツとつぶやき出す。一方タクトは母の持っていたギフトと、皇族であることがバレなかった理由を知る。
そして強欲に支配されたエゴマが、とんでもないことを言い放つ。
「ずっと探していたぞ、我が息子よ! 下層街で暮らしていたお前の母と恋に落ち、二人の間に男の子が生まれた。しかし身分の差で家族として迎え入れることを、反対されてしまったのだ。カモミールが子供を残して死んだと聞き、儂がどれだけ心を痛めたことか。やっと会うことが出来て、とても嬉しい。今日からお前は、サーロイン家の次男だ」
「ちょっと待てよ親父、なにを言ってるんだ。次男はこの俺だろ。セージ兄貴を追い出したのは、親父じゃないか」
「お前は黙っていろ!!」
「(ちっ、なんで俺がこんな目に)」
「さあセージ……今はタクトだったな。ニームと一緒に、家へ来るがいい」
さすがにこれは、全員がドン引きだ。シトラスたちの殺気は一気に消え、エゴマを憐れみの視線で見下ろす。
「悪いが俺はサーロイン家の一員になる気はない。すでに家名を持ち、大切な家族もいるからな」
「どうしてだ! ジマハーリでも屈指の名家だぞ。家に来れば、なに不自由なく生きていける。お前が望むなら、離れごとくれてやってもいい」
「あいにく今の生活が、性に合っている。それにお前が欲しいのは、俺に流れる皇帝の血と、ニームのレアギフトだろ? そんな家に行けるわけ無い」
「ニームはいいのか。こんな無能と一緒にいたら、お前の価値はどんどん下がる。必ず不幸になるぞ」
「この人を無能呼ばわりするのは、いい加減やめて下さい。それにどうして私のことを、そんな目でしか見てくれないんですか。私は家名を売るための、道具じゃありません」
「儂はお前の幸せを考えて、良い男のところへ嫁がせようと……」
なかなか引き下がらないエゴマを見て、ニームはタクトに近づく。そしてタクトの腕にギュッと抱きついた。
「タクトさん以上の人なんて、なかなか居ませんよ。なにせ私たちは、お互いが欲しい物を、それぞれ持っていますので。だから一緒にいると楽しいし、二人で高い場所を目指せるんです。それが私にとって、一番幸せなこと」
ニームは一旦言葉を切り、タクトから離れてエゴマのそばへ……
そして深々と頭を下げる。
「今まで育てていただき、ありがとうございました。今日から私はニーム・コーサカになります」
「・・・・・」
「エゴマ殿よ、さすがに無様がすぎるぞ。校門に馬車を待たせておる。ニーム君を除名した以上、お主はもう部外者じゃからな。そろそろお引取り願おう」
メドーセージに最後通牒を突きつけられ、エゴマたちは迎賓館から出ていった。
ニームの家名が変わったという話は、一気に学園中へ広まる。しかもお相手が、所属している研究室の代表だ。その日からしばらくの間、崩れ落ちる男子生徒、ハンカチを噛みしめる女子生徒が、あちこちで目撃されたという……
そしてサーロイン家の呪縛から逃れられたニームは、ギフトの力をグングン伸ばしていく。稀代の魔法使い紅の魔導師の伝説は、ここから始まったのである。
次回はいつもの視点に戻り「0181話 ニームの悪ノリ」をお送りします。
どんどんメインヒロイン化していく妹ちゃん(笑)