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0172話 クミンの退所

 クミンの私物――といっても着替えくらいだが、それらをまとめて保養所(サナトリウム)を出る。すると常駐している職員総出の見送りがあった。長期に渡って入所していたので、娘のように思われていたのは、理解できなくもない。だが嫁に行くんじゃないんだぞ。ペアの食器やダブルベッドを渡そうとしやがって……



「あの……重くないですか?」


「むしろ軽すぎて心配になるくらいだ。体調が良くなったら、しっかり食って体力をつけろ」


「(兄さんの背中は、私の指定席なのに……)」



 聞こえているぞ、ニーム。仕方ないだろ、どうしてもと言われてしまったんだから。俺だって出来ることなら従人(じゅうじん)をおんぶしたい。今もロブスター商会で過ごした時の記憶が、走馬灯のように流れているんだからな。



「あの……やっぱり迷惑でしたか?」


「病人なんだから、そんな事を気にしなくてもいい。それから別にタメ口でも構わないぞ。俺はまだ十六歳だし、どこにでもいるただの冒険者だ」


「皇女様の守護者(ガーディアン)をやってる人は、ただの冒険者じゃないと思うよ?」


「ベニバナさんの言うとおりです。相変わらず兄さんは、常識というものを置き去りにするんですから」


「……うーん。やっぱりお姉ちゃんが言ってたのと、ここにいるタクトさんは結びつかないなぁ」


「マツリカになにを吹き込まれたんだ?」


「可愛い子を見たらすぐに手を出す、悪人みたいな目つきの礼儀知らずだって」



 お仕置き決定だなマツリカ、覚悟しておけ。お前の大切な妹を、栄養たっぷりの食事で餌付けしてやる。健康的に太っていく姿、指をくわえながら見ているといい!



「可愛い子じゃなくて、可愛い従人の間違いだね」


「悪人みたいな目つきの部分は正解です」


「うるさいぞ、二人とも。俺のことはどうでもいいんだよ。それ以外で知りたいことがあったら、今のうちに聞いておけ」


「えっと……じゃあ、みんなは誰に使役されてるの?」


「ミントはタクト様に使役して頂いてるです」


「私はニーム様の忠実なしもべです」


「ベニバナお嬢と一緒に、学園の寮で暮らしてます」


「みんなすごく可愛いくて、びっくりしちゃった。私も元気になったら、こんな従人を使役してみたい」



 長い闘病生活で内向的になってるかと思ったが、なかなかどうして明るい子だ。もしマノイワート学園に入れるようなギフトを手に入れたら、友人が一気に増えるだろう。男子生徒に人気が出るのは間違いないし、マツリカのやつは気が気じゃないかもしれないが……


 歩きながら話をしているうちに、クミンの緊張が解けてきた。遠慮がちだった姿勢も変化し、完全に体を預けてくる。だからこっちを睨むなよ、ニーム。それからベニバナとマロウは、ニヤニヤしながら俺たちを見るな。



「やっぱり実際に会ってみないと、その人のことってわからないね。えっと、こんな喋り方でいい? タクトさん」


「ああ、問題ない」


「それとタクトさんはすごく優秀だって、お姉ちゃんは言ってたよ」



 落としてから持ち上げるとは、なかなか高度なことを。仕方がない、お仕置きの手を少し緩めてやるか。標準的な体重になったら、普通の食事に切り替えてやろう。



◇◆◇



 クミンを学園の治療施設へ預け、ニームとベニバナは寮に帰らせる。そして俺は自分の研究室へ。マツリカのやつは、目を覚ましただろうか。クミンも心配していたし、事情を聞き出せたらすぐ会わせてやらねば。



「いま帰った」


「ただいまなのです」


「お帰り。キミのことだから抜かりはないと思うけど、首尾はどうだった?」


「問題なく完了してる。あとはマツリカ、お前次第だ」



 俺の言葉を聞き、ソファーの上で小さくなっていたマツリカが、ビクリと震える。



「さて。自分が何をしたのか、ちゃんとわかってるな?」


「……はい」


「お前は自分の(あるじ)をコルツフットに売った。ベルガモットの護衛が手配されていなかったこと、港へ到着した直後に襲われたり、滞在場所や園遊会の情報が筒抜けだった件。お前が絡んでいたはずだ、間違いないか?」


「冒険者ギルドへの工作は、旧体制派が行いました。私の役目はベルガモット様のご予定をリークすること、そして護衛の情報を調べて渡すこと……です」


「どうせお前のことだ。自分で手は下したくないが、誰かがさらって行くのは仕方がない、そんな事を考えていたんだろう」


「……どうして、それを」


「そんなもん、お前の態度を見ていればわかる」



 なにせ最初に会った時から、俺を遠ざけようとしていたからな。それに園遊会のときもそうだ。いくら俺に呼び出されたからといって、ベルガモットに断りもなく持ち場を離れるとかありえん。


 そのあとも俺が隠し事をするたび、文句を言ってきやがった。しかも俺たちから嫌われるよう、かなり無理をしてただろ。時々一人で買い出しに行っていたこともそうだし、やることなす事あからさま過ぎるんだよ。



