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0178話 サーロイン家の二人

(2023/11/01 AM6:50)

 執事長の名前がどこぞの架空兵器になってたので修正。

・ファンネル→フェンネル

 エゴマ・サーロインは上機嫌で馬車に揺られながら、ワカイネトコを目指していた。アインパエ帝国第三皇女から、直々に招待状をもらったのだ。皇位継承順位が低いとはいえ、相手はれっきとした皇族。そんな人物から娘のニームが名指しで感謝され、機嫌が良くなるのは当たり前である。


 親族の出席は任意だったが、すべての予定をキャンセルして旅支度。筆頭執事のフェンネルと、その従人(じゅうじん)アルカネット。そして()()のチャービルを連れ、大急ぎでジマハーリの街を出発した。


 チャービルの母である第一夫人と、ニームの母である第四夫人は、十分な準備期間が取れなかったので不参加だ。どちらも長旅をするときは、あらかじめ物資と人材を各要衝へ送り、普段と変わらない生活ができなければ嫌なのである。


 書状には側近とその家族を救うため、ニームが力を貸したと書かれていた。戦闘向きでないレアギフトを伸ばす目的で、マノイワート学園へ行かせたのは正解だったのだろう。この調子でギフトを使いこなしていけば、他家への強力なパイプ役として価値が増す。


 そのまま皇女に気に入られ、皇家に近しい者との縁談でも進めば、我がサーロイン家は大躍進だ。スタイーン国で頭一つ抜け出せる。エゴマはそんな皮算用を、頭の中で何度も繰り返していた。


 唯一気に入らないのは、一緒にプロシュット家も呼ばれていること……


 両家が協力し合っていた時代もあったが、いつしか方針の違いを原因とした対立が表面化。属性魔法を最重視するサーロイン家、発現したギフトに新たな価値を見い出そうとするプロシュット家。先代の頃から一方的にライバル視を始め、エゴマもそれを受け継いだ。



「ワカイネトコの街が見えてまいりました」



 御者をやっているアルカネットから声がかかり、とうとう来たかとエゴマは意欲を燃やす。そしてフェンネルに起こされたチャービルへ話しかける。



「お前とベルガモット皇女は年が近い。上手くやるんだぞ」


「任せとけ、親父。俺はどっかの出来損ないとは違うぜ。なにせ風王(ふうおう)のギフト持ちなんだ。この力を見たら、親衛隊に抜擢されるかもな!」



 口の端についたよだれを気にすることなく、自信満々にチャービルは笑う。持続力に補正のかかる王系ギフトは、魔法で作り出した事象改変の結果を、長時間その場に残す。つまり風壁など、守りを固める時に真価を発揮する。


 神・帝・姫・鬼・王の五系では一番地味だが、それでも各分野で重用されるギフトだ。しかし力で相手を圧倒することが好きなチャービルは、その特性をまったく()かせていない。しかも兄のボリジと同じく制御が甘く、狙った場所や範囲に魔法を展開できなかった。


 針の穴へ糸を通すように、精緻を極めた制御が得意なタクト。ギフトの補正と本人の努力で、魔法適性がグングン伸びているニームとは雲泥の差だ。まさに宝の持ち腐れである。


 皇族とのコネを作ることしか頭にないエゴマ。自分が持つ力に微塵の疑問も感じていないチャービル。そんな二人を乗せ、ワカイネトコの街を馬車は進む。



◇◆◇



 学術特区の手前で随伴の私兵たちと別れ、校門までやってきたエゴマたちが馬車から降りる。その場にアルカネットを残し、迎賓館へと向かう。しばらくすると馬の番をするアルカネットの元へ、小柄な従人(じゅうじん)が近づいていく。



