0174話 ランランルー
む? やけに眩しい。
夜更かししたせいで、いつもより少し遅い時間だな。
右には俺の服を握りながら、ぐっすり眠るベルガモット。コルツフットのやつが捕まって、ホッとしたんだろう。今までで一番晴れやかな寝顔をしている。到着早々の大捕物になってしまったが、新しい力の実験もできたから結果オーライだ。
そして左には幸せそうな顔で、口をムニャムニャ動かすシトラス。食べ物の夢でも見てるに違いない、よだれが垂れそうになってるぞ。まあ昨夜は遅くまで頑張ってくれたし、もう少し寝かせてやるか。
胸の上で寝ているジャスミンを眺めたり、コハクに頬ずりしながらまどろんでいると、軽いノックのあとに扉が薄く開く。
「・・・・・」
「(入ってきてもいいぞ)」
口パクと目線で許可を出す。するとマツリカが、おずおずと部屋へ入ってくる。斬りかかって欲しいわけでは無いが、なんか調子が狂うなぁ……
「おはようございます、タクト様」
「おはようマツリカ。よく眠れたか?」
「おかげさまで、熟睡できました」
「体に後遺症は?」
「少し違和感は残っていますが、動かすのに支障はありません」
マツリカが使った薬は、重い後遺症が残るらしい。まあ人の限界を超える力が出せるんだ、骨や筋組織がズタズタになるのは当たり前。今回は使用してからの時間が短かったこと、そしてミントの治療があったので、日常生活に支障がない程度まで回復した。運が良かったな。
「朝は弁当を作るから、クミンに持って行ってやれ。そこで一緒に食事を摂るといい」
「ありがとうございます、タクト様。私が今日の日を迎えられたのは、全てあなたのおかげです。このご恩は生涯をかけて、お返しいたしますので」
「あまり堅苦しく考えなくてもいいぞ。感謝の気持はベルガモットに返せば十分だ。こんなに良い主人は、なかなか居ないからな」
本当にこいつは真面目すぎる。いきなり従順になられても、どう対処していいのかわからん。俺としては、互いに文句を言い合う関係も、結構好きだったし。
とにかくこれでマツリカを警戒しなくてすむ。色々ぶっちゃけられるので、かなり楽になるはず。なにせ今回の事件は、事後処理が大変だ。コルツフットが麻薬を所持していたため、ダイエモン教の浄罪機関まで出張ってきたからな。メドーセージ学園長と連携しつつ、うまく事を収めよう。
◇◆◇
今日から授業に参加するベルガモットをマツリカに託し、学園長室へ集合する。目に飛び込んできたのは、紅白の縞模様が施された長袖シャツ、そして黄色いベストとズボン、靴は赤いブーツ。
ハンバーガーとチキンナゲットが、食べたくなってきたぞ。ご一緒にポテトも付けてくれ、飲み物はコーラで!
