表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/286

0179話 式典

 しばらくサロンで待たされた後、エゴマたちは謁見の間へ通される。室内にいるのは正装したニームとローズマリー。そして学園の(おさ)であるメドーセージ。あとは警備を担当しているシトラスとシナモン、式典のアシスタントを務めるユーカリ。他には招待された少数の来賓のみ。


 国としての正式なものではなく、皇女が独自に執り行うものなので、規模も最小限だ。しかしエゴマにとって、そんな事はどうでも良かった。しかもプロシュット家の人間はローズマリーだけ。邪魔な連中のいない今がチャンスとほくそ笑む。



「ニームのやつ、見たことのない服を着ているな」



 ニームとローズマリーが着ているのは、白を基調としたブレザーとベスト。淡いチェック模様のプリーツスカートをはき、同じ柄のリボンを首元に付けている。


 もちろんタクトが、この日のために用意したもの。ゲームやアニメに出てきそうなデザインだが、学園の制服にしようかと本気で検討されるほど出来が良い。コストがかかりすぎるので、正式採用は見送られたが……


 身につけている二人も気に入っており、式典後は外出着にする予定である。



「それより親父、あそこにいる従人(じゅうじん)を見てみろよ。金色の狐種(きつねしゅ)なんているんだな」


「アインパエでは国営の事業者が、従人を扱っているらしい。レア種も集まりやすいんだろう」


「へー。俺が親衛隊に抜擢されたら、激レアの従人を手に入れてやるぜ」



 年上好きなチャービルの目は、さっきからユーカリに釘付けだ。そして彼の脳内では、官職として取り立ててもらうことが、決定事項になっていた。


 二人がそんなことを話していたとき、まもなく褒状(ほうじょう)の贈呈式が行われるとアナウンスが流れる。


 奥の扉から出てきたのは、セーラー服を着たベルガモットと、ボレロスーツ姿のマツリカ。そして目の部分だけを覆う、ベネチアンマスクを顔につけた男。ベルガモットとマツリカが並んで壇上へ上がり、男は少し離れた場所に立つ。



「なんだあいつ、仮面なんかつけて」


「胸の星章(せいしょう)を見ろ。あれはアインパエ帝国の紋章だ。恐らく皇女殿下の専属護衛あたりだろう」


「へー。誰かさんとよく似た髪の色をしてるのに、優秀なんだな」


「いい加減あんな出来損ないのことなど、さっさと忘れろ。今はお前がサーロイン家の次男なんだからな」


「わかってるって。それより見ろよ、あいつの肩に乗ってるの、有翼種(ゆうよくしゅ)だろ?」


「幻の種族まで連れているとは、やはり帝国の上人(じょうじん)は一味違う」



 アインパエ帝国で、最も高貴な色とされているのは青。その下に赤や黒が続く。つまり赤い星章をつけた女が、ニームに助けられた側近だろう。そして黒い星章をつけている男は、それと肩を並べるほど(くらい)が高い。


 仮面のせいで表情は読めないが、歳は二十歳前後といったところ。こんな場でも堂々としていられる胆力は、なかなか見どころがある。あの若さで皇家から認められるのだから、きっと高貴な家柄に違いない。もしあんな優良物件に娘が嫁げは、他家に自慢しまくれるぞ。エゴマはそんな事を考え始めていた。


 そして式典は滞りなく進んでいく。



◇◆◇



 式典も終わり、いつベルガモットへ話しかけようかとタイミングを図るエゴマの近くに、メドーセージがやってきた。



「入学式以来じゃな、エゴマ殿。隣におるのが、次男のチャービル君かな」


「このたびは式典に招いていただき感謝する。チャービルがスクティタク学園へ入る前に、色々な経験をさせたくてな。護衛も兼ねて同行させた」


「初めまして学園長。俺はサーロイン家期待の星、(``(ふう))(``(おう))のギフトが発現したチャービル・サーロインだ」



 近くでローズマリーと談笑しているベルガモットへ聞こえるよう、ことさらギフトの名前を強調しながらチャービルは学園長に挨拶する。



「ニーム君の魔導士といい、姉弟揃って良いギフトを授かり、喜ばしい限りじゃ」


「それより学園長。娘と話をしている男のことをご存知で?」


「彼は当学園の研究室長をやっておる、タクト・コーサカ君じゃよ」


「あの若さで室長を任されるとは、優秀な青年なんですな」



 社交界では聞いたことのない家名だが、そんな事はどうでもい。マノイワート学園で室長をやっているとは、ますます箔がつく。エゴマという男にとって、人の価値は肩書なのだ。