「お久しぶりなのです、アルカネットさん」


「えっと……もしかして、ミント?」


「はいです」



 アルカネットはサーロイン家で最年長の従人だ。勤続年数も長いため、屋敷で働く全ての従人と面識がある。



「新しい主人が見つかったのね」


「タクト様に拾っていただいて、ミントはすごく幸せなのです」



 確かに喋り方や背格好は、サーロイン家にいた頃と変わらない。しかし自分を見上げながら微笑む少女と、以前のミントがまったく結びつかなかった。髪や毛が明るいピンク色になり、肌の艶は健康そのもの。仕立ての良い服を身に着け、胸のサイズが以前とは一回り違う。なにより顔を上げてハキハキと話す姿に、アルカネットは驚いている。



「それで、どうしてここにいるの?」


「馬車を停める場所に、ミントが案内するです」



 混乱する気持ちを何とか落ち着かせながら、アルカネットは馬を()いてミントの後ろを歩く。ミントはすれ違った警備員に頭を下げられたり、学園生たちから手を振られたりしながら進む。



「あなたの契約主は、ここで働いてるのよね」


「タクト様はコーサカ研究室の、室長をされてますです。他にはベルガモット様の、守護者(ガーディアン)もされてるですよ」


「……えっ!?」



 思わず固まってしまうアルカネットだったが、ミントの話はまだ終わらない。次々出てくる有名な商会や個人名、挙げ句の果に流星ランクシューティング・スターの冒険者ときた。そんな人物に使役されているミントと、対等に話をしていいのだろうか。アルカネットはどんどん怖くなってくる。



「あっ!? 流星ランクのことは、内緒だったです。うぅー、タクト様に叱られてしまうです」


「言わない、誰にも言わないから安心して」



 昔と変わらないうっかりぶりを目の当たりにし、アルカネットは少しだけ落ち着きを取り戻す。



「すっかり偉くなったのね」


「そんなことないのです。ミントは失敗ばかりで、皆さんにご迷惑をおかけしてるのです」


「でも警備員から頭を下げられてたじゃない。それに学生たちが手を振ってくれたり。普通は従人にそんな事はしませんよ」


「皆さんとても優しいからなのです」



 ミントに頭を下げた警備員は、怪我の治療を受けた者たちだ。そして学園生からは、マスコット的に可愛がられている。


 もちろんアルカネットはそんなことを知らないため、認識の齟齬(そご)がジリジリと広がっていく。



「だけど皇女様の守護者(ガーディアン)をやってるなら、ここにいてもいいの?」


「シトラスさんやシナモンさん、それにユーカリさんやジャスミンさんがいるから、大丈夫なのです」


「そっ……そうなの」



 ミントがここにいるのは、エゴマたちに会わせたくないからだ。見知った従人がいると、作戦に支障が出るかもしれない。そんな理由でミントはこちらに派遣された。


 そしてアルカネットの疑問は、ますます深くなる。タクトという契約主は、一体どんな人物なのか。いくら最高の支配値を持っていても、四等級のミント一人でキャパシティーは一杯だ。制約を犠牲にすれば増やせるものの、それでは自由に従人を使えない。要人警護の場合、命令拒否は致命的なスキになる。


 きっと守護者(ガーディアン)が複数人いるから、一人欠けても問題ないのだろう。アルカネットはそのように自分を納得させた。



「馬と馬車は、ここに置いてくださいです」


「あちこちから動物の鳴き声がするわね」


「ここは研究に使う動物さんたちが、暮らす場所なのです」



 アルカネットは広場に馬車を停め、馬具を外して馬を休ませる。厩務員(きゅうむいん)が用意してくれた水や飼葉(かいば)を与えていると、遠くの方から聞こえてくる喧騒に気づく。ふと横を見ると、ミントはすでにその方向を見つめていた。