「連日おしかけて申し訳ない、ドナルド学園長」
「儂の格好に、なにか思うところがありそうじゃな」
おっといかん。さすが賢者、察しが良すぎる。
「すまない、今のは忘れてくれ。それより南方大陸での騒動は、これで収束すると思う。ただ、コルツフットを唆したやつがいるっぽい。そっちはアインパエに行ってからだな」
「昔から周囲に流されやすい子じゃったが、善悪の判断まで出来ぬようになっておったとは、残念じゃのぉ……」
「タウポートンで取り逃がしたのが痛かったよ。とにかく今回のことは、こちら側も反省点が多い」
隠密を使って仕掛けてこなかったという、コルツフットの間抜けさに助けられたからな。どうやら計画の成否を確認するためと、連絡要員にしか使ってなかったらしい。まあ、そのおかげで逃げ足も早かったのだが……
移動時間を考えると、園遊会の直後にタウポートンを発たなければ、聖域渡りが使える俺たちに先行できない。ゴナンクに来た形跡がないので、予想は当たっているはず。
そしてマツリカの件が、一番の反省点だろう。俺はタウポートンを出発する直前から、彼女を疑い始めている。しかし相手の裏をかくことに固執しすぎ、ずっと泳がせ続けてしまった。
俺は思いついたことを、つらつらと語っていく。
「これだけの結果を出しておきながら、なに贅沢なことを言っておる。タクト君は全知全能の神ではないじゃろ。そこまで高望みするのは、驕りというものじゃぞ。過ちを犯すこと、失態を演じることは、誰にでもある。むしろ、そういう経験が成長へ繋がっていく。じゃから次へ活かせばいいだけじゃよ」
「すまない、言われるまで気づかなかった。確かに今の俺は思い上がっていたようだ」
「そうやって即座に切り替えられるのが、タクト君のいいところじゃな」
「さすが教育者の言葉は心に響くと痛感した」
「未来ある若者を導くのが、儂ら老人の務めじゃからの」
いくら前世の記憶を持っているといっても、俺はまだまだ未熟者だ。今日のことは、重く受け止めておこう。
「いい人と出会えてよかったわね」
「ああ、まったくその通りだな。それに人生の先輩という点では、昨日もジャスミンに助けられている」
「うふふ。大切な人に手を差し伸べるのは当然じゃない」
昨日は怒りで我を忘れ、やりすぎてしまっている。途中で様子を見に来たジャスミンが、そんな俺を止めてくれた。叱ってくれたり、甘えさせてくれる存在というのは、とてもありがたい。
「まあ昨日あれこれやらかしたおかげで、ベルガモットがベッタリになったんだし、良かったじゃん」
「ベル嬢ちゃんからかなり頼られておったが、更に仲を深めたとはの。何をやらかしたのじゃ?」
「言わなくていいぞ、シトラス」
「まあまあ、そんなこと言わず。学園長にも聞いてもらいなさいな」
ジャスミンのやつ、俺の口をふさぐように、顔へしがみついてきやがった。こら、ドサクサに紛れてキスするんじゃない。
「ベルガモットの悪口を聞いた途端、こいつがブチ切れちゃってさ。さすがにあの時に見た冷たい目は、ボクもゾッとしたよ」
あんなに愛らしいパンダをバカにされたんだ、相手を射殺すような目つきになるのは当たり前だろ。俺があの満月の晩に、どれだけ感動したと思ってやがる。絶滅危惧種のベルガモットを守るためなら、俺は修羅になることだって厭わん!
学園長はシトラスの話を、楽しそうに聞きはじめた。そういえば以前、ちょっと気になることを言っていたっけ。この機会に聞いてみるとしよう。
「タクト君を怒らせないほうが、いいということじゃな」
「先日、学園長はベルガモットが人間不信みたいなことを言ってただろ。やっぱり体質に関係があるのか?」
「その通りじゃよ。昔から他人の目に敏感で、じっと見つめるだけで逃げ出すような子じゃ。近くに信頼できる者がおらんと、口を開くこともなかった。儂もあれこれ手を尽くして、やっと心を開いてくれたくらいじゃからな。マツリカ君も相当苦労したはずじゃ」
そこまで頑張って得た信頼関係を壊そうとしてまで、妹を助けたかったわけか。逆に言えばそうした心根を持っていたから、家族を大切にしているベルガモットに届いたんだろう。
とにかく今回の件が、うまく解決できて良かった。研究室の三人にも感謝しなければ。
「ついでに聞いておきたいんだが、ベルガモットの叔母に当たるカモミールという人物について、学園長はなにか知らないだろうか」
「ほほう……君の口からその名前が出るとは。訳アリと考えても構わんな?」
やっぱりこの人には、嘘や誤魔化しはできそうもない。自分の母親について知るためだ。俺の出生に関しても話しておこう。きっとニームを守るための手段として、うまく活かしてくれる。
主人公の母親はどんな人物だったのか、謎の一端が垣間見える。
次回「0175話 カモミール」をお楽しみに。