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0175話 カモミール

 俺は学園長へ、自分の母親について話す。詳しく語ったのは初めてだからだろう、シトラスたちも興味深げに耳を傾けている。


 とはいえカモミール母さんが病気で旅立ったのは、俺が五歳になってすぐの頃だ。産後の肥立ちが悪かったのか、俺を産んでからの母さんは病気がちだった。特に最後の二年くらいは、ずっとベッドの上で過ごしていたからな。家族でなにかをしたという思い出は少ない。


 カモミール母さんを一言で表すとすれば、聖母のような人だ。俺より明るく透き通るような青い髪、そしてどこか浮世離れした容姿。物腰は柔らかで誰に対しても分け隔てなく、それこそ相手が従人(じゅうじん)でも変わらない態度で接している。俺が初めてギフトの実験台にしてしまった犬種(いぬしゅ)の従人も、母さんが死んだ後はかなり塞ぎ込んでいたし……


 序列が最下位だったので、肩身の狭い思いをしていたと思う。しかし俺の前では、いつも笑っていた。そして俺を授かったことが、一番の幸せだと言ってくれたっけ。あのときの笑顔、絶対に忘れることはできん。なにせ最後の言葉だったからな。



「なるほどの。タクト君はあの子の忘れ形見じゃったのか。こうして儂らが出会ったのは、運命だったのかもしれんな」


「どうして皇族が他国に来て結婚までできたのか、知っていたら教えてくれないか?」


「儂の知っておる範囲なら構わんよ、タクト君には聞く権利がある。それにアーティチョーク殿の、遺言でもあるからの」



 アーティチョークといえば、ベルガモットと俺の祖父だ。そんな人から託されたメッセージなら、心して聞かねばなるまい。



「カモミール君の母親であるカラミンサ殿は、ジマハーリ国出身なんじゃよ」


「マジか……」


「皇居で働いておったのじゃが、アーティチョーク殿に気にいられてな。そのまま側室へ迎え入れられたのじゃ」



 いずれは誰かの守護者(ガーディアン)にと、そんな期待をされるほど優秀な女性だった。それもそのはず、発現ギフトが炎覇(えんぱ)だもんな。


 属性系レアギフトには、範囲特化の神系、火力特化の帝系、精度特化の姫系、連射特化の鬼系、持続特化の王系がある。それらの特性をすべて兼ね備えた、最上位に君臨するのが覇系ギフト。これは皇帝でなくても放っておかない。よくスタイーンを出国できたものだ。むしろ利用されるのが嫌で、逃げたのかもしれん。


 礼儀正しく教養もあり、他の皇族たちには(おおむ)(こころよ)く迎え入れられた。しかし血統主義の元老院には反対されてしまう。だがそれを押し切って結婚し、一男二女をもうける。


 なるほどな。母さんの兄姉(けいし)たちが、政治の舞台に立たないと明言している理由はこれか。



「カモミール君は幼い頃から、母の生まれ故郷が見たいと切望(せつぼう)しておった。儂も頼まれたことがあるのじゃが、願いを叶えてやることはできなんだ」



 そして自力でなんとかしようと思ったのか、無断で皇居を飛び出してしまった。南方大陸行きの便に乗り込んだまでは良かったが、天候の急変で船が難破。ほとんどの乗客は助からなかったそうだ。


 報告を聞いたアーティチョークは奇妙な行動に出る。国として独自の調査を一切やらず、行方不明という処理をしてしまう。全ての報告書を処分した上で……



「儂も報告書に目を通したが、カモミール君の名前はなかったよ」


「しかし俺の母さんは生きていた」


「タクト君に、アーティチョーク殿から預かった言葉を伝えよう」



 【もしカモミールや、その子供が生きていたら、言伝(ことづて)を頼む。己の望むままに生きよとな】



「だそうじゃ。皇帝の立場では決して口に出せぬから、儂に託したんじゃろう。一人の親として、子供の意志を大切にしたかったんじゃな」



 本人が死んでしまった今、その真相はわからない。しかし他国から来た女性との間にできた子供をめぐり、様々な思惑が働いていたのではないか。それが学園長の推測だ。


 俺もそれが正しいと思う。だが何にしても、現時点で判ることはここまで。もっと詳しく知りたければ、祖母に会ってみるしかない。



「学園長は母さんのギフトについて知らないか?」


「家を飛び出したのが、誕生日直前じゃったからな。タクト君も聞いておらんのじゃな」


「俺が大人になったら教えてあげるとか言って、そのまま()ってしまったんだ」



 事故から生き残ることができた理由や、生存者リストに記載されなかった訳がギフトにあるのかと思ったが、その線も断たれてしまった。やはりベルガモットと一緒に、アインパエへ行こう。ついでに温泉も堪能してやる。



「キミの元家族は知らないのかい?」


親父(エゴマ)は知ってると思うが、親子らしい会話なんてしたこと無い相手だぞ。聞けるわけがない」


「ニーム様は知らないのです?」


「あー、その手があったか。授業が終わったあとにでも聞いてみる」



 母さんが旅立ってからそれなりの年月が経ち、自分の中ではすっかり割り切れていたからな。気になってはいたものの、優先順位が低いまま過ごしてきた。なにせ、みんなとの生活が楽しすぎたし!