 しかもあの二人は、先程から楽しそうに語らっている。才人(さいじん)が集まるパーティーへ連れて行っても、ニームは男に全く興味を示さなかった。そんな娘が積極的に話しかけているのだから、かなり気に入っているんだろう。男の方もまんざらではなさそうだし、これなら自分の思い通りに事を運べそうだ。横目で様子をうかがいながら、エゴマは心の中で薄笑いを浮かべる。



「親父は護衛って言ってたが、違うのか?」


「彼は流星ランクの冒険者シューティング・スターじゃよ。その依頼で皇女殿下の護衛をやったのじゃが、気に入られてしまっての。そのまま守護者(ガーディアン)に任命されたのじゃ」


「なんと! それは素晴らしい。皇族の守護者(ガーディアン)といえば、親衛隊より立場が上ではないか」


「他にもパルミジャーノ骨董品店の、お抱え冒険者をやっておったり――」



 メドーセージから語られるタクトの肩書を聞き、エゴマのテンションは更に上がっていく。これはなんとしても良い方向に話を持っていかねば、そんな気持ちでベルガモットとの対談に臨む。



「お初にお目にかかるのじゃ、エゴマ・サーロイン殿。ご息女のおかげで、(わらわ)の大切なマツリカが救われた。感謝しておるのじゃ」


「戦闘にはまったく役に立たないギフトでも、皇女殿下のお役に立てたのなら幸いだ」



 実際は使い方次第なのだが、エゴマにとって魔導士のギフトは、セールスポイントになる程度の価値しかなかった。



「確か次男を同伴させると来賓リストに書かれておったが、隣におるのがチャービル殿かな?」


「名前を覚えてくれてたなんて光栄だ。俺の名はチャービル・サーロイン。近い将来スクティタク学園に、旋風を巻き起こす男。風王(ふうおう)のギフトが発現した、俺の魔法を見てくれ!」



 その瞬間、入り口を警備していたシナモンが、縮地を使って一瞬で移動。魔法を放とうとしていたチャービルを床に押し倒し、首筋に抜き身のナイフを当てる。



「……ここで魔法、禁止」


「こっ、こいつ、いつの間に!? 放せ、放しやがれ。従人の分際で俺を押し倒すんじゃねえ」


「いまのはチャービルが悪いですよ。こんな場所で魔法を使おうとするなんて、なにを考えているんですか」


「そよ風程度の魔法を使おうとしただけなのに、なんでこんな目にあわされるんだ」


「魔導士のギフトを持った、私の目は誤魔化せません。チャービルが使おうとした魔力の流れは、殺傷力のあるものです。シナモンが止めてくれなかったら、禁固刑になっていたでしょう」



 その手の魔法は学園の結界が霧散させてしまうのだが、この場にいる誰も教えるつもりはない。さすがに今の行動は、問題が大きかったからだ。


 エゴマにもその事はわかっており、話題をそらそうと周囲に視線を彷徨わせる。



「祝賀の場じゃ、今回だけは不問にしよう。シナモンよ、そやつを放してやってくれるか」


「……わかった」



 シナモンから開放されたチャービルは、筆頭執事のフェンネルに支えられ、部屋の隅へ連れていかれた。今の対応が納得できない様子のチャービルに、部屋中から冷たい視線が突き刺さる。すっかり冷えてしまった空気をなんとかしようと、エゴマは愛想笑いを浮かべながらベルガモットに近づく。