「研究室から動物さんが、逃げ出したみたいなのです。こっちに近づいてるですから、馬さんを避難させてくださいです」


「ミントはどうするの?」


「ここで止めてみるです」


「待って、兎種(うさぎしゅ)のあなたには無理よ。怪我をするから一緒に逃げましょ」


「タクト様のおかげで、すごく強くなれたです。だからミントのことなら、心配いらないのです。アルカネットさんは、早く逃げてくださいです」



 なんとか説得しようと試みるが、ミントは頑として首を縦に振らない。やがてドドドという足音とともに、切羽詰まった叫び声が近づいてくる。当主から預かった馬を傷つける訳にはいかないと、仕方なく手綱を引きながら安全な場所へ行く。



「誰かー、そいつを止めてくれー」


「大人しくしてくださいです」



 鋭い(ツノ)を振り回しながら突進してくるブラックムームー。あれにぶつかったら高レベルの従人でも、ただではすまないだろう。そんな脅威を目の前にしても、ミントに臆する様子はまったくない。進行方向に真っ直ぐ立ち、片手を前へ伸ばす。



 ――ドォォォーン



 鈍い衝撃音が周囲に響き、アルカネットは思わず目をつぶる。しかし誰かの叫び声や、なにかが飛ばされるような音は続かなかった。恐る恐る目を開けるとそこには……



「……えぇーっ!?」


「他の動物さんたちがビックリするですから、あまり暴れないでくださいです」



 片手でブラックムームーを受け止めるミントの姿を見て、アルカネットは言葉を失う。何度も瞬きを繰り返すが、目に映る光景は変わらない。


 ブラックムームーを受け止めたミントは、おしりの辺りから血が出ていることに気づく。小声で治癒術を発動すると、暴れていたムームーは落ち着きを取り戻す。ミントはハンカチで血痕を拭い取り、追いかけてきた研究員の方へ向かう。



「ありがとう、ミントちゃん」


「やっぱりタクト室長の従人は強いね」


「皆さんお怪我はないですか?」


「ああ、俺たちは大丈夫だよ」


「だけど普段おとなしいコイツが、なんで急に暴れ出したんだろう……」


「きっとなにかにビックリしたのです。もう落ち着いたですから、どこかで休ませてあげて欲しいです」


「そうだね。本当に助かったよ、ミントちゃん」


「タクト室長には、またお礼しに行くからねー」



 痛みが引いて大人しくなったブラックムームーを連れ、研究員たちは立ち去っていった。アルカネットはその後姿を、呆然と見送る。


 目の前で起きたことは、現実だったのだろうか。研究所員たちは、ミントならできて当然のように言っていた。流星ランクが使役する従人は、ここまで強くなれるの?


 わからない、何もかもがわからない。自分の中にあった常識が、ガラガラと音を立てて崩れていく……



「もう大丈夫ですよ、アルカネットさん」


「……はっ!? え、えぇ、そうね。ミントは平気? どこか痛いところはない?」


「ミントはへっちゃらなのです。ムームーさんは魔物さんより、全然弱いですから」



 とんでもないことをサラッと言い放つミントだが、これくらいは出来て当然だとわかっていた。戦闘に参加することがあまりないとはいえ、彼女だって従人だ。自分が持っている力は、本能的に理解できている。誰かを守るため、あるいは何かを止めるためなら、全力で力を振るう。



「ミントをここまで強く出来る契約主って、本当に凄いわね」


「はいです。タクト様は世界一素敵な、ご主人さまなのです」



 愛玩用としてしか需要のない兎種を、どうすればここまで強く出来るのだろうか。手段がないわけではないが、ミントからそうした気配は感じられない。ここまで大幅に強化するには、相手が壊れるまでやる必要があるのだから……


 一個人が持つには不釣り合いな肩書の数々。そして学園関係者から寄せられる信頼。全く見えてこない人物像に、アルカネットの興味はどんどん大きくなっていく。




 ――後にタクトの屋敷へ移籍することを打診され、アルカネットは二つ返事で了承する。そしてタクトの正体を、知ることになるのであった。


次回は「0179話 式典」。

この日のために主人公があつらえた、ニームとローズマリーの礼服とは?

そして祝賀の場でやらかすチャービル……

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