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0173話 絶対零度の視線

 コルツフット・ブリックスは潜伏先の部屋で、苛立たしげに葉巻をふかしていた。自分の立てた計画は完璧なのに、どうしていつまで経っても帰ってこない。マツリカはベルガモットの側付きだ、二人きりになるチャンスはいくらでもある。そこで薬を服用すれば、あとは本能の赴くまま、目的を達成しようと限界以上の力を出す。


 なにせ子供が使っても、高レベルの従人(じゅうじん)を圧倒してしまう、そんな劇薬なのだ。いくら護衛の能力が優れていても、狂戦士と化した超人に勝てる道理はない。その代償として、二度と手足が動かせないほどの、後遺症を残すのだが……


 しかしコルツフットにとって、体の原型さえ残っていれば問題なかった。抵抗できないマツリカを好き放題もてあそび、壊れるまで使ってやる。そんな黒い感情に溺れるたび、慌てて無駄撃ちを我慢していたほどだ。


 そしてベルガモットを使って(にっく)きアンゼリカを追い落とし、再びブリックス家が皇帝の座に返り咲く。あの女には娘を見殺しにしてまで、今の地位を守ろうなんて覚悟はない。少し脅してやれば、簡単に皇位を明け渡す。腹心たちも口を揃えて、そう言っていたのだから……


 父親はなぜかスコヴィル家を生かしていたが、自分は違う。禍根を残さないよう、一人残らず根絶やしにする。生意気にも女の分際で父親を蹴落とした妖女(アンゼリカ)へ、復讐してやるのだ。


 そんな事を考えていたコルツフットに、何もない空間から紙が差し出された。特に驚くこともなく受け取り、その内容を確認したコルツフットは、床に投げ捨てた葉巻を踏み潰す。



「まったく使えない女ザンスね。それだけメドーセージが、化け物だということザンスか。まったく忌々しいザンス。こうなったら一度引き上げるザンスよ」



 コルツフットは周囲に散乱しているものを、乱暴にマジックバッグへ詰め込む。そんな時、入口の扉が音もなく開く。



「夜逃げの準備中か?」


「だっ、誰ザンス」



 魔道具の淡い光に照らされたのは、青黛色(せいたいいろ)の髪をした目付きが鋭い男。タクトは悠然とした態度で、室内へ踏み込んだ。




「クルルルルルルル」



 コハクの鳴き声を聞いたタクトは、マジックバッグから威力の高い大型拳銃を取り出す。そして銃口を部屋の隅と天井、そして奥の扉へ向け、三発ずつ撃つ。ドアや天井を貫通した弾は、隠れていた男たちを撃ち抜く。



「言っておくが、俺に隠密系のギフトや魔道具は効かないぞ」



 レベル上昇でギフトの力も上がり、集中すれば壁越しに数値を見られるようになっていた。泥の中に埋まっていた監視者を特定できたのも、そんな進化をしていたからである。


 ピクリとも動かない隠密たちを見て、コルツフットは動揺を隠せない。



「どっ、どうしてここがわかったザンス。この場所はマツリカも知らないザンスよ。それに見張りはどうしたザンスか。従人部隊(ハウンド)の精鋭が入口を守ってたザンショ」


「あれこれ一度に質問するな。ここがわかったのは、もう一か所のアジトでコソコソしていたやつに、監視をつけたからだ」


「尾行を巻けないほど、隠密は間抜けじゃないザンス。どんな手を使ったザンスか」



 怪しい人物に精霊を貼り付け、上空からジャスミンが追いかけていたのだ。いくら隠密行動に長けていたとしても、監視を振り切れるはずがない。



「自称フランス帰りのお前に、それを教えてやると思うのか? 俺が今ここにいる、その事実で十分だろ」


「ふらんすとか、なに分けのわからないことを言ってるザンス」


「それにあれが精鋭だと? ハウンドの質が落ちてるってのは、本当らしいな。俺の従人に手も足も出なかったぞ」



 この部屋は地下に作られており、入り口は少し離れた場所にある。そこを守っていた従人(じゅうじん)たちは、シトラスが一人で倒してしまった。ちなみに今は遅い時間ということもあり、シナモンは不参加だ。



「冒険者の従人ごときに、ハウンドがやられるわけ無いザンス。さてはお前が獣姫(けものひめ)の護衛ザンスね。我輩のことを、どうするつもりザンス」



 一人称がミーではないのかなどと頭の片隅で考えつつ、鋭い目を更に細めながらタクトはコルツフットを睨む。いま聞き捨てならない言葉を、眼前の男が口にしたのだから……



「今頃気づくとは、間抜けにもほどがある。お前の父親といい勝負だな。そんなやつに国は任せられん」


「こっ、こっ、高貴なる我輩を間抜けと言ったザンスね。不敬ザンス!」


「影でコソコソやってる腰抜けが高貴だと? 笑わせるな。お前みたいなやつは、ネズミのように下水道を這いずり回っているのが、お似合いだ」


「我輩を汚い血が混ざった化け物と一緒にするのは許さないザン――」



 ――バキィッ!!



 タクトに顔を殴られ、コルツフットの体が壁まで吹っ飛ぶ。衝撃で歯が数本折れ、口から血がにじみ出る。



「い()い、い()い、い()いザンスー なに()るザンスー」


「二度は言わん。ベルガモットを侮辱するな」


()てはお前、あい()体質(たいひつ)()らないザンスね。あの出来損(できほこ)ないは、満月の夜になると(みにふ)(まだら)の――」



 ――ドカッ!!



「ゲハァッ」



 今度は腹を蹴り上げられ、体をくの字に曲げてもがき苦しむ。そんなコルツフットの近くにタクトは立ち、絶対零度の視線で見下ろす。



「その薄汚い口を閉じろ。ベルガモットはそんなハンデを抱えながら、立派に役目を果たしている。皇家の宝を盗み出し、浪費しているお前とは大違いだ。ゴミクズ以下の存在に、ベルガモットを(おとし)める資格はない」


「ケモノ()……ケモノといっ()、なにが悪い……ザンス」


「ならばその苦しみ、お前も味わってみるがいい」



 まったく反省の色が見えない態度に、タクトはブチ切れた。パスを繋ぐために足で踏みつけ、他人の魔力を受け入れまいという抵抗を、力ずくでねじ伏せる。


 そして全力で行使される、論理演算師のギフト。二百四十(1111 0000)だった支配値は、反転(INVERSE)の力で即座に十五(0000 1111)へ書き換わり、コルツフットの目が大きく見開く。



「あががががが。体がぁー、体が熱いザンスー」



 コルツフットは喉をかきむしり、血走った目に涙を浮かべながら、もがき苦しむ。


 スキルの影響で全身に毛が生えるだけでなく、体つきにも影響を及ぼす。骨格まで変わっていく激痛に、コルツフットの意識は何度も飛ぶ。


 しかしさらなる痛みが襲うたび、強制的に覚醒してしまう。何かが組み変わるように、ミシミシと音を立てるコルツフットの体。


 そして……



「ヴゲゴゴブバァァァーーー」


「なんだ、やっぱりネズミだったじゃないか。よく似合ってるぞ」



 タクトの足元には、変わり果てた姿で痙攣するコルツフットが、横たわっていた。


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