「さっ、さすが皇女殿下の使役する従人は優秀ですな。儂にはアレの動きが全く見なかった」


「シナモンは妾の守護者(ガーディアン)が使役しておるのじゃ。そこにおるシトラスやユーカリも、みなタクトの従人じゃぞ」


「おぉ、そうだったのか。これほど優秀な従人に加え、有翼種まで使役しているとは実に素晴らしい。当家に迎え入れたいくらいだよ」


「皇女殿下の守護者(ガーディアン)を引き抜こうとするのは、さすがに失礼ですよ、父さん」


「う……うむ、確かにそうだな。今の言葉は忘れてもらえると助かる。それよりニーム。彼と楽しそうに話をしていたが、お前たちは付き合ってるのか?」



 この流れで行くしか無いと、エゴマはニームに話を振った。その必死な様子を見たニームは、そっとため息を漏らす。



「付き合っているわけではないですが、一緒にいることが多いですよ。なにせ私が所属している、研究室の室長ですからね。話は合いますし、尊敬もしています。ギフトの力を伸ばすことが出来たのは、あの人と出会えたおかげなので」


「そうか、そうか。二人の相性は、かなりいいようだ。ニームが望むなら、儂は全力で応援してやろう」


「それは嬉しいですけど、あの人と付き合うなら、私はサーロイン家を捨てないといけませんよ?」


「どっ、どういうことなのだ?」


「あやつに皇位継承権はないが、皇帝の血が流れておるからじゃよ。他国の影響を排除するため、そうしてもらう決まりなのじゃ」



 もちろんそんな事をしなくても、結婚することは可能だ。タクトの祖母である、カラミンサ・シーズニングがそうであったように、家名を別にしてしまう方法もあるのだから……


 しかしベルガモットの言葉を聞いたエゴマは、更に鼻息を荒くする。チャービルがやらかした失態も、ニームを使えば帳消しにできるじゃないか。やはり才人(さいじん)の自分には、幸運を引き寄せる資質があった。これは天が与えてくれたチャンスだ。


 事態を打開することだけに意識が向き、エゴマの思考は短絡的になっていく。



「その程度はなんの問題もない。彼と付き合いたいのなら、ニームの好きにして構わないぞ」


「本当にいいんですか? 親子の縁が切れたら、もう父さんとは呼べませんよ」


「くどいぞニーム! 父親であり当主の儂が許可しているのだ。お前は黙って儂の言葉に従っておけ」


「エゴマ殿の意志は固いようじゃな。ではマツリカよ、例のものを」


「わかりました」



 マツリカは部屋の隅に置かれたワゴンから、除名に必要な書類を取り出す。どうしてそんなものが用意されていたのか、判断力を失いかけているエゴマは気づかない。



「儂が立会人になるとしよう。よろしいかな、エゴマ殿」


「学園長が立会人なら、正当性がより確実なものになる。これで誰も文句は言えなくなるだろう。こちらとしては、願ってもない申し出だ。よろしく頼む」



 戸籍という制度のない世界だが、相続問題を回避するための手続きは存在する。もちろん法的な強制力があり、それを破ると高家(こうけ)の名に大きな傷がつく。エゴマは自分で自分の首を、絞め続けていた。



「さて、タクトよ。ニームはサーロイン家を捨てると言っておるが、お主に彼女を受け入れる覚悟はあるか? 無ければその場で首を横に振るのじゃ」



 ベルガモットの問いに、タクトは微動だにしないことで、答えを返す。それを見たエゴマたちが書類にサインをし、偽造や修正ができないように学園長が魔道具で封印をかける。



「これで手続きは完了じゃな。卒業するまでは当学園が責任を持って、ニーム君を守ると約束しよう」


「タクトもこっちに来るのじゃ。今日の護衛任務は、もう終わりで良いぞ」



 ベルガモットから任務終了を告げられ、エゴマたちの方へ近づいてきたタクトは、付けていた仮面をマジックバッグへしまう。



「――おっ、お前はっ!!」


スクティタク学園=戦術系の学園=タクティクスのアナグラム


サーロイン家当主との直接対決。

「0180話 今さら戻ってこいと言われても、もう遅い」をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