0018話 肉食べ放題
買い物をすませた後に家へ帰り、料理の準備に取り掛かる。粒ネギと黄ネギをすり下ろし、白ワインと黒たまりの煮汁に塩と胡椒を少々。それを少し大きめに切った肉へ揉み込んで、衣をつけて揚げれば完成だ。
「晩飯ができたぞ、シトラス。今日は思う存分食べていいからな」
俺はテーブルの中央に、大量の唐揚げが盛られた大皿を置く。
「これ、全部お肉!?」
「コッコ鳥の唐揚げだ。味に変化がほしいときは、横に置いてある緑玉を絞って、かけてみるといい」
コッコ鳥は森に生息する中型犬くらいの茶色い鳥で、ずんぐりとした体型や地上で暮らす習性が、地球のニワトリとよく似ている。もちろん野生なので肉質は硬いが、とてもプリプリとしていて美味しい。ただし少々値が張るのは難点か。
まあ今日はお祝いの日ということで奮発した。なにせシトラスの食べっぷりは、見ていて気持ちがいいからな。やはり美味しそうに食べてくれるやつがいると、作り手としては非常に嬉しいんだ。
「こんなに大量のお肉を使うなんてどうしたの? まだ今日の依頼って、お金もらえてないよね」
「今日はシトラスのレベルアップ記念だからな。昼間に湿地で頑張ったご褒美ってやつだ」
「うわー、ボク嬉しいよ。お肉をお腹いっぱい食べられるなんて、夢みたい」
「眼の前にある唐揚げは幻じゃないぞ。ほら、さっさと席について食え」
「うん!」
勢いよく椅子に腰掛けたシトラスが、フォークで突き刺したからあげを頬張る。するとしっぽが今までにないくらい、最高潮に暴れだす。残像が発生して、何本にも見えてるじゃないか。
「すごい! お肉の味しかしないよ!」
肉の塊だから当たり前だ。
「ご飯にもすごく合う!」
唐揚げ定食は最強だからな。
「果物のお汁をかけたら油っぽさが無くなるから、何個でも食べられそう!」
柑橘系と唐揚げの相性は抜群だろ。
「こんなに美味しいものが食べられるなんて、ボク幸せだよ」
気に入ってもらえてのは何よりだが、唐揚げの持つポテンシャルは、こんなものじゃない。俺はテーブル端に置いていたウスターソースを取り、そっと唐揚げにかける。
「……ッ!!」
どうだシトラス、肉料理にウスターソースの組み合わせは。
「ボク……幸せすぎて、死んじゃいそう」
まだまだ食べさせたい料理は山ほどあるから、こんなことで死ぬんじゃない。
「そういえばシトラス、力の加減には慣れてきたか?」
「水麦の精白とかやってる内に、コツが掴めてきた」
「それは良かった。夜中に力いっぱい抱きつかれたりすると、俺の体がバラバラになりかねんからな」
「ボクがキミに抱きついたり、するわけないじゃないか。逆だよ逆。毎晩抱きつかれて迷惑してるのは、ボクの方さ」
しっぽをフリフリしながら怒った顔をしても、可愛いだけだぞ。本当にこのしっぽは、嘘がつけないよな。抱き枕を歓迎してはいないが、心から嫌ってるわけでもない。さしずめそんなところだろう。
「そうやって毎回たくさん食べてくれると、抱き枕としての性能も上がって喜ばしい限りだ」
「キミを喜ばせるために食べてるんじゃないよ、美味しいから止められないだけだよ」
「しっかり食べて、しっかり休めているなら、理由なんてどうでもいい。それより、収入が確定したら武器を買うぞ」
「森へ行くんだね」
「シトラスの力を存分に発揮しようと思えば、そこしかないからな」
棒を振り回してスライム退治ができても、武器を使った戦闘はまた別の次元だ。そもそもどんな戦闘スタイルがシトラスに合っているのか、そこから探っていかねばならない。だからまずは短剣あたりから、試してみようと思っている。
「体を思いっきり動かしてみたいから、楽しみだよ」
「森で暴れまわってると、また今日みたいに言われるかもしれんな」
「今その話題はやめてよ、ご飯が美味しくなくなっちゃうじゃないか! いいんだよ、別に男の子と間違われても。キミにまでそんなこと言われたら落ち込むだろうけど、他の人なら平気だよ」
「間違っても男扱いなんかしないから安心しろ、俺の視力はかなりいい方だ」
「ほんと、デリカシーの欠片もないんだから……」
初日は風呂の入り方を教える必要があって、やむなく混浴しただけだぞ。それ以降はちゃんと別々に入ってるじゃないか。十分紳士的だと思うんだがな。
「あっ、そうだ。今日集まってた子たちってどうだった? ボクみたいな数字の子っていた?」
「いや、みんな普通の配列だった。それに今日一日、四等級は一人も見ていない」
「やっぱり四等級って少ないんだね」
「四等級が生まれる確率は、百人中六人くらいだからな。もし特殊な配列が四等級にしか発生しないのなら、何万あるいは何千万分の一なんて確率になるだろう」
「よくわからないけど、ボクみたいな野人はすごく少ないってことか」
野人の持つ品質で、一番多いのは二等級。全体の四割ほどを占める。その次は一等級と三等級になり、それぞれ三割弱。確率上の割合だと六パーセントになる四等級だが、数値以上に見かける機会は少ない。
「仮にそんな野人を見つけたとしても、従人にする気はないぞ」
「なんで?」
「今のところ俺のギフトで数字を書き換えられるのは、一度に一人だけなんだ。そんな状態で従人を増やしても、シトラスと同じようにレベルを上げてやることができん」
なにせ一つの演算子を、複数の人物へ適用できないという制限がある。二人以上の従人を効率よくレベルアップしたければ、演算子を増やさないとダメだ。そのためには俺自身を、成長させなくてはならない。
「じゃあさ、いったんボクの方を元に戻して、他の人に使ったらダメなの?」
「やってやれないこともないが、その切替に数日かかってしまう。それだとあまりにも効率が悪すぎる」
「ふーん、色々あるんだね。でも従人を増やすと制約が弱くなるから、キミの変態性癖に耐えられず逃げ出しちゃうよ。だからちょうどいいんじゃないかな」
ちょっと嬉しそうにしているところ悪いが、いずれ従人は増やすからな。お前の負担軽減という意味もあるし、俺を守りながらだと行動に制限を受けてしまう。そうならないためにも、護衛は複数人必要になる。
「なかなか俺の愛情を理解してもらえんな」
「そう思うなら人のお尻じゃなく、顔を見て話すことだね。今日集まった子たちも、絶対キミの視線に気づいてたはずさ」
仕方ないじゃないか、揺れるしっぽがそこにあるんだから!
「まあ制約云々については置いておくとして、俺自身も強くならないと旅なんかできない。そのためには無理のない範囲で、魔物や魔獣を倒していくしか無いわけだ。生活魔法しか使えない俺にとって、シトラスが頼みの綱だからよろしく頼むぞ」
「ふふーん、そこまで頼りにされたんじゃ仕方ないね。このボクに任せておいて!」
ちょろいな、シトラス。そんなんじゃ、誰かに騙されるぞ。もっとも俺がすでに色々やらかしているが。
お腹いっぱい肉を食べて上機嫌なシトラスの姿に満足しつつ、その日の夕食は終了した。