 しかしちょうどいい機会なのかもしれない。祖母のカラミンサへ伝えるため、積極的に情報を集めてみよう。



「そうじゃ。魔眼のギフトについて、タクト君の考察を聞かせてもらえんじゃろうか。なにせ伝説級じゃから、資料も少なくての」


「母さんのことを教えてくれたし、俺が把握してる範囲でよければ話すよ」


「それで十分じゃ」


「魔眼が魔法物質に干渉できるのは、学園長も知ってるよな?」


「その力でマナの流れを遮断したり、タクト君の魔力を使ったのじゃろ」


「干渉だけなら誰に対してもできる。しかし他人の魔力を利用する場合は違う。相性みたいなものがあるらしい。ニームが言うには、俺の魔力は癖がなくて柔らかいそうだ」


「それはまた、不思議な捉え方じゃの」



 俺が常に魔力を垂れ流してるからかと思ったが、そうでもないみたいなんだよな……


 この世界で暮らす上人(じょうじん)は、量の違いこそあれ常に魔力を放出している。そうでなければ、魔道具に魔力チャージ出来ない。


 そうした魔力の流れを()たとき、境界がはっきりしているそうだ。しかし俺の場合は、なんかふんわりしているとのこと。



「タクトの魔力って霊獣に好かれるのよ。きっとそれが影響してるんじゃないかしら」


「キュキューイ」


「……あるじ様の魔力、きっと綿菓子」


「フワフワではありませんが、旦那様のは甘いですよ」



 こらユーカリ、また余計なことを。どうしてお前は時々そんな事を口走るんだ。学園長が〝若いってのはいいのぉ〟とでも言いたげな目で、こっちを見てきたじゃないか。



「実に興味深いものじゃ。儂に魔力が()えないこと、残念でならん」


「あの時に気づいたと思うが、俺の魔力を使うときにだけ瞳の色が変わる。今のところ、その理由はまだはっきりしない。俺の仮説は、他人の魔力を取り込んで自分のものに変換する回路が、目に宿っているからではないかと考えている」


「やはりタクト君は面白い考察をするものじゃ。それで魔眼というわけじゃな」


「前世で触れた創作物にも、魔術回路や魔法術式なんてのがあったんだ」



 こんな感じで時々話を脱線させつつ、事件の報告も片付けていく。とりあえず面倒なことにしかならないので、マツリカのことは隠し通すことに。彼女が使った薬も麻薬の一種だ。ダエモン教の浄罪機関(じょうざいきかん)にバレると、(ろく)なことにはならん。まあミントの神聖術で浄化してしまったから、いくら調べても違法な成分は検出されないが……


 警備員たちは膨大なマナを浴びた際の意識混濁で、襲撃時の記憶が曖昧になってる。土煙とユーカリの幻術もあり、今のマツリカと襲撃犯をつなぐ接点はない。学園長室での会話は、誰にも聞かれていないし。


 コルツフットの方はアインパエへ戻るまで、まともな会話は無理だろう。あのあと皇族が中央図書館セントラル・ライブラリーに関する秘密を守るため、自ら施す措置を仕掛けておいた。やっぱり修羅の国だな、アインパエ帝国は!


 証拠品は浄罪機関にも提出するので、全てコルツフットの犯行として処理されるはず。


 俺の方からタラバ商会とアンキモ家、ロブスター商会、パルミジャーノ骨董品店に依頼をし、商売人のネットワークを使って、売り払われた皇家の宝も買い戻し中。支払いはコルツフットから押収した現金と、冒険者ギルドの特別融資だ。これならアインパエ通貨でも返済できるから、皇家が手にする予定の賠償金でなんとかなる。


 こうやって学園長と事件についてまとめていく。

 よし、これでなんとか目処が立ちそうだ。


次回は視点を変え「0176話 マツリカとクミン」をお送りします。

お弁当を持って妹の個室を訪ねるマツリカ。

そこで繰り広げられる話題とは……

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