「どうしてあなたは……そんなに察しが良いんですか。だから……ヒック……嫌い、なん……です」


「あまりマツリカのことを、いじめないでやって欲しいのじゃ」


「うぅ……ベルガモット様。申し訳……ありません。私は……私は……取り返しのつかないことを」


「わかっておる。マツリカにとって妹のクミンは、どんな犠牲を払ってでも、守りたい存在なのじゃろ」


「……ごめんなさい、クミン。ダメなお姉ちゃんで本当に……ごめん」



 泣き崩れるマツリカを見て、ベルガモットはすがるような視線を送ってくる。別にいじめてるんじゃないぞ。これは必要な儀式だ。無条件で(ゆる)したとなれば、マツリカは罪悪感を抱えたまま、過ごさなければならない。しっかり反省させ、罰を与えてやるのが、被害を受けた側の努め。それを実践しているに過ぎん。



「お前に見せたいものがある。付いて来い」



 研究棟を出て、事務棟へ行く。この学園は各国から生徒を集めていることもあり、そこそこ立派な医療設備がある。本来なら部外者は立ち入れないが、研究室に必要な人材となれば別。条件付きではあるものの、長期滞在が認められた。


 ベルガモットに手を引かれながらトボトボ歩くマツリカをドアの前に立たせ、横にある小さなボタンで呼び鈴を鳴らす。中から「入っていいですよ」という声が聞こえた途端、マツリカの顔が驚愕に染まる。



「あっ……え? ……う、そ」



 震える手でマツリカがドアを開く。すると笑顔でベッドに座っているクミンの姿が、彼女の目に飛び込む。口をパクパクさせてどうした。金魚にでもなったのか?



「どうやら(めし)は食い終わったみたいだな」


「うん、すごく美味しかった! お姉ちゃん、ほら見て。このお皿にあった料理、全部食べられたんだよ」


「幸い内臓に異常はないようだ。しかし食生活の急激な変化は、体に負担がかかる。しばらくは消化の良いものを中心に、少しづつ量を増やしていくぞ」


「タクトさんの料理すごく美味しいから楽しみー」


「よしよし、クミンはいい子だな。デザートにバナナをやろう」


「あの黄色い果物だよね。やったー!」


「ちょっと待って……待って下さい。何がどうなってるんです、病気は? 薬が効かないって。でも、クミンは元気で。食欲まで出てきて」


「落ち着いて、お姉ちゃん。それより、お姉ちゃんの方は大丈夫なの? 不法侵入してきた暴漢に投げ飛ばされたって聞いたけど」


「お姉ちゃんは大丈夫だけど……えっ? えぇっ!?」



 とりあえず話を合わせろと小声で告げ、これまでの経緯を説明する。まずクミンは学園の方で精密検査を行う。そして当面はコーサカ研究室の協力者として、学園側で衣食住を保証。塗り薬の有効性や魔力溜(まりょくりゅう)の変化はニームが定期的に診察を行い、データを蓄積していく。ある程度の目処がたち、健康上のリスクが払拭できれば、普通の生活が送れるようにサポート開始だ。



「良かった……よがっだよぉ……。ふわぁぁぁぁーん」


「お姉ちゃん、涙を拭いて。今まで私のために一杯頑張ってくれてありがとう」


「クミン……クミンー……お姉ちゃんは、お姉ちゃんは……えーん、えーん」



 泣きじゃくるマツリカを、クミンが優しく抱きしめる。そんな二人を残し、俺たちはそっと部屋を出た。そしてベルガモットと、これからのことを話し合う。



◇◆◇



 落ち着きを取り戻したマツリカと、研究室まで戻ってきた。憑き物が落ちたような顔になって何よりだ。これでもうバカなことは考えないだろう。



「色々とありがとうございました。もうこれで思い残すことはありません。皇族方への背信行為は重罪です。しかも私はベルガモット様を襲おうとしました。どうぞ極刑のご沙汰(さた)を」



 どうやら理性は失っていても、記憶としては残っていたらしい。アインパエ帝国が修羅の国とはいえ、ちょっと思考が振り切れ過ぎじゃないか?


 俺の脳裏を、バカ正直やクソ真面目という単語が、通り過ぎていったぞ。最後の晩餐じゃないんだから、そんな目的で妹に会わせるわけないだろ。



(わらわ)にはマツリカから襲撃を受けたなんて記憶はないのぉ……。タクトはどうなのじゃ?」


「数多くの学園生に目撃されているが、襲撃犯は黒ローブの人物だったからな。学園長の魔法で消し炭にされたし、一体どこのどいつだったのやら」


「ですが私は確かに……」


「シトラスとシナモンは、襲撃犯と一戦交えている。なにか気づいたことはないか?」


「ボクの拘束を振り切るくらいだったからね。例え生きてたとしても、あんな力を出したら体がボロボロになってるはずさ」


「……ジャンプ力の競争、してみたかったのに燃やされた。残念」


「まあ、そういうことだ。今は飲み込んでおけ」


「しかし情報を漏らしたのは事実なのじゃ。それはわかっておるの?」


「はい」


「ならばアインパエ帝国第三皇女、ベルガモット・スコヴィルの名において沙汰を下す」



 その言葉を聞いたマツリカが、ベルガモットの前で片膝を付き頭を下げる。



「これからは一人で抱え込まぬよう命じる、それがお主への罰なのじゃ。困ったことがあれば、妾やタクトに相談するのじゃぞ」


「はい、ありがとう……ぐすっ……ございますベルガモット様。このご恩は一生忘れません。もう二度と過ちを犯さないと、ここに誓います」


「キュイッ!」



 俺から離れていったコハクが、まるで祝福するようにマツリカの耳元で鳴く。肩の上へ登ってきたコハクに、マツリカは恐る恐る手を伸ばす。



「こんなにフワフワで気持ちよかったなんて……」



 どうやらやっと心を開いてくれたらしい。これで一安心だな。

 さて、あとは仕上げをするか。